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第八部:遺跡と遺産
シエラとシンシアの小箱
しおりを挟むシンシアがポーチからアスワンの小箱を取り出し、蓋を開いてそーっとシエラの翼に押し当てる・・・
と、次の瞬間にはシエラの姿が小箱に吸い込まれるようにして掻き消えた。
成功だ。
「やりました、御兄様!」
「おぉ、上手く行ったなシンシア!」
「はい、良かったです。これでいつでもシエラを連れて歩けますね!」
そうなんだけど、人目の多いところではあまり出さないようにな?
たぶん周囲の人達が腰を抜かしちゃうから。
再びシンシアが小箱からシエラを取り出すと、シエラは何が起きたか分からない様子でキョトンとしている。
これは、魔馬達も最初の頃はそうだったなあ・・・
収納魔法の空間に入れられたもの達にとっては、入った瞬間から出た瞬間まで時間の経過が無いのだから、特に今回のように同じ場所で出し入れした場合は『何も起きていない』に等しい。
ところが、入れた時と出す時の場所が変わると、本人にとっては瞬間的に周囲の景色が変わることになる。
転移するよりも更に瞬間的に、『跳躍魔法』と同じレベルでの瞬間移動を体験する訳だ。
慣れて貰うしか無いのだけど、慣れるまでは魔馬達もビックリしてることがあったね。
ともかく収納実験には成功したので、シンシアの単独行プランでも問題ないという事になったのだけど、シンシアは何故かシエラを再び小箱に収納してから転移門の上に立つ。
「御兄様、ちょっと出掛けてきます!」
そう言って姿を消してしまった。
まあ、緊急の場合は指通信すれば問題ないんだけど、シンシアはあえて行き先を言わなかったように思えるし、ちょっと悪戯っぽい表情をしてたような気もするな・・・
とりあえず一人になった俺はオブラン宰相に会って、フェリクス=マディアルグ王のホムンクルスの動向を知らせておいた。
と言っても、王家の谷の地下にある施設に潜んでいるということは言わず、彼がエルスカインの拠点の一つに逃げ込んだことと、今では俺たちがそこを密かに監視出来るようにしてあって、次の手掛かりへと繋げるためにフェリクスを『泳がせている』のだと説明したのだけど、それで随分とホッとしてくれたようだ。
大結界の件やマディアルグ王の正体などに関する話は、もう少し様子を見てから伝えるつもりだ。
出来るだけ隠し事はしたくないけれど、すでに『獅子の咆哮』の脅威はサラサスという一つの国の範疇を超えているからな・・・仕方ないだろう。
その後は王宮での留守番をエスメトリスとアプレイス、それにパルレアに任せて、久しぶりに一人きりでアルティントへ跳ぶ。
王宮への襲撃があったことは、すでにアルティントへも伝わっていると思うし、ジェルメーヌ王女もパトリック王の事を心配しているかもしれない。
それに、獅子の咆哮の真実については、スライにきちんと話しておくべきだと思ったからだ。
++++++++++
ラクロワ家を訪れた俺は、なぜか庭でジェルメーヌ王女に剣を教えていたスライに声を掛けて応接間に引きずり込んだ。
静音の結界を張った上で、今回のワイバーン軍団の襲撃とフェリクス=マディアルグ王に関する経緯を掻い摘まんで説明し、追跡の結果、思わぬ相手から聞くことになったエルスカインと獅子の咆哮の真実も包み隠さず話す。
「で、ライノ。そうなると『獅子の咆哮』はマディアルグ王の秘密兵器なんかじゃねえってことか?」
「ああ、それにエルスカインから譲られたって訳でも無い。アレは大昔から...マディアルグ王の一族がルリオンに来る前から、いまは『王家の谷』と呼ばれている場所の地下にあったんだよ」
「とんでもねぇ話だなぁ」
「まあね。むしろマディアルグ王は、何らかの理由でエルスカインからあそこに連れて来られた可能性も高いと思う」
「そうなるとよ、表向きは『サラサス建国の英雄』ってことになってるマディアルグ王は、実際はエルスカインのオモチャかなんかだったって事じゃねえのか?」
「ご明察だ。オモチャは言い過ぎだけど、実験材料ってところみたいだな」
「いや、その方がヒドいだろ?」
「そうか?」
「ともかく、サラサスの国難だって思ってたら、それどころか世界が破滅する瀬戸際だと分かったって訳か...で、これからどうするんだ?」
「俺はなんとしてもエルスカインを止めるさ。それだけだよ」
実は今日、もう一つスライに伝えておかなければいけなかったことは、ここから先の戦いに『普通の人』を巻き込むのは無理だってことだ。
「俺はどうすればいいんだライノ?」
「そのホムンクルスの錬金術師から言われたんだよ、『人ならざるモノを相手に戦えるのは人を超えた者だけだ』ってね。つまり、ここから先は、勇者とかドラゴンとか大精霊とか、そういうちょっと人の域を超えてる俺たちの手で片付けなきゃいけないことなんだ。だからスライは自分のことをやってくれ」
「つまり、手伝うどころか足手まといだな、俺は」
「あ、でもシャッセル兵団の連中はノイルマント村街道の警備要員にもうちょっと貸しといてくれな?」
「たりめえだ。って言うか、シャッセル兵団もシャッセル商会も、ボスは本来お前なんだぞライノ?」
「そう言えばそうだった」
俺がそう言うとスライはニヤリと笑って、応接テーブルの上に置いてあったオレンジを俺に投げつけてきた。
スライから投げつけられたオレンジを片手でキャッチすると、手の中に芳しい匂いが広がる。
さすがは南国・・・この季節でも瑞々しいオレンジが普通に存在するのだ。
「それとスライには、セイリオス号に関する面倒を見てやって欲しいんだ。オービニエ造船所での作業とか資材の購入とか、このアルティントでの諸々だな。俺たちは当分、セイリオス号のことに関わってられないと思うんだよ」
「ああ、丁度良かったな。そっちの話もライノにしておかなきゃいけねえって思ってたところだ」
「何かあったか?」
「あったかじゃねえよ。改修用の資材も揃ったし、例のガフセールも完成したそうだぜ?」
「おぉっ、もう出来たのか!」
「もうって言うか、考えてみれば最初にライノと一緒にアルティントに戻ってから随分経つんだもんな...オービニエさんが予定通りに揃えてくれたってハナシだ」
「有り難い。じゃあヒップ島にまとめて一式を運び込まないとな。資材は全部、オービニエ造船所に集めてあるのか?」
「そうらしい。いつでも受け渡せるってよ」
「じゃあできるだけ早くヒップ島に持っていかないと。だったらシンシアが出掛ける前に運んじまうかな...」
「それなんだけどよライノ。マストの改造だの船体の改修だの塗り直しだのっては結構大掛かりな作業だろ。セール無しでも斥力機関とやらで航行できるんなら、いっそアルティントに船を持ってきた方が簡単じゃねえか?」
「あー、まあそうなんだけど、まだルースランドに『アクトロス号遭難』の噂がどの程度伝わってるか分からないからな。セイリオス号が完全に別の船だって言い切れる見た目になるまでは、まだ人目に晒したくないんだよね」
「なるほどな。ここにだって遙々ルースランドからやって来てる商人とか船乗りがいないとは言い切れねえか...」
「そんな話だよ」
「だけどよ、ライノが受け取りに行くなら造船所の連中に革袋の収納魔法を見せることになるぞ?」
「うん、だから資材はいったん物理的に受け取って街の外に運び出しておこうと思う。それで夜にでも俺が革袋に入れてヒップ島に転移すれば大丈夫だろ?」
「大丈夫かよ? よっぽど遠くに運ばねぇと人目が気になるぞ?」
「まるっと不可視結界で隠して作業するさ」
「分かった。なら安全策を取った方がいいだろうさ。オービニエさんのところには、近々資材を受け取りに行くって伝えとくよ。それと当然、造船所から運び出す人足やら馬車やらも俺の手配だよな?」
「ああ、頼むよ」
「いいよ。親父殿の私有地を適当に使って積み上げとく」
「助かる。それと前に頼んだ普通の食料とか嗜好品とか、そういうモノの仕入れもよろしくな?」
「おう、そっちも任せとけ。アランの商会も全面協力してくれるから、金で買えるものなら手に入らねぇモノなんてマズねえだろうさ。ま、支払いはライノ持ちだからな?」
「オベール商会は南方大陸にも支店を持ってるんだったよな。色々と心強いよ。機会があればパーキンス船長にも欲しいものや船員に配りたいモノを聞いて、出来るだけかなえてやってくれ」
「分かった。だったらウチでいりそうなモノも、そっちのツケに少し混ぜ込んでもバレねぇか...」
いたずらっぽくそう言って、スライがクスっと笑う。
「でも金貨で払わせて貰うぞ? お釣りは出ないだろうけどな」
俺のセリフにスライは噴き出した。
最初の頃にスライが、『馬の購入費用』を金貨で支払うことに難色を示していたのが懐かしい。
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