なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

文字の大きさ
上 下
815 / 922
第八部:遺跡と遺産

シエラとシンシアの小箱

しおりを挟む

シンシアがポーチからアスワンの小箱を取り出し、蓋を開いてそーっとシエラの翼に押し当てる・・・
と、次の瞬間にはシエラの姿が小箱に吸い込まれるようにして掻き消えた。
成功だ。

「やりました、御兄様!」
「おぉ、上手く行ったなシンシア!」
「はい、良かったです。これでいつでもシエラを連れて歩けますね!」

そうなんだけど、人目の多いところではあまり出さないようにな?
たぶん周囲の人達が腰を抜かしちゃうから。

再びシンシアが小箱からシエラを取り出すと、シエラは何が起きたか分からない様子でキョトンとしている。
これは、魔馬達も最初の頃はそうだったなあ・・・

収納魔法の空間に入れられたもの達にとっては、入った瞬間から出た瞬間まで時間の経過が無いのだから、特に今回のように同じ場所で出し入れした場合は『何も起きていない』に等しい。

ところが、入れた時と出す時の場所が変わると、本人にとっては瞬間的に周囲の景色が変わることになる。
転移するよりも更に瞬間的に、『跳躍魔法』と同じレベルでの瞬間移動を体験する訳だ。
慣れて貰うしか無いのだけど、慣れるまでは魔馬達もビックリしてることがあったね。

ともかく収納実験には成功したので、シンシアの単独行プランでも問題ないという事になったのだけど、シンシアは何故かシエラを再び小箱に収納してから転移門の上に立つ。

「御兄様、ちょっと出掛けてきます!」

そう言って姿を消してしまった。
まあ、緊急の場合は指通信すれば問題ないんだけど、シンシアはあえて行き先を言わなかったように思えるし、ちょっと悪戯っぽい表情をしてたような気もするな・・・

とりあえず一人になった俺はオブラン宰相に会って、フェリクス=マディアルグ王のホムンクルスの動向を知らせておいた。

と言っても、王家の谷の地下にある施設に潜んでいるということは言わず、彼がエルスカインの拠点の一つに逃げ込んだことと、今では俺たちがそこを密かに監視出来るようにしてあって、次の手掛かりへと繋げるためにフェリクスを『泳がせている』のだと説明したのだけど、それで随分とホッとしてくれたようだ。

大結界の件やマディアルグ王の正体などに関する話は、もう少し様子を見てから伝えるつもりだ。
出来るだけ隠し事はしたくないけれど、すでに『獅子の咆哮』の脅威はサラサスという一つの国の範疇を超えているからな・・・仕方ないだろう。

その後は王宮での留守番をエスメトリスとアプレイス、それにパルレアに任せて、久しぶりに一人きりでアルティントへ跳ぶ。

王宮への襲撃があったことは、すでにアルティントへも伝わっていると思うし、ジェルメーヌ王女もパトリック王の事を心配しているかもしれない。
それに、獅子の咆哮の真実については、スライにきちんと話しておくべきだと思ったからだ。

++++++++++

ラクロワ家を訪れた俺は、なぜか庭でジェルメーヌ王女に剣を教えていたスライに声を掛けて応接間に引きずり込んだ。

静音の結界を張った上で、今回のワイバーン軍団の襲撃とフェリクス=マディアルグ王に関する経緯を掻い摘まんで説明し、追跡の結果、思わぬ相手から聞くことになったエルスカインと獅子の咆哮の真実も包み隠さず話す。

「で、ライノ。そうなると『獅子の咆哮』はマディアルグ王の秘密兵器なんかじゃねえってことか?」

「ああ、それにエルスカインから譲られたって訳でも無い。アレは大昔から...マディアルグ王の一族がルリオンに来る前から、いまは『王家の谷』と呼ばれている場所の地下にあったんだよ」
「とんでもねぇ話だなぁ」
「まあね。むしろマディアルグ王は、何らかの理由でエルスカインからあそこに連れて来られた可能性も高いと思う」

「そうなるとよ、表向きは『サラサス建国の英雄』ってことになってるマディアルグ王は、実際はエルスカインのオモチャかなんかだったって事じゃねえのか?」

「ご明察だ。オモチャは言い過ぎだけど、実験材料ってところみたいだな」
「いや、その方がヒドいだろ?」
「そうか?」
「ともかく、サラサスの国難だって思ってたら、それどころか世界が破滅する瀬戸際だと分かったって訳か...で、これからどうするんだ?」

「俺はなんとしてもエルスカインを止めるさ。それだけだよ」

実は今日、もう一つスライに伝えておかなければいけなかったことは、ここから先の戦いに『普通の人』を巻き込むのは無理だってことだ。

「俺はどうすればいいんだライノ?」

「そのホムンクルスの錬金術師から言われたんだよ、『人ならざるモノを相手に戦えるのは人を超えた者だけだ』ってね。つまり、ここから先は、勇者とかドラゴンとか大精霊とか、そういうちょっと人の域を超えてる俺たちの手で片付けなきゃいけないことなんだ。だからスライは自分のことをやってくれ」

「つまり、手伝うどころか足手まといだな、俺は」

「あ、でもシャッセル兵団の連中はノイルマント村街道の警備要員にもうちょっと貸しといてくれな?」
「たりめえだ。って言うか、シャッセル兵団もシャッセル商会も、ボスは本来お前なんだぞライノ?」

「そう言えばそうだった」

俺がそう言うとスライはニヤリと笑って、応接テーブルの上に置いてあったオレンジを俺に投げつけてきた。
スライから投げつけられたオレンジを片手でキャッチすると、手の中に芳しい匂いが広がる。
さすがは南国・・・この季節でも瑞々しいオレンジが普通に存在するのだ。

「それとスライには、セイリオス号に関する面倒を見てやって欲しいんだ。オービニエ造船所での作業とか資材の購入とか、このアルティントでの諸々だな。俺たちは当分、セイリオス号のことに関わってられないと思うんだよ」

「ああ、丁度良かったな。そっちの話もライノにしておかなきゃいけねえって思ってたところだ」
「何かあったか?」
「あったかじゃねえよ。改修用の資材も揃ったし、例のガフセールも完成したそうだぜ?」
「おぉっ、もう出来たのか!」
「もうって言うか、考えてみれば最初にライノと一緒にアルティントに戻ってから随分経つんだもんな...オービニエさんが予定通りに揃えてくれたってハナシだ」

「有り難い。じゃあヒップ島にまとめて一式を運び込まないとな。資材は全部、オービニエ造船所に集めてあるのか?」
「そうらしい。いつでも受け渡せるってよ」
「じゃあできるだけ早くヒップ島に持っていかないと。だったらシンシアが出掛ける前に運んじまうかな...」

「それなんだけどよライノ。マストの改造だの船体の改修だの塗り直しだのっては結構大掛かりな作業だろ。セール無しでも斥力機関とやらで航行できるんなら、いっそアルティントに船を持ってきた方が簡単じゃねえか?」

「あー、まあそうなんだけど、まだルースランドに『アクトロス号遭難』の噂がどの程度伝わってるか分からないからな。セイリオス号が完全に別の船だって言い切れる見た目になるまでは、まだ人目に晒したくないんだよね」

「なるほどな。ここにだって遙々ルースランドからやって来てる商人とか船乗りがいないとは言い切れねえか...」
「そんな話だよ」
「だけどよ、ライノが受け取りに行くなら造船所の連中に革袋の収納魔法を見せることになるぞ?」
「うん、だから資材はいったん物理的に受け取って街の外に運び出しておこうと思う。それで夜にでも俺が革袋に入れてヒップ島に転移すれば大丈夫だろ?」

「大丈夫かよ? よっぽど遠くに運ばねぇと人目が気になるぞ?」
「まるっと不可視結界で隠して作業するさ」

「分かった。なら安全策を取った方がいいだろうさ。オービニエさんのところには、近々資材を受け取りに行くって伝えとくよ。それと当然、造船所から運び出す人足やら馬車やらも俺の手配だよな?」
「ああ、頼むよ」
「いいよ。親父殿の私有地を適当に使って積み上げとく」

「助かる。それと前に頼んだ普通の食料とか嗜好品とか、そういうモノの仕入れもよろしくな?」

「おう、そっちも任せとけ。アランの商会も全面協力してくれるから、金で買えるものなら手に入らねぇモノなんてマズねえだろうさ。ま、支払いはライノ持ちだからな?」
「オベール商会は南方大陸にも支店を持ってるんだったよな。色々と心強いよ。機会があればパーキンス船長にも欲しいものや船員に配りたいモノを聞いて、出来るだけかなえてやってくれ」

「分かった。だったらウチでいりそうなモノも、そっちのツケに少し混ぜ込んでもバレねぇか...」

いたずらっぽくそう言って、スライがクスっと笑う。

「でも金貨で払わせて貰うぞ? お釣りは出ないだろうけどな」

俺のセリフにスライは噴き出した。
最初の頃にスライが、『馬の購入費用』を金貨で支払うことに難色を示していたのが懐かしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜

優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、 戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。 本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、 皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、 剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。 彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

処理中です...