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第八部:遺跡と遺産
大結界は何のために?
しおりを挟む「エルスカインさまが長らく眠っていたと思う、もう一つの根拠は、先ほど話した『古代の魔道具』です。ホムンクルスの錬成にしろ転移門の基準点にしろ、現代の魔導技術では再現不可能なモノばかりです。しかもどれも、使い込まれておらず真新しい...」
「保存状態がいいって話かい?」
「魔道具と言えども道具。いかに保存の魔法を掛けても、三千年も使い続ければ摩耗しましょう」
「単に新品なのでは?」
「当初は、それらをエルスカインさまが復元なされたと思っていたのですが、長く配下として働いているうちに、どうやらそうでは無いらしいと言うことが分かって参りました」
「つまり、どれも自分自身では作っていないということかい?」
「左様で御座います。技術はともかく、素材が入手できないのは如何ともし難い...例えば今では、入手したオリカルクムを溶かして鍛え直すことは出来ても、オリカルクムそのものを錬成することは出来ません。エルスカインさまと言えども、です」
「それって、製法が失われたからじゃ無かったのか?」
「古代の社会で濫用しすぎて、素材自体が枯渇したのですよ」
「なるほどね...」
まあ、あの魔石サイロじゃあ、扉の『蝶番』にすらオリカルクムを使っていた社会だもんな・・・無駄遣いしすぎて原料が無くなったなんて笑えないけど。
ともかく、俺たちの推測は当たっていたらしい。
やはりエルスカインは太古から生き続けてきた存在で、しかも長期間眠り続けていた訳だ。
もっとも、人ならざるモノを『生き続けてきた』と表現していいのかどうかは微妙だけどね。
「儂の見るところ...と言っても文献などで調べただけでございますが...古代社会は、高度な魔導技術を発展させた代わりにあらゆる素材を湯水の如く使って枯渇させてきたようですな」
「オリカルクムとかティターンとか?」
「そういった素材もですが、魔法や魔道具に使用する触媒や高純度魔石などもです。その結果、古代では使えたのに現代では使えなくなっている魔道具も非常に多い訳でして、先ほど申し上げたホムンクルスの錬成装置なども、その代表と言えるものでございましょう」
「古代人ってのは馬鹿だったのかねぇ」
「それは分かりかねますが、あまり未来のことを考えてはいなかったようには見受けられますな」
あぁ、なんて言うかアサムの『爪の垢』を煎じて古代人に飲ませてやりたい気分だよ!
「今となっては想像するしか有りませんが、古代の世界戦争も、そうした資源の枯渇が原因の諍いから発展した可能性もあるかと思いますぞ?」
「やれやれだ。なのにエルスカインは繰り返そうとしてるのか? 今度こそ上手くやれると思ってる訳か?」
「そう見受けられます。ソブリン市街の地下施設に、全ソブリン市民の肉体というホムンクルスの素を集約して、いつでも自由に使えるようにする。そして必要に応じてガラス箱から素材を出してホムンクルスを製造し、保管していた『魂』を移入すれば、魂と肉体を完全に分離した『新しい人族』の創造です」
「一言で言って、おぞましいよ!」
「ええ。完璧な国民管理が実現するでしょうとも。それこそがエルスカインさまの悲願という訳ですな」
「迷惑な話だ」
「しかも、それだけの機構を千年、万年の単位で動かしていくためには膨大な魔力が必要となるでしょう。古代社会のように高純度魔石を潤沢に...文字通り湯水のように使えた状況ならともかく、現代ではそんなことは不可能でございます」
「転移門だって大量に魔力を消費するだろう?」
「規模が違いますぞ」
「魔石じゃ、あがなえない規模か...」
「転移門やホムンクルス錬成装置と同じように、遺跡から多少の魔石を発掘できたとしても焼け石に水でしょう...そこでエルスカインさまは、『魔力源』として魔力の奔流を自由に操ることを目指して『大結界』の稼働計画を立てたのだろうと思いますな」
「で、大結界が稼働し始めたら、エルスカインの理想とする『新しい国家』の基礎が成立するって訳だ」
「ええ」
「でも、あの大結界ってのは奔流を人為的に弄るって話なんだぞ? 弊害も相当酷そうだ」
魔獣達がとんでもなく暴れ出すとか、魔物があちらこちらでポコポコ生まれてしまうとか・・・?
「そうですな...大結界が稼働し始めれば、奔流の魔力は天然の流れとは全く一致しなくなります。その結果、大結界の内側に住む魔獣や、魔力を必要とする生き物は長期的には不調を来たすでしょうな。影響が長引けば、命を落とすことも有り得ます」
「マジか!」
「言うなれば、高濃度な『魔力炉』の中で暮らす様なモノですからなあ...無論、人族も例外ではありませんぞ?」
「俺の記憶では、大結界の中心はラファレリアだと思う。もしそうなったらラファレリアに住む人達も全員犠牲になるのか?」
「恐らくはアルファニア全域、ミルシュラントの東部地域、ミルバルナの八割、それにシュバリスマークとエドヴァル、メルスも少し含みますな...それらの地域に住む人々は残らず影響を受けるでしょう」
「大災害じゃ無いか!」
「エルスカインさまがそんなことを気にする訳がございません。それは勇者さまもよくご存じでは?」
「まあな...でも酷すぎて言葉が出ないよ」
「ただし対応策はございます。エルスカインさまから配布される魔法薬を定期的に服用しておれば、魔力の乱れで健康を害する心配は無くなるでしょう」
「それってまさか...」
「意味がお分かりで?」
「エルスカインに恭順して薬の配布を受けているモノだけが、大結界の中で暮らせるってことか!」
「左様でございます。さらに野生の魔獣は大型のものから死滅していきますので、大結界の中は誰にとっても安全な場所になりますな。無論、魔法薬を定期的に飲んでいる者だけに限られますが」
「それじゃぁホムンクルスにならなくても、エルスカインの奴隷になるしか無いじゃないか...」
「ご慧眼です。恐らく大結界の内側に住む『普通の人族』は新たにホムンクルスとして復活した『新国民』の奴隷となるのでしょう。ホムンクルスも食事はしますし、どんな社会にも労働力は必要でございますからね」
大結界がそこまで酷い話だとは・・・
『獅子の咆哮』に限らず、山を吹き飛ばしたり大都市を埋め尽くしたりした古代の兵器も酷い話だったし、大結界はそう言うモノを造り出すために有るんじゃ無いかっていう気もしてたんだけど、これは一時的にじゃなくて、永続的に酷い話だ。
ひとたび大結界が稼働し始めたら、もうアスワンですら手を出せなくなりそうな気がする。
「なあ、エルスカインのいた古代の社会ってのは高度な魔導文明を築いてたくせに、人々を奴隷にすることには全く呵責が無かったのか?」
「無論です。わずかな記録から読み取れるところでは、上級市民...いまで言う貴族達ですな。彼等のために他の全国民は奉仕することで生活を維持する、そういう社会だったようです。エルスカインさまにとっては、それが有るべき社会の姿なのでございましょう」
「選民思想ってヤツか...」
「無慈悲でなければ、戦争の道具としてアンスロープ族を造り出すことなど出来ますまい?」
「それはそうなんだけど..そうだけどな...」
「それに大結界の中心であるラファレリアの人々は、そもそも結界の稼働前に全滅しますぞ」
「なんだと!?」
老錬金術師の放った冷徹な言葉に、姿を隠したままのシンシアが息を飲んだ様子が分かる。
彼女はラファレリアでしばらく暮らしたのだし、魔道士学校には友人も沢山いただろう・・・過去に知り合った人々が一人残らず殺されるとしたら、見過ごすことなど出来る訳も無い。
「恐らくエルスカインさまが、ヒュドラの毒をガス化してラファレリアに散布するだろうからです」
「なぜだ!」
「まずヒュドラの毒を使ってアルファニアの首都『ラファレリア』の全ての市民を惨殺します。これは単純に、住民がいるとその後の作業に邪魔だからですが、ひょっとすると報復も兼ねているのかも知れません」
「報復? 誰に? なんの?」
「儂も確信がある訳では無いのですが、恐らく現在のアルファニア王家の血筋は古代の世界戦争においてイークリプシャンと敵対していた勢力の末裔だからです。もっとも三千年の間に血も混ざり合い、過去の歴史もすっかり風化しておりますから、象徴的な意味しかございませんが」
「でも、エルスカインの思考だけは三千年前のまま、ってコトか...」
「そのようですな」
ここまで来ると、エルスカインは人ならざるモノと言うだけでなく、魔物の一種にすら思えてくる。
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