なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第八部:遺跡と遺産

エルスカインの謎

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「一つ聞いていいだろうかご老人?」
「儂に答えられることならば何なりと、勇者さま」

「貴方はエルスカインが為すことを止めなければならないと思ったと言うが、これまでは普通にマディアルグ王に手を貸していたはずだ。それに、ここに並んでいる無数のホムンクルスも貴方が作ってきたものだろう?」
「仰せの通りです」
「ならば、どうして『今さら』エルスカインを裏切るんだ? これまでにも機会はあったハズだし、俺に会ったから急に奥さんのことを思い出して良心が痛み始めたなんてワケも無いだろう。俺に何を止めて欲しいって言うのか、さっき貴方が言ってた『終わらせる』って意味も良く分からないな」

俺の問い掛けに対して、老錬金術師は悲しそうな表情を見せて口を開いた。

「先ほど申し上げたように、エルスカインさまは、人...いえ、かつて人だった儂にとっても看過できぬことを為さろうとしているのでは無いかという思いは、年月が経つごとに膨らみこそすれ消えることはありませんでした。しかし逆らえば儂の命は当然のこと、妻の眠っておるガラス箱も魔力を絶たれるでしょう...自分がどうすべきかを決断できぬまま歳月が過ぎたのでございます」

自分よりも、奥さんが生き返るチャンスを永遠に失うことを恐れた訳か・・・

「もう一つ言い訳をしますれば、儂は叛逆した瞬間に存在を許されなくなり、この場所にはどこからから他の錬金術師が送り込まれて参りましょう。それならば、最後の瞬間まで儂がここにいた方が良いとも思いました。いよいよ最後の時、儂にも出来ることが出てくるやも知れぬと...」

「なるほどね。で、俺に何をさせたい? 貴方の代わりに奥さんを救うことは出来ないし、出来てもやるべき事だとは思えないんだが?」

「無論、勇者さまにそのようなことを求めるつもりは毛頭ございません」
「じゃあ何を?」
「人ならざる存在で有るエルスカインさまのたくらみ...そのすべてを終わらせる事が出来るのは、勇者さまのような存在で無ければ不可能だと思っているからでございます」
「人ならざるモノに勝てるのは、人ならざるモノって訳だ」
「お戯れを」
「いや、嫌みでも卑下でもないよ?」

「勇者さまは紛うことなき『人』でございましょう。しかし、人でありながら人の枠組みを超えておられることも事実...エルスカインさまは、勇者さまで無ければ決して勝てない相手だと思いますな」
「なぜだい?」
「ただの人族や国の王がどれほど闘ったところで、少し計画を遅らせるだけになりましょう。そしてエルスカインさまにとっては計画が少々遅れたところで、時が巡れば大した問題では無くなるかと」

「どんな強い奴でも時が経てばいつか死ぬし、エルスカインはその後でゆっくりとやり直せる。か...年月はエルスカインの味方って訳だ」

そう言えば姫様達とも、そんな会話をしたなぁ・・・

「左様で御座います。悠久の時を超える『人ならざるモノ』が相手となれば、少しばかりの痛手を負わせたところで、いずれは巻き返されてしまいましょう。エルスカインさまの存在を完全に抹消できなければ、最終的に人族が勝利することは出来ないのです」

誰かが完全な幕引きを出来なければ、その恐怖は次の世代へと持ち越され続けるだろう。
そしてアスワンが見せてくれた、魔力の奔流を捩じ曲げた『大結界』・・・その構築スピードというか、近年になっての変化の加速ぶりを思うと、さほど時間の余裕はなさそうに思える。
多分、アレを止められるのは、いまの時代に生きている俺たちが最後のチャンスなのだ。

「さて勇者さま、ここから先の話は『知っていること』では無く、儂の『推測』となります。そこを含み置いた上でお聞き下され」

そう前置きした老錬金術師は、俺たちが想像もしていなかったエルスカインの目的について語り始めた。

++++++++++

老錬金術師がエルスカインの配下となって研究を進めていくうちに、まず不思議に感じたことは、『エルスカインが魂の複製と保管を実現することに、なぜ、これほど強く拘るのか?』という事だったという・・・それも二つの意味で。

一つ目は魂の複製と保管の魔法を『なぜ自分で造らないのか』と言うことだ。

老錬金術師には、妻の寿命をなんとかしたいという切実な目的があった。
だが見方を変えれば、『妻の寿命さえなんとかできれば』他の事はどうでも良かったとも言える。
新たな魔法を社会に出したいとか、それで世の中を変えたいという思いがあったのでも無く、例え高価な使い捨ての魔法陣であっても、目的が叶うならば彼は躊躇無くその手段を使っただろう。

ではエルスカインはどうか?
老錬金術師から見れば、転移門やホムンクルスと言った古代の魔法を復活させて使いこなしているエルスカインの方が、自分よりも早く、魂を扱う魔法や魔導技術を完成させられるように思える。
なのに・・・
なぜ貴重な、そして極秘にすべきホムンクルスの製造装置や凍結ガラスの箱と言った驚異的な魔道具を、新魔法開発の対価として惜しみなく使わせてくれるのか?
まず、それを不思議に思ったそうだ。

そして二つ目の謎は、それを『何に使うのか?』という事だった。

魂を持つ『ホンモノ』のホムンクルスを生み出すには、対象となる人物が死んで、その魂が『輪廻の円環』に戻ってしまう前に魂を捕らえ、新たに作り出したホムンクルスの身体へと移し替えなければならない。

死後、どのくらい経てば魂が輪廻の円環へ戻ってしまうかは一概に言えないので、成功率を高めるためにはホムンクルス側の準備が完全に出来上がった状態で対象者を『殺して』、すぐに魂を捕獲する必要がある。
特にホムンクルスの素材に対象者自身や血縁者の肉体を使わないという制約の中で、老錬金術師は、その『魂の移し替え』に失敗した時の打開策として『予備の魂をあらかじめ作っておく』という方法を考えつくに至った訳だ。

実際には、その魔法を開発しおわる前にエルスカインからの接触を受けた訳だが、妻の延命のためにホムンクルスを使わせる代償として、エルスカインが魂の複製と保管という新しい魔法を完成させることを求めたのはなぜなのか?

結局、その理由は教えて貰えず、老錬金術師は不思議に思いながらもエルスカインに求められるままに研究を続け、やがて、眠っている妻を勝手に凍結ガラスの箱に入れてしまうに至った。

そして彼はずっと後になって、『マディアルグ王』という本来は数百年前に死んでいたはずの人物がホムンクルスとなって生きながらえており、エルスカインの軍門の一人としてあちらこちらで暗躍していたことを知る。
マディアルグ王は魔法使いや錬金術師では無く、物理的な戦闘や政治活動が必要になった時に、ガラス箱から呼び起こされてエルスカインのために活動する役割だった。
そして、時々ホムンクルスの身体を取り替えて若返っていたそうだ。

老錬金術師の話からすると、マディアルグ王は恐らく、エルスカインの『魔獣使い』と呼ばれていた側面について、実行面を担っていたホムンクルスの一人だったのだろう。

うーん、そう考えると、そもそも四百年前のサラサス建国の時の英雄だという触れ込みも怪しいな・・・

サラサスの民が南方大陸から渡ってきた一族だというのは本当だろうけど、マディアルグ王は最初からエルスカインにここに連れて来られて、王として据えられた『傀儡かいらい』だったんじゃ無いだろうか?

ともかく十年ほど前から、このマディアルグ王のホムンクルスの身体の面倒を見るようになって、老錬金術師はこれまで謎だった幾つもの事がパズルのピースを組み合わせるように頭の中で一つにまとまり始め、やがてそれが恐ろしい結論に至ったのだと言った。

++++++++++

「で...恐ろしい結論っていうのは、ココに並んでるフェリクスの身体とマディアルグ王の魂を持ったホムンクルス軍団のことかい? 以前、マディアルグ王は王宮の人間に『不死の軍団』を作るって吹聴していたそうだけど」

「いえいえ。マディアルグ陛下は、それこそが目的だとお考えのようですが、これらのホムンクルスは、エルスカインさまにとってはタダの実験素材でございますな。それ以上のモノでは無いかと」
「ドライだな!」
「むしろ、これが真の目的ならば、儂もそれほど心を悩ませることは無かったでしょう。これは実験に過ぎませぬ」

「その実験って聞きたくない内容だろうなぁ。もちろん、そんなコトは言ってられないけど」
「ですな。勇者さまは恐らくルースランドにあるエルダン城砦の内容や、首都ソブリンに作られている『シェルター』のこともご存じでは?」

おっと、ここでルースランドの話が出るとは・・・
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