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第八部:遺跡と遺産
地下工廠に突入
しおりを挟む「まぁなんて言うかシンシア殿、そうでも考えねえと『順番』が腑に落ちねぇんだよな、俺は...」
「順番ですかアプレイスさん?」
「だってな、劣勢になったマディアルグにエルスカインが手を貸したって言うのは、そうする理由が見えねえだろ? 『獅子の咆哮』の殺傷力を確認したいだけなら、別にマディアルグ王に一枚噛ませる必要なんて無いハズなんだ」
「それもそうだよなアプレイス。マディアルグに汚名を着せなくても、エルスカインは躊躇無く何千人だって皆殺しに出来るだろうさ」
「しかも貴重なヒュドラの毒を使ってな?」
「それもだ!」
「わざわざアクトロス号を雇ってヴィオデボラまで採りに行かせたのは、いまある量が足りないからなんだな。まぁアソコには凍結ガラスとか他の目的もあったかも知れねえけどよ」
「獅子の咆哮を使った大虐殺も、伝承通りじゃないって事か」
パーキンス船長は八年がかりでヴィオデボラ島を探し出したんだもんな・・・
どうも俺はこれまで、獅子の咆哮やヒュドラにまつわる伝承を、自分の独断で解釈してたような気がするよ。
「伝承なんてそんなもんだろ。例のゴーレムの話だって綺麗なところだけ残って童話みたいになってたんだしな...背景を知らないと分からねえ。そんで俺たちはエルスカインとマディアルグの背景ってヤツをまるで知らないんだよ、ライノ」
背景か・・・アプレイスの言う通りだ。
エルスカインはココの地下にホムンクルス工廠を造ったし、ヒュドラの毒を兵器として使う為の『獅子の咆哮』も設置した。
それは劣勢のマディアルグ王をなぜか助けるためとか、冷酷な殺傷実験に戦争を利用するためなんかじゃ無く、もっと深い背景があるはずなのだ。
それが今、俺たちの目前に並んでいる『フェリクス=マディアルグの複製』によるホムンクルスの不死軍団、そしてヒュドラの毒と血清の・・・恐らくは禍々しい使い道に繋がっている。
「そろそろフェリクスの転移先を探知してみますか御兄様?」
シンシアの声で我に返った。
ちょいと話し込んでいたし、仮にフェリクスがいくつかの転移門を飛び石してたとしても、時間的にはもう十分だろう。
たぶん・・・
「そうだなシンシア、時間的にはそろそろいいだろう」
「はい。やってみますね!」
シンシアがオブラン宰相から貰っている地図の中から、もっとも範囲の広いものを取り出して手をかざした。
範囲が広いと言っても北部ポルミサリア全域とか言う訳では無く、サラサス王国の全土と、隣接した周辺諸国の一部が記載されているくらいだ。
南は海だから、隣接国があるのは東西と北の三方だけ。
海岸線には小さくアルティントの名も見えるけど、ラクロワ家の方々とジェルメーヌ王女は問題なく過ごせているだろうか?
「行きます!」
シンシアが声を出して魔力を高める。
地図の上を波紋が揺らぎ始めるが、どうも綺麗な同心円になっていくようには見えない。
なんて言うか・・・砂浜にさざ波が打ち寄せているような感じだ。
これって、反応する方角が偏ってるってことか?
探知を続けながら少し厳しい顔で地図を睨み続けていたシンシアが、フッと手の力を抜いて引っ込める。
そのまま、しばし思案顔・・・やがて俺の方を向いて言った。
「御兄様、いまの探知先はサラサスからかなり離れていると思います。ですので、これはあくまでも方角と反応の強弱からの推測に過ぎないのですけど...恐らくいまフェリクスがいる場所は、アルファニアの中心部に近い場所じゃ無いかと思えるんです!」
「そう来たか!」
アルファニアか・・・ビックリするような、むしろ納得するような・・・以前にシンシアとパルレアがエルスカインの転移門を解析して割り出した基準点が、アルファニアの王都『ラファレリア』だ。
順当と言えば順当な結果かな?
「アルファニアかぁー...前にシンシアちゃんとエルスカインの使ってる転移門を解析した時も基準点はラファレリアだったよねー」
「ええ御姉様、アルファニアの中心に有るものと言えば、王都の『ラファレリア』です。そしてラファレリアは...」
「あの『大結界』の中心点でもあるな?」
「そうです御兄様」
「ここはシンプルに考えよう。転移門の基準点を探った時には、エルスカインの欺瞞工作じゃないかって不安もあったけど、ラファレリアは大結界の中心点で、しかも転移門の基準点で、なおかつ今回フェリクスが跳んだ先ってことだ」
「さすがに、『三つも偶然が重なる』とは思えねえよな?」
「ええ。私もそう思いますアプレイスさん」
欺瞞工作でも偶然でも無く、エルスカインの本拠地か重要拠点はきっと、アルファニアにある。
そしてラファレリアにエルスカインが潜んでるとしても、以前にシンシアが不安に思ったような『アルファニア王家とエルスカインの繋がり』を示す証拠は何も無い。
マディアルグは人間族だし、ここはフラットに考えるべきだろう。
「いずれラファレリアに向かうとしても、まずはこのホムンクルス工廠をどう扱うか考えないとな...」
「ココもシンシアちゃんの中継装置で海の底と繋いだら、エルスカインのいる場所まで水浸しにできないかなー?」
「それは無理だろうパルレア。もし途中に飛び石の転移門が挟まってたらソコで止まっちゃうよ」
「そっかー」
「用心して中継地点を置いてある可能性は高いでしょうね。あの割符が無いと、そちらの転移門が開けないのかもしれません」
「それに、どこかにある魔獣置き場がここじゃ無くて良かったよ。あっちはいま水浸しだろシンシア?」
「そうですね。人がいられる状況では無いと思います」
「ココをそんな風にして、万が一にも『獅子の咆哮』が誤動作したりすれば目も当てられないからな」
「確かにそうですね御兄様...中継装置の利用は少し軽率な攻撃だったかもしれません。ごめんなさい」
「いや、アレはアレで良かったんだよシンシア。だってフェリクスを捕らえた後に魔獣達が飛び出してたら、それはそれで大騒ぎだったろうしな?」
「はい...」
「しかしライノ、場所は分かってるのに手を出せないってのも悶々とするな!」
「手を出せないかどうかを見極めないとな。ともかく、フェリクスが出掛けてるにしても、このホムンクルス工廠を探って損は無いよ。銀ジョッキである程度探ってから、この円卓の転移門を使って直接乗り込むことだって出来るだろうし」
「そうですね御兄様。この円卓の転移門は行き先設定が固定のはずですから、問題ないでしょう」
「ならいっそ乗り込むか、ライノ?」
「いまからか?」
「そうだ。確かに早急って言えるかもしれんが、じゃあ何を準備したら万全と言えるかって言うと、目安は無いぞ?」
「それはそうだけど...」
「いまならフェリクスはいないし、錬金術師相手ならすぐに戦闘にならない可能性も高い。それにフェリクスが戻って来ても転移門から出る時に阻止できるし、ヤツが『死に戻り』しようとしても、コッチがホムンクルスの体を押さえてれば無理だろう?」
「うーん...コイツはエルスカインが正規に設置した転移門じゃ無いとしても、不審者対策の罠だって無いとは言い切れないし...イチかバチかって感じもするけどなぁ...」
「エルスカイン相手なんて、ほとんどソレばっかりじゃねえか。どのみち、あのホムンクルス軍団は動詞化しなきゃいけねえだろ?」
「それに御兄様。さっきの二人の会話からすると、ヒュドラの毒が十分に無い今は、彼等も迂闊に『獅子の咆哮』を起動できない可能性も高いです。どちらか二択という感じでした」
「ガスを撒き散らすか、血清とやらの材料に回すかって話だったな?」
「ええ、そうです」
「ライノ、フェリクスはヒュドラのガスを使う理由がねえ。いま使えば、ヴィオデボラに行ってヒュドラの毒を手に入れるまで、ホムンクルス軍団を表に出せないはずだぜ?」
「そうですねアプレイスさん。ヒュドラの毒を使おうとしているのはエルスカイン本人で、フェリクスは『それが使われた後』に不死軍団を動かすために血清を必要としているはずです」
「だな!」
「つまり、放っておけばヒュドラの毒は必ず使われる。ルリオン平野は死の大地になる訳か...」
「いや、ルリオンやサラサスとは限らねえだろライノ? さっきの『精霊爆弾で吹っ飛ばす』ってのとはまた別の話だぜ?」
「えっ?」
アプレイスがさらりと言った言葉を聞いて、俺は背筋がゾクッとするのを感じた。
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