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第八部:遺跡と遺産
円卓の向こう側
しおりを挟む真っ暗闇とは言え、勇者の視力で室内の様子は分かる。
フェリクスは丸テーブルの脇に屈み込んで、天板のへりの部分を探っているようだ。
位置的には俺から見ればフェリクスの顔は向こう側を向いているのだけど、少しの後、フェリクスがニヤリと笑ったような感じがした。
ブリュエット嬢とのやり取りや、地下牢脱出後の振る舞いを見ていても感じたのだけど、ワイバーンの大群による攻勢で王宮を制圧する大作戦が失敗したばかりだというのに、未だに自信に溢れているって感じだよ。
この丸テーブル・・・いや、『橋を架ける転移門』の向こう側にある何かが、フェリクス=マディアルグの尊大な態度と、その根源にある自信を支えているに違いない。
< あ、御兄様。円卓の魔力が高まり始めました! 魔法陣を起動させてるんだと思います >
< こちらから起動できる仕掛けがあったんだな。十年ぶりに転移門が開く訳か... >
< ドコに繋がるんだろーねー? >
< さっぱり見当も付かんな >
< 御兄様、フェリクスが転移門に入ったら即座に後を追わせますか? あまり猶予が無いと、思わぬ干渉が起きる可能性もありますが? >
< 追わせよう。アレはすぐに閉じる可能性が高い >
< わかりました! >
フェリクスは身軽な様子でヒョイと丸テーブルに飛び乗る。
さすがホムンクルスだ。
アーブルまで数刻も夜の道を馬で走り詰めて、挙げ句はアプレイスの仕業で直前に落馬させられているというのに、疲れの片鱗も見せてない。
< 転移門が起動します! >
< よし、フェリクスに続けて銀ジョッキを飛び込ませてくれ >
大きな丸テーブルの卓面をビッシリと覆うように魔法陣の光が鈍く輝き始め、フェリクスはゆっくりとその中央に立った。
魔法陣から放射される光が強まり、フェリクスの姿が真っ白な光に包まれるようにして掻き消えると同時に、シンシアが間髪入れずに銀ジョッキを飛び込ませる。
さすがはシンシア、絶妙なタイミングだ!
< 行ったな! >
< 銀ジョッキも無事に転移門を通過しているようです。もう間もなく『橋』を渡り終えます >
銀ジョッキの画面を覗き込むと、どーんと目の前にフェリクスの背中があって、その向こうはほとんど見えない。
シンシアは慎重に銀ジョッキを操作して、フェリクスの身長より高く、ギリギリ天井にぶつからない位置に持ち上げる。
そして銀ジョッキの『眼』がフェリクスの頭越しに捉えた光景に、俺たちは息を飲んだ。
「これほどか!...」
既視感を覚えるのはエルダンの地下を見ているからだ。
エルダンでは、奥の方がハッキリ分からないほど広い空間にビッシリと並べられていた凍結ガラスの箱の中に、様々な魔獣が保存されていた。
ここに並んでいるものは少し違っていて、ソブリンの離宮地下にあった、ルースランド王のためのホムンクルスを保管していたガラスの筒に似ている。
そのガラス筒が、それこそエルダンのような向こうの壁が見えないほど広い空間に並べられているのだ。
中に入っているのはもちろんホムンクルスだろう。
「この数が...これが全部フェリクスのホムンクルスなんですか?!」
「中身はハッキリ判別できないけど、そういう気がするな」
「えーっ!」
「しかも全部がフェリクスの複製だとすると凄まじい。コイツらがガラス筒から出てきて一列に並んだら形容しがたいだろうな!」
「お兄ちゃんってば、気持ち悪いこと言わないでぇー...夢に出てきそー!」
「スマン、スマン」
「でもなぁパルレア殿、逆にそれぞれの素体を別々の人から造ってるとしたら、それも嫌じゃないか? ホムンクルスの為にどれほどの人達を犠牲にしてるんだって話だからな」
「あー、それも吐きそー...」
「だろ?」
「御姉様、アプレイスさんが言うように別々の身体を元にしている場合は、四百年掛けて集めた可能性もあると思いますよ?」
「そーだよねー。そんなに沢山のホムンクルスの素体をいっぺんには造れないと思うし...」
「ですから私も、これが全部フェリクスだという方が、素直に納得できますね」
「うーん。気持ち悪さの方向性が違うって感じー?」
「まあともかく、ここが重要拠点だって事は間違いないよ。尊大なフェリクスのことだから、チマチマした隠れ家なんか使わないだろうと思ってたんだけど、正解だったな!」
不意にフェリクスが横を向き、そちらから老成した男性の声が聞こえてくる。
『ほっほっほっ、ようやくお戻りになりましたか!』
シンシアが銀ジョッキの視界をフェリクスの見ている方へと振ると、重々しいローブを羽織った老人が立っていた。
見るからに魔法関係の術者という出で立ち・・・耳の先が少し尖っていて、本来はエルフ族だと分かる。
これまで気にしたことが無かったけど、エルフ族の身体を素材にしてホムンクルスを造れば、エルフのホムンクルスになるんだな・・・って、当たり前か。
『うむ。ちょうどアーブルの港にアヴァンテュリエ号がドック入りしてたのを知っていたからな。円卓もそのままだと聞くし、陸の上なら転移門が使えるだろうと試してみたら上手く行った』
『あの船は円卓もろとも沈める予定でしたが、その前に陛下のお役に立ったなら何よりですわい。船の修繕が終わって海に出たら勝手に沈むでしょうからな』
おっと?
この老人の言い様からすると、『魔獣化したフナクイムシ』を俺たちが発見して取り除いたことは伝わってないな。
『正直言ってアーブルまで転移門を試しに行くのも面倒なので、死んで戻ろうかとも考えたがな?』
『いやいや、死に戻りはオススメしませんなぁ』
『だが確実であろう?』
『貴重なホムンクルスの体を無駄にすることになりますぞ? それに、死ぬ直前までの記憶を写し取る魔法も絶対とは言い切れませぬからなあ...ここで新しい身体で目覚めて、それで初めて『前回の自分』が死んだ事に気が付く、という場合も有り得ましょう』
『それならそれで構わんさ。長く生きてる間の記憶はどうせ飛び飛びだからな!』
画面の中でフェリクスがニヤリと不気味に笑って言った。
間違いない、このフェリクスのホムンクルスの中身はマディアルグ王だ。
四百年前に死んでいたはずのマディアルグ王がエルスカインの手でホムンクルス化され、しかも魂だけの状態で生き延びてきたのはなぜか?・・・今はその理由が分からないが、彼の存在もエルスカインの壮大な計画の一部で有ることは疑いの余地がない。
ともかく、このホムンクルス工房・・・工房と言うよりは工廠って規模か・・・はエルスカインがかなりの時間を掛けて準備してきた要衝だと言うことが、一連の会話からも伺える。
「驚きました御兄様、死んだホムンクルスの記憶を写し取れる魔法があったんですね!」
「ああ。これならさっきアプレイスが言ったような『自分としての連続性』も、なんとかなるんだろうね」
「でも完全じゃ無いみたいだぜ?」
「そこはマディアルグ王も達観してるみたいだな。まあ、四百年も前のことなんか普通に生きてても覚えてられないだろうし」
「それに彼自身は、ほとんど魂だけの状態で眠り続けていたのだと思いますよ? きっと四百年間を認識しているのでは無いかと」
「なんでだいシンシア殿?」
「ずっとサラサス王国が平穏だったからです。小競り合いや内紛はありましたけど、エルスカインが暴れた形跡はありません」
「確かにな!」
やはり、近年になってエルスカインの色々な企みが急激に動き始めていることは、このサラサスでも同様なのだろう。
そして、その根底には一貫した流れというか、奔流の大結界に関わる計画が存在しているはずだ・・・
画面に映る老齢の男は、フェリクスの言葉を聞いて同じようにニヤリと笑う。
『ほっほっ、まあ陛下がそう仰るなら...こちらも新しいホムンクルスが目覚めるまでは、外に出た陛下の身体が生きていると分かっておりますから安心してはおりますがな』
『で、首尾はどうだ? 吾輩が、魔法使い共を連れて東の果てを訪れておった間に準備は進んだか?』
『ホムンクルスは予定通りですな。身体と魂の方は、もうしばらくで全ての用意が整いましょう』
『ようやく不死軍団の誕生か...待ちわびたぞ! なにしろ十年も待たされたのだからな!』
『陛下にとって魂で眠りについておられた十年間は記憶にありますまい? 儂なんぞ、陛下がお眠りになっている間ひたすら、お身体と魂の複製を造り続けて十年ですぞ...少々精根尽き果てた感もありますな!』
不死軍団!
やっぱりホムンクルス軍団の事だったか・・・
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