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第八部:遺跡と遺産
逃走幇助のフリ
しおりを挟むパトリック王が少々、顔をしかめている。
それがジャン=ジャック氏の言い様に対してなのか、ブリュエット嬢の名前を聞いた事への反応なのかは定かじゃないけど。
「相変わらず突飛なことを考えておるなジャン=ジャック。だが、ブリュエットがいかに不愉快な女であろうと、それをもってエルスカインの配下だと決めつける訳にも行かぬ。あの事件後にフェリクスの肩を持っていた事実があるとしてもな」
どうもパトリック王自身も言い様からすると、顔をしかめた理由は後者っぽい。
「そこは分かってますって陛下。だから今回はそこもまとめて確かめちゃいましょうよ。ワタクシたちの仕掛けにブリュエットおばさんが乗ってきたらクロだってことですよ」
「ふむ...どうするのだ?」
「実はフェリクスが存命していて、再び捕らえられたってコトをそれとなく知らせるのはどうです? それでブリュエットおばさんが驚きもしなかったら、まぁクロでしょ」
「驚いたら?」
「灰色ですかねぇ?」
「それでは結論ありきであろう」
「冗談ですってば陛下。でもフェリクスは公式には十年前に死んだことになってるんです。信じなくて当たり前。生きてる可能性があると分かってる時点で普通じゃありませんね」
「確かにそうであろうな。普通なら生き延びる可能性を考えるはずもない」
もしもブリュエット嬢が、フェリクスが『島流し』を生き延びている可能性があると考えられるとすれば、それはフェリクスがすぐに誰かに救援されるか、刑の前にニセモノとすり替わっている可能性を知っているからだろう。
どっちであっても、それが出来るのはエルスカインだけだ。
「それで地下牢に面会に来ようとするなら間違いなくクロでしょ? さっきシンシアさまが仰ってた魔道具を『フェリクスの逃走用に使えるモノ』として密かに手に入るようにしておけば、オバサンの行動もハッキリするでしょうね」
「ふーむ...それはそうだが...勇者殿、シンシア殿、ジャン=ジャックの言うやり方は可能であろうか?」
「転移門の魔道具は問題ないですけど、そうウマい具合に機密情報や魔道具を流せますかね?」
「ソコは大丈夫でしょ」
「うむ。ブリュエットの縁者...と言うか、マディアルグ王の血を引くと自称する者は、いまだに大勢おるからな」
「そうなんですか...」
「しかも今回はワイバーンの襲撃という大騒ぎを伴っておるゆえ、城内の動きも慌ただしいはずだ。そこにフェリクスの話を紛れ込ませるのは造作なかろうユベール?」
「はい陛下。複数の経路に情報を紛れ込ませれば、確度の高い事実として扱われるでしょう」
王宮の内情も中々にエグいものなんだろうか?
まあ、彼等が出来ると言ってるなら出来るんだろうし、俺たちは、その詳細まで気に掛ける必要も無いよな。
「分かりましたオブラン卿。俺たちの方もすぐに準備を進めましょう。ただ、フェリクスには時間の経過具合を覚られない方がいいですよね?」
「そうですな勇者さま。もし出来ればフェリクスが脱走する時は、まだ襲撃直後だと思わせておきたいところです」
「分かりました。だったらパルレア、不可視状態で地下牢へ飛んでさっきみたいにフェリクスを気絶させてくれないか? 今度はちゃんと起こすまで眠らせておく感じでな」
「わかったー!」
「御姉様、私も一緒に参ります。フェリクスを眠らせている間に探知魔法を仕込んでしまいましょう」
「シンシアさま、探知魔法というのはひょっとして、あの有名なアルファニア製のペンダントのことでございますか?」
オブラン宰相が、ちょっと不思議そうな表情を浮かべている。
ミルシュラントでは、あのペンダントは貴族の間で好評だって言う話だったけど、そこはサラサスでも同じらしい。
ただ、フェリクスの首に勝手にペンダントを下げてもすぐに露呈するだろうと思ったようだ。
「オブラン卿、これは正確に言うとペンダントの元になった魔導技術ですね。私の方で改良してあるので、いまはペンダントを使わずに任意の場所に魔法陣を仕込むことが出来るのですけど...本来はアルファニアの門外不出の技術ですので、今回の件は内密に御願いします」
「かしこまりました...では陛下もジャン=ジャック殿も、シンシアさまの探知魔法に関しては口外しないということで御願い致します」
「うむ」
「お約束いたしましょう」
「でもシンシア、探知魔法を仕込むのはエルダンの時みたいに『罠』の方がいいんじゃないのか?」
「ですが御兄様、フェリクスはきっと使用済みの転移魔法陣を捨ててしまいますよ? いえ、むしろ捨てて貰った方が証拠を隠滅できますし」
「それもそうか...なら地下牢には俺も一緒に行くよ。どこに探知魔法を埋め込むつもりだい?」
「服と足裏が良いかと」
「いまのシンシア改良版探知魔法は、探知中も魔法陣が光ったりしないんだろ? だったら足裏なんて狭い場所じゃ無くて、背中でもどこでも大丈夫じゃ無いか?」
「そうですけど御兄様、万が一別の魔法の影響を受けたりする可能性も考えると、出来るだけ目立たない場所にしておくに越したことは無いと思います」
「あー、なるほど」
「それに改良版探知魔法はコンパクトなので、足裏でも十分ですから」
「了解だ。服にも掛けるのか?」
「ええ、服の方には足裏の探知魔法と『対になる探知魔法』を掛けて、さらにこの牢獄の壁とも『対』にしておきます」
「そうか。エルダンで使った『離れると分かる』って手法だよな?」
「はい」
「つまりフェリクスが牢獄を離れると探知魔法陣からシンシアに向けて警告が発せられる。で、もしも途中でフェリクスが服を着替えたりしたら、そこでも警告が発せられるってワケだな?」
「彼が着替えるかどうかは分かりませんけど、上手く行けば途中の潜伏場所も特定できるかも知れません」
「いいなソレ。フェリクスが真っ直ぐホムンクルス製造拠点に向かってくれるならそれで問題ないし、もしも協力者の家にでも潜り込むようなら、そこも分かるな。例の三角探知は必要かい?」
「えっと...直感なんですけどフェリクスの逃亡先...今回の件に関するエルスカインの拠点は、そう遠くでは無いような気がするんです」
「ああ、そうだな」
「御兄様もそう思われますか?」
「マディアルグ王の時代から使われてる拠点の可能性もあるし、なによりここには『獅子の咆哮』が設置されてる。エルスカインとしてもワザワザ遠くに拠点を造る必要は無さそうだからな」
「ですよね!」
「じゃあ、ルリオンの平野部をカバーする程度の広さでいいだろう...オブラン卿、この王宮を中心に平野部を網羅するくらいの縮尺の地図を何種類か用意して貰えませんか? それを使って逃がしたフェリクスを追う探知魔法を使います」
「かしこまりました勇者さま、シンシアさま。すぐに地図を用意致します」
フェリクスに探知魔法を埋め込んで、『脱出させるフリをする』ための罠をシンシアが仕上げたら、あとの手はずには口を出さすにオブラン卿にお任せとしよう。
++++++++++
慌ただしく謁見の間での合議を終えて、アプレイスとエスメトリスには俺たちの借りている客間で休んで貰うことにし、それから不可視状態になった三人で地下牢に跳んでフェリクスの牢に向かった。
まだ捕らえてから大した時間は経ってないので、水や食べ物も差し入れられていないし、そもそも牢番にもフェリクスの存在を知らせてない。
シンシアが掛けた結界の効果で、牢の中のフェリクスが暴れようと叫ぼうと入り口の方まで音は聞こえないから、牢番がオブラン卿の命令を破って自分から最奥の部屋まで様子を見に来ない限り、フェリクスの存在に気が付くはずは無いのだ。
< じゃあパルレア、ヤツを眠らせてくれ >
< りょーかい! >
フェリクスからは俺たちの姿は見えないし声も聞こえないはずだけど、念のためにヤツを眠らせるまでは指通信で会話する。
パルレアがスーッと檻の方へ飛んで行くと、内側に向けて両手を掲げた。
そのままじっと動かないので少し心配になってくるが、魔法を発動している最中に話し掛けるのも良くないだろうから、黙って様子を見守る。
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