なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第八部:遺跡と遺産

空からの影

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みんな揃って野外劇場で『魔法使いとゴーレム』を観劇してからしばらくの間、俺たちは思いのほかのんびりと過ごせていた。

獅子の咆哮の鍵は恐らく分かったものの、『ヒュドラの毒』そのものを問題なく掘り出す方法はまだ見つからない。
今のところマリタンも打開策を思いつかないようだ。

フェリクス王子の『不死の部隊』に関しても、パトリック王やオブラン宰相は耳にしたことが無いそうで、新しい情報は手に入らなかった。
フェリクス王子が何を企んでいたとしても、もう十年前の話だもんな・・・ジェルメーヌ王女の件のように改めて真実が明らかになるなんてことは、そうそう期待できないだろう。

そんなこんなで、自分自身と銀ジョッキを含めて王宮をウロウロする意味が当面なくなったと言うだけだから、『暇』と言うよりは『手詰まり』と言った方が正しいのだけど、慌てようが焦ろうが結果は変わらないということで、少々のんびりしていたのである。

アプレイスは『観劇仲間』である造船所のドルイユ技師とすっかり仲良くなって、よく一緒に出掛けている。
造船所の所長もドルイユ技師が『ドラゴンと知己になった』と言うことで、アプレイスがドックに顔を出した時には自由行動を認めるというスタンスらしい。

まあ、いくらアーブルの街が大きくても劇場の数は限られているので、郊外にやって来たドサ回りの芝居も含めてめぼしいものを見た後は、素人に毛が生えたような集団による街角演劇や大道芸人なども見て回っているらしいけど、それでも十分に楽しいそうだ。

あれ以来シンシアは頻繁にアルティントを訪ねて、新しい友達であるジェルメーヌ王女と会っている。
十歳も年上のタチアナ嬢とも仲良くなり、三人で、あるいはペリーヌ嬢も交えて四人でお茶を楽しんだりしているようだ。
パルレアはあまりそちらの方には混ざらずに俺と一緒にいるか、退屈凌ぎにアプレイスにくっ付いて出掛けるかという感じだな。

++++++++++

そんなのんびりした日々の中、今日のシンシアはアルティントには顔を出さず、野外劇場で仲良くなったバティーニュ准男爵邸を訪問している。
これも実は昨日に引き続いて二度目だ。

昨日は、初めての場所だからと俺も一緒に付いていったのだけど、途中からテンションの上がった二人の専門的な会話に・・・いや、アレは会話と言うよりもバティーニュ卿による『金融講座』と質疑応答だよな・・・全くついて行けず、屋敷の立派な庭園を眺めて過ごしていた。

バティーニュ卿にとっても、若くて熱心な生徒であるシンシアに色々なことを教えるのは殊のほか楽しいらしく、もう話が止まらない。
途中で奥様が顔を出しても停まらない。
メイドさんがお茶を持ってこようが、大量にお菓子を運んでこようが、一向に止まらない。
シンシアの方だって、お菓子を口に運ぶよりもメモを取る方を優先している状態なので、まあ、どっちもどっちでは有るが・・・

大成功した事業家であるバティーニュ卿の金融・・・俺に分かるイメージで言うと『お金の動かし方』の講座なんて、大金を積んでも聞きたいという人だって多そうな気もするけど、今回はシンシアが独占である。
きっとシンシアがアルファニアで王宮魔道士から『探知魔法』の秘密を教わっている時もこんな感じだったんだろうな。

昨日は、銀行の実務を任せきっていると言うバティーニュ卿の息子さんご夫婦にも紹介されたのだけれど、こちらもこちらで、間にシンシアを挟まない限り俺に理解できる話題はそれほど無い。
結局、バティーニュ准男爵家の相手は全面的にシンシアに任せることにして、今日の付き添いは辞退させて貰ったのだ。

今日はアプレイスとパルレアも大道芸を見物に出掛けているから、一人きりである。

迎賓館でゴロゴロと少々だらしなく寛いでいると、ふいに指通信が届いた。
なんだ、アプレイスか?

< どうしたアプレイス、またゴーレムの舞台か? >
< ライノ、ワイバーンだ! >
< え、ソレどんな芝居だよ? >

< 芝居の話じゃねえ! 海の方から街に向かって大きなモノが沢山飛んできてやがる。あれは多分ワイバーンだ! >
< マジかっ! >
< ああ、あいつら、接近を覚られないように、いったん洋上に出てから回り込んで来やがったんだ >
< 数は? >
< 遠目に見えてるだけでも軽く二桁はいるな >
< くそっ! >
< どーしよー お兄ちゃん! >

パルレアも会話に混じってくる。
まさか、こんな唐突に物理的な大規模攻撃が仕掛けられるとは・・・さっきまで驚くほど長閑な時間だったのに!

< アプレイス、お前一人で街を守れるか? >
< ちょいと数が多いな...でもまあ奴らがドラゴンと同系だって容赦しなけりゃあやれると思う >
< そうか...スマンが頼む >
< アタシは? >
< パルレアは街のことは気にしなくていい、アプレイスを守ってくれ >
< えっ? >
< あいつら、ワイバーンじゃ絶対にドラゴンに勝てないって分かってて送り込んで来てるんだぞ? なにかアプレイスへの策を用意してるに決まってる。ドラゴン族の結界を突き抜けてくるような魔法のナニカだ >

< そっか! わかったー、アタシの精霊結界で二重にアプレースを包むね! >
< 頼んだぞパルレア! >
< お兄ちゃんは? >
< 王宮へ行く。数が多いなら恐らく二手に分かれて攻撃してくるはずだ。俺たちがアーブルの防衛で手一杯になることを狙って、その隙に王宮を奪取しようとするだろうからな! >

< 大丈夫かライノ? ワイバーンだって飛翔能力は高いぞ? >
< 分かってる。なんとかするさ! >

実際、ドラゴンやワイバーンの飛翔能力に較べれば、俺の飛翔魔法なんて『よちよち歩きで空のお散歩』ってレベルだけどな!

この非常事態に人目もへったくれもない。
即座に慰霊碑の裏に跳ぶが、こっちはまだ攻撃を受けていないようだった。
アーブルに混乱を引き起こしてから一気に攻めるって作戦か?

くそぅ、先日はパルレアに『人目の法則』なんて言ってたくせに、俺もすっかり油断してたな・・・

フェリクス王子の居室と慰霊碑の裏に『シンシアの中継装置』を仕掛けておいたことで、なんとなくフェリクス王子の初撃は躱せるような気になってたのだ。
むしろ、『こっちが罠を張って待ち構えてる』ってくらいの気持ちでいた自分が間抜けに思える。

「御兄様!」

振り返ると、シンシアも転移してきていた。

「来たか、シンシア」
「御姉様から連絡を貰いました!」
「ここはちょうど紋章のど真ん中だ。防御をシンシアに任せていいか?」
「はい!」
「かなり広いけど、出来るだけ王宮全体を守ってくれ。最悪でも、ここには誰も近寄らせるな」
「分かりました。御兄様は?」
「たぶんコッチにもワイバーンかグリフォンが来るだろう。俺は空に上がって、そいつらを迎撃する」
「お気を付けて、御兄様!」

そのまま飛翔魔法を発動して空に上がり、周囲を見渡す。
すると、海とは反対の丘陵側からこちらに向かって飛んでくる幾つもの黒い影が見えた。

・・・なんだよ、あの数は! 

複数のグループに分かれて飛んできているけど、こっちも全部合わせれば数十匹は軽くいる・・・となると、こっちに来てるのがワイバーンの本隊か。

やっぱり二カ所への同時攻撃で、俺とアプレイスをアーブルの防衛で手一杯にさせてから王宮へ乗り込むつもりだったようだな。
アーブルの方はワイバーンの数からしても、アプレイスに対して『力押し』だけで勝つ作戦じゃないことは明らかだ。
連中が、どんなアプレイス対策を仕込んできているのか分からないのが心配だけど、パルレアが一緒に頑張ってくれることを期待しよう。

そしてこっちにも送り込まれて来た大量のワイバーン・・・

手に注ぐ魔力を高めて石つぶてを連続掃射する準備をするが、ブラディウルフやアサシンタイガーの様に毛皮を持つ魔獣と違い、高速で飛び回るワイバーンに石つぶてを命中させ、その硬い外皮を通して一撃で致命傷を与えるのは難しそうだ。
かと言って、一匹ずつガオケルムで切り裂いて行くには数が多すぎる。

つまり、空中戦をしながら石つぶてとガオケルムで斃すには数とスピードが追い付かないという狙いか・・・

確かに俺の飛翔能力では多数のワイバーン相手に手が回らない。
いや、仮にアプレイスが一緒だったとしても、この数を相手に各個撃破してたんじゃあ隙間を抜かれるのは時間の問題だろう。

よく作戦を練って来てるじゃないかエルスカイン!

エルスカインは石つぶての破壊力もガオケルムの切断力も良く知った上で、飽和攻撃になる数のワイバーンを送り込んできているワケだ。
フェリクス王子自身に、そこまで知恵が回ったとは思えないし、そもそも彼は俺の戦闘力がどの程度かなんて知ってるはずも無い。
いや、そもそもフェリクス自身が『古代の支配の魔法』を扱ってワイバーンを従えられるとは思えない。

やっぱり、エルスカインの全面的なバックアップを受けていないと、この作戦の実行は不可能だよな・・・
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