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第八部:遺跡と遺産
『姫にも衣装』作戦
しおりを挟む罠の仕上がり具合はともかく、あれが俺たちの推測通りにジェルメーヌ王女を狙ったものだったとすれば、その目的は一つしか考えられない。
「で...本来は捕らえた王女を自分らの拠点に送り込んでどうする気だったのかっていうと...」
「ホムンクルスを造るため、か?」
「私もフェリクス王子は、ジェルメーヌ王女の身体を素材にするつもりだったのだと思いますよ」
「多分な。それに王宮に戻す時には『身代金の受け渡しに失敗して犯人が王女を置いて逃げた』とでも演出すればいいし」
「でもライノ。それこそ、そんなちっこい子供のホムンクルスなんか造ったって、大して役に立てられないんじゃねえかな?」
「そうでもないさ、使い方...っていうと表現が酷いけど、逆に子供だから周囲の人を動かせることもあるしな? 大人に泣き落とされても無視できるだろうけど、小さな少女に泣き落とされたら無視できないってヤツは多いよ」
なんなら、シンシアに探知魔法の秘密を教えてくれた王宮魔道士のように、向こうから救いの手を差し伸べてくれる人だっているだろうし・・・
「あぁ分かるぞ。助けたくなるよな?」
「だろ。『誘拐されてた王女が一ヶ月後に無事戻って来た』なんて話は感動モノだ。そこで少女の言葉を疑うヤツなんか出てくるもんか。まあフェリクス王子も失敗したことはすぐに覚っただろうけど、代わりに、毒蛇で仕留め損なったペリーヌさんを消せたから良しとしたんじゃないか?」
「...つまりフェリクスは邪魔者を片付けた上に、パトリック王や他の貴族を動かしやすくする駒も手に入れるつもりだったってワケだな」
「そう思うよ」
「私も、そういう狙いだったんじゃ無いかと思います御兄様」
「なるほどねー!」
「なんかエグい野郎だよなぁ。フェリクスってのは...」
幼い子供さえも殺して利用しようとするエルスカインとフェリクス王子の発想には虫唾が走るけど、いかにも連中らしい冷酷さだとも思える。
「ま、どこからがフェリクス王子の計画で、どこまでがエルスカインの入れ知恵かは分からないけどね。耳にする限りのフェリクス王子の人物像じゃあ、あまり複雑な計画は立てられそうにないって感じがするからな」
「なんかアレだよライノ。そこも含めて、まさに正当なマディアルグ王の後継者って感じだ!」
「色々ヒドいな...」
ただ、フェリクス王子の行動に関しては、サラサス王宮を訪れて以来ずっと拭えない違和感もある。
バカ云々はさておき、フェリクス王子はあまりにも奔放にやり過ぎていないだろうか?
単に『永遠の命を得たという勘違い』で舞い上がっていただけならともかく、狩猟会でのブラディウルフにしても、オリアーヌ妃を襲った毒蛇にしても、エルスカインのサポートが無ければ実現不可能だ。
逆に転移門の罠にはエルスカインの手が入っておらず、エルダンで潰れた錬金術師が王子に頼まれて自前で用意したんじゃないかと思える。
なぜエルスカインはそこまでフェリクス王子に自由な行動をさせていたのか?
『不死の部隊』とも関わってきそうな気もするけど、あえてフェリクス王子に好き放題を許していた理由がエルスカイン側にもあるはずだ。
サラサス王国は『奔流の大結界』の範囲からも遠く離れているし、単にエルスカインが『獅子の咆哮』の実験と保管場所に利用したに過ぎないと思っていたんだけど、本当は、まだ俺たちに見えてない何かがここにあるんだろうか?・・・
++++++++++
翌朝、オブラン宰相からの手紙箱で、ジェルメーヌ王女のこれまでの家臣達全員を別荘の一つへ向かわせたという連絡が入った。
念のため、居室のある階からは衛士達も下がらせているそうなので、転移門を使える俺たちも人目を気にせず自由に出入りできる訳だ。
早速シンシアがジェルメーヌ王女とペリーヌ嬢をエスコートして王宮へ跳び、昨日に続いて少しの着替えや手元に置いておきたいモノを持ち出してくることにした。
なにしろジェルメーヌ王女が日頃着ているドレスは、自分一人で脱ぎ着が出来ないか、着脱が非常に難しい服ばかりらしい。
そりゃまあ、自分で自分のコルセットを締めるとか難しそうだもんね。
シンシアは姫様とエマーニュさんの侍女ゴッコに付き合っていたので、ある程度はドレスの着付けが出来るそうだけど、ペリーヌ嬢を一緒に連れて行かないと、様式の違いとかが分からないそうだ。
ペリーヌ嬢もここに一人で取り残されると心細いだろうから丁度いい役目だし。
それと珍しくアプレイスが自主的に朝から起きてきたと思うと、『今日は特に用事が無いなら一人でドックに行く』と言ってきた。
どうやら演劇繋がりで仲良くなった造船技師のドルイユ氏と、街でやってる芝居を一緒に観劇する約束を取り付けに行くらしい。
念のためパルレアに『ホムンクルス探知機』として同行して貰うよう頼んで二人を送り出す。
しかしアプレイスも大衆演劇が絡むと、滅多にみない積極性を発揮するよな・・・
++++++++++
シンシア達三人は昼前に王宮から戻ってきた。
「ただいま戻りました御兄様」
「お帰りシンシア、ジェルメーヌさんの荷物はうまく纏められたかい?」
「いえ、取捨選択が面倒だったので、目に付くものを片っ端から小箱に入れて持ってきました」
「あ、そう...」
「二人ともかなり驚いていましたけど、一緒に転移門を使っているのに今さらですからね」
「そりゃそうだな」
いったん勇者だと白状した後は、ズルズルと『何でもアリ』になっていくのもいつものことだ。
ましてやジェルメーヌ王女は、状況次第ではかなり長く俺たちと一緒に行動する事になるかもしれないし、なによりもシンシアの友達だからね。
隠し事の少ない方が、お互い楽に決まっている。
「しかし、二人とも迎賓館の中で過ごしている分には不都合もないだろうけど、長くなってくると息が詰まるだろうな...」
「ええ」
「理想的にはフェリクス王子と『獅子の咆哮』が全部片付いてから王宮に戻って貰うのがいいんだけど、それがいつになるのか見込みが立たないからね」
「一応、それも見越して談話室にあった本も大量に持ってきてあります。あ、例の使用済みの罠も回収しておきましたよ」
「すまん、昨日はドタバタで俺も回収を忘れてたな」
「それで、さっき思いついたんですけど...一つの案として、ジェルメーヌさまとペリーヌさんには、しばらくの間、ルリオン周辺から離れて頂くのも良いかもしれませんね」
「ただなぁ...離れると言っても王女だぞ。世話係がペリーヌさん一人だけの状態でヒップ島に連れてくワケにも行かないだろ?」
いまの時点で、『安全さ』で言うならばヒップ島に勝る場所は無い。
なぜならエルスカインの配下が転移門を開くためには、まず物理的にその場所を訪れることが必要であり、絶海の孤島であるヒップ島に転移門を開くためには、船に乗って長い航海をする必要がある。
しかもバシュラール家の別荘が温存されていたことからも、ヒップ島の存在はエルスカインの意識から外れているようだし、今さら害意を持ったヤツが上陸しようとしてもパルレアとシンシアの張った結界に拒まれて不可能だ。
そんな訳で、確かに奴らの手はヒップ島には届かないのだけど・・・
だからって昨日まで王宮暮らしをしていた王女を、あんな僻地の男所帯に放り込むとか嫌がらせレベルだろう。
むしろ心労で倒れかねないよ。
「アルティントはどうでしょう?」
「ん?」
「ラクロワ家の屋敷なら使用人も沢山いるので、お世話の問題もありませんよ。結界の張り直しと宣誓魔法の掛け直しをしておけば、よほどのことがない限り大丈夫です。何より、アルティントなら十年前のペリーヌさんのことを知っている人はいないでしょうからね」
「それもそうか...タチアナ嬢はジェルメーヌ王女とも面識があるはずだし、色々と相談に乗って貰えるよな?」
「ええ。ここの場合は、逆に勇者を狙った攻撃に巻き込んでしまう可能性も無いとは言えませんが、アルティントならヴァレリアン卿やアロイス卿も一緒に守れます。丁度良いのでは?」
「確かに!」
「それにうまく溶け込めれば街を歩くことも出来るでしょう。服装にさえ気を付けておけば、まさか王女がそこらを散歩してるなんて絶対に思いませんよ」
「おお、『馬子にも衣装』作戦だな! いや逆か。『姫にも衣装』作戦だ」
「ええ、『姫にも衣装』です! 私の時は顔が知られていてダメでしたけど、それも『銀の梟亭』だけの話です。ジェルメーヌさまの顔を覚えている人がアルティントにいるとは思えません」
まあ、あの時は給仕のお姉さんがリンスワルド家の食卓で働いていたっていう特殊な事情だったからな。
それ以外の場所では、一切問題が無かったと言える。
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