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第八部:遺跡と遺産
王宮にうごめくもの
しおりを挟む号泣するペリーヌ嬢を優しく支えて寝室へ連れて行っていたジェルメーヌ王女は、しばらくすると談話室に戻って来た。
「ペリーヌ嬢は落ち着かれましたか?」
「いまは泣き疲れて眠っております。今日はペリーヌにもショックなことが多すぎましたから仕方有りません。それに、わたくしにとって母上との死別はもう十年も昔のことでございますが、彼女にとっては、まだほんの数週前のことに過ぎないのですわ」
「ですよね...」
「俺のせいもあるのかライノ?」
「アプレイスのせいじゃないよ。アレは、むしろ色々と弱ってたからドラゴンと聞いて気絶しただけだ」
「ならいいけど。ああ言う怖がられ方をしたのは久しぶりだったからチョット焦ったぜ?」
「それは大変申し訳ありませんでしたアプレイスさま。わたくしが代わってお詫びを申し上げます」
「いや、やめてくれジェルメーヌ殿。貴方は悪くないし、別に俺の心が傷ついたとかじゃないんだ」
「左様で御座いますか...」
「俺がドラゴン姿で城門前に降り立った時の様子を見てたかい? あるいは飛び立つ時でも」
「はい。報せを聞いて、大急ぎで外が見える窓の所へ走りましたので」
「アレが俺の本来の姿だよ」
「ええ、とても凜々しいお姿でございました」
「そりゃどうも。でも怖がられて当然なんだし、それを嫌とは思わない。さっきの件はペリーヌ嬢に恐ろしい思いをさせたことを心配しただけだ」
毎度のコトながら気遣いの出来るドラゴン。
それがアプレイスである。
「ところでライノさま、ペリーヌが眠りにつく前に口にしていたのですが、母上はフェリクス王子を居室に呼びつけようとしていたようです。ペリーヌもはっきりとは知らないようですが、不正の証拠を掴んだので王子に問いただすと言う主旨だったと」
「やっぱりですか...」
フェリクス王子は他の側室の子供ではあるけれど、立場的にはオリアーヌ妃が呼びつける側にいる。
何か自分についてマズいことを掴まれたと察したフェリクス王子は、オリアーヌ妃の口封じに走ったのだろう。
罠を仕組んだ本だって、王女に見せる前に世話係が内容を確認することぐらいは、同じ王族であるフェリクス王子も承知している。
だからジェルメーヌ王女だけに反応するように転移門を作らせたけど、造りが稚拙で暴走したってところか?
それにしても、ちょっと突っつくだけで、アチラコチラから色々なモノが溢れ出てくるサラサスの王宮は、エルスカインの力を借りたフェリクス王子によって、一体どれほどのダメージを受けていたのか・・・
以前、ヴァレリアン卿がスライの双子の兄達のことを『甘やかしすぎた』と言ってたけど、パトリック王もフェリクス王子に対しては似たような感じだったんだろうか?
ま、ブリュエット嬢って言う噂の母親の影響が強かった可能性もあるし、今さら理由を考えても詮無いことだけどな。
「そのことなのですがライノさま。差し支えなければ、一つ伺ってもよろしいでしょうか...」
「なんでしょう?」
「陛下がフェリクス王子について『少々説明が必要だ』と仰っていたのは、どういったことでございましょう?」
「ああ、簡単に言いますとね。処刑されたはずのフェリクス王子がまだ活動している危険性があるってことです」
「えっ!」
「シンシアから聞いたと思いますが、あなたがフェリクス王子の異変に気が付いたのは、彼の身体が魔法で作られた『ホムンクルス』という存在と入れ代わっていたからです」
「ええ、それは伺いました」
「刑罰として『島流し』を受けたフェリクス王子は、そこで死んでしまったはずだとみんなが思っていた訳ですが、どっこい、彼をホムンクルスにした『エルスカイン』という魔法使いの手で救出され、いまもサラサスを荒そうと企んでいる可能性があるんです」
「そんな!」
「だから貴方を匿う必要があるんですよ。フェリクス王子に限らず、エルスカインが送り込んでくる手下にはホムンクルスが多い。それを見分けることの出来る貴方は、彼らにとっての『危険人物』ってことですからね」
「そうだったのですね...」
「当時のことを知っているペリーヌさんも、生き延びていることが分かれば狙われる可能性がある。フェリクス王子やその協力者にしてみれば、ペリーヌさんが証人になる危険性があるなら排除を、と考えるでしょう。だから二人まとめてここに潜んで頂くのが都合いいんです」
「ええ」
「それに十年ってのは長い。しばらくはペリーヌさんも混乱した状態が続くでしょうし、当面は外の人...特に彼女を知っている人には会わせない方が良いと思いますよ。貴方と彼女の安全のためにもね?」
「承知しましたライノさま...」
俺がシンシアに目で合図を送ると、すぐに察して立ち上がってくれた。
混乱しているのはペリーヌ嬢だけで無く、気丈に振る舞っているジェルメーヌ王女自身だってそうなのだ。
「今日はもう休みましょうジェルメーヌさま。この迎賓館にはパルレア御姉様の結界が張られていますから、害意を持つモノが入り込むことは出来ません。安心して下さい」
「はいシンシアさま」
「ペリーヌさんを寝かせた部屋のもう一つのベッドをお使い下さいね。部屋数は十分にありますけど、彼女が目を覚ました時に貴方が近くにいる方が心強いと思いますから
「そうですね...お気遣い有り難うございます」
そうしてシンシアはジェルメーヌ王女を寝室に送ると、すぐに戻って来た。
「やっぱり、あの罠は変ですよね御兄様?」
「だよな」
「ナニがー?」
「何のことだライノ?」
「いやさあ、童話本に仕込まれてた転移門の罠は、本来ジェルメーヌ王女を狙ったものだって可能性が高い。まあ色々と機能不全だったけど、仮にきちんと動いていたらペリーヌ嬢ではなくジェルメーヌ王女が取り込まれてたはずだ」
さすがにこれは、ジェルメーヌ王女の前で話す気にはなれない話題だ。
「そーねー」
「で、取り込んだ王女をどこへ送るつもりだったんだ?」
「アレっ?」
「そうなんです御姉様。設定していた転移先がどこだったのか、それによってフェリクス王子の狙いが分かるのではないかと」
「ん? それは最初から殺すつもりだったんじゃ無いのかシンシア殿?」
「それでしたらオリアーヌ妃と一緒に殺めていると思うのです。二人、いえ三人とも庭に出ていたのですから、そこをまとめて毒蛇に襲わせてしまえば済んだはずではないかと...」
「それに当時で七歳の少女だよアプレイス。母親を亡くして物凄いショックだった事は言うまでも無いけど、だからって、その年齢で『貴族が嫌になりました』なんて出奔しないだろう?」
「つまり?」
「つまり王族の子が自分の意志でいなくなることは有り得ないから、行方不明になったら大騒ぎになる。王宮中をひっくり返して捜索されるだろうし出入りも制限される。なんならルリオン市街に戒厳令が敷かれたかもな」
「そうか、普通は子供の姿が消えたら『誘拐された』と考えるよな...実は遺体が残る形で死なせちまった方が簡単だってコトか」
「だな」
「それなのに、騒ぎになることを承知で転移門の罠まで使って誘拐しようとしたわけだもんなぁ...そう考えると、確かに俺にもおかしく思えてきたぞライノ」
「で、転移先が問題だ。王宮の外に出してしまえばいいってモノでも無いだろう? それに橋を架ける転移門の繋がる先は基本的に固定だから、滅多な場所には開けない」
「それに、あの罠の魔法陣を造った錬金術師が物理的に訪れる事の出来た場所、という制約もありますからね。恐らく自分たちの拠点のどこかにしたでしょう」
「その通りだなシンシア。そうなると候補は限られるだろう...ところが、シンシアの見立てによると、あの錬金術師は魔法技術が稚拙だったから、一方通行の罠を上手く仕上げることに失敗して、捕らえた相手を『どこかに送り込む』んじゃなくて、転移門の内側に『閉じ込める』仕掛けになっちゃったってワケだ」
「ペリーヌ嬢が忽然と姿を消したことで、フェリクス王子も錬金術師も罠が作動したことには気が付いたはずです。でも、待てど暮らせど、ペリーヌ嬢が待ち構えていた場所には出てこない...」
「それで罠が期待通りに動作しなかったことを知った訳だな?」
「結果論ですけど、その事で『一方通行の罠』にも使い道があることに気が付いたのかも知れませんね。だからエルダンでは、もう少し洗練した罠に仕上げようとしたのでしょう...もっとも、アレも酷い仕上がりでしたけど」
件の錬金術師に関するシンシアの論評は相変わらず辛口だな・・・
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