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第八部:遺跡と遺産
王女の過去の記憶
しおりを挟むなんとなく朗らかな様子のヴァレリアン卿にさりげなく声を掛ける。
彼等にはジェルメーヌ王女とペリーヌ嬢のことをちゃんと紹介して経緯を話しておかないとな。
「みなさんお帰りなさい」
「私用で長く出歩いてしまい申し訳ありませんライノ殿」
「そんなこと気にしないで下さいヴァレリアン卿。俺たちだってみんな出たり入ったりですよ」
「であれば良かったのですが...あの、そちらのお嬢様方は?」
ヴァレリアン卿がそう言いつつ、シンシアの隣にいるジェルメーヌ王女とペリーヌ嬢に目をやった。
まさか王女様が来てるとは思わないよね。
「ああ、ちょっとした事情がありましてね。ジェルメーヌ王女と侍女のペリーヌ殿には、今日からしばらくの間、ここで一緒に過ごして貰うことになったんです」
「は?」
「みんな、ジェルメーヌ王女とは晩餐会の時に会ってるでしょう?」
「え?」
意味が良く分からないと言う顔をして固まったラクロワ家の面々に、ジェルメーヌ王女がにこやかな微笑みを向けてしゃなりと挨拶をする。
「ヴァレリアン・グラニエ・ラクロワ伯爵さま、アロイス・グラニエ・ラクロワ子爵さま、スライ・グラニエ・ラクロワ子爵さま、改めましてパトリック・メシアン三世国王陛下の娘、ジェルメーヌ・メシアンでございます。しばらくの間御迷惑をおかけ致しますが、どうかよろしくおねがいいたします」
おお、ほんわかしてるように見えても、三人の名前と爵位をちゃんと覚えていて、流れるように挨拶をしてみせたよ。
さすがは王族だな。
「なっ!」
状況を理解したラクロワ家の面々が、スライも含めて一斉に跪いた。
代表してヴァレリアン卿が言葉を返す。
「ジェルメーヌ王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく。ラクロワ家一同、このような場でお目通りかなうとは恐悦の至りにございます」
「皆様、どうかおもてを上げてお立ち下さいませ。今のわたくしは王女では無く、あくまでもシンシアさまとパルレアさまの一人のお友達として、ここに参らせて頂いておりますのよ。ぜひ皆様方にも、そう接して頂ければ有り難く思いますわ」
「は!」
「それと...こちらはペリーヌ。新たにわたくしの侍女になって貰ったのですけれど、経緯については少々説明が必要かと存じます。その辺りはわたくしの口からよりも、ライノさまにご説明頂く方がよろしいかと...」
だよね・・・それにラクロワ家の面々の緊張をほぐすのは、ジェルメーヌ王女を連れてきた俺たちの責任だしな!
「あのなスライ、ペリーヌさんは元々ジェルメーヌ王女の母君の侍女だった方なんだよ。でも、フェリクスの仕掛けた魔法のせいで、ここ十年ほどは転移門の内側に囚われて意識を失っていたんだ」
「マジか!」
「マジだ。なので、彼女にはここ十年間に起きたことの知識が全くない、っていうことを前提に接してあげて欲しい」
「お、おぅ、了解した。たぶん...」
そうしてしばらく事情を話している内に、スライ達の緊張も段々とほぐれてきた。
今回は『お忍び』なので王女様呼び禁止っていうのが最初は慣れなくてしどろもどろになってたけど、俺がナチュラルに『さん呼び』を続けてた甲斐もあって、今はもう、さま付けで普通に声を掛けられるようになっている。
もとから今回はパトリック国王やオブラン宰相とみっちり一緒に過ごしてるんだから、王女の一人ぐらいで大騒ぎする話でもない。
ジェルメーヌ王女が気安く接することが出来る女性で、言葉使いや話の内容に余計な気を回さなくてもいいという事さえ分かれば、後は大丈夫だ。
「ライノと一緒にいると驚きの連続だぜ...毎回、これで『慣れた』って思うんだけど、すぐまた常識をひっくり返されるからな」
「スライだって秘密が多かったじゃ無いか?」
「お前が言うか?」
「勇者だってことはすぐに教えただろ」
「自分は侯爵家の血筋なことは黙ってたクセに、俺が子爵家の息子だって知ったらオモチャにしやがって...」
「えー、それは心外だぞスライ。血筋は勇者と無関係だからな?」
「あ、あのライノさまは侯爵なのですか?」
「いえ、それは違いますよジェルメーヌさん。単に俺の産みの母親が某国の侯爵家の庶子だったってだけです。俺の育ちは田舎暮らしの庶民で、侯爵家とは無関係なんですよ」
「左様でございますか...」
「まー、お兄ちゃんよりもシンシアちゃんの方がよっぽどよねー!」
「だよな?」
「やめて下さい御姉様」
「でもシンシア、ジェルメーヌさんには教えていいと思うよ? 家柄とか関係なしに友達なんだから」
「そうですね御兄様!...あの、ジェルメーヌさま」
「はい」
「私は世間に対しては『勇者ライノ・クライスの妹』と称しておりますが、妹というのは心持ちの話でして、実際には血の繋がりがありません。その...本当は御兄様の婚約者なんです」
そこか? そこから話がスタートなのかシンシア!
間違ってないけど!
「まあ! ステキですわシンシアさま!」
「私の元の名は『シンシア・ノルテモリア・リンスワルド』...母はミルシュラントにあるリンスワルド伯爵家の当主レティシア・ノルテモリアで、私はリンスワルド伯爵家の爵位継承者なんです」
「...驚きましたわ! シンシアさまの振る舞いの美しさから、貴族の家柄の方だとは思っておりましたけれど」
「それと...後ほど詳しくお話ししますが色々と公表してない事情がありまして...私の父親はミルシュラント公国の君主であるジュリアス・スターリング大公です」
さすがにジェルメーヌ王女も絶句した。
身元を明かせばシンシアは公女、単にジュリアス卿が『王』と名乗っていないだけで、すなわち大国ミルシュラントの王女と同じことだ。
つまり、どっちもお姫様なワケで・・・うーん、この二人は名付けて『姫友』かな?
ウッカリしてたけど、ヴァレリアン卿とアロイス卿も愕然としている。
そう言えばこの二人には教えてなかったよな。
知らなかったということは、ノイルマント村を巡る経緯から分かってたはずのスライも、敢えて教えてなかったんだろう。
ちなみにペリーヌ嬢はずっと思考停止してる感じだから問題ない。
「ただ、私が大公の嫡子であることは民に公表していませんし、私自身も大公位を継ぐ気持ちは全くありませんから、どうか気にしないで下さい」
いやいやシンシアよ、それはフォローになってない気がするぞ?
シンシアの本音は二人でルースランドの川べりに座って話した時に聞いているし、俺としてもシンシアに大公位を継がれると困ってしまうのではあるが・・・
「うん、まあなんだかんだ言いつつ、みんな貴族っぽい背景があるってことでいいんじゃ無いかな?」
「ねー、どーせ勇者に爵位なんて必要ないしー!」
「そうそう、パルレアの言う通りだ」
「ジェルメーヌちゃんとシンシアちゃんは『現役』の王女サマだけど、お兄ちゃんだって『昔は』王子サマだったんだもんねー!」
「えっ!?」
今度はパルレアとシンシアを除く全員がかなりのシンクロ率でハモると、一斉に俺の方を見る。
どうして、このタイミングでそういう事を喋るかなパルレア・・・いまのが話題を変える好機だったのに!
「マジかよライノ?」
「えっとスライ、昔って言っても普通に言う『以前』のことじゃないぞ? 大昔...生まれ変わる前の魂の記憶だ」
「そ、そんなもんがライノにはあんのか? さすが勇者だな!」
「まあなんて言うか『魂の記憶』みたいな感じなんだけどね...遙か過去に『ライムール王国』って国があってな。俺はその国の王子だったんだ。で、その土地に『ライムールの悪竜』って呼ばれることになった暴れ者のドラゴンが舞い降りてきて暴虐の限りを尽くした。当時の俺は大精霊アスワンから力を借りてその悪竜を討伐したんだけどさ、今も、その時の記憶が色々と残ってるんだよ」
「いま『ライムールの悪竜』と仰いましたか? では、かつてライノ殿は『聖剣メルディア』を使う、ライムールの勇者だったのですか?」
「おっと。ヴァレリアン卿はメルディアの話をご存じでしたか」
「ええ、子供の頃に良く聞かされたものです」
「だったらヴァレリアン卿はご存じかも知れませんが、あの悪竜の話はヤニス王子による妹の仇討ちでしょう? そのライムール王国のクレア姫っていうのが、いまのパルレアの一部なんです」
「そーなのー!」
うーん、知ってる人の前で『童話』とか『お伽話』の登場人物的な感じで自分のことを語るのは、ちょっと、いや、かなり恥ずかしいな・・・
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