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第八部:遺跡と遺産
虚言癖と毒蛇
しおりを挟む「さすがに呼び捨ては俺にとって言いづらいので勘弁してください。せめて『さん付け』くらいでいかがでしょう?」
「はい勇者さま。ではそれで御願い致します」
「もちろんジェルメーヌさんは妹たちのお友達ですからね、俺も親しくさせて頂ければと思います。なので、俺のことは『勇者』ではなくて『ライノ』と呼んでください」
「かしこまりましたライノさま」
シンシアやパルレアのこともさま付けで呼んでるし、この『さま』は変に敬ってじゃなくて、彼女が他人へ呼びかける時の標準なんだろう。
だったらまあ、いいか。
「お互いにかしこまらず、楽な調子で話せるといいなって思います」
「承知しましたわ」
素直だな!
態度にも言葉にも、なにも余計な含みが無くていい。
間違いなく美女なんだけど、シンシアやパルレアのような涼しく凜とした美少女顔じゃなくて、どちらかと言うとレミンちゃんのように『陽気さ』を感じる系統の美人だな。
パトリック王に似ているとも言えるし、ラクロワ家のタチアナ嬢も近い感じか。
さて、ジェルメーヌ王女が素直な性格の持ち主であることは分かったけれど、ここからはチョット重くなるかもしれない話だ。
できるだけ不快な思いはさせたくないけど、聞くべき事は聞かないと・・・
「ところでジェルメーヌさん、プライベートなことを単刀直入に聞いてしましますが、魂魄霊かもしれない存在を王宮内で何度も見掛けたことがあるとか?」
「仰る通りです。幼い頃は、それが他界した母上の霊魂なのでは無いかと思っていたこともございました」
「つまり、いまは違う訳ですか?」
「ええ。もしもそれが母上の霊魂であるならば、なにか、わたくしに伝えたいことがあったりもするはずです。それに見守ると言っても姿がハッキリしていないのは不可解ですので」
「確かに...」
「存在を感じる時も様々で、決まった法則はないように思えます。ただ、自分の居室周辺以外では見掛けることがありませんので、それも母上の霊魂では無いかと思い込んだことの一助でしたわ。ですが、いまではあれはレイスでは無いと考えております」
「ジェルメーヌさんの居室は、母君と一緒に暮らしていた頃から変わっていないんですか?」
「はい、移っておりません」
「そうすると、居室でそれを見掛けるようになったのは、母君が亡くなられて以降なんですね?」
「左様でございます」
「ちなみに、いつ頃からですか?」
「母上が他界したのはわたくしが七歳の時ですから、かれこれ十年近くが経ちますわね。不幸な出来事でございました」
「えっと、差し支えなければ...その...」
「死因でございますか?」
「えぇまあ」
「わたくしと二人で王宮の庭に出ていた時に毒蛇に噛まれたのです。その頃のわたくしは天気が良い午後に、母上と一緒に庭に出て遊ぶことが日課になっておりましたの。遊ぶと言っても大したことはせず、東屋に座って話をしたり、お茶とお菓子を楽しんだりと言ったことですけれども」
毒蛇だと・・・
破邪時代に聞いた『魔獣使いの噂』の中に、王宮に毒蛇を送り込んで暗殺云々ってのもあったよなぁ。
物凄く嫌な感じがする。
「わたくしが母上の側を離れ、庭の外れに控えていた世話係の者に頼み事を伝えに言っている間の出来事でしたわ。悲鳴が聞こえたので慌てて東屋に駆け戻ると、母上が倒れていて、お付きの侍女が『蛇が姫様を!』と言ったのです。侍女が指差す先には一匹の蛇が草叢に入っていく姿が見えました。もう一匹は彼女に首を落とされて死んでおりました」
「侍女が毒蛇を退治したんですか?」
「彼女は生家で武芸を研鑽しておりまして、その気になれば母上の護衛も出来た人なのです」
「ほおう...」
しかしこれは・・・伝えるべきなんだろうか?
今の時点ではエルスカインの関与は推測に過ぎ無い。
彼女の母は暗殺されたのでは無く、野良の毒蛇に噛まれた本当の事故だった可能性も十分にある。
それに十年も経ってから、『貴方の母親は殺されたのです』なんて、誰も聞きたくないだろう・・・
エルスカインと関わってると、周囲でこんな事ばかり起きるな。
「後々から聞いた話では、春先の繁殖期で毒蛇も気が立っていたのであろうと言うことでした。父上...国王陛下は母上を愛されていたので、激昂して庭師を処罰すると騒いだのだそうですが、それはジャン=ジャック殿に諫められて落ち着いたと聞きました」
「そうでしたか。辛い話をさせてしまって申し訳ないです」
「とんでもございませんわ。それに母上が毒蛇に殺されてしまったのは、わたくしのせいでもあるのですから」
え?
どういうことだ?
「ゆう...失礼しました。ライノさまはその頃に陛下の周りで起きた、とある事件のことをご存じでしょうか?」
「王家のみなさんに関わる話ですね?」
「左様でございます」
「それが、狩猟会での出来事を指しているのであれば全て知っています」
「でしたら、フェリクス王子が『出奔』したとされている本当の理由はご存じかと思いますわ。その頃のわたくしはまだ幼かったので狩猟会に参加しておりませんでしたが、随分と経ってから何が起きたのかを知りました」
なるほど、世間的にはフェリクス王子は失踪と言うか出奔したって扱いなんだな。
「発端は...母上のことが起きる前なのですが、わたくしは兄の一人であるフェリクス王子の気配が、ある日を境に全く変わってしまったように感じましたの。外遊から戻って来たフェリクス王子が、まるで別人にすり替わってしまったように思えたのですわ」
ああ、そうか!
精霊たちの気配を感じ取ることが出来るジェルメーヌ王女であれば、ホムンクルスの気配を感じ取ることが出来たとしてもおかしくは無いのだ。
ただ、それが『なんの気配か』を知識として知らなかっただけに過ぎない。
「そして、その日を境に、元々それほど数の多く無かった精霊たち...先ほどパルレアさまが『ちびっ子』だと教えて下さいましたが、彼等の姿が王宮から掻き消えましたの。わたくしはそれが不思議で、また少々不愉快で仕方なく、母上に文句を言ったのです」
「それがフェリクス王子のせいだと?」
「仰る通りです。幼く、世間知らずだったわたくしは不満を抑えることが出来ず、王宮内で色々な方にその事を喋ってしまいました。そして気が付くと、『虚言癖がある』ですとか、『誇大妄想に浸されている』などと囁かれるようになっていたのですわ」
「辛かったでしょうね」
「ええ。ですが母上はそのようなことを気にせず、以前と変わらない態度でわたくしを可愛がって下さいました」
これが『虚言癖』の正体か・・・
むしろ、フェリクス王子や共犯だった官吏の男がジェルメーヌ王女の発言を貶めるために噂をばら撒いた可能性が高いな。
「母上が庭で毒蛇に噛まれたのは、その少し後です。そして何年も経ってから出奔したとされていたフェリクス王子が実際には何をしたか、そしてどうなったかを知ったのですわ。その時にわたくしは覚りました。きっとフェリクス王子は、魔獣を操る非道な魔法を身に着ける途中で、なにか邪悪なモノに身体を侵蝕されてしまったのでは無いかと...そして、フェリクス王子はそのことに気が付いてしまったわたくしの口を封じるために、魔獣を陛下たちの元へ向かわせたのと同じようにして、わたくしたちの所へ毒蛇を差し向けたのだろうと」
「なるほど...」
「ですから、あの毒蛇は本当はわたくしを狙っていたのですわ。たまたま、わたくしが席を外したせいで母上が犠牲になってしまいました...つまり母上は、わたくしの巻き添えになって命を落としたと言って良いと思います」
堰を切ったように一気に喋ったジェルメーヌ王女は、最後の方はちょっと泣きそうな声になっていた。
「ジェルメーヌさん、俺も貴方の推測はおおよそ正しいと思います。ただ、母君が貴方の巻き添えになったと言うのは、少し違うと思いますが」
「えっ?」
「フェリクス王子は、最初から貴方の母君と侍女の命を奪うつもりだったんじゃ無いでしょうか?」
「それは...なにゆえでございましょう?」
「まず理由の一つは、もしその毒蛇が魔法で操られていたのだとすれば、標的を違えるはずがないからです。これについては、俺たちには経験に基づく確信があるんです」
「そうなのですか?」
「ええ。そしてもう一つ。当時の貴方は王女とは言え七歳の少女です。発言力も無いし、そもそも何を言っても信用して貰える状態じゃあ無い。だって、すでにフェリクス王子の差し金で『虚言癖がある』という中傷を王宮中にばら撒かれていた訳ですからね?」
「あっ...」
あまり愉快な想像では無いけど、ジェルメーヌ王女の母君は愛娘のことを守りたい一心で、不快な噂を撒き散らすフェリクス王子の弱点を探すか、あるいは娘が口にする不穏な内容の裏をとろうと動いた可能性がある。
それがフェリクス王子にバレて逆襲された、というのが一番筋の通ったシナリオのように思えるのだ。
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