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第八部:遺跡と遺産
ドルイユ技師
しおりを挟むジェルメーヌ王女とのお茶会が始まるのを確認した後はソファに座り、フェリクス王子と『不死部隊』の事に思いを巡らせる。
なぜ、フェリクス王子は『不死の部隊』なんてものを作ろうとしていたのか?
仮にフェリクス王子が脳天気に、自分に『絶対忠誠』を誓う、死を恐れない無敵部隊みたいなイメージを勝手に思い描いていたのだとしても、エルスカインにとってはどうでもいい話だ。
フェリクス王子の思慮が浅いのは様々な状況証拠から明らかだけど、それでもエルスカインが『不死部隊』の計画を許していたとすれば、なにか確たる理由があるに違いない。
違いないのだが・・・そこで引っ掛かるのは、実際のホムンクルスが不死身でもなんでも無いって事だ。
そりゃあ生身の人間に比して丈夫だとは言えるかもしれないけど、酷い傷を負えば絶命するし、造り出された時は元になった人物の年齢であっても、その後は月日が経てば普通に老化する。
普通の人に較べれば色々と魔力で底上げされているとは言え、不死身や無敵と比喩されるほど強い兵士でもない。
飛び抜けた戦闘力がある訳でも死なない訳でも無くて、ただ、エルスカインの奴隷として延命し続けることが出来るってだけの存在に過ぎないのだ。
しかも、一体のホムンクルスを造り出すために使う錬金素材や魔力の量も相当なものだろう。
エルダンやソブリンにあった設備から言っても、かなり大規模な、そして貴重な魔道具が必要なように見受けられる。
これまでの状況から推測する限り、例えば一国の軍隊を丸々ホムンクルスで編制するなんて不可能っぽいし、仮に実現できたとしても普通の人族の軍隊に較べて圧倒的に強いって訳でも無いとなれば、『ただの兵士』を延命させるためにそんな手間を掛けるだろうか?
まさに『間尺が合わない』ってヤツだ。
言い換えれば『費用対効果』が全然釣り合わないと思える。
だからこそエルスカインは荒事には支配の魔法で操る魔獣達を使い、永遠の命に目が眩んだらしい少数の魔法使いや錬金術師だけを直近の部下としてホムンクルスに仕立てて動かしていた。
シンシアが言うように使い捨ての兵力だとしても、エルスカインにとっては人族だろうが魔獣だろうが元から『全てが使い捨ての駒』だ。
必要無くなったら即座に処分するのにホムンクルスも人族も手間は変わらないし、違いがあると言ったら、せいぜい死んだ後に土くれになって蒸発してしまうってくらいか?
残るのは死体では無く、土くれだけ。
それもすぐに蒸発というか、服だけ残して消失する・・・
パルレアと二人でエルダンの城砦に潜入した時を思い出す。
精霊爆弾によって壊滅的に破壊された大広間、恐らくはそこでドラゴンを捕らえるべく作業をしていたホムンクルスの魔法使いや錬金術師達が降り注いだ瓦礫の下で潰れているはずなのにも拘わらず、死臭や腐敗臭と言った不快な匂いが何もしていなかった。
それは、彼等の死体がすぐに蒸発してしまったからだ。
残るのは服だけ。
有能な魔法使いが一緒に付いてれば、服も魔法で作れるかな?
空想だけど、そうしたら本当に死んだ後にはなにも残らないって話になる。
ひょっとして、ひょっとすると、それがホムンクルス部隊の存在理由だったりして・・・まあ仮にそうだとしても、『彼等に何をやらせるつもりなのか?』は、相変わらず不明なんだけどね。
++++++++++
あれこれとホムンクルス部隊の存在理由を考えていると、船室の扉をノックする音が響いた。
バロー船長は『こちらから声を掛けない』と言っていたから、よほどの緊急事態か、それともアプレイスか?
慌ててソファから立ち上がったところでアプレイスの声が聞こえてくる。
「ライノ、いま_俺たち_が部屋に入っても大丈夫か? 」
アプレイスがワザワザ扉をノックして『俺たち』と言ったのは、誰か部外者が一緒にいるって事だな。
そもそも彼一人ならすぐに扉を開けて入ってきてただろうし。
「ああ、問題ないよ。入ってきてくれ」
「おう」
アプレイスが扉を開け、先ほどのドルイユという造船技師を伴って入ってくる。
「実はドルイユ殿から面白い話を聞いたんで、すぐに教えようと思ってな。とりあえず説明だけでも聞いてくれ」
「へぇ?」
「ホントは現場に来て貰うのが一番いいんだけど、今はライノがウロウロしてない方がいいだろう?」
「そうだな。気を使ってくれて有り難う」
確かにパルレアかシンシアからお茶会の進捗について連絡が入るまでは、転移門の有る場所を離れたくないからね。
「で、このアヴァンテュリエ号には秘密がある。つっても造船所の技師や船長達は昔から知ってる事だそうだ。ドルイユ殿、さっきの話をライノに説明してやって貰えるか?」
「分かりましたアプレイスさん。では勇者さま、こちらをご覧下さい」
お? ドルイユ技師から緊張が抜けて、随分と打ち解けた感じになってる!
やるなアプレイス!
感心しつつ、俺はドルイユ技師が応接テーブルに広げた船の図面に目をやった。
「船倉のココに空白があることがお分かりですか? 一見すると貨物置き場の一部のようですが実は扉が無く、どことも繋がっておりません。この階層の平面図と立面図を合わせてご覧頂くとお分かり頂けるでしょう」
「本当だ。壁に囲まれてますね」
「はい。この部屋より下は倉庫ですが、最下層のバラスト置き場まで同じ位置で壁が塞がれています」
「どういう機能なんですか?」
「隠れ家です」
「は?」
「扉が無いと言うのは見かけ上のことで、実は出入りできる隠し扉があるのです。その存在を知らない者は絶対に見つけ出せないでしょうけど」
想像の斜め上を行く返事が戻って来た。
船の中の『隠れ家』って、いったいどういう役割なんだ?
俺がよほど怪訝な表情をしていたのか、すぐにドルイユ技師が説明してくれた。
「アヴァンテュリエ号は国有の軍船ですが、今の時代に海戦が行われる可能性は低く、この船のもっぱらの役割は、政治的交渉や会談に赴く大臣や王宮の重鎮、あるいは王族などを乗せて現地までお運びすることと、同時に、その偉容でサラサス王国の威信を示すことにあります」
その説明は、以前にバロー船長から聞いていたことと同じだ。
「ですが...いかに平和な時代であると言っても、ポルミサリアの各地で小競り合いが絶えないのは実情ですし、航海の途中で王族の暗殺を企む不届き者に狙われたり、人質を取る目的でこの船に攻撃を仕掛けたりと言った可能性もゼロではありません」
「でしょうね。王族や高級官僚というのは、外部からも身内からも狙われて仕方が無い立場なんですし」
「左様でございます。ただし戦争中ならともかく、今は大規模な海戦など早々起きるものではありませんので、船自体が沈められるという危険性は低い。むしろ乗り込まれて拿捕される可能性の方が高いでしょう」
「それで隠れ家ですか?」
「ええ、もしも乗り込んでいた賓客の身に危険が及びそうになったら、ココに隠れて頂くのです」
「逆に、逃げられなくなりませんか?」
「船長室に置いてある船の図面には、この部屋のことが書かれていません。すべての船倉の長さを実際に測って比較しない限り、部屋の存在に気がつけないのです。船内をくまなく探して見つからないとなれば、ボートで逃げ出したとでも思うでしょうね」
「なるほど...」
「しかも、この部屋は喫水線より上にありますが、人が入れる直径の竪穴が床を貫通して船底まで通っています。もちろん通常時は蓋をされていますが、緊急時には蓋を壊して中に入ることが出来ます」
「さらに隠れるってワケですか?」
「いえ。いよいよの時は簡単な仕掛けで船底の銅板を外し、竪穴から海中に脱出できるのですよ。健康な大人なら問題なく海面まで泳いで上がれます」
「マジですか!」
「マジらしいぜライノ」
「部屋自体は吃水より遙かに上ですし、竪穴の中心は巨木の丸太をくりぬいて作った継ぎ目のない構造です。仮に事故で船底の銅板が外れても水が船内になだれ込んでくることはありません。むしろ船が海上にある時は、その竪穴の中には常に外から海水が入り込んでいる状態です」
「へぇー!」
「もちろん外洋で泳ぎ出るのは自殺行為ですが、拿捕されて港に曳航された後であれば、監視の目を掻い潜って逃げ出すことは容易でしょう。幸い、これまでに使われたことは一度もございませんが」
「そんな仕掛けがあるとは...いや、それって俺たちが聞いちゃって良かったんですか?」
「もちろんです。バロー船長からも許可を頂いております」
「ならいいですけど...」
もちろん聞いたからどうするってモノでも無いのだけど、俺たちが借りている王宮の賓客用の棟にある『秘密通路』を、先に教えられたのと同じようなことなんだろうか?
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