なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

文字の大きさ
上 下
731 / 922
第八部:遺跡と遺産

獅子の爪先

しおりを挟む

「シンシア、銀ジョッキの位置を塔の五階くらいの高さまで上げて、ついでに王宮の正門の方、ルリオン市街の方に向けてみてくれ」

「分かりました!」

ガラス板の画面に映し出されている景色がグングンと上がっていき、周囲の城壁より少し高くなったくらいの位置で止まった。
城壁天辺の歩廊越しに周囲の丘陵地帯の様子や、正面に位置するルリオンの市街も微かに見える。
六階くらいまで上がると、かなり見通しがいいもんだな!

『物見櫓がありそうな位置』からの景色を眺めながら、俺は慰霊碑の裏に刻まれていた三行詩を思い浮かべていた。

『獅子なる者の末裔マディアルグ その咆哮は大地を燃やす』
『確かめるべきはその行い そして吠えるべき時』
『吐息の広がりは 我らも彼らも共に滅ぼすだろう』

そして紋章に刻まれた言葉、『獅子は全てを見下ろす』だ。

「よし、じゃあこの高さから王家の谷がどう見えるか、銀ジョッキを下に向かせてくれ。それと最初くらいに視界を広くしたい」

写し絵が下に傾いて、城壁内の地形を映しだした。
元が丘陵地帯だから地面がデコボコしてるのだけど、この位置からだと中心にある墓所と小山もよく見える。

左右には兵士の訓練場として使われているという巨大な岩の群があって、不思議な景観を造り出していた。
大小様々な岩が迷路のように入り組んだ状態で、形の整った岩が整然と並んでいる訳では無いから、これが意図的に配置したものだとは見えにくい。
世の中には不思議な地形というのも色々と有るし、知らずに見れば元々ああいう岩の林立する土地だと思うかも知れないな・・・

そして・・・なんと言うこともなく、その『訓練場』を眺めていた俺は、城壁の内側に二頭の獅子を見つけた。

「シンシア、やっぱり獅子がいたぞ!」
「え?!」
「ほら、城壁中央の両端だ。兵士達の訓練に使ってるって巨石群が見えるだろ?」
「はい」
「あれは普通の岩だ。だけど岩の位置や形は忘れて、地面に落ちている影と一つのモノだと考えてごらん。いま目に映ってる色合いを一つのまとまりとして見るようにするんだ」

それほど巨大な輪郭じゃあ無い。
だけど、この巨石群とそれが地面に落としている影の塊を一つのモノとして捉えると、明らかに両足で立ち上がって敵に襲いかかろうとしている獅子の姿に見えてくるのだ。

「...えっと...あっ!」
「見えたか?」
「岩が...訓練場の岩の集団が獅子の形になってます!」
「凄いわぁ、兄者殿ったら慧眼なのねぇ...」
「意味分かんねえぞライノ?」
「えー?! どーゆーコト、お兄ちゃん?」

「シンシア、改二号の写し絵は記録できるって言ってたよな?」
「はい、出来ます!」
「じゃあ、今この瞬間の写し絵を記録しておいてくれ」
「はい」
「アプレイスもパルレアも、ここをよく見てくれ。元の岩のことは気にしなくていいから、これを一枚の絵だと考えてココらへんの塊を模様だと捉えるんだ」

「んー...あ、分かったぁ!」
「え、ちょっと待て待て、模様? 模様って影が模様なのか?...」

アプレイスは日頃から空を飛んで地面にあるモノを認識しているから、逆に岩と影の塊を、それ以外のモノだと見ることが難しいのだろう。
俺はアプレイスの目の前でガラス板の画面に指を指して、獅子の輪郭をなぞって見せた。

「このカタチが獅子に見えてこないか?」
「お? お、おおっ! 見えたぞライノ! コイツは獅子だな!」
「よっしゃあぁ!」

銀ジョッキでもアプレイスの背からでも気づけなかったのは、見下ろす位置があまりに高過ぎたからだ。
季節的な差はあるだろうけど、おおよそ昼頃の時間を狙って、しかも人の手で組んだ物見櫓の上辺りという実に中途半端な高さから見通さないと、この獅子は現れてくれない。
普通はこんなモノを偶然見つけるとか、絶対に不可能だよ!

「浮遊魔法でも使えない限り、こんな角度から王家の谷を眺めるのは不可能だろ? かと言って離宮の脇に臨時の物見櫓を建てさせるなんてコトは王家の者にしか命令出来ないよ」
「それはそうですね。家臣にも誰にも秘密の所在を明かさず、しかも王でなければ見ることが出来ない仕掛けだと言えると思います」

三行詩の真ん中、『確かめるべきはその行い そして吠えるべき時』という一文は、戦いへの心構えを説いたものでもなんでも無く、単にこの鍵を開くために物見櫓を造らせて午後の太陽の下でそれを見るという、『やるべきコト』と『見るべき時刻』を忘れるなよ、という忠告だったのか・・・

「御兄様、これで城壁内の景観に紋章の図柄が揃いましたけど、結局『獅子の咆哮』の鍵はどういうことなんでしょうか?」
「うん、今それを考え中だ」
「ぇー...」
「そんなツマンなさそうな顔するなよパルレア。そもそも鍵開けとか暗号解読なんて地味な作業なんだぞ?」
「ついに『鍵』発見っー! みたいなのがあったのかと思ったのにー...」

まあ、その気持ちも分からんでもないけどね。

ただ、俺もなんとなくヒントが見えてきたような気はしている。
紋章にある『獅子は全てを見下ろす』という言葉・・・この光景は、確かに城壁内の全てを見下ろしてるとは言えるからだ。

それにスライやジャン=ジャック氏も言ってるように、マディアルグ王は『出来る男』とは考えられない。

いくさをすれば連戦連敗、誰も信じておらず、猜疑心が強くて家臣をすぐに粛正したし、平気で民を蹂躙していた。
極めつきは『永遠の命』を信じて、ホムンクルスになったヤツだ。
実にエルスカインが好みそうなタイプ・・・さながら大人になって王様になれた場合のモリエール男爵って所か?

そんなヤツが自分だけの『備忘録』として残した暗号に、複雑な仕掛けなんかある訳は無いと思える。
マディアルグ王なら、見れば思い出す、見るだけで分かる、だけど誰かが偶然辿り着くことは無い・・・そういう答えがここに見えているはずだ。

「この角度から見た景色が鍵を隠す手段だったんだと思う。だから、いま見えている光景の中に鍵が見えてるはずなんだ。それも、マディアルグ王なら一目で判別が付く置き方でね」
「もう見えてるハズってことですか御兄様?」

「そうだよシンシア、いまの『獅子の岩』と同じで、実は目に見えているけど、知らないと判別できないんだと思う」
「でも、マディアルグ王なら一目で分かると」
「と、思う」
「なるほど......えっと、例えばこれなんか関係ありませんか?」

少しの間考え込んだシンシアがそう言ってガラス画面の一カ所を指差した。
ちょうど『獅子の岩』で、大きく開いた口のある辺りだ。

「コッチが『emethエメット』で、反対側の獅子の口には『methメト』って書いてあるように思えるんです」

「うん? 『エメット』と『メト』ってなんだい? って言うか、どこにも文字なんかないだろ?」
「いえ、ここの岩の並びです。南方大陸の一部で使われてる文字らしいんですけど、ちょっと特殊なもので...実は私もその文字自体が読める訳じゃ無くって、たまたまその二つの単語だけ知ってたんですよ」
「なんでまた?」
「笑いませんか?」
「笑わないよ」
「前に見たお芝居で出てきたからなんです」

「あー...そういう...で、一体なんだいそれは?」

「南方大陸の古いお伽話なんですけど、その中に凄い魔法使いが土で造ったゴーレムを動かす話が出てくるんですよ」

ゴーレム?
そう言えば、以前にシンシアとそんな話をした記憶があるな・・・

「で、そのゴーレムの額には土地の古代文字で『emethエメット』って書いてあるんですけど、これは『真理』って意味で、ゴーレムを動かすための魔力源になってるらしいんですね」
「へぇ、面白いな!」
「さらに、そこから一文字だけ消して『methメト』って綴りにすると、今度は『死』って意味になってゴーレムを止めることが出来るんだそうです」

「面白そうな芝居だなシンシア殿!」

「ええ、そのお芝居でも、魔法で土を捏ねて巨大なゴーレムを産み出すんですよね。それが物凄い力を持っていて人の代わりに土木作業をやらせたけれど、勢いが付きすぎて止められなくなったというストーリーなんです」

「へえぇ、止まらないゴーレムってことか」

「その暴れるゴーレムを止めるために、魔法使いが額から『e』の一文字をなんとか消そうとして奮闘する喜劇でした。すごく面白かったです!」
「俺もそのお芝居を見てみたいなシンシア殿!」
「はい、もしどこかでやってたら、アプレイスさんも一緒に見に行きましょう。きっと大笑いできますよ」

「おお、楽しみだ!」

やっぱりな・・・芝居という単語にアプレイスが食いついたよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

魔王は貯金で世界を変える

らる鳥
ファンタジー
 人間と魔族の争う世界に、新たな魔王が降り立った。  けれどもその魔王に、魔族の女神より与えられしギフトは『貯金』。 「母様、流石に此れはなかろうよ……」  思わず自分を派遣した神に愚痴る魔王だったが、実はそのギフトには途轍もない力が……。  この小説は、小説家になろう様でも投稿しています。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

妖刀使いがチートスキルをもって異世界放浪 ~生まれ持ったチートは最強!!~

創伽夢勾
ファンタジー
主人公の両親は事故によって死んだ。主人公は月影家に引き取られそこで剣の腕を磨いた。だがある日、謎の声によって両親の事故が意図的に行われたことを教えられる。  主人公は修行を続け、復讐のために道を踏み外しそうになった主人公は義父によって殺される。  死んだはずの主人公を待っていたのは、へんてこな神様だった。生まれながらにして黙示録というチートスキルを持っていた主人公は神様によって、異世界へと転移する。そこは魔物や魔法ありのファンタジー世界だった。そんな世界を主人公は黙示録と妖刀をもって冒険する。ただ、主人公が生まれ持ったチートは黙示録だけではなかった。 なろうで先行投稿している作品です。

処理中です...