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第八部:遺跡と遺産
三日月の石垣
しおりを挟むすぐにシンシアが銀ジョッキの本体というか、『覗き窓の魔道具』の本体を小箱から取り出した。
魔力を通すと、慰霊碑の上に残してきた銀ジョッキの視界一面に広がる真っ黒な壁が、ガラス製の『画面』に映し出される。
一面に広がる黒い壁は、無機質なのに不吉な雰囲気を漂わせている感じ・・・
「何度見ても不気味だなぁ」
「でもスライさん達は、ただの黒い岩壁だと思っていたのですから、なにも感じていなかったのでしょう?」
「ああ。子供の頃だったそうだし、まさかルリオンの全市民を殺してしまえるほど物騒なモノが眠っているなんて、想像する訳も無いからな」
「アタシたちは中身を知ってるからねー!」
「ですね...それでまず、どこを確認しますか御兄様?」
「もう一度、上空から全体を見下ろしてみよう。『三日月』も有るとしたら、やっぱり『獅子』もどこかにありそうな気がするんだよな」
「じゃあ、まず高く上げますね」
瞬時に銀ジョッキの視界が跳ね上がった。
そのまま視線を下に向けて上がっていくので、黒い壁と小高い丘の姿が急速に小さくなっていく。
あまりに急激な動きだったので、じーっと見つめていたコッチはビックリだ。
そのままずっと見続けていたら酔いそう。
「早いな!」
「はい。バシュラール家の魔導技術を応用して、飛翔速度や航続距離も劇的に改善できました」
「おおぉ...」
「シンシアちゃん、じっと見てると酔いそー!」
パルレアも同じに思ったか。
視界の中に城壁の全体像が収まるほど高く上った銀ジョッキが静止し、午後の陽射しに明るく照らされた王家の谷の写し絵を送ってくる。
地面に細くクッキリとした陰影が出ている今は紋章と、城壁内との類似性がより分かりやすい。
「これはやっぱり、紋章中に描かれた図案がなぞられていると考えるべきだな」
「エルスカインはともかく、マディアルグ王自身にこの絵面を自分の目で見る手段は無かったでしょうに、本当に不思議ですよ」
「見下ろす『意味』か...」
「ええ、意味を『必要性』と置き換えてもいいのかもしれませんが、そこに鍵がありそうな気はしますね。これがエルスカインが造らせたモノだったら分かるんですけれど」
「逆にエルスカインには、こんな面倒なことをする必然性がないからなぁ」
「なぜってゆーのも不思議だけどさー、『どーやって』も不思議ー!」
「どうやって?」
「だって、どーやって地上に見れない図案を再現したワケ?」
「ああ、それは測量技術の応用なんだよパルレア。あの城壁の『円』を綺麗に描ける技術があるなら、紙の上に描かれた図案を何百倍、何千倍も大きくして地上に再現することも出来るんだ」
「ヘー!」
「そういう所も、人族の賢いところだよなぁ...」
「必要に迫られてだよアプレイス。測量ってのは建物を建てる時だけのモノじゃ無いんだ。農地の区画を平等に分けたり、荒野に道や水路を真っ直ぐに通したりとか色々だな」
「ふーん、なんにしろ凄い」
「だから造ろうと思えば当時の技術でも造れたはずだ。でも、造る意味が良く分からない。綺麗に完成しても日頃は自分たちに見えないんだからな...」
「ですよね...御兄様、『三日月』の部分を見てみますか?」
「ああ頼む」
そう答えた瞬間、ガラス板に映し出されている地面が恐ろしいスピードで近寄ってきて、三日月の付近を画面に収めた。
「おぉぅビックリした!...銀ジョッキが墜落して地面に激突するのかと思ったぞ?」
「いえ御兄様、銀ジョッキの位置は動かしていませんよ。先ほどと同じ上空に静止したままです」
「え? でもいまガツンと地面に近づいただろ?」
「これは銀ジョッキの目に『拡大』の機能を組み込んだのです。これで、その場から動かずに、遠くのモノや小さなモノを大きく映し出すことが出来ます」
「すごっ...」
どこまで進化するんだ銀ジョッキ!
シンシアがちょっとだけ自慢げな表情だけど、それも当然だな。
ともかく『拡大』された三日月の近辺に目を凝らしてみた。
紋章上で『マディアルグ』の綴りがある位置に離宮が建ち、その両側に三日月型の石組みが組まれている。
「シンシア、銀ジョッキを地面の近くまで降ろして貰えるか? アレを横から見てみたいんだ」
「分かりました。人の目の高さまで下げますね」
瞬く間に銀ジョッキが地面に近づき、三日月型の石組みを真横から映しだした。
真上から見ていた時の印象と違って結構な高さがあるから、普通の人族の目線では上面を見ることが出来ないだろう。
側面は緩やかな傾斜が付いてるので、影も出来にくいはずだ。
「ホント、ただ邪魔なだけって感じだな!」
「無骨ですよね」
「コレ、なんのために作った『台』だろーね?」
「台、か...」
「確かに台座っぽいですね御姉様。横から見ると台形ですし」
「なあライノ、空から見下ろす手段が有ったかどうかは置いといて、紋章の図案を再現するだけなら、こんなにゴッツいものを組み上げる必要は無かったんじゃねえか? それこそお城の石垣みたいだぞ」
「そうですね、石垣と言われるとそんな感じです。本来は上に建物が乗っていたんでしょうか?...」
シンシアがそう言って銀ジョッキの高さを少し上げ、ゆっくりと石垣の天辺に近づかせる。
その上面を大きく映しだすと、そこそこ綺麗に平らに削られていて、いくつかの大きな穴が等間隔に開けられていた。
なんだ、この穴?
「シンシア、その穴をよく見せてくれ」
「あ、はい」
銀ジョッキに覗き込ませると、かなり深い穴だ。
人の背丈くらいありそう。
「なんでしょうか、この穴は?」
「ぱっと見だと柱穴っぽく見えるな...」
「ナニソレー」
「柱を立てるための穴だよパルレア。穴に柱の下部を埋め込んで安定させ、それに土台を組んで建物の基礎にするんだ」
「へぇー」
「と言うことは御兄様、ここには以前に建物が有ったか、あるいは建てる予定だったという事ですか?」
「だろうな。例えば物見櫓とか?」
「物見櫓でしたら、離宮の両脇に有っても納得できますね。石組みが高いのも柱穴の深さを稼ぐためには当然ですし、深い柱穴が必要なのは、櫓のように背の高い柱を建てるためでしょう」
「でも、なんで『塔』じゃ無いんだろ?」
「塔ですか?」
「だって王宮全体を建てる時に、ここに塔でも造っとけば済む話だろ? 周囲の城壁を作る手間に較べたら、離宮の脇に石造りの塔を建てるくらいは朝飯前だと思うんだよ」
「それもそうですね...」
「じゃあよ、ソコに建てるのは仮設のモノなんじゃねぇか?」
「仮設? それは仮の建物ってコトかアプレイス?」
「ああそうだ」
「なんでまた?」
「ホラ、例えば祭りの時に催し物をやる舞台を、街の中心にある広場に建てたりするだろ? ああいう期間限定の奴だよ」
「なーる...」
「必要な時だけ、一時的に建物を組み上げるんですね?」
「そうだよシンシア殿。獅子の咆哮を起動させる時だけそこに『櫓』を造る...理由はともかく、そこに櫓か舞台が無いと絶対に獅子の咆哮は起動できないとすれば、誰かが偶然とかウッカリで起動させる心配も無いし、使う寸前まで秘密もバレないだろ?」
「おおぅ...凄いひらめきだぞアプレイス!」
「アプレースって頭いぃーっ!」
「ですね!」
「全くだ。さすがは大衆演劇で世の中を語れる男だよな!」
「褒めてねぇだろソレ?」
「気のせいだ」
なんだか、一気に秘密に近づけた気がする・・・
だけど、なぜ櫓が必要なのか? それがどんな機能を果たすのか? そこはこれから見つけ出さないと。
「シンシア、この三日月の石組みの大きさと柱穴に差し込む柱の太さからすると、どれぐらいの高さの櫓が作れそうかな?」
「そうですね...柱の強度さえ保てれば、普通の建物に置き換えても五階建てか六階建てくらいまではいけたんじゃないでしょうか?」
「六階建てか...お城や鐘楼以外じゃあ滅多に見ない高さだよな」
「ですね。離宮も二階建てですし...それに離宮の周辺は少し丘陵が盛り上がっている高い場所ですから、ここに六階建ての物見櫓を建てたとすれば、周囲の城壁よりも頭一つ抜け出るぐらいになったかも知れません」
「それだっ!」
「はい?」
空から見下ろせなくても、しっかりと測量すれば図案を地上の景観に置き換えることは出来る。
だったら、鍵を使うために『空から』見下ろすこと自体は必要ないのかも?
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