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第八部:遺跡と遺産
<閑話:破邪と姫君-3>
しおりを挟む馬具を分解する作業を続けてしばし、再び馬車の扉が開いてシャルティア嬢とリリルア嬢が姿を現した。
上にガウンというかローブを羽織っているけれど、下に着ているのが亜麻の寝間着だと言うことはなんとなく分かるし、それにローブの裾をリボンのようなもので縛って纏めているせいで、ふくらはぎの上まで見えている。
幸い二人の靴は、貴族のあいだで昨今流行っているような背の高い珍妙な代物では無かった。
クライス殿も鎧の下は胴着だったが、脛当ては付けているし、上にサーコートを羽織り直しているのでそれほど奇妙では無い。
ともかく、今は歩きやすさの方が何より大切だ。
三人の荷物を確認したが、俺が使っているような背負い袋を貴族や騎士が持っているはずもないので、衣類をしまっていたような亜麻の袋に荷物を詰め込んで、細い帯のようなもので口を縛ってある。
あまり丈夫そうには見えないが、しばらくは大丈夫か・・・後は薄手の毛布か膝掛けでもあれば、それにくるんで背負えるようにすればいいだろう。
「それで、これから何処へ向かうつもりだ?」
「ミルバルナでございます」
「このまま街道を南下して国境を越えるのか?」
「そのように考えておりました」
護衛騎士を連れた上級貴族の馬車なら国境で止められることは無いだろうが、いまの三人の風体では難しい。
と言うか、こんな三人組が徒歩で国境にやって来るなんて『怪しい』以外の何物でも無いし、普通は相手が山賊だろうが魔獣だろうが『襲われた』となれば兵士達に助けを求めるはずなのに、そのまま隣国へ抜けようとするなんて尋常じゃ無いと考える。
場合によっては襲撃場所の検分を求められるかもしれないし、警備隊に身分を明かさない訳には行かないだろう。
もちろんシャルティア嬢とリリルア嬢の、手入れの行き届いた美しさを見れば貴族や大富豪の娘であることは一目瞭然だし、クライス殿も紋章付きのサーコートを羽織っている。
それでも諸々の確認が取れるまでは足止めを食うはずだ。
いや、そもそも無事にミルバルナへ抜けられるかどうか・・・
俺が襲撃する側なら絶対に国境を監視する。
途中の街道で暗殺に失敗したとなれば、必ず国境の前後で二の矢を放ってくるはずだ。
「だが恐らくは、襲撃してきた奴も貴方たちの行き先を同じように考えているだろうな。国境で待ち構えていてもおかしくない」
「...確かにそうでございますね。これまで人に襲われた経験など無いゆえに思いが至りませんでした。お恥ずかしい限りでございます」
それは全く恥ずかしいことでは無い。
むしろ普通だ。
「シャルティア殿よ、もしも追っ手が掛かると確信しているのならば街道を進まずに、道は険しいが南の森に入って山越えした方がいい。俺が地元の奴から聞いた話では、関所を通りたくない者が使う山道が何本もあると言うことだった。そういう道を通るのは炭焼きや狩人で、大掛かりな商人では無いからアルファニア側もミルバルナ側も本気で取り締まってはいないそうだ」
「なるほど、承知致しました。貴重な情報をありがとうございます」
「御三方に何が必要で何が無駄か俺には判断できないから、荷物は各自でよくよく考えてくれ。あとは毛布の類いを忘れぬよう...それに荷物を持って山道を歩くことがどれほど体力を消耗するか、実際にやってみないと判らんだろうしな」
「仰る通りでございましょう。どこまで頑張れるか判りませんが、精一杯努力してみる所存にございます」
「そうだな。生き延びるために何より大事なのは、意志だ」
「意志、でございますか?」
「金よりも力よりも技よりも、生き延びようとする意志こそが命を繋ぐ。他の何を持っていても、心が折れた時に全てが終わる」
「まさしくそうでございますね...ウィンガム殿、此度のご助力、誠にありがとうございました。いつか恩返しが出来ればとは思いますが、正直に申し上げて心許ないのが実情でございます。せめてこれを...」
シャルティア嬢がそう言うと、リリルア嬢が一歩前に進み出て、俺に革袋を手渡した。
持った瞬間に判る重さ・・・中に入っているのは貨幣だろう。
「これは?」
「せめてもの御礼でございます。とても十分な額とは申せませんが、今のわたくしたちに出せるのはこの程度しかございません」
「いらん」
「しかし...」
「俺は自分の矜持に基づいて魔獣共を勝手に屠ったに過ぎんし、魔獣討伐の依頼は受けてないから報酬は無用だ。それにクライス殿の頑張りが無ければ、俺も命か、少なくとも片手は失っていたからお互い様だろう」
「そんな! それを『お互い』とは申せません!」
「この先には長い旅路が待っているのだろう? 俺がこの金を受け取ったことで、貴方たちの道行きが困難になるかもと考えたら眠れなくなる。だから受け取る気は無い」
「どうしてもでございますか?」
「絶対に、だ」
「かしこまりました。ですが、わたくしどもは命ある限り決してこのご恩を忘れません。必ずや生き延びて、いつか恩返しを致します」
「ならば、それを目標に生き延びてくれればいいさ」
金貨の詰まった革袋をリリルア嬢に突き返す。
受け取った彼女が思わず腕を下げてしまうほどの重さだ。
「はい。重ね重ね有り難うございました。どうか、お気を付けて遍歴の旅をお続け下さいませ。わたくしどもはウィンガム殿の行く先に光が満ちておりますよう祈りを捧げております」
その言葉で理解した。
シャルティア嬢は、そもそも俺が一緒に来るとは考えていない。
だが・・・
ここで三人と別れるのは、実質的に見捨てることと変わりないように思える。
ミルバルナにどんなあてがあるのかは知らぬが、少なくとも俺自身は、この三人が生きてそこまで辿り着ける可能性は恐ろしく低いと感じているのだ。
貴族との関わりが云々と言ってそれに目を瞑り、見て見ぬ振りをするのは、破邪である以前に闘う術を身に着けた者として道義に悖ることでは無かろうか?
「ふぅむ...三人で大丈夫か?」
「口が裂けても『大丈夫』だとは申せませんが、無関係な方をレスティーユ家の揉め事に巻き込む訳にも参りません。助けて頂いた恩返しを終える前に、報酬も約束できない依頼をする訳にも行きませぬゆえ...」
「なるほど」
「それに以前、破邪の方は護衛の仕事は引き受けないのだと耳に致しました」
「そうだな。破邪は護衛は引き受けない。トラブルの元だし破邪の本領からは逸脱している」
「そうでございましょう」
「ただし引き受けないのは対人護衛だ。魔獣からの護衛に関しては引き受けることも多い。こういう手合いから人を守るのは破邪の仕事の範疇だからな」
そう言って、そこらに散らばっているブラディウルフの骸を示した。
シャルティア嬢は俺が言いたいことを感じ取ったものの、『まさか』という思いの方が強いという表情をしている。
「ちなみに俺は、この後ミルバルナへ抜けて南部大森林を目指すつもりだ。破邪だから国境の往来は自由だが、面倒なので関所を通る気も無い。もし貴方たちが俺と一緒に来るのなら、道中に出る魔獣から可能な限り守るように努力しよう」
俺の言葉でクライス殿とリリルア嬢は安堵の表情を見せた。
そしてリリルア嬢が慌ててシャルティア嬢に向けた目線には、『まさか断りませんよね?!』という必死の懇願が込められている。
厳しい決意で覆われていたシャルティア嬢の顔にも、希望の光が浮かんだ。
「その...本当にご一緒させて頂いてもよろしいのでございますか?」
「ああ構わん。古来より『旅は道連れ』と言うしな?」
++++++++++
結論から言うと俺が一緒でなかったら、三人とも一週間と経たずに命を落としていただろうと思う。
まず、彼女らは食料をほとんど持っていなかった。
どうやらお家騒動に巻き込まれたらしいのだが、周囲の状況が急激に悪化して大慌てで屋敷から逃げ出したと言うことと、とにかく国外へ出るスピードが命と言うことで途中で物資の仕入れもせず、闇雲に国境まで駆け抜けようとしていたからだ。
こんな山奥の街道には碌な集落が有る訳も無いし、仮に食料を譲ってくれそうな民家があったとしても金貨で買い付けるのは不可能だったろう。
そして当然ながら三人とも野山で鳥や獣を追ったり、食べられる野草を見分けたりする知識と技術は皆無だ。
貴族に山中で自給自足をしろと言うのは、つまり餓死または凍死しろと宣言するに等しい。
シャルティア姫も魔力は強くて色々な魔法を使いこなせるみたいだが、魔法で腹は膨れない。
幸い侍女のリリルア嬢が実家の関係とかで薬学に詳しく、その延長として薬草の類いに関してだけは博識だったのが助かったが・・・山道に入って三日目には雨も降ったし、薬草だけで命を繋ぐのは困難だろうから、いずれは山中で行き倒れていたに違いない。
それに、この辺りは俺自身も通ったことの無い道だ。
長年培った破邪の勘で、南へと抜けて山越えできる道を探りながらの道行きにならざるを得ないので時間が掛かる。
ミルバルナの平野部まで出られれば少しは過去の経験も活かせるし知己もいるのだが、さて、そこまで無事に辿り着けるか・・・
なにより痛感したのは、一人旅の時と違って『四人分の食料』を調達するのが恐ろしく大変だと言うことであったが。
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