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第八部:遺跡と遺産
ドックへの道すがら
しおりを挟む「みなさん初めまして。当代の勇者、ライノ・クライスです。急にお騒がせしてすみません」
「とんでもございません。勇者さまにお目に掛かれて恐悦の至りにございます」
「いえいえ。それで、早速アヴァンテュリエ号を見に行きたいのですが、道案内をお願いできますか?」
「もちろん馬車を用意してございますので、みなさまを海軍のドックまでお連れ致します」
「助かりますよ」
「では、こちらへ」
すぐにアプレイスも人の姿に変わり、全員でモンシーニ騎士団長について歩き出す。
俺たちが進んでいくと人垣が二つに割れ、その向こうに立派な乗用馬車が三台止まっているのが見えた。
御者の人も、モールや肩章で飾られた立派なお仕着せを身に着けている。
パルレアとマリタンを乗客として勘定に入れなければ俺たちは六人だ。
三台はいらないだろう?
「皆様で、こちらの三台に御分乗頂ければと思います」
「立派な馬車ですね」
「有り難うございます。港に着きました船から、賓客の方を迎賓館までお送りする際に用いている馬車でございます。外国の方がいらっしゃる場合はお客様の国の紋章旗を掲げますので、馬車自体にサラサスの旗印を付けておりません」
なるほど。
俺たちは外国人ではあるけれど、どこの国の名前も背負ってないから旗印の掲げようが無いってワケだ。
そして、そうであることが大切だな。
勇者が『自分の旗印』なんてモノを立てるようになったらお終いだろう・・・正直ぞっとする。
それにしても桟橋から迎賓館って大した距離じゃ無さそうな気がするんだけど、賓客相手なら送迎馬車を出さない訳には行かないし、貴族の馬車を出すとなれば騎士が護衛に付くものなんだろう。
モンシーニ団長達の騎士団は、そのために駐留している訳か。
用意された馬車への分乗は、アプレイスとスライ、ヴァレリアン卿とアロイス卿がそれぞれ一緒に乗り込み、三台目には俺とシンシアとパルレアとマリタンの四人だ。
実質的にシートを使うのは二人だけどね。
民間人立ち入り禁止の練兵場を出た瞬間から、大勢の人々が路肩からこちらを見ているのを感じる。
あえてアプレイスが姿を晒した効果は絶大ってコトだけど、はたして『ドラゴンが人の姿になれる』のを知っている人はどの位いるだろうか?
ルリオンからの噂が、どのくらい正確に伝わっているか次第だな・・・
「ぶっちゃけ、アヴァンテュリエ号に着いても何をどう見ればいいのか分からないんだけどね。適当に船内を見て回ればいいのかな?」
「目立つのも役割ですね、御兄様!」
「そういう事だね。船の準備に集中していると見えれば、エルスカインは俺たちが『ヴィオデボラ』探索を続けてると思い込むかも知れない。セイリオス号と言うかアクトレス号とホムンクルスがいまだに戻ってこないことを訝しむだろうけど、直接の証拠は無いからな」
「ええ、南岸諸国の港に入らず、パーキンス船長の案に乗ってヒップ島に待避したのは正解だったと思います」
「お兄ちゃん、シーフードはー?」
「お昼ご飯までは時間があるだろパルレア。それに、この様子だと勝手に街をうろつくよりも、用意された状況に乗っかってる方が良さそうだしな」
馬場を出てからは海岸沿いの道を進んでいるけど、さすが王都ルリオンに近いだけあって大きな港で、大小様々な桟橋にこれまた大小様々な船がビッシリと停泊している。
漁船の姿も多くて、パルレアがシーフードを期待するのも無理はないけどね。
++++++++++
馬車の窓から、港に係留されている沢山の船を眺めていたシンシアが、ふいに俺の方を向いて口を開いた。
「御兄様、あくまでも『獅子の咆哮』の件が片付いてからと言う話ですけど、本当にアヴァンテュリエ号を借りることにしても良いかもしれませんね」
「いや、エルスカインを滅ぼせない限り、船と乗組員達を危険に晒すってコトに変わりは無いよ。スライはああいう風に言ってるけど、セイリオス号とは事情が違うんだしね?」
「ええ。ですから私たちは乗り込まないで、船だけ借りるんですよ」
「なんのために?」
「ヒップ島への物資輸送です」
「え?」
「昨日いったんヒップ島に戻った時に思ったんですけど...私が『まだどこの国の領土でも無いこの島を御兄様の領地にしてしまっては?』と言ったことを覚えてますか?」
「もちろん...まあ絶対に拒否なんだけど?」
「分かっています。『勇者の旗印』の下に民を集めると、いずれ良くない結果を引き起こす、というのがアスワン様と御兄様のお考えなのでしょうし、私もなんとなく理解してきました」
「そういうことなんだよ。勇者は、いずれ役割を終えたら人知れず静かに消えていくべきなんだ」
「ええ。ですが、いつか勇者が消ぇ...ぇっと、人々の目に留まらなくなった後も、勇者に救われた人々や、その子孫は生き続けていきます。その中には、これまで過ごしてきた国や社会、共同体からはじき出されて、居場所を失ってしまう方も多いでしょう」
「そうかな?」
「セイリオス号の皆さんなんて典型ですよ? 彼等はルースランドにも戻れないし、かと言ってこれからどこかの国に所属するとすれば、一体どこへ? ミルシュラントでも構いませんが、それが彼等の希望に一致するかどうか」
「あー、その話もしたなぁ...」
「ええ。ノイルマント村の皆さんだって本来はそうです。御兄様を通じて、お母様やお父様が手を差し伸べることが出来ましたが、それは単なる幸運で伯爵家や大公家だからこそです」
「確かに」
「ですが、世間と関わりを断って生きていくことは出来ません。コリガンやピクシーのように種族的な事情でもあるならともかく、集団で世捨て人になるなんて無理でしょう?」
「まぁそうだな。アトルの森の連中だって、なんだかんだ言ってソブリンの人々との関わりを増やしてたし」
「ええ。これまでは保護を求めるとすればミルシュラント以外の選択肢がありませんでしたが、昨日今日と、パトリック王やオブラン宰相と話した様子では、サラサス王国も候補にして良いかもしれないと思いました」
「スライとラクロワ伯爵家もいるし、か...」
「そうですね。ラクロワ家の皆さんは御兄様に大きな恩を感じていらっしゃるようですし、アルティントの港も色々と融通が効きそうです。ヒップ島をサラサス王国の庇護下に置いてしまい、ラクロワ家の誰かの領地にしてしまえば、世俗の様々な問題も当面はクリアできるのでは無いかと...」
「それも手か」
「もちろん、先のことは分かりませんし、スライさんの場合はシャッセル兵団やシャッセル商会をどうするのかという問題もありますけどね」
「ふーむ、そうなった場合はアヴァンテュリエ号を借りて、色々と準備や運搬に使わせて貰うって感じなんだな」
「はい。それにいずれ、私たちはヴィオデボラへ行く必要があります」
「だな」
「位置が変動しているヴィオデボラを追うには、アプレイスさんの翼に頼るよりもセイリオス号を利用した方が良いと思いますけど、危険な航海に同行して頂く乗組員は最小限にするべきでしょう。島に残った方々の移送や生活を考えると、アヴァンテュリエ号の協力を求めるのも悪くありません」
シンシアが『私たち』と強調したことに異を唱えるつもりは無い・・・俺はシンシアを置き去りにはしない。
どこへでも二人で行って、二人で戻ってくる。
それに相変わらず理詰めの説得で、俺としても納得できる意見だ。
俺やシンシアが消えた後も『生き続ける人々』か・・・遍歴破邪だった時代にはそんなこと考える必要も無かったけど、勇者の力はもっと色々なことを大きく変えてしまう。
人々の生活や、場合によっては集団そのものの在り方さえも。
ジュリアス卿がダンガを男爵に叙爵して、ノイルマント村を『領地』って扱いにした時に言ったことと同じだな。
一度関わった以上は、俺たちが消えた後に残った人々が出来るだけ苦労しないようにしておきたいとは思うし、そのためにはシンシアが考えるような仕組みを残しておくことも悪くないのかも知れない。
++++++++++
オブラン宰相に聞いていた通り、改装中のアヴァンテュリエ号が入渠している乾ドックは、馬場からそう離れてはいなかった。
コレなら徒歩でも、ちょっとワイワイみんなと話しながら歩いてたら着いてしまうって距離だろう。
この短い距離に、三台の馬車と随伴の騎士を出したことが無駄だなんて野暮は言うまい・・・それよりも心遣いに感謝すべき、だな。
「あれがアヴァンテュリエ号ですね!」
海側の席に並んで座っていたシンシアが窓の外を指差す。
シンシアの座る方に身を乗り出して窓から外を覗き見ると、威風堂々とした大型帆船のマストが見えた。
周囲の建物に邪魔されて、まだ船体その物は見えていないけど、屹立した三本のマストを見るだけで、サイズ感が伝わってくる。
セイリオス号よりも二回りくらい大きい感じかな?
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