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第八部:遺跡と遺産
アーブルへの飛行
しおりを挟む早速スライが先頭を切って翼の端に上がると、ヒョイヒョイと背中まで歩いて行くが、アプレイスが翼をできるだけ平べったく伸ばしてくれているお陰で、それほど歩きにくい感じでは無さそうだ。
「では、ヴァレリアン卿とアロイス卿も乗ってください」
「その、靴を脱ぐ必要は?」
「まったくありません」
「う、うむ。失礼致しますぞアプレイス殿!」
「俺に気遣いは無用だよ、お二方。馬車にでも乗るつもりでいてくれればいいさ」
「承知しました。それではお背中に上がらせて頂きます」
二人が少しばかりおっかなびっくりという感じでアプレイスの翼を上っていく。
背後では王宮と城壁の上にも下にも至る所に出てきている大勢の人達が、俺たちの一挙手一投足に注目していることをヒシヒシと感じているだろうから、むしろ二人はそちらのせいで緊張しているのかも知れないけど。
「よし、俺たちも上がろう」
シンシアもさすがにこの衆人環視の中で俺に抱っこされるのは恥ずかしいだろうと思い、転ばないように手を引いて一緒に歩いて上った。
「兄者殿、そういうところが無粋だって言うのよ?」
「え? なんでだマリタン?」
「つまり、そういうところよ」
「意味が分からん」
「いいんですマリタンさん」
「駄目ですシンシア様。兄者殿のような『鈍感男』にはハッキリ言わないとダメですわ。でないと、ずっと何も変わりませんのよ?」
鈍感って・・・俺って鈍感なのか?
なんかマリタンの言葉がキツいんだけど・・・
「いいこと兄者殿、いま兄者殿がいつも通りにシンシア様を抱っこして飛翔するか跳躍していれば、お城で見ている人達に『兄者殿のお力』も、『シンシア様との繋がり』も感じられたでしょう? で、今後もシンシア様に近寄ろうとする阿呆共を事前に諦めさせることが出来た訳、ね?」
「あ...」
「そうすれば、昨日の会見の終わり頃みたいに面倒な状況は、もう防げたの」
「そ、そうだったのか...」
マリタンの言葉がどうにも説教臭い。
なんだか、子供時代にやるべきことをやらず、『母さん』に淡々と叱られたことを思い出してしまった。
「勇者は勧誘できなくても勇者の妹なら勧誘できるんじゃ無いかとか、ひょっとしたら嫁として招けるんじゃ無いかとか...そういう考えをする馬鹿は意外と多いものよ?」
「うん...」
「だいたい兄者殿、昨日だって馬鹿共を防いでたのは兄者殿じゃ無くてジャン=ジャック殿だったじゃありませんか? ワタシだって見ていてちょっと『無いわー』って思いましてよ?」
「あ、うん...その...気が利かなくて、すまんシンシア」
「いえ、いいんです。気にしないでください御兄様」
そう言いつつも、背中に上がった後のシンシアの表情が、ちょっと憮然としているように感じたのは気のせいだろうか?・・・
++++++++++
ジャン=ジャック氏ならまだしも身内のマリタンにバッサリ斬られて、ちょっと落ち込んだ俺をよそに、アプレイスがゆっくりと大きく翼を動かして舞い上がった。
なんと言うか・・・日頃のアプレイスの緻密な飛翔技術を知っている身からすれば、いかにも芝居がかった大袈裟な動作に思える。
これはきっと観客達へのサービスってヤツだな!
「アプレイス、ここを離れる前に、ちょっと城壁の周りを飛んでくれないか?」
「お安い御用だ。それもデモンストレーションか?」
「さっきのシンシアとの話の続きだよ。丸く囲まれた全体をもう一度自分の目で見ておきたいからね」
「了解だライノ。それなら少し内側に身体を傾けて、ぐるっと回ろう!」
そう言ってアプレイスが身体を傾けた。
一瞬、ヴァレリアン卿とアロイス卿を心配したけど、すでにスライから結界に守られていて落ちないことを説明されていたようで、首を伸ばして地面を眺めている。
まあアプレイスの背中は広いし、真ん中辺りに座っていれば怖くはないだろう。
アプレイスは身体を内向きに傾けたまま高度を変えず、城壁の真上に沿って綺麗に円を描いて飛ぶ。
王宮周辺に集まっていた観客達が、一斉にこちらを見上げているな。
城門側・・紋章としては下側から見ると、幾つもの棟に別れた王宮部分の建物と中庭のバランスが『湧き出る泉』を模していることがはっきり分かる。
他にもなにか紋章に関連した気になるものでも見えないかと地面を見つめていると、ちょうど城壁を半周したところでシンシアが離宮を指差して呟いた。
「御兄様、あれが三日月ではありませんか?」
「ん、どれだ?」
「あの石組みです。噴水の両脇の地面の形を見て下さい。影が三日月の形に見えていませんか?」
「おおっ!」
シンシアに指摘されて始めて分かった。
離宮の両側に広がる庭園部分に二つの池と二つの噴水があるのだけど、それぞれの脇に石組みの土台が組まれている。
地面に敷き詰められている石畳と同じ材質、同じ色だったから、真上から銀ジョッキで見下ろした時には気がつけなかったのだ。
今は、その石組みの影が地面に輪郭のように現れていて、微かだけど三日月の形を
示していた。
「なるほどなぁ...紋章上では『マディアルグ』っていう綴りのある位置に王家のプライベート空間として建てた離宮があって、その両側を紋章と同じように三日月が挟んである訳か」
「さすがに『括弧書き』ではありませんでしたね」
「いや、意味づけが良く分からないってことに違いは無いけどね。単に様式美として紋章に似せた景観を構成しただけって可能性もあるし」
「そう思いますか御兄様?」
「いや、やっぱり思えないな...俺たちだって銀ジョッキが写した画面を見て、はじめて紋章と景観の一致に気が付いたんだ。つまり高所から見下ろす手段を持ってなければ気が付けない」
「それってさー、意味なくないお兄ちゃん?」
「そうだ。そんな意味の無いモノを、それこそ緻密な測量を駆使してまで造り上げるって本当に『意味』が無いよな」
「ですね。当時の普通の魔法や魔導技術の範疇では、この景観を日常的に見ることは難しかったと思います。だったら、なにか見下ろす意味があったんじゃ無いでしょうか?」
「そうだな...その意味が獅子の咆哮を動かす『鍵』に繋がるのかも知れん」
この城壁が作られた時にどんな経緯があったのか分からないけど、鍵の暗号というか起動方法の伝承は、エルスカイン自身が指示して作らせたものでは無く、マディアルグ王が自分の考えでやったことのように思える。
だから、その意味はきっとマディアルグ家とサラサスの民・・・『獅子の末裔』達の由来に関わっているんじゃ無いだろうか?
ともかくシンシアの観察眼で三日月を発見できたのは僥倖だったけど、『で、それが何なの?』と聞かれたら、まだ答えが無い。
その答えに辿り着くには・・・答えが隠されていると仮定してだけど・・・まずは紋章の図案自体がなにを意味しているかを理解しないとダメだろう。
マディアルグ王が本当に、ただの『様式美』として城壁内の地勢を紋章に合わせて整えたっていう可能性だって無くはないのだ。
「ライノ、今さら質問していいか?」
「なんだアプレイス」
「どうしてマディアルグ王は、そんなにややこしい『鍵の隠し方』をしなきゃいけなかったんだ? それこそ王様なんだから家来に『鍵に触るな』って命令しとけば済む話だろう?」
「まあな...多分だけど、マディアルグ王も彼なりに頭を働かせようとしたんじゃ無いかと思う。エルスカインの奴隷を脱するためにね」
「それに鍵が関係するのか?」
「つまり、マディアルグ王は鍵を『エルスカインからも隠そうとした』って事だよ。自分が鍵を握ってれば言いなりにならなくて済むとか対等な立場になれるとか、そういう妄想をしたんだと思うんだ」
「なるほどな...妄想か」
「妄想だよ妄想。エルスカインがその程度のコトを予期してないはず無いもの。でなきゃその時点で『獅子の咆哮』を回収してると思う」
「なあライノ、それだったらフェリクス王子はなおさら不要なんじゃねえか?」
「ああ、フェリクス王子の利用価値は別のコトだろうね。ただ、タチアナ嬢は以前に、フェリクス王子が『俺はエルスカインを上手く利用してやるぜ』って口にしたことを耳にしてる。それは多分、自分が鍵を握ってると思い込んでたからじゃないかな?」
「それも妄想だな」
「逆にフェリクス王子は、その心理をエルスカインに突かれてホムンクルスの手駒にされたのかもしれませんね?」
「かもね。ともかく碑文を削り取ったフェリクス王子は鍵を知ってるんだろう。早く答えを見つけ出さないとヤバイことに変わりは無いな」
実際、フェリクス王子が独断専行し始めたら、エルスカインより馬鹿なことをしでかしかねない気もする。
俺たちの動きを覚られてからの時間が勝負だな・・・
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