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第八部:遺跡と遺産
晩餐会の後
しおりを挟む言い訳のしようも無いほどの『知慮不足』を晩餐会の場であからさまにされたあの貴族は、今後は勇者とは無関係な国政上のことにおいても、その発言を低く見られざるを得ないだろうな。
だって言葉は悪いけど、頭の悪さを暴露されたっていう感じだもの。
まあ彼も運悪くというか、都合良くジャン=ジャック氏から『見せしめ』に・・・ぶっちゃけ必要以上にコテンパンにされた感もあるけど、あの場でのやり取りを聞いていた貴族達はもう、『勇者を上手く利用するべきだとパトリック王に進言してみよう』なんてカケラも考えなくなったはずだ。
そして王があえて手を出さない相手に、自分から手を出す訳にも行かない。
もしやったら、『王に対抗する手段を手に入れようとしている』と判断されても仕方が無いからね。
俺はその様子を見ていて気が付いたのだけれど、ジャン=ジャック氏は単に『痴れ者』のエンターテイナーを演じているのでは無く、パトリック国王のために、あえて悪役を引き受けているのだと思う。
上級貴族に対して『王が咎めれば角が立つ』ようなことでも、宮廷道化師のジャン=ジャック氏が言ったのであれば、不快に思われながらも、その怒りや不満を国王に直接向けられる割合は少なくなるだろう。
しかもジャン=ジャック氏は、主のパトリック王さえもまとめて笑いモノにしてしまうから、上級貴族であっても文句を言いづらい。
中には、国王がコケにされる様子を見て溜飲を下げている者すらいるだろう・・・いわゆる『ガス抜き』ってヤツだな。
パトリック王もオブラン宰相も、それが分かっているからこそ、ジャン=ジャック氏に自由な振る舞いを許しているし、深い信頼を置いているのだ。
パルレアの大のお気に入り、セイリオス号の水夫長のリッキーさんとはまた違う形で、自分がやるべきと信じた『憎まれ役』を演じていると言っていいかもしれない。
色々な意味で、やっぱりジャン=ジャック氏は凄い男だよ・・・
まぁ色々な意味で。
++++++++++
晩餐会の後、ラクロワ家の三人は互いに話が有るみたいで、そっちに用意された部屋に言ってしまったし、アプレイスも戻ってくるなり『ちょっと寝る』と言って、隣の部屋に引っ込んでしまったので、いま真ん中の部屋にいるのは俺とシンシアとパルレア、それにマリタンだけだ。
「お腹いっぱーいっ!」
パルレアはソファの上でお腹をさすりながらご満悦である。
今回はピクシー姿のままだったけど、食べたモノを片っ端から凄まじい勢いで魔力変換しながら次々と平らげていったからな。
知らない人が見たら、パルレアの口が空間魔法か転移門の入り口だと思うんじゃないかって位に見事な食べっぷり・・・
まあ、牛のすね肉を上質なワインで長時間掛けて煮込んだという『ワイン煮』が素晴らしく美味しかったから仕方ない。
固いすね肉が、あんなにも柔らかく、味わい深い物になるなんてチョットした感動である。
固い肉でも食べられるように柔らかく煮込んだのでは無く、美味しく仕上げるために、あえて固い部位の肉を使って長時間煮込んでいるらしい。
もちろん、市井の飯屋に較べれば材料の質が遙かに良いって言うのもあるんだろうけど、さすがは王宮だと思ったね。
それに、デザートもたっぷりで、どれをとっても銀の梟亭に勝るとも劣らない一級品だった。
いくらなんでも『生の葡萄』が食べられる季節は過ぎているはずなのに、どんな技術か、あるいは魔法か、キラキラと宝石のように輝く瑞々しい葡萄の粒が乗ったカスタードクリームのタルトが出てきた時には、パルレアのはしゃぎすぎが心配だったよ・・・
そんな余韻を味わいつつソファでだらけている俺とパルレアを横に、部屋に戻ってからのシンシアは、さっきパルレアが慰霊碑の裏で紙に写し取った碑文とにらめっこしている。
ラスティユ村で作られた綺麗な紙を穴が開くほど見つめていたシンシアは、ふと何かを思いついたような様子で、テーブルの上に置かれているマリタンに声を掛けた。
「マリタンさん、ちょっとお願いしていいですか?」
「もちろんですわシンシア様」
「この南方大陸の文字で書かれているという碑文を、言葉ごとに区切って、北部ポルミサリアの文字に置き換えて貰えませんか?」
「お安い御用ですシンシア様。置き換えるのは単語ごとで良いのかしら?」
「そうですね...まずは意味単位で繋ぎの句、助詞とか副詞とかの品詞も区別が付くといいんですけど」
「シンシア様、それは翻訳の仕方によって揺らぎが出ると思いますのよ?」
「ええ、ちょっとパターンの差も見てみたいので」
「なるほど。承知しましたわ」
マリタンのページが勝手にパラパラとめくられて途中のページで開いたままの状態になる。
見ていると、開いたページの上に南方文字の碑文が浮かび上がった。
ああ、マリタンもちゃんと記録してたんだな・・・さすが、このコンビはソツが無い。
やがて浮かび上がった碑文の言葉が次々と別の文字に入れ替えられて、俺にも読める状態になった。
三段に分けて刻まれていた碑文の通りに、マリタンの翻訳も三行に分かれて浮かんでいる。
『獅子なる者の末裔マディアルグ その咆哮は大地を燃やす』
『確かめるべきはその行い そして吠えるべき時』
『吐息の広がりは 我らも彼らも共に滅ぼすだろう』
「こんな感じかしらシンシア様?」
スライやオブラン卿の翻訳とも大差ないけど、ちょっとした言葉使いの差があるのは、マリタンの言う『翻訳上の揺らぎ』って言うことなのだろう。
色々と言葉使いは難しいからね・・・
「有り難うございますマリタンさん。まずはこれで考えてみますね」
「なあシンシア、ひょっとしたらこの碑文に隠されている暗号が何かを考えてたりする?」
「そうです御兄様。最初にスライさんが仰っていた内容でも、あるいは先ほどのオブラン卿の翻訳でも、このマリタンさんの翻訳と、そう大きな違いはありません。つまり、使われている単語や文法の簡単な文章だということですね」
「なるほど?」
「そうすると、いま私たちが理解している『文章の意味』は実はどうでも良くて、言い回しに裏の意味があるとか、単語自体が別の意味を持っているとか、そういう可能性もあると思うんです」
「それって、例えば『獅子の末裔』って単語が『最初のサラサス人』も意味してるとか、そういうことかい?」
「そうです! そうです! さすがは御兄様ですね!」
「いやぁ、それほどでも...」
「お兄ちゃん、それってパトリック王からさっき聞いてただけじゃん!」
「パルレアうるさい」
「えっと、ともかく幾つかの単語に別の意味があるとして、それを並べ替えたら、違う意味の文章になったりはしないかと...」
「そういうことか...それはそれでありそうな気もするけど、なんて言うかさ...俺は『マディアルグ家の者なら一目で分かる』様な、そういうコトだと思うんだよな」
「一目で、ですか?」
「うん、ジャン=ジャック氏はマディアルグ王に対して結構ヒドいこと言ってたけど、実はスライの認識も似たり寄ったりでさ...頭も悪いし何をやってもダメな男みたいな?」
「それは酷い言われようですね」
「無理もないよ。たぶん『永遠の命』に騙されて、ホムンクルスにされていた男だもの」
「確かに...」
そんな男が残すんだから、自分のためのメモ書きみたいなものだろう。
自分でも自分の記憶力に自信が無かったというのは、個人的に分からんでもないしな・・・
「だから、複雑な...解き方を忘れる危険があるような暗号にはしないと思うんだ。ほら、『魔法鍵を掛けた後に詠唱鍵を忘れちゃった』みたいなコトに成りかねないもの」
「ソレって魔法鍵あるあるですよね!」
「だろ?」
「大事なフレーズを忘れるって、意外と人にはありがちですものね。バシュラール家のペンダントに『家訓』が刻んであったのも、絶対に口伝では継承できないと考えていたからでしょうし」
そこなんだよな・・・
逆にペンダントみたいな『持ち歩ける鍵』が存在するのなら、それを肌身離さず持っていればいいだけだ。
慰霊碑の裏に、碑文に見せ掛けた覚え書きを記す必要なんて無い。
でも物理的に持ち歩けないもの、例えば魔法の詠唱鍵ならフレーズそのものを記しておくだろうし、大きなものなら隠し場所を記しておく事になる。
秘密にしておきたいけど記憶に頼らず、しかも周囲には露見しないって、どんな方法があるだろう?
この碑文が、その暗号なら納得できるんだけどね・・・
「ただし、この碑文をそのまま読み上げても、ヒップ島の別荘みたいに門番を起動できるとは思えないな。エルスカインがバカなマディアルグ王のオーラを鍵にさせたはずないし、そうなると誰でも読めるフレーズは鍵にならないからね」
「そこの『変換』が必要なんですよね...バカでも、あ、ごめんなさい...すぐに簡単なことでも忘れてしまうような人でも戸惑わずに、何十年経っても見ればすぐに思い出せる...そういう変換ですよね?」
俺につられて暴言を口にしたモノの、咄嗟に品の良い言葉に言い換えるシンシアが律儀だ。
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