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第八部:遺跡と遺産
警護隊との顔合わせ
しおりを挟む「勇者さま方、先ほどはご挨拶も出来ずに失礼致しました。自分が先鋒隊の隊長を務めますパスカル・ペルランです」
正門前で一度会っているペルラン隊長が一歩進み出て、自己紹介をしてくれる。
「改めてペルラン隊長、今代の勇者を務めているライノ・クライスです。どうぞよろしく」
「はっ、こちらこそよろしくお願い致します!」
ともかく、この中にホムンクルスはいないようだ。
念のために肩に座っているパルレアの顔を横目で見ると、向こうも俺の目を見て頷いた。
つまり問題なし、と。
「勇者さま、今後ここにいる先鋒隊からの選抜騎士は、みな御自らの部下と考えて頂いて構いません。いかようにも命をお下しください」
「オブラン卿、お気持ちは有り難いのですが...しかし勇者としては国軍の兵や騎士の方々の指揮を直接執るわけにも行かないかと...」
そこはミルシュラントでも同じで、ノイルマント村の面倒を見てくれているリンスワルド騎士団とかも、あくまで姫様の命で動いているに過ぎないし、逆に俺が『個人』として雇用している建前のシャッセル兵団は、いかなる体制にも属していないフリーの傭兵集団だ。
まだ表沙汰にはなっていないけど、セイリオス号も同じような位置づけだろう。
「左様でございますか?」
「ええ、心情的なことではありますけどね。俺が、どこかの国や家の旗印の元にいる方々に『命令をする』って状態は避けたいんです。もちろん、互いに協力し合いたいとは思っていますけど」
俺がそう言うと、パトリック王が顎に指を当てて少し考え込んだ。
「ふむ...勇者殿の仰りたいことも良く分かりますぞ。ではユベールよ、今後、先鋒隊はサラサス貴族であるスライ・ラクロワ子爵麾下の部隊としよう。スライ卿は此度の件を『サラサスにとっての国難である』と考えておるし、話を知ったいまでは儂もそう思うのでな」
「はっ? あ、いや陛下、一体何を...」
いきなり予想外の話を振られてスライが大慌てしているけど、ここは黙って成り行きを見ておこう。
「勇者殿の友人であるスライ・ラクロワ子爵が、自らの兵を率いて個人的に協力するのであれば外聞も悪くなかろうユベール?」
「そうですね陛下」
「ちょちょちょっとお待ちください陛下。いくらなんでもそれは無茶な...」
スライが面食らって、とっても複雑な表情をしている・・・絵に描いたような『困惑』って感じの顔だよな。
「無茶では無いぞスライ卿。新たな連隊を創設して先鋒隊を編入し、スライ卿をその連隊長として任命すれば良いだけのことであろう? いまやサラサスでもっとも注目を浴びている新進気鋭のスライ・ラクロワ子爵の元で働くのが嫌だという騎士や兵士などおるまいて」
「えぇ...」
スライが貴族達の注目を浴びだしたのは、『いまや』って言うよりも、『ついさっき』からだよね?
新進気鋭も何も、叙爵されてからまだ数刻だ。
「それにスライ卿、ラクロワ伯爵家の騎士達を引き抜いて来るわけにもいかんだろうしな。ちょうど良いと思うぞ?」
スライが慌ててヴァレリアン卿とアロイス卿の方を見たが、二人ともサッと目を逸らした。
ノーコメントって事らしい。
「しかしながら、周囲の方々がなんと見るか...」
「いいや。サラサス王家の剣とも言える先鋒隊は、スライ・ラクロワ子爵のように気概ある貴族が率いてこそ相応しい。仕える騎士や兵士達としても、実戦経験が豊富な子爵殿から学ぶことは多かろう」
あー、なんだかスライが完全にパトリック王の腹心的な位置づけに取り込まれつつあるな・・・
すまない、全部俺のせいだ。
あとさりげなく『実戦経験が豊富』って言ったけど、これまでにスライが何処で何をやってきたのか、おおよそ掌握済みってことか?
だとしたらパトリック王って、結構『たぬき』な御仁なのかも。
しかし・・・
ミルシュラントとの関わりやシャッセル兵団、シャッセル商会の方はなんとでもなるだろうけど、スライに望まぬ役割を押しつけてしまうのは気が引ける。
確かにスライはサラサス王国の平穏を望んでいるけど、別にミルシュラントでの暮らしと縁を切ってサラサスに戻る・・・王の臣下である貴族として生きると決めてるワケじゃないからな。
スライ流に言わせれば『貴族も王の傭兵』ってコトなんだろうけど、それでもね。
この先、スライの希望に添うようにするにはどうすればいいのか、ちょっと考えを巡らしていると、パトリック王に声を掛けられた。
「ただし勇者殿。誤解の無いように、はっきりと申し上げておきたいのであるが...」
「なんでしょう?」
「儂はこのことを持って、スライ・ラクロワ卿をサラサス王国軍に縛り付けるような気持ちは一切無い。子爵殿にとっても、サラサスの貴族であることや先鋒隊の長であることよりも、勇者殿の友であることの方が優先されて当然であるからな」
あ、そうなんだ! 助かる。
「えぇっと。お気持ちは大変有り難いのですが、パトリック王はそれでよろしいのですか?」
「貴族達の中には勇者殿の知己を得たことを、国威向上や周辺諸国への国力アピールに利用できぬかと企む者もおろうが、それは断じて許さないつもりだ」
「なぜです?」
「儂は先ほどスライ卿に尋ねたのだ。なにゆえ勇者殿は自らの力を『借り物』だと言うのかと。すると、勇者殿は自らの力を『大精霊からの借り物』であり、『いつかは大精霊に返すもの』と認識しているのだと伺った」
「まあその通りです。と言うか、実際にそうですから」
「ならば屋上屋を重ねるが如く...その『借りたもの』を元にして、更に『その威を借りよう』などとは、王として愚の骨頂たる行いであると、勇者殿も思われないかな?」
「力の又貸し、ですか...仰る意味は分かりますよ」
「うむ、それはサラサスの国力を高めるどころか、むしろ弱める...一時の強い酒に酔って騒ぐようなことであろうと」
「なるほど...」
「無論、ユベールとジャン=ジャックも同じ意見であるしな...特にジャン=ジャックからは『決して勇者の力を利用しようとするな、させるな。それがサラサスのためだ』と、キツく釘を差されておりますぞ?」
さすがは知恵袋のジャン=ジャック氏、本当に先の先のことまで読んでるって感じだな!
「承知しましたパトリック王。俺としてもとても助かります」
「なんの。我らに出来ることは少ないが、少ない中では精一杯にやらせて頂こう。先ほども話に出たが、これは本来サラサス王家が先陣に立つべき戦いだ」
そう言って、パトリック王が整列したペルラン隊長と騎士達を前に事情を話す。
「皆の者には、これより港町アーブルに行って、現在補修作業中の軍船『アヴァンテュリエ号』の警備に当たって貰う。極秘ではあるが、準備が完全に終わり次第、この船を勇者殿が利用される予定なのだ」
「おおっ...」
それを聞いて騎士一同がどよめいた。
「勇者殿の邪魔を企てる者らを、万が一にも近づけるわけにはいかんからな。実際に襲撃を受ける可能性もありえる」
「かしこまりました陛下、どうぞ我ら先鋒隊にお任せ下さい!」
「うむ、細かな段取りは宰相とスライ・ラクロワ子爵から指示を受けてくれ。みな頼んだぞ!」
「御意!」
そっか、パトリック王がスライに先鋒隊の統率を押しつけたのは、中間に入る者を出来るだけ減らすためなんだな。
さっきオブラン卿は軍船を動かすために海軍大臣との調整が必要だってことを言ってたし、騎士団に関わる貴族も多いはずだ。
関わる者が増えれば、それだけヘンなヤツが混じり込む危険性は高まるからね。
++++++++++
港の警護に当たってくれる騎士達との顔合わせの後は、オブラン宰相の頼みを聞き入れて晩餐会に出席したけど、特に面倒なことも無くつつがなく過ぎた。
トラブルと言えば、酒に酔って気が大きくなったらしい貴族が『サラサス王家で勇者殿を召し抱えるべきだ』などと大声で言いだし、ジャン=ジャック氏から情け容赦の無いツッコミを入れられて大恥をかかされたぐらいだな。
曰く・・・ポルミサリア全体、そして人族全体を助けるべく大精霊の力を借り受けている勇者に対し、どのような理由と対価を持ってすれば一つの国が『正当に召し抱える』ことが可能になるのか?
曰く・・・仮にサラサスが勇者の力を独占できたとしても、『勇者の威』を借りて周辺国へ横柄な態度をとったら将来どうなるのか?
曰く・・・サラサスの外の出来事に一切関知しなくなった勇者を、勇者と呼べるのか?
曰く・・・決して世襲する『称号』では無い勇者がいつかサラサスからいなくなった時、国力や民の心情はどうなるのか?
etc. etc. etc. ・・・
もちろん、その貴族はジャン=ジャック氏の怒濤のような問い掛けに対して、何一つとしてまともに答えることが出来なかったよ。
グゥの根も出ないとは、まさにあの状態!
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