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第八部:遺跡と遺産
シンシアの工夫
しおりを挟む「それなのにバシュラール家が、魔法陣を必要な時だけ広げたり、使わない時は畳んだりする魔道具を生み出したのは何故か?...なにか節約以外の意図があるんじゃ無いかなって思ったんですよ。それで辿り着いた答えが可搬性だったんです」
「へぇー。じゃあその魔道具は『橋を架ける転移門』を...必要な場所で、必要な時だけ、橋を架け直すって感じなのかな?」
「そうです!」
もちろん橋を架ける転移門方式だから出入口は固定されてしまうけど、一つを家においてから片割れを持って出掛ければ、どこからでも瞬時に家に帰れるとか、そんな感じだろうか?
「しかも普通は、いったん設置した橋を架ける転移門は稼働状態が続きますし、定期的なメンテナンスも必要になります。この状況はハッキリ言って不便ですよね!」
「いやシンシア、少なくとも転移門を使えてる状況を『不便』と言い切るのはいかがなものかと...」
「あ、そ、そうですね...」
俺が言うのも『どの口で』って感じではあるけど・・・
でも収納魔法しかり、転移魔法しかりで、いずれ使えなくなるハズのものに日常生活を頼り切るのはよくないと思う。
エルスカインとの戦いが終わった後の事ではあるけれど、いつか俺たちは普通の人々と同じ暮らしに戻る必要があるのだからね。
「ともかく...ヒップ島の別荘にあった転移門...ガラス窓に隠されていたものですけど、あれって御兄様が門番から起動方法を聞くまでは、完全に『止まって』いたじゃありませんか?」
「そりゃあ、魔法陣その物が成立してない状態にされてたからね。魔法陣を描いた媒体自体が劣化しない限りは消えることはないだろう」
「では、イークリプシャンの時代に使われていた『普通の転移門』は、なぜそうやって日頃『停めて』なかったんだろうと...使う時だけ動かすようにしておけば、転移門の消耗もメンテナンスの手間も大幅に節約できたはずです」
「言われてみればそうだな...」
「でしょう?」
「じゃあ出来ない理由があった訳か?」
「はい。バラバラの状態の魔法陣を、ただ重ね合わせただけで起動できるようにするなんて普通は無理なんですよ。本来なら、その合成作業自体に一つの魔法が必要なはずです」
「そうなるか」
「ええ、あの時は御兄様が先に別邸の門番を起動させ、魔力が流れる状態にしていましたから不思議には思いませんでしたけど」
そうだな・・・少なくとも最初から、俺が口にした『キーフレーズ』を聞き取れる状態ではあった。
三千年も待機状態を保持するのは、それはそれで凄いことだと思うけど、南部大森林の『サイロ』に保管されていた魔石が高純度を保ったままだったことからも、そういう保存系の魔導技術も優れていたんだろう。
何しろ、あの『ガラス箱』が産み出された時代だしね。
「ですが、バシュラール家の秘匿施設と何度も往き来している内に疑問に思い、マリタンさんの目録と移設の保管物を照らし合わせてみたら、必要な時だけ動かす方法が判明したんです」
「で、それがバシュラール家の秘技だと」
「当時、一般に広まっていた魔導技術でしたらエルスカインも知っているはずですからね。いずれ高純度魔石の供給が途切れると分かっている今なら、きっと利用するはずでしょう」
「そりゃそうだよな...でも使ってないってコトは、その技術を持ってないってコトか」
「ええ。その『携帯型転移門魔道具』を更に弄って『中継する機能』を追加したのがコレなんです」
「その中継機能って言うのは、二つの転移門を繋いで何をどうするんだ?」
「単純な話で、転移門から出てこようとしている相手を、そのまま切れ目無く別の場所に送り込むことが出来るんです」
「それで中継か!」
「これを使えば、すでに設置されている転移門の『行き先』を後から好きなように『上書き』出来るっていう感じですね」
「なるほどなぁ....」
「なので、この中継装置をエルスカインの手下が設置するだろう転移門にこっそり仕掛けておけば、向こうには気付かれずに別の場所に送ってしまえる訳です。以前、エルダンで御姉様がなさった事をヒントにして改良してみたんですよ」
エルダンでパルレアがやったことって、あの凍らせた転移門を更に転移門で包んで城砦の檻の中に送りつけた件か?
最後は、重ね合わされた転移門の不慮の動作で、無限牢獄みたいになっちゃってたよな。
だとすると、シンシアの『改良』は、本来の用途よりもチョットだけ物騒な感じがするんだが・・・
「エルダンのって、転移門の罠を逆手にとったヤツか? あの時は意図せずループして時空の回廊っていうか牢獄みたいになっちゃったけど」
「ええ、アレです」
「大丈夫か?」
「これは元の原理から違うので大丈夫ですよ。単純に転移門を二段重ねにして、一つ目の転移門から出た来た人達を、そのままスルッと二つ目の転移門に送り込むだけです」
「で、その行き先を牢獄にでもしとけばいいってワケか?」
「そうです! これをエルスカインが慰霊碑の脇に開くだろう転移門に重ねれば、どこかから転移してきた人をエルダンの時みたいに『檻』に送り込んでしまえる訳ですね」
「スゴい、スゴいぞシンシア! ...ただ、エルダンの罠も同じだけど、自分が使われる可能性を考えると超イヤだな...目的の場所に転移しようとして気が付いたら捕縛されてる訳だもん」
「ですね!」
「そんな楽しそうに...でも『ステップストーン』みたいな中継方法と違ってスムーズそうだな」
「ええ、橋を渡ってる本人すら気が付かないでしょう」
「よし、オブラン宰相に頼んで、頑丈そうな地下牢でも転移先に設定させて貰おうか。ここならエグい地下牢がありそうだしな!」
「御兄様、それを楽しそうに言うのもいかがなものかと...」
「だよねー」
早速、俺とシンシアは『中継装置』を仕掛けるために、不可視化した上で部屋の転移門から慰霊碑の裏側へと跳んだ。
こちら側で『中継装置』を設置するのは、この慰霊碑と黒い壁の間の空間だ。
もちろん、まだそこにエルスカインの転移魔法陣は仕込まれていない。
「これって、これからココに作られる転移門に反応するんだよな? というか、転移魔法陣の中心からズレても大丈夫なのかシンシア?」
「はい、この中継装置は付近での橋を架ける転移門の起動を感知して動き出します。それまでは眠っているようなモノですよ」
「魔力を出さないから気付かれない、と?」
「そうです御兄様。そして、この中継装置が動き出した時には、すでにターゲットにした転移門自体も動き出していますから魔力感知では判別できません」
「つまり、別の転移門が同時に動いてるとバレないワケだな・・・」
「はい」
「それで、中継装置の片割れをコッチの好きな送り先に置いてしまえば、転移者は問答無用で流し込まれちまうのか...」
えーっと、つまり魔力を隠すなら魔力の中、って感じかな?
「術者に怪しまれることは無いと思います。気付かないでしょうし、いったん橋を渡り始めたらキャンセルも出来ません。もう捕らえたのと同じですね」
新しい転移門を開くためには、まず誰かが物理的に来なければならないけど、その誰かさんがここを訪れれば、すぐにシンシアの『警戒網』に引っ掛かって露呈する。
更に、見張られているとも気付かずに転移門を張ると、この『中継装置』が静かに作動を始める訳だ。
転移門を張った術者、恐らくはホムンクルスの魔法使いは自分の張った転移門で拠点に戻るだろうし、逆向きには中継装置を作動させないから、なんの問題も無く転移が出来て安心するだろう。
だけど、実はその時すでに罠が動き出してるって寸法だな。
「なるほどね...でもエルダンで使った転移門の罠って言うか捕縛術もそうだけど、古代の転移魔法って便利だけど物騒な使い方も出来るよな?」
「そうですね。その頃に実際どう使われていたのかは想像の域を超えませんけど...リスク管理と言うか保安上の懸念と言うか、そういう負の側面についてはあまり考慮なされてなかったように感じますね」
「負の側面、か」
「ええ。元々の転移魔法の設計自体からして贅沢...というか無駄が多いですし、どんなに高純度魔石が潤沢に手に入っていたとしても、勿体ないとか思わなかったのかなぁって考えたりもします。古代の人の価値観をアレコレ言っても仕方が無いですけれどね」
例の『ガラス箱』にしても橋を架ける転移門にしても、魔力の消費は大きいし、ヴィオデボラ島で見た『浮遊桟橋』なんてのは、その最たるモノだろう。
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