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第八部:遺跡と遺産
会見の後
しおりを挟むあの会見の後の俺達は、謁見の間で上級貴族達に揉みくちゃに・・・物理的にでは無く精神的に・・・されていた。
人払いで部屋から追い出されていた貴族や官吏の人々との会話は多岐に渡ったけれど、その全てを一言で言い表すことが出来る。
つまり、『不毛』ってヤツだ。
本当なら片っ端から、フェリクス王子と魔獣による襲撃事件とか王家の谷のこととかを知ってる人を探して小一時間ほど問い詰めたい・・・もとい、話を聞きたいところだけど、俺たちの訪問内容を秘密にする以上はそうもいかない。
軍船を借りる件はどのみち噂を広げることが前提なので、『勇者さまはサラサスへ何をしに来たのか?』としつこく聞いてくる相手には、『南洋を探索する必要が出たので長期航海が出来る船を借りに来た。何を探すのかはまだ言えない』と、それ一辺倒で押し通した。
それでも、すぐ脇にパトリック国王とオブラン宰相が一緒にいてくれたからこそ、浮ついた話を求めてウルサい貴族達も詮索を控えめにしてくれたんだろう。
それに少しでも調子に乗った発言をすると、即座にジャン=ジャック氏にバッサリとやられてたし・・・
あれはキツい。
恐らくほとんどの分野において、彼の前で『知ったかぶり』をするのは自殺行為だな!
ジャン=ジャック氏の快刀乱麻ぶりは、側で見ているだけでも居たたまれなくなることが時々あったけど、『勇者の妹で美少女魔法使い』なシンシアになんとか近づこうとする阿呆貴族たちを蹴散らしてくれていたのもジャン=ジャック氏だから、俺としては有り難く感じてもいる。
あの連中、もしもシンシアの『貴族的な意味での正体』を知ったら、どういう態度をとるんだろうな?
大国ミルシュラントの大公の一人娘で、かつ伯爵家の跡取り、つまり次の当主だ。
それでもなんとか自分の息子に引き合わせようとかするのなら、その度胸と思い切りの良さには敬意を払うが・・・
それはともかく、高慢ちきな上級貴族達を平然と衆人環視の中でコケにするジャン=ジャック氏は大勢の恨みを買っているんだろうけど、本人は何処吹く風。
からかわれたことに苛ついた貴族が迂闊に反撃しようとすると、更に倍くらいになって戻ってくる感じだな。
でも将来、年上のパトリック国王が崩御することがあったら、その日のうちにどっか外国へでも亡命した方がいいと思うよ?
ミルシュラントで良ければ、俺とシンシアがジュリアス卿に口添えするからさ・・・
++++++++++
興味津々の貴族達からようやく解放されたあと、俺たちは賓客として王宮内の客間をあてがわれていた。
ここは城壁と一体化している部分では無く、内側に向けて別棟として延びているウイングだけど、一室だけでなくフロア全体と上下の階も貸し切りだ。
上下は別にいらないだろ? って思ったんだけど、オブラン宰相いわく『緊急時の秘密の通路がごにょごにょ...』とかで、保安上の都合らしい。
要は、客間からコッソリと出入りが出来る『秘密の通路』が、あらかじめ作られているってコトだな。
そのことが後で俺達に露呈して不興を買うよりも、先に教えといてしまおうってことのようだ。
そもそも俺たちには結界があるし、王宮なんて、どんな秘密の構造があっても別に驚かないけどね・・・
俺たちの借りた部屋は、それぞれにソファやダイニングテーブルのある居間と、二つのベッドがある寝室と、さらに独立したバスルームも付いている三つの客間が続き部屋になっていて、客間同士を区切る壁に付いている扉を両側から開け放てば、廊下に出ることなく互いの部屋を往き来できる。
大勢の家族や家臣を連れて訪れた貴賓なんかに対応するための仕組みだろう。
ヴァレリアン卿とアロイス卿、スライも同じ棟の別部屋だけど、こことは作りが違っていた。
念のためにパルレアと一緒に各部屋を回り、室内外に妙な気配が無いかを確認してから結界を張っておく。
「で、ライノ。これからどうする?」
アプレイスがソファに寝転がったまま、窓に顔を向けて空を見上げている。
さすがに彼もチョット疲れてるな。
シンシアもゲンナリしているけど、パルレアとマリタンは元気だ。
だってパルレアは人々が押し寄せてくると同時に革袋に飛び込んじゃったし、マリタンはずっと普通の本のフリをして黙ってたからね。
いや、マリタンに対して『元気』とか『疲れてる』って言う尺度を当て嵌める方が不自然かな?
「特に予定は無いんだけど、オブラン卿は今日中に見張りの騎士達を選抜するって言ってたから、その顔検分をしないとだな」
「慰霊碑はこのまま放っておくのか?」
「あそこにはシンシアが探知結界を張ってくれているから、もし変な奴が近づいたら分かるよ」
「いつの間に?」
「謁見の間へ戻る間際にですアプレイスさん。方位魔法陣と組み合わせてあって、どちらから、どの程度の人数が近づいているかも分かります。まだ、あの周辺にエルスカインの転移門は設置されていないようですから、手下のホムンクルスが『橋を架ける転移門』を設置しに来れば、すぐに分かるでしょう」
「そりゃいいね。交代で見張らなきゃいけなくなるかと思ってたぜ」
もしもフェリクス王子が存命で、勇者の一行がルリオンを訪ねたって話が伝われば、すぐに動きが出るだろう。
「それにしても、一番大事な慰霊碑の裏にエルスカインが転移門を張ってないのはなんでだろうな?」
「もしものため、では無いでしょうか御兄様」
「ん?」
「橋を架ける転移門《ブリッジゲート》は双方向ですから。フェリクス王子と言う人が本当にうつけ者で、万が一にも毒ガスを放出し始めてからゲートで移動しようとしたら、転移先もタダでは済まないかと」
「あー、なるほどな...」
聞いた感じ、フェリクス王子の粗忽さだったら、ありえそうだよ。
「なるほどねぇ。まぁ騎士達のホムンクルスを見分けるのはライノとパルレア殿に任せた方がいいだろうし、あとは飯食って寝るだけか」
「アプレイスが食事を気にするなんて珍しいな!」
「いやなに、スライ殿が言ってたルリオン名物の『ワイン煮』ってやつか? どんなものなのか気になってな」
「へぇー」
「ねーお兄ちゃん、ワイン煮を食べながらワインの飲み比べとかしたらゼッタイにサイコーだって思わない?」
「いやパルレア、お前の趣味に合わせるなら、干し葡萄のタルトとワインだろ?」
「あーっ! それ食べたーい!」
「まあ、王宮の食事でメニューをリクエストする訳にも行かないし、それは街に行く事が出来てからな? それに、きっとここでも美味しいものが色々と出てくると思うぞ」
「うん!」
「しかし...俺達ドラゴンは魔力さえありゃ生きて行けるし、昔は肉の味なんて気にした事なかったんだけどなぁ...ライノと出会ってから色々変わったぜ」
そうは言うけど、元からアプレイスは面白い視座と考え方を持っていた奴だ。
俺達と一緒にいる事で、それがちょいと刺激されたって感じなんだろうな。
「まあ、食事が先でも顔検分が先でも、オブラン宰相の使いが呼びに来るのを待ってよう。なんならアプレイスは昼寝、いや午後寝でもしててくれ」
「言い直さなくていいぞライノ...」
「ところで御兄様、ここにも転移門を開いてしまって構わないですか? まだ時間の余裕があるのでしたら、いったんヒップ島に戻って、ここに持ってきたいものがあるんです」
「いいと思うよ。パルレアの結界も効いてるし、妙な探知に引っ掛かったりはしないと思う」
「へいきよー、シンシアちゃん」
「わかりました。では行ってきます」
シンシアがサクッと転移門を開いて跳ぶ。
これであの慰霊碑も隣の部屋にあるのと同じだな・・・全然嬉しく無いけど!
することもなく退屈を持て余したパルレアが再び革袋に飛び込み、俺もそのまま部屋でゴロゴロして居ると、しばらくしてドアがノックされた。
てっきり宰相の使いが来たかと思ったら、入ってきたのは謁見の間に居残りさせられていたスライだ。
パトリック国王はスライの叙爵を『肩書きだけ』の名誉貴族的なことにするつもりはなく、ちゃんと領地や王宮内の階位も与えるから、その相談と調整も必要って理由だった。
それに、叙爵の儀はもう済ませたことにしてしまったものの、他の上級貴族や官吏達にも経緯は教えておいた方が良いと言うコトだったんだけど・・・
なんで、そんなに疲労困憊してるんだよ?
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