なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第八部:遺跡と遺産

サラサス訪問の言い訳

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「助かりますよパトリック王。正直、どこで何を探れば答えに辿り着けるのかも手探りって状態ですからね」

「それはこちらのセリフですな勇者殿。もしも今日、勇者殿がルリオンにいらっしゃらず...フェリクス王子が存命していることも、そしてエルスカインの手で獅子の咆哮が動かせる状態に有ることも知らないままでいたかと思うと、ゾッとしますぞ?」
「まあフェリクス王子のことはタダの推測ですから、彼がまだ動いているかは分かりませんが...」

「ですが、動いている可能性があるのならば、動いているモノだと考えて、備えておくべきでしょうな」

パトリック王の認識は正しい。
『敵は来ないだろう』という前提で防衛策を考えるのは愚の骨頂だからね。

「仰る通りですねパトリック王。エルスカインは絶対に油断の出来ない相手ですし、用心を幾ら重ねても完璧は無いと言っていい」
「聞くだに恐ろしい敵ですな」
「ええ。それに厄介なのは、エルスカインがどこの国にも属していないってコトですね。こちらからの攻め手が取りづらい」

「なるほど、敵の本拠や構成が明確で無いとすれば攻めにくいですし、例え居場所が分かっても、軍を引き連れて迂闊に踏み込んだりすると、本来は起きる理由の無い国家同士の諍いさえ引き起こしかねない。これは確かに勇者殿にしか戦えない相手でしょうな」

「まあ、そうなりますね」

俺は頷いて、王家の谷の両側に立ち並ぶ石碑の群を手で指し示した。

「ところで王族の方の『墓』そのものは、あの石碑なんですか? もしそうならマディアルグ王以降に建てられたものでしょうし、俺たちが調べる時にも触れないようにしますけど?」

石碑と言っても俗に言う『墓標』のようなモノでは無く、もっと巨大な石の柱って言う感じのシロモノだ。
巨石一つずつの幅や高さ、それに形も様々だし立っている場所もバラバラで、とても墓標のようには見えないけど、サラサス王家流の様式とかあるのかも知れないからな。

「いや勇者殿、あれは墓標で有りませんのでお気遣いは無用です。あれらは兵士の訓練場ですな」
「あの巨大な岩の群が?」
「マディアルグ家が城壁を建てた際に一緒に造らせたもので、兵士達の訓練のために置いたと伝えられております」

「兵が岩を相手にどんな訓練をするんです?」

「ああ、そうではありません。あの石群は左右にあって細部は違いますが、おおよその配置や数は似たようなモノです。兵士達を二つの軍勢に分け、あの岩を遮蔽物にしてお互いの陣地を取り合わせるのです」
「へぇ!」
「闇雲に敵の陣地に攻め込んでも、岩陰に潜む相手を見つけ出して殲滅していくのは難しい。また守る側も石壁に隠れて安心していてはいつまでも勝利できません。攻める側と守る側、双方の胆力と作戦が問われる訓練なのですよ」

「面白いですね...それにしても、いくら広い土地だとは言え、墓所が訓練場を兼ねているとは驚きました」
「いえ、実際の墓地はもっと奥の方ですから問題ありません」
「ここからは見えない場所に?」
「左様です。ここを中心に四方へと道が伸びておりますが、その奥側の突き当たりですな。埋葬されるのは王族だけですから、それほど広い墓地ではありません。王家の谷というのは墓所の呼び名ですが、訓練場も含めて、この辺り一帯を指す言葉として使われることの方が多いですな」

「なるほど分かりました。...じゃあそろそろ、上位貴族の方々をあまり心配させないうちに謁見の間に戻りましょうか」
「承知しました」
「シンシア頼む。それとサイロに掛けたアレもな?」
「はい御兄様...では皆様、転移しますから、もう一度椅子にお掛けください」

全員が椅子に座ったところでシンシアが魔法陣を動かして謁見の間に戻った。

そして精霊魔法が扱える俺とパルレア以外には気付かれていないけど、転移で戻る直前にシンシアは、南部大森林の魔石サイロに張った『ちょっと過激な泥棒さん避け』という結界を慰霊碑の周辺に張ってある。
まあ、今回のは『過激』ではないけど、誰かが慰霊碑の周辺でゴソゴソし始めたらシンシアが気が付くって言う寸法だ。

「まこと転移術とは凄まじいものですな!」

謁見の間に戻ったパトリック王が感に堪えかねるように大きな声を出す。
確かに、椅子に座った状態のまま多人数で転移するっていうのも不思議な感じで、まるでなんの切れ目も無く、会見がこの部屋で続いていたかのように思えるな・・・

「便利ですが、使うことに慣れきると後が辛いですよパトリック王。普通の移動に耐えられなくなりますからね」

つい数日前にスライから『普通の人は転移したり空を飛んだりしねぇ。その程度の距離は歩くもんなんだよ』とさとされたのはナイショだ。

「なるほど。過度な便利さは人にとっては諸刃の剣と言うわけですか」
「そういうことですね」
「ところで勇者殿、そろそろこの『会見』に一区切りを付けるに当たって、皆様が今日ここにいらした『理由』を創らねばなりませんが、なにか妙案はございますかな?」

「ああ、それなんですよねぇ...」

正直、会見が決まった時からアレコレ『表向きの理由』を考えてはいるのだけど、ベストな案が浮かんでない。
どれも妙に言い訳がましいというか、ホントにそんなことで勇者が訪ねてくるのかと訝しまれそうと言うか・・・

どの言い訳も怪しいんだよな、我ながら!

そうは言っても会談の理由を謎のままにしておくのも変だ。
謎が多いほど噂が広まるのは早くなるって言うし、何でも良いから理由を立てて広めておいた方がいいだろう。
仕方なく俺の腹案の中で一番マシに思えるヤツを口にしようとした時、不意にパルレアが思いがけないことを言い出した。

「ねー、それって船じゃダメー?」

「は? 船? お前はなにを言ってるんだパルレア?」
「だーから、お兄ちゃんはヴィオデボラを探すために、サラサス海軍の船を借りに王様に会いに来たってゆーコト!」

「おおっ!」

まったく考えても見なかった言い訳だ!
目から鱗だぞパルレアよ。
パルレアの説明にパトリック王も大きく頷く。

「なるほど、我々が軍船を貸し出すというのであれば、しばらく勇者殿がルリオンに滞在する理由として信憑性がありますな」

「御姉様、私も良い案だと思います。いずれ私たちが海に出る必要があるのも事実ですからね」
「でしょでしょー!」
「軍船か...」
「そうだなライノ、サラサスから軍船を借りて南海の探索に出るって言うのは、俺達が姿を消しても不思議に思われないし、いいと思うぞ? なんなら一度海に出た後で、俺の背中に乗って舞い戻ったって良いんだしな!」

「なるほど、借りた船の出港に合わせて姿を消せば、みんなは俺達がその船に乗ってると思い込む訳だな...」
「だよな!」
「でも...それって借りた船を『囮』にするわけだろ? その船の乗組員達を危険な目に遭わせる事にならないかな?」

「そこは色々やりようだと思うぞ?」
「うーん...」

本当の目的の隠ぺいが助かるのは事実だけど、もしも俺達が『乗り組んでいない』状態の船が、エルスカインの操るナニカに襲われたりしたら目も当てられない。
それこそ、海上でグリフォンでも飛んできたら一撃で乗組員は全滅だよ。

「なあライノ、お前が心配してんのは無関係な連中を巻き込む事だよな?」
「その通りだスライ」
「えーっと...その、国王陛下の前で大変僭越なんですが、俺からも言わせて下さい」
「むろん構わんともスライ殿。先ほども言ったように、まず何よりも貴君は勇者殿のご友人なのだ」

「有り難うございます陛下...なあライノ、いまサラサスの民は崖っぷちに立ってると思う。エルスカインの事を知らない連中にはピンと来ねぇだろうけど、『獅子の咆哮』が奴らの手に渡れば間違いなくルリオンは滅ぶ。王家の谷をサラサス軍が勢揃いで守ったって、エルスカインは防げねぇよ?」

「そうだろうな。千匹ほど魔獣を送り込まれたら、普通の軍隊じゃ相手を出来ないだろうし」
「千匹ですとっ!」
「オブラン卿、エルスカイン相手ならあり得る数ですよ? 王家の谷を城壁で囲んでいる事も逆にあだになるでしょう。そこにグリフォンでも数匹舞い降りてくれば、逃げ場も無くなって兵は壊滅だ」

「なんと...」

パトリック王とオブラン宰相、それにジャン=ジャック氏までもが、今日だけで何度目かの『目を剥いた』表情を見せる。
だけどエルスカインとの戦いに、普通の戦争や犯罪者討伐の常識なんかカケラも通じないのだ。
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