701 / 922
第八部:遺跡と遺産
サラサス訪問の言い訳
しおりを挟む「助かりますよパトリック王。正直、どこで何を探れば答えに辿り着けるのかも手探りって状態ですからね」
「それはこちらのセリフですな勇者殿。もしも今日、勇者殿がルリオンにいらっしゃらず...フェリクス王子が存命していることも、そしてエルスカインの手で獅子の咆哮が動かせる状態に有ることも知らないままでいたかと思うと、ゾッとしますぞ?」
「まあフェリクス王子のことはタダの推測ですから、彼がまだ動いているかは分かりませんが...」
「ですが、動いている可能性があるのならば、動いているモノだと考えて、備えておくべきでしょうな」
パトリック王の認識は正しい。
『敵は来ないだろう』という前提で防衛策を考えるのは愚の骨頂だからね。
「仰る通りですねパトリック王。エルスカインは絶対に油断の出来ない相手ですし、用心を幾ら重ねても完璧は無いと言っていい」
「聞くだに恐ろしい敵ですな」
「ええ。それに厄介なのは、エルスカインがどこの国にも属していないってコトですね。こちらからの攻め手が取りづらい」
「なるほど、敵の本拠や構成が明確で無いとすれば攻めにくいですし、例え居場所が分かっても、軍を引き連れて迂闊に踏み込んだりすると、本来は起きる理由の無い国家同士の諍いさえ引き起こしかねない。これは確かに勇者殿にしか戦えない相手でしょうな」
「まあ、そうなりますね」
俺は頷いて、王家の谷の両側に立ち並ぶ石碑の群を手で指し示した。
「ところで王族の方の『墓』そのものは、あの石碑なんですか? もしそうならマディアルグ王以降に建てられたものでしょうし、俺たちが調べる時にも触れないようにしますけど?」
石碑と言っても俗に言う『墓標』のようなモノでは無く、もっと巨大な石の柱って言う感じのシロモノだ。
巨石一つずつの幅や高さ、それに形も様々だし立っている場所もバラバラで、とても墓標のようには見えないけど、サラサス王家流の様式とかあるのかも知れないからな。
「いや勇者殿、あれは墓標で有りませんのでお気遣いは無用です。あれらは兵士の訓練場ですな」
「あの巨大な岩の群が?」
「マディアルグ家が城壁を建てた際に一緒に造らせたもので、兵士達の訓練のために置いたと伝えられております」
「兵が岩を相手にどんな訓練をするんです?」
「ああ、そうではありません。あの石群は左右にあって細部は違いますが、おおよその配置や数は似たようなモノです。兵士達を二つの軍勢に分け、あの岩を遮蔽物にしてお互いの陣地を取り合わせるのです」
「へぇ!」
「闇雲に敵の陣地に攻め込んでも、岩陰に潜む相手を見つけ出して殲滅していくのは難しい。また守る側も石壁に隠れて安心していてはいつまでも勝利できません。攻める側と守る側、双方の胆力と作戦が問われる訓練なのですよ」
「面白いですね...それにしても、いくら広い土地だとは言え、墓所が訓練場を兼ねているとは驚きました」
「いえ、実際の墓地はもっと奥の方ですから問題ありません」
「ここからは見えない場所に?」
「左様です。ここを中心に四方へと道が伸びておりますが、その奥側の突き当たりですな。埋葬されるのは王族だけですから、それほど広い墓地ではありません。王家の谷というのは墓所の呼び名ですが、訓練場も含めて、この辺り一帯を指す言葉として使われることの方が多いですな」
「なるほど分かりました。...じゃあそろそろ、上位貴族の方々をあまり心配させないうちに謁見の間に戻りましょうか」
「承知しました」
「シンシア頼む。それとサイロに掛けたアレもな?」
「はい御兄様...では皆様、転移しますから、もう一度椅子にお掛けください」
全員が椅子に座ったところでシンシアが魔法陣を動かして謁見の間に戻った。
そして精霊魔法が扱える俺とパルレア以外には気付かれていないけど、転移で戻る直前にシンシアは、南部大森林の魔石サイロに張った『ちょっと過激な泥棒さん避け』という結界を慰霊碑の周辺に張ってある。
まあ、今回のは『過激』ではないけど、誰かが慰霊碑の周辺でゴソゴソし始めたらシンシアが気が付くって言う寸法だ。
「まこと転移術とは凄まじいものですな!」
謁見の間に戻ったパトリック王が感に堪えかねるように大きな声を出す。
確かに、椅子に座った状態のまま多人数で転移するっていうのも不思議な感じで、まるでなんの切れ目も無く、会見がこの部屋で続いていたかのように思えるな・・・
「便利ですが、使うことに慣れきると後が辛いですよパトリック王。普通の移動に耐えられなくなりますからね」
つい数日前にスライから『普通の人は転移したり空を飛んだりしねぇ。その程度の距離は歩くもんなんだよ』と諭されたのはナイショだ。
「なるほど。過度な便利さは人にとっては諸刃の剣と言うわけですか」
「そういうことですね」
「ところで勇者殿、そろそろこの『会見』に一区切りを付けるに当たって、皆様が今日ここにいらした『理由』を創らねばなりませんが、なにか妙案はございますかな?」
「ああ、それなんですよねぇ...」
正直、会見が決まった時からアレコレ『表向きの理由』を考えてはいるのだけど、ベストな案が浮かんでない。
どれも妙に言い訳がましいというか、ホントにそんなことで勇者が訪ねてくるのかと訝しまれそうと言うか・・・
どの言い訳も怪しいんだよな、我ながら!
そうは言っても会談の理由を謎のままにしておくのも変だ。
謎が多いほど噂が広まるのは早くなるって言うし、何でも良いから理由を立てて広めておいた方がいいだろう。
仕方なく俺の腹案の中で一番マシに思えるヤツを口にしようとした時、不意にパルレアが思いがけないことを言い出した。
「ねー、それって船じゃダメー?」
「は? 船? お前はなにを言ってるんだパルレア?」
「だーから、お兄ちゃんはヴィオデボラを探すために、サラサス海軍の船を借りに王様に会いに来たってゆーコト!」
「おおっ!」
まったく考えても見なかった言い訳だ!
目から鱗だぞパルレアよ。
パルレアの説明にパトリック王も大きく頷く。
「なるほど、我々が軍船を貸し出すというのであれば、しばらく勇者殿がルリオンに滞在する理由として信憑性がありますな」
「御姉様、私も良い案だと思います。いずれ私たちが海に出る必要があるのも事実ですからね」
「でしょでしょー!」
「軍船か...」
「そうだなライノ、サラサスから軍船を借りて南海の探索に出るって言うのは、俺達が姿を消しても不思議に思われないし、いいと思うぞ? なんなら一度海に出た後で、俺の背中に乗って舞い戻ったって良いんだしな!」
「なるほど、借りた船の出港に合わせて姿を消せば、みんなは俺達がその船に乗ってると思い込む訳だな...」
「だよな!」
「でも...それって借りた船を『囮』にするわけだろ? その船の乗組員達を危険な目に遭わせる事にならないかな?」
「そこは色々やりようだと思うぞ?」
「うーん...」
本当の目的の隠ぺいが助かるのは事実だけど、もしも俺達が『乗り組んでいない』状態の船が、エルスカインの操るナニカに襲われたりしたら目も当てられない。
それこそ、海上でグリフォンでも飛んできたら一撃で乗組員は全滅だよ。
「なあライノ、お前が心配してんのは無関係な連中を巻き込む事だよな?」
「その通りだスライ」
「えーっと...その、国王陛下の前で大変僭越なんですが、俺からも言わせて下さい」
「むろん構わんともスライ殿。先ほども言ったように、まず何よりも貴君は勇者殿のご友人なのだ」
「有り難うございます陛下...なあライノ、いまサラサスの民は崖っぷちに立ってると思う。エルスカインの事を知らない連中にはピンと来ねぇだろうけど、『獅子の咆哮』が奴らの手に渡れば間違いなくルリオンは滅ぶ。王家の谷をサラサス軍が勢揃いで守ったって、エルスカインは防げねぇよ?」
「そうだろうな。千匹ほど魔獣を送り込まれたら、普通の軍隊じゃ相手を出来ないだろうし」
「千匹ですとっ!」
「オブラン卿、エルスカイン相手ならあり得る数ですよ? 王家の谷を城壁で囲んでいる事も逆に仇になるでしょう。そこにグリフォンでも数匹舞い降りてくれば、逃げ場も無くなって兵は壊滅だ」
「なんと...」
パトリック王とオブラン宰相、それにジャン=ジャック氏までもが、今日だけで何度目かの『目を剥いた』表情を見せる。
だけどエルスカインとの戦いに、普通の戦争や犯罪者討伐の常識なんかカケラも通じないのだ。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ステータス画面がバグったのでとりあえず叩きます!!
カタナヅキ
ファンタジー
ステータ画面は防御魔法?あらゆる攻撃を画面で防ぐ異色の魔術師の物語!!
祖父の遺言で魔女が暮らす森に訪れた少年「ナオ」は一冊の魔導書を渡される。その魔導書はかつて異界から訪れたという人間が書き記した代物であり、ナオは魔導書を読み解くと視界に「ステータス画面」なる物が現れた。だが、何故か画面に表示されている文字は無茶苦茶な羅列で解読ができず、折角覚えた魔法なのに使い道に悩んだナオはある方法を思いつく。
「よし、とりあえず叩いてみよう!!」
ステータス画面を掴んでナオは悪党や魔物を相手に叩き付け、時には攻撃を防ぐ防具として利用する。世界でただ一人の「ステータス画面」の誤った使い方で彼は成り上がる。
※ステータスウィンドウで殴る、防ぐ、空を飛ぶ異色のファンタジー!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】シナリオブレイカーズ〜破滅確定悪役貴族の悠々自適箱庭生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
【ファンタジーカップ参加作品です。清き一票をお願いします】
王国の忠臣スグエンキル家の嫡子コモーノは弟の死に際を目前に、前世の記憶を思い出した。
自身が前世でやりこんだバッドエンド多めのシミュレーションゲーム『イバラの王国』の血塗れ侯爵であると気づき、まず最初に行動したのは、先祖代々から束縛された呪縛の解放。
それを実行する為には弟、アルフレッドの力が必要だった。
一方で文字化けした職能〈ジョブ〉を授かったとして廃嫡、離れの屋敷に幽閉されたアルフレッドもまた、見知らぬ男の記憶を見て、自信の授かったジョブが国家が転覆しかねない程のチートジョブだと知る。
コモーノはジョブでこそ認められたが、才能でアルフレッドを上回ることをできないと知りつつ、前世知識で無双することを決意する。
原作知識? 否、それはスイーツ。
前世パティシエだったコモーノの、あらゆる人材を甘い物で釣るスイーツ無双譚。ここに開幕!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜
優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、
戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。
本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、
皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、
剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。
彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
2回目チート人生、まじですか
ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆
ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで!
わっは!!!テンプレ!!!!
じゃない!!!!なんで〝また!?〟
実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。
その時はしっかり魔王退治?
しましたよ!!
でもね
辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!!
ということで2回目のチート人生。
勇者じゃなく自由に生きます?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる