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第八部:遺跡と遺産
碑文を削った理由
しおりを挟む「この地が『ル・リオン』、すなわち『獅子の住む土地』と呼ばれるようになったのもマディアルグ家とは関係なく、古代にどこからか...南方かどうかは存じませんが、流れ着いた『獅子の末裔』を自称する一族が暮らし始めたからだと聞いております」
「そうだったんですか...」
「もちろん我がメシアン家もその流れを汲む一族です。ですので、良い悪いは別として同胞であったマディアルグを獅子の末裔と呼ぶことに、さほどの違和感は感じませんな...もっとも、マディアルグ家に対して『あんな連中を自分たちと一緒にするな』という意味で『獅子の末裔』と呼ぶのを嫌ったというのであれば、分からなくもないですが」
「うーん、でも古くからの民族的な呼称であれば、それを削り取るっていう方が抵抗感ありそうですね?」
「左様です勇者殿。少なくとも儂ならやりませんなぁ」
「私めも陛下と同様な感覚です」
「ワタクシならあっさり削っちゃいますね!」
「ジャン=ジャックはそうであろう。そもそもお主は古い事物への敬意など持ち合わせておらぬからな」
「ヒドいですね陛下、こんな純粋な男に」
「よく言うわい...」
ここにパトリック王を連れてきてよかった。
しかし『不愉快な文言だから削った』という訳じゃ無いとしたら、なぜ、そして誰が、この碑文を削らせたのだろう?
「ねえシンシア様、ワタシをその削り跡に近づけて貰えないかしら?」
マリタンがなにかに気が付いたらしい。
早速シンシアがストラップを外してマリタンを腕に抱えると、碑文の削り跡に近づいてしゃがみ込む。
おや、ストラップがまた改良されてるな・・・今度のは肩からストラップを抜かなくても、留め金部分のワンタッチでマリタンを開放できるようになってる。
「あら、コレって意外と新しいわねぇ」
「どういう意味だよマリタン?」
「言葉通りの意味よ兄者殿。この削り跡って作業が荒っぽいから古く見えてるけどね、実際は削られてからまだ十年と経ってないような気がするわ。素人のやったことね」
「マジか?」
「マジよ。削り跡を誤魔化すつもりで古びて見えるようにしたのかも?」
なんだと?
王位簒奪時にメシアン家の手で削り取られたんじゃ無かったのか。
いったい誰が・・・って、まあ答えは決まってるよな。
フェリクス王子、もしくはその周辺にいたヤツだ。
十年前というか、あの狩猟地での襲撃事件を引き起こす前なら、フェリクス王子はいつでも好きな時にここへ来て小細工が出来ただろう。
「ちょっと予想外でしたけど...十年前なら、フェリクス王子や彼の配下も、ここへ勝手に来られたはずですよね?」
「ですな」
「御兄様、さすがに石を削る作業は目に付きませんか? 周囲は開けていますし、音も響いたのでは無いかと」
「いやシンシア殿、慰霊祭の前後なら目立たなかったであろうと思う。ここも大きな祭壇が建て付けられて慰霊碑の背面など完全に隠れてしまうからな。その準備に紛れて誰かに作業させれば、怪しむものなどいなかろうて...」
「なるほど。タイミングを選べば出来たということなのですね?」
「いや待って下さいパトリック王。仮に十年前まではここの碑文が残っていたんだとすれば、逆に、どうして『削られた』ってコトに誰も気が付かないんですか? パトリック王もオブラン卿もジャン=ジャック殿も、ここに碑文があったことさえ知らなかったわけですよね?」
さっき彼らは碑文のことを知らないと断言していた。
嘘では無いにしても、慰霊碑建立からずっと見えていたのなら誰も知らないっていうのはおかしいだろう?
だが、俺の不審げな顔を見たオブラン宰相が慌てて言い訳した。
「あー勇者殿、それは慰霊碑の載せられている石組みの土台のせいかと思います」
「と言うと?」
「本来の土台の縁は、実はもう少し高かったのですよ。それこそ丁度削られた碑文が隠れている程度の高さでした。しかしながら十年ほど前の慰霊祭でちょっとした事故がありましてな...」
「事故ですか?」
「大したことではございません。強風で祭壇が崩れて石組みに松明の油が掛かって煤だらけになってしまいましてな。洗浄しても油とヤニにまみれた煤は簡単に取れるものでも無く、いっそ綺麗にと最上段の石組みを取り払ったのです」
「大胆ですね」
「周囲の石組みは後年になって、慰霊祭が大掛かりな祭りになってから設けた飾りだったそうです。構造的には一段ごとに組んであって、最上段の飾り石を取り去っても強度の問題はございませんでしたので」
「じゃあオブラン卿、マディアルグ王の時代には、この石碑は剥き出しで建ってたんですか?」
「左様でございます勇者さま」
「で...途中から碑文が飾り石で隠れていたのが補修が行われて、また剥き出しで見えるようになったと」
「そういう事でございます」
「ちなみに、その作業の時は、誰も碑文の存在に気が付かなかったんですか?」
俺が単純な疑問を口にすると、パトリック王とオブラン宰相の目が少し泳いだ。
「その、まあ、あれですな...この慰霊碑はマディアルグ家の建てたものでありまして、いまでは年に一度の『慰霊祭のシンボル』という以外の認識も無く、どうでも良かったと申しますか...」
「うむ、儂も碑文についての報告を受けた記憶も無いが、仮に受けていたとしても聞き流していたであろうな」
「そのような訳でございます、勇者さま」
「なるほどねぇ...」
碑文の文章を見たところで、誰も気に留めてなかったという事か。
まあ分からんでもない。
これが慰霊碑でしか無いと思ってれば、あの碑文から深い意味を読み取ろうとなんてしないだろうからな。
「ですが御兄様、フェリクス王子は何故それをコッソリ削らせたのでしょう? ただの注意書きを消す意味なんて無いのでは?」
「そこが問題だよなシンシア。あまり多くの人にコレを見せたくない理由があったわけだろ? いずれ誰かが碑文の秘密に気が付くかもしれないと恐れたってコトだろうね」
「つまり...その碑文は注意書きであると同時に『鍵』だったりするのでしょうか?」
「起動の鍵その物じゃ無いとしても暗号なのかもね。例えば本当の鍵のありかを示してるとか、鍵の使い方を示してるとか、そういうヒントの類いだったりな?」
「なるほど。碑文を読んで、ちゃんと意味を考えれば鍵に辿り着く...そういうことですね?」
「じゃないかな?」
「そうですね...私もそう思います御兄様。さきほどジャン=ジャック殿が『文字で残されてるハズだ』と仰っていたモノこそがコレでは無いかと...メシアン家の皆様も、すでに自分達が継承していることに気が付いてなかっただけで」
「ああ、そんな気がするな」
俺とシンシアの会話を聞いていたパトリック王が瞠目する。
「なんと勇者殿、それではこの碑文の暗号を解き明かせば、『獅子の咆哮』を動かせるというわけですな?」
「恐らくですが。それほど外れてない推理だって気がしますよ」
「ふむ...」
「であれば陛下、エルスカインの配下にあったフェリクス王子が碑文を削らせたことも、同じ頃に狩猟会で王族全員の命を狙ったことも説明が付きますな!」
「そうだなユベール、彼が事を急いだと言う訳かも知れん...」
「王位を簒奪して慰霊碑の秘密を守る。彼はまとめて全部を片づけようとした訳ですかパトリック王?」
「であろう勇者殿」
「やっぱりフェリクス王子は動かし方を知ってたってことだな...」
「フェリクスがいまでも活動しているとすれば大変危険ですな...時に勇者殿は、これからどうされるおつもりか?」
「まずは『獅子の咆哮』の中身をよく調べたいですねパトリック王。迂闊に触って変な状態にしてしまうのは怖いですし、それに碑文が本当に暗号なら絶対に解かなきゃいけないでしょう」
「承知した。勇者殿御一行には王家の谷で...いや、この王宮内のどこであろうと自由に振る舞って頂けるよう周知しておこう」
マリタンの探査によって、『ココに何かが隠してある』ってことは確定だ。
しかも、十年ほど前・・・つい最近だ・・・その中身を知る人物によって隠蔽工作までがなされている。
問題は掘り返したりせずに、中身をどうやって探るかだな。
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