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第八部:遺跡と遺産
ルリオン王宮への訪問
しおりを挟む姿を隠したままで、王家の谷の上空を二周ほどしてみるが、ぱっと見た様子では、前回の光景と何ら変わったところは感じない。
「どうする、一応みんなも慰霊碑の近くに降りてみるか?」
「いえ御兄様、そろそろ太陽が南中するかと思います。早めに王宮の正面に行ってタイミングを待つのが良いかと」
「そうだな」
「スライ殿、正門の真っ正面に浮かんで待ってればいいのか?」
「ああ。王宮で正午の鐘が鳴ったらウチの親父上とサラサス国王がバルコニーに出てくるはずだ。それを確認してからアプレイス殿にバンっと姿を現して貰うのがいいと思うぜ」
「よし、了解だ!」
アプレイスが向きを変えて王宮の正面に回り込んだ。
ルリオンの市街と王宮の間に広がる緩衝地帯、スライの言う『最終防衛陣地』の真上に浮かんで、そこでタイミングを待つことにする。
ほどなくして城門が開くと、数十人の騎士団が騎馬で出てきて散開しはじめた。
騎士団が配置に着くと同時に、城壁前の堀に渡されていた跳ね橋が再び引き上げられ、弓兵たちの姿も見える。
なるほど・・・これは万が一、ヴァレリアン卿が裏切ったか何処かの国と通じて国王の暗殺をたくらんでいた場合の対策だな。
暗殺者を周囲に潜ませていたとしても、見通しの良い草地の緩衝地帯には隠れようが無いし、その向こうからではどんな矢でも届かせることは出来ないだろう。
魔法で狙えるとしても、それが出来るのはシンシア級の使い手ぐらいかな?
もっともシンシアだったら、ルリオンの市街地からでもなんとかしてしまいそうだけど。
「こう言うのって、なんとなくドキドキするな!」
「何言ってんだライノ。城に攻め込むわけじゃ無いんだぞ?」
「そうだけど、アプレイスはドキドキしないのか?」
「ドキドキって言うよりワクワクするな! 出来るだけ派手に驚いて欲しいぜ!」
「同じだろ、それ...」
そんな馬鹿なやり取りをしていると王宮の鐘楼から鐘の音が響き始め、やがてバルコニーの出口から一団の人々が現れた。
勇者の力を視力に集中させると、確かにヴァレリアン卿とアロイス卿の姿が確認できる。
そして中央にいる、煌びやかな服装の男性が国王だろう。
その周囲にも立派な身なりの人々が立ち並び、国王の両脇は輝く鎧を纏った騎士と数人の魔導士が固めている。
まあ、これぐらいの用心は普通だな。
「ライノ、わりぃけど俺の剣を預かっといて貰えるか? さすがに佩刀したまま国王の前に出るのは落ち着かねえからよ」
「それもそうだよな」
俺はいつもガオケルムを革袋に入れっぱなしにしているから気にしないけど、普通なら自分より上位の貴族を訪ねた場合は、剣を入り口で預けるものなのかも。
ましてや相手が王族ならか?
「よし、姿を現そうアプレイス!」
「了解だぜライノ!」
返事と同時にアプレイスが不可視結界を消し去ると、直後にこちらを向いている全ての人々の間を激しいどよめきが走るのが感じ取れた。
まだ十分な距離があるとは言え、さっきまでなにも無かったはずの目の前の空に、突然、巨大なドラゴンが浮かび上がったのだ。
思わず仰け反る人や後ずさる人、嘶く馬たち、咄嗟に剣と槍を構える騎士・・・まぁ想定通りだね。
そして王様の両脇にいた騎士と魔導士は、瞬時に王様の前に飛び出して盾になろうとしている。
うん、よく訓練された護衛だ。
「どうだアプレイス、満足か?」
「ハハッ、こんぐらい驚いてくれりゃあドラゴン冥利に尽きるぜっ!」
なんだよ『ドラゴン冥利』って・・・パルレアの影響だろうけど。
アプレイスは自分の姿がよく見えるように、ゆっくりと緩衝地帯の上空を飛んだ。
こんなにゆっくりと飛ぶには、普通の鳥ならせわしなく羽ばたきをしていないとダメだろうけど、魔力で浮かんでいるドラゴンなら、まるで高い空を滑空しているかのように優雅な姿を保っていられる。
「どうするライノ、バルコニーに近づくか?」
「いや、ヴァレリアン卿が王様達を宥めるのを待とう。スライ、城門前の地面に降りるのでいいか?」
「そうだなぁ。これ以上バルコニーに近づくと、周囲の連中が恐慌状態に陥りそうだしよ?」
「じゃあ騎士団の前に降りようアプレイス」
「了解だライノ。最初の声掛けは俺にやらせて貰っていいか?」
「いいけど、ノッてるなぁアプレイス」
「おうよ、こんな芝居じみた舞台なんて滅多にあるもんじゃねえからな。役者になった気分だぜ!」
なるほど、それは大衆演劇の好きなアプレイスとしては楽しいだろうね・・・
アプレイスがゆっくりと翼を動かして高度を下げる。
あえて優雅に羽ばたくようにしているのは、これも危害を加えるつもりが無いと感じさせるための、アプレイスなりのデモンストレーションなんだろう。
数百人を下らない人々が息を飲んで見守る中で静かに地面に降り立ったアプレイスは、ギロリと周囲を睨めつけると普段よりチョット低めの渋い声を出した。
「我が名はアプレイス。古きドラゴンの末裔にして勇者と共に歩む者なり。サラサス王との会見のため、我が友である勇者ライノ・クライスとその仲間達を連れて参った。早々に開門されよ」
芝居がかった言い方だなあ・・・
声まで作って、ホントに楽しそうだよアプレイス。
それを聞いて騎士団の先頭にいた、恐らくは指揮官と思われる飾りを付けた鎧の男が、意を決したように馬を降りてアプレイスの正面に立つ。
なかなかの根性の持ち主だ。
「ドラゴンのアプレイス殿。ゆ、勇者さまを連れて来られたと? それは誠にございままますか?」
「うむ。今日の会見については勇者ライノ・クライスの友人である、ラクロワ子爵家の当主より伝えられていると思うが?」
アプレイスも、上のバルコニーからサラサス王達一行が身を乗り出してこちらを眺めていることを知りつつ、あえて視線をそちらに向けずに目の前の騎士を相手にする。
なかなかの役者だ。
「はっ、その通りでございますが、なにぶん手前どもには『驚くべき人物』が来訪するとだけ教えられておりまして...よもやそれがドラゴン殿や勇者さまとは思いもよらず...」
「そうか。ならば早々におぬしの王に伝えよ。我らはここで返答を待とう」
「ははっ!」
その騎士は、アプレイスがとりあえず話が分かる相手だと知ってホッとしたのか、大きく呼吸して踵を返そうとしたが、そこに王宮から走ってきた男が声を掛けた。
「ペルラン隊長殿! 国王陛下が、勇者さま御一行には謁見の間にお入り頂くようにと仰せです!」
「おお、そうであるか!」
「正門を開き、賓客としてお迎えするようにと」
「承知した!」
ペルラン隊長と呼ばれた騎士は再びこちらに振り向き、アプレイスに声を掛ける。
「アプレイス殿、お聞きの通り皆様には城内にお入り頂きたいのですが...アプレイス殿は正門をくぐれるでありましょうか? そ、それとも城壁を超えて空からお入りになりますかな?」
そりゃドラゴンが相手だったら、城壁なんて花壇の柵ほども役に立たないよね。
彼らが一般的には他種族を害する気持ちや支配欲を持っていないから良いようなモノの、そうでなかったら人族の街なんて数ヶ月と存続出来ないだろう。
「いや問題ない。我らドラゴン族はワイバーンやグリフォンと違い、人の姿を取れるゆえな」
コレって、さりげなく『あいつらよりもドラゴンの方が凄いんだぞ、一緒にするなよ』ってアピールだな!
ここはアプレイスの芝居がかった、もとい、芝居を楽しんでいる状況に俺たちも合わせてやろう。
すぐに俺はスライとシンシアを両脇に抱えてアプレイスの背から飛び降りた。
それにタイミングを合わせてアプレイスが人の姿に変身したから、吹きすさぶ魔力の風に一瞬目を閉じた人々にとっては、不意にドラゴンの姿が消えて俺たちが立っている、という風に見えただろう。
パルレアもフワリと俺の肩に降りてくる。
腹を括って足を前に出すと、太い鎖が軋む音とともに跳ね橋が下ろされ、王宮の正門が開かれた。
散開していた騎士団員達が整列して『剣の儀礼』を捧げてくれている中をゆっくりと歩いて王宮へ入って行くが、アプレイスが人の姿に変わってからは周囲の人々の緊張感がかなり薄れて、みんな興味深そうに俺達を見つめている。
「そう言えば、まだ自己紹介とかしてないから、俺じゃなくってスライを勇者だと思ってる人も大勢いるかも?」
「勘弁してくれよライノ! その誤解は胃が痛くなるぜ」
「歴戦の傭兵が良く言う」
「マジだ。ぶちゃけ戦場で包囲されてる方が気が楽だな!」
スライの場合は本当にそうかも。
たいがいの窮地なら、なんだかんだで切り抜けてしまいそうだし・・・
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