677 / 922
第八部:遺跡と遺産
王家の谷へ向かう
しおりを挟む造船所で待っていたスライを伴って乾ドックの外の空き地に出る。
ここなら十分なスペースがあるから、アプレイスが地上で元のドラゴン姿になっても問題なしだ。
「世話になりますよアプレイス殿。自分の人生に、ドラゴン殿の背に乗せてもらえる事が起きるなんて、まさか想像した事もありませんでしたがね!」
そう言えばスライは、アプレイスの背に乗って飛ぶのは初めてだったな・・
ノイルマント村でもちょくちょく顔を合わせてはいたが、ドラゴン姿に戻ってるところは一度も見た事が無いはずだ。
「俺は荷馬車みたいな役だから気にしないでくれスライ殿。って言うか、これは『シャッセル兵団』としての活動なのか?」
「いや、特にそう言う訳では...」
「今のスライは『シャッセル商会』の代表って立ち位置だな。俺とアプレイスはその友人ってコトだ」
「ならプライベートと同じじゃねぇか。お互いライノの友人同士なんだから、かしこまるのはナシでいいだろ」
「ああ、承知したアプレイス殿」
「それでスライ殿、ルリオンとやらに行くには、ずっと海岸沿いに東に飛びゃあいいのか?」
「おおよそね。ルリオンの王宮や『王家の谷』は少し内陸に入ったところにあるけど、空からなら見落さないだろうと思う」
「そいつは飛ぶ高さと雲の厚み次第だな。だだっ広い平野ならともかく山が近いなら、天気の悪い時に低く飛ぶのはオススメ出来ん」
「なるほど...じゃあ王都の近くを流れる大河の河口にもデカい港町があるんだよ。そこまで海際を跳び続けてから川沿いに北上すれば、絶対に見落とさないと思うぜ」
「よし、とりあえず東に向かおう」
「じゃあアプレイス、工廠の外は遠くからも見通しが良いんだ。不可視状態になってからドラゴンに戻ってくれ」
「おう!」
アプレイスが人の姿のままで不可視状態になり、その場でドラゴン姿に変貌する。
一瞬、辺りを魔力の風が吹きすさんだ後は、目の前には巨大なドラゴンが佇んでいた。
ハッキリ見えないけどね。
「ホントに見えなくなんだな!」
「ああ。俺には微かに存在を感じられるけど普通の人には全く見えないと思う。スライに渡してある防護メダルも不可視結界付きだから、ほとんど同じように出来るぞ?」
「そいつはすげえ。じゃあ早速試してみるか」
「いや、アプレイスの背中に乗ってる間は彼の結界に守られてるから大丈夫なんだよ。地上からは見えないし、宙返りしても落ちない」
「はっ、落ちる心配がないってのはいいねぇ!」
スライが少しホッとした表情で笑った。
アプレイスの背の上まで足を伝ってよじ登れって言うのも酷だから、俺がスライの腕を掴んで飛び上がる。
「スライ殿、ルリオンってのはどんな街なんだ?」
背中に乗ったスライにアプレイスが問いかけた。
少し顔をコチラに向けているのは、まだドラゴンの背中に慣れてないスライを気遣っての事だろう。
「あそこはな! サラサス王朝が成立する前からあるって話の古い街だな!」
「いやスライ殿、そんな大声で怒鳴らなくても普通に聞こえるぞ?」
「えっ、そうなのか?」
「結界の中なら、俺は隣にいると思ってくれればいいよ。こっちも普通に喋ってるけどスライ殿には聞こえてるだろ?」
「言われてみりゃあそうだな! アプレイス殿の顔が遠くにあるから聞こえにくいもんだろうと思っちまったぜ」
「気持ちは分かる」
「で、サラサスの王家ってのは、実は途中から、建国した王家直系の一族じゃなくなっててな...まぁ謀反だか簒奪だかって話だな。古い事だし歴史なんて生き残った方が良いように書き換えてるんモンだから、本当のところは誰も分からねぇけどよ?」
「つまりルリオンは、その前の王朝って言うか初代王家が作った街ってコトか?」
「あぁ悪ぃ。言い方が良くなかったな。サラサスの街自体はもっと昔からあるらしいが、大戦争の頃に戦乱でほとんど焼け落ちたそうだ。その後に初代王家が街を復興して王都になった。で、王位簒奪はそのずっと後だ」
古代・・・およそ三千年ほど前の世界戦争でポルミサリアの大部分が『更地』になったとは言え、人にとって生活しやすいとか農地を作りやすいとか、そういう条件まで戦争で大きく変わる訳じゃあない。
規模はともかくとして街造りに適した土地には、連綿と人々が住み続けてきた事だろう。
もっとも世界のアチラコチラには南部大森林とかエンジュの森みたいに、事実を知ると目を逸らしたくなる例外もあるけどね・・・
「簒奪ねぇ...人族の権威ってのは良く分からないけど、血が繋がって無かろうが、本来は継承権が無かろうが、勝負して勝った方の思い通りになるってんなら、ドラゴンの勢力争いとそう変わらんな!」
いやいやアプレイス、言っても詮無い事だから口にしないけど、『真っ向勝負』しかやらないドラゴンの方が、権謀術策を駆使する人族よりもよっぽど清々しい戦いをしてると思うぞ?
ドラゴンの勢力争いは『決闘』が基本だとすれば、人族の権力争いは『暗殺』が基本だからな・・・
++++++++++
澄みきった空をアプレイスが一直線に飛んで行く。
眼下には滑らかにうねる海岸線が伸びて、右側には青い海、左側には緑の大地が続いている。
いかに南部沿岸諸国が温暖とは言え冬の声が聞こえるようになった今時分、もしもアプレイスの結界で守られていなかったら、吹き飛ばされずにしがみついていられたとしても寒さに凍えていたかもしれない。
まあ、イザとなれば熱魔法で周囲を暖める事も出来るんだけど、アプレイスから『俺の背中で熱魔法は禁止!』って釘を刺されてるからな・・・
それもあって、昼飯はいったん地上に居りてから暖かいスープを作った。
別に腹を満たすだけなら干し肉とパンでも齧っていればいいんだけど、気分的に寒々しいし、革袋の中の『暖かい調理済み食品』もさすがに在庫が心細くなってきているからね。
ついでに言えばアプレイスの背中も『真っ平ら』というワケじゃないから、地上に降りて少しばかり歩いたり地面に寝転がったりするのも、良い気分転換なのだ。
まあ次回はシンシアに、馬車を固定していた『固着の魔法』をきちんと習っておこう。
昼食後に再び飛び立って、太陽が西に・・・東に向けて飛んでいる俺達にとっては真後ろにってことだけど、ほぼ水平な高さまで傾いてきた頃、アプレイスが口を開いた。
「河口の港町ってのはアレかな、スライ殿?」
座ったまま首を伸ばして前方の地上をのぞき見ると、彼方に灰色がかった一帯が見えた。
煉瓦ではなく石壁の建物が多いのだろう。
赤みがかった海岸線の浜辺が、そこでプツンと灰色の塊に断ち切られているような感じだ。
左側・・・つまり北に向かって微かに光る筋も目に入った。
アレがスライの言っていた王都まで伸びている大河だろう。
「そうだなアプレイス殿...って言っても俺だって空から見下ろすのは初めてだから確信はないけどな? 街っぽい部分の大きさと、河とか周辺の雰囲気から言って、たぶんアレだと思う」
「了解だ。まぁもっと近づいたら低く降りて飛ぶから良く見てみりゃあいいさ。違ってたら、もっと東に飛び続けるだけだ」
「わかった」
言うまでもなく、アプレイスの飛翔速度は馬や帆船の比じゃあない。
ヴィオデボラ島から脱出した時なんか、デカいキャラック船を抱えた状態で、あの超速ダッシュだったのだ。
今回は普通に飛んでいるとは言え、あっという間に街が近づいてくる。
アプレイスが速度を緩めつつ高度を落とすと、スライが座ったままで首を伸ばすようにして眼下を覗き込んだ。
「スライ、アプレイスの結界で守られてるから、翼の端っこまで歩いて行っても大丈夫だぞ?」
「あのなぁライノ、落っこちそうな気持ちになるってのは理屈じゃねえんだよ。実際に落ちる危険がどれほどあるかとは直結してねぇ」
「まぁ、分かるけど」
うん、俺だって以前は同じような挙動をしてたに違いない。
「えーっと...デカい桟橋が六本と、河口の脇に広い馬場があるな。間違いない、あの港町がそうだ」
「よし、じゃあここから河に沿って北上しよう」
そう言ってアプレイスが体を斜めに傾けた。
そこからグイッと体を引き起こすようにして向きを変え、ぴたりと川筋に並んだところで体を水平に戻す。
アプレイスは高速で飛びながら向きを変える時に、翼を『羽ばたかせる』系の動作をほとんどしない。
注視していないと気が付かないくらい僅かに、翼のへりをひねるだけだ。
「すげえな。鳥だってこんな直角には曲がれねえだろ?」
「そりゃあ羽ばたきで風に乗ってる奴らには無理だ。俺達ドラゴンやワイバーンは魔力で飛んでるから出来る事さ」
「なるほど」
「グリフォンはどうだ?」
「確かにアイツらは魔力で浮かんでるくせに、なんだか鳥みたいな羽ばたき方するよな!」
「翼って言うか『羽毛』を持ってるからかな?」
「おお、言われてみればそうかもなライノ!」
思いつきで適当な事を言ったら、意外にもアプレイスが納得してしまった。
本当にそうなのかな?
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー
不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました
今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った
まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います
ーーーー
間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします
アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です
読んでいただけると嬉しいです
23話で一時終了となります
レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜
優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、
戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。
本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、
皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、
剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。
彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
初めての異世界転生
藤井 サトル
ファンタジー
その日、幸村 大地(ゆきむら だいち)は女神に選ばれた。
女神とのやり取りの末、大地は女神の手によって異世界へと転生する。その身には女神にいくつもの能力を授かって。
まさにファンタジーの世界へ来た大地は聖女を始めにいろんな人に出会い、出会い金を稼いだり、稼いだ金が直ぐに消えたり、路上で寝たり、チート能力を振るったりと、たぶん楽しく世界を謳歌する。
このお話は【転生者】大地と【聖女】リリア。そこに女神成分をひとつまみが合わさった異世界騒動物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
召喚をされて期待したのだけど、聖女ではありませんでした。ただの巻き込まれって……
にのまえ
ファンタジー
別名で書いていたものを手直ししたものです。
召喚されて、聖女だと期待したのだけど……だだの巻き込まれでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる