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第七部:古き者たちの都
背後に潜むもの
しおりを挟む俺の問い掛けに対して、ヴァレリアン卿は少し記憶を探るような表情を見せた後、ゆっくりと首を振った。
「ガルシリス辺境伯殿ですか? いえ、覚えがありませんな」
「では、エルスカインという名前は?」
「申し訳有りませんクライス殿、そちらの名前も思い当たる節がありません」
アロイス卿も頷く。
「では、少し俺に説明させてください」
俺はかつてのガルシリス辺境伯の叛乱未遂事件について、順を追ってヴァレリアン卿達に説明した。
スライには事件のおおよそとエルスカイン・・・『魔獣使い』の関与については以前に教えてあるけれど、自分にとって縁遠いはずだった出来事が、急に家族の関わる問題になってしまったせいか、何かを考え込みつつ、黙って俺の話に耳を傾けている。
恐らく、『サラサス王国に対するエルスカインの関与は今も消えていない』と言うことについては俺も同感だな。
一通りの説明が終わると、まずヴァレリアン卿が口を開いた。
「しかしクライス殿、フェリクス王子のように数十人をしとめる程度の規模で魔獣を持ち込むのならともかく、王都の全域を恐慌に陥れられるほどの数の魔獣を、ガルシリス辺境伯は、どうやってミルシュラントの王都に持ち込むつもりだったのでしょうな?」
「簡単ですよ。転移門です」
「転移門...しかし先ほど見せて頂いた転移術は本来、人族には扱えぬ大精霊様の秘術なのでは?」
「俺が使った転移術はそうです。ですが、魔獣使い...エルスカインの使っている転移術や魔獣を支配する魔法は人族の魔法なんです。失われたはずの『古代の魔法』ですよ」
「なんと!」
「ですからフェリクス王子の謀略に使われたブラディウルフ達も、あらかじめ狩猟地に造っておいた転移門を通じて送り込まれたモノでしょうね」
「あの王子にそんな術が使えたとは...」
「いえ、魔法は全てエルスカインの部下達によるものです。フェリクス王子はただの『手ごろな駒』として利用されたに過ぎません」
「庶子とは言え、一国の王子が駒ですか...」
「すでにルースランド王家はずっと昔から牛耳られているし、アチラコチラの国で貴族や王族に手を出している。ついこの前は、フェリクス王子と同じようにエルスカインに利用されていたミルバルナの某男爵が、用済みになると同時に俺の目の前で始末されるのを見ましたよ」
「なんと恐ろしい...」
「エルスカインとは、そういう相手です」
「しかし何者なのですか? そのエルスカインとは。ガルシリス辺境伯の叛乱未遂が二百年以上も前の出来事だとすれば、もう関係者は残っていないのでは? 長命なエルフ族でも当時生まれたばかりならともかく、その頃に成人していたなら、今も生きている者は数えるほどでしょうし」
「正体はハッキリ分かりません。ですが大精霊も危険視するほどの力を持っていて、失われた古代の魔導技術を駆使している。いま言えるのは、エルスカインが古代の世界戦争において闇エルフと呼ばれていた陣営を引き継いでいるらしい、と言う事だけです」
みなが黙り込む。
貴族としての権謀術策や国家間の争いごとの話には慣れていても、家や国の枠組みを超えて暗躍してきた悪意の塊みたいな存在は想像が付かないのだろう。
ましてや、それが数千年の時を経た古代勢力の残滓だとはね・・・
「あの、クライス様...口を挟んでも宜しいでしょうか?」
「もちろんですよタチアナさん。遠慮なんてしないで下さい」
「かしこまりました」
「それで?」
「あの...実はわたくし、エルスカインという名前に聞き覚えがあることを思い出しましたの」
「そうなのですか?」
「フェリクス王子の妻として王宮にいた頃の話なのですけれど、ある時にわたくしが庭園に出て気晴らしの散歩をしていると、植え込みの影からフェリクス王子と誰かの会話が聞こえて参りました。わたくしは、その雰囲気がなんとなく恐ろしくなって立ち止まってしまったのですけれど、その時にフェリクス王子が『俺はエルスカインを上手く利用してやるさ』と言っていたのを覚えておりますわ。なぜだか王子の声がとても恐ろしい物のように聞こえて...それで記憶に残っていたのですね」
大当たりだ。
「王子と話していた相手は、この謀略に関わっていたとされる上級官吏の一人だったように思いますわ。確信はございませんの...ですが以前も、その者とフェリクス王子が話しているところを良く見かけておりましたので」
「確定ですね。フェリクス王子はエルスカインに操られていた人形だ」
「やはり...」
「なあライノ、それから十年近くも経つ。タチアナもここに戻って平穏に暮らせているし、それ以降は陛下や王子達が襲われた事もないとすれば、もうサラサス王国にエルスカインの影響は残ってないと思っていいのかな?」
「むしろ、スライ自身がそう思ってない事がヒシヒシと伝わってくるよ」
「まあな」
「エルスカインは無駄な事はしない。強大な力を持っているけど、一度に動かせる物理的な駒は多くないからな」
「他で手いっぱいだったか?」
「エルスカインが何処で何をやってきたか、誰にも分からないよ。ずっと前にアルファニア貴族の後継者騒ぎにも関与してるし、姫さま...リンスワルド伯爵家への襲撃は二年ほど前にもやられた事があって、その時は影武者が大けがをした。大公の暗殺も仕掛けたらしいけど、これは事前に防がれてるな」
「クライス殿、大公と仰るのはミルシュラントのスターリング大公陛下のことでしょうかな?」
「ええ、そうですよ」
「なんとまあ...」
「そういやライノ、ちょっと小耳に挟んだんだけど、アルファニアの貴族の跡目争いってのはレスティーユ侯爵家の事だよな? ライノの実家の」
「なんと!」
「え、スライ知ってたのか?...」
「ちょいとね」
「まあ、実家って言うのは全然違うけどね。俺の生みの母親がレスティーユ侯爵家の庶子だったって言うだけだ」
「シャルティア姫だったか?」
「詳しいなオイ!」
「小耳に挟んだだけさ」
「どんな小耳だよソレは? ともかく父親は平民の破邪だし、俺自身もエドヴァルの農村育ちの平民だ」
「まあ、勇者に貴族も平民もへったくれもないけどな!」
「だろ?」
「しかし、クライス殿は侯爵家の方でしたか。道理で気品に溢れて居られる」
「そんなことないです。俺の生みの母は、エルスカインに篭絡された政敵が放った魔獣の群れに暗殺されかけたところを通りかかった父に助けられ、二人で命からがら国外に脱出したそうですよ。俺は出奔してから生まれた子供なので、レスティーユ家とは無関係なんです」
「左様でございましたか...ご無礼をお許し下さい」
「どうか気になさらず」
「しかし考えてみると、僕もライノもタチアナも、なんらかの形でエルスカインに襲われた経験がある訳だ。奇妙な因縁だな...」
「それだけ長い期間にわたって、エルスカインが広く手を広げてるとも言えるけどな?」
「確かに」
「奴の出自の謎は置いといて、四百年前の大戦争の頃から魔獣使いの暗躍が知られてるんだぞ。大抵の国で悪事を働いててもおかしくないよ」
「まあライノと同道する事になった時から強烈な話になる覚悟はしてたけどね...あ、それはそうと父上、奥方の姿が見えませんが、どうされたのですか?」
「ああ、ベアトリスならとっくの昔に離縁して王都に戻っておる。タチアナの巻き込まれた暗殺未遂事件のことで、フェリクス王子と縁の強かった自分にも嫌疑がかかると思ったらしい。急いで実家に弁明に戻ったところで禁足を食らい、ベアトリスの父親からは詫びと離縁の申し出を綴った手紙を貰ったのでな。申し出を受けさせてもらった」
「そりゃ良かった...」
うん、スライが後妻さんの存在をどう思っていたか、あからさまに分かる。
「セブランとロベールもフェリクス王子の口利きで、すでに役職まで決まっておったのだが、まさか陛下の暗殺を企てていた『反逆者』の口利きで王宮に入ったものを近衛に置いておく訳にもいかんだろう?」
「当然ですね」
「まあラクロワ家が無関係である事は証明出来ていたし、タチアナが陛下にとりなしてくれてな。それで二人は、とある連隊付きの武官として収まる事が出来た」
「タチアナが二人を助けたのか? どこまで優しいんだお前は!」
「ですがスライ兄様、セブラン兄様とロベール兄様は、本当に可愛そうだったのです。わたくし、あれほどがっかりして落ち込んでいる兄上達を放ってなど置けませんでしたわ」
「まったく、この底抜けのお人好しめ...フェリクス王子に殺され掛けたのはバカ双子のダシにされたお前の方なんだぞ?」
「スライ兄様、お言葉が激しすぎますわ」
「あいつらにはこれぐらいで丁度いいからね!」
そう言いながらも、スライがタチアナに向ける目は何処までも優しい。
シャッセル兵団の連中がいまのスライを見たら、きょとんとするに違いない。
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