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第七部:古き者たちの都

身元不詳の勇者?

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ラクロワ家の屋敷は市街地にではなく、アルティントの街全体を見渡す小高い丘陵を上っていった所にあるそうだ。

スライの話によるとラクロワ家の領地はアルティントや沿岸部だけではなく付近一帯に広がっているため、背後の丘陵地を超えた先にある田園や、近くを流れる大河沿いの街などとも行き来する関係上も、屋敷の場所があまり港の間際ではない方が都合が良いらしい。

でも、馬車や馬を使える身分じゃないと、毎日そこと港の間を上り下りするのはしんどそうだな・・・

「お、アロイス兄さんが先に駆け上がって行ってるな」

窓の外を見ていたスライがぼそっと呟いた。
俺も首をひねって彼の視線の先を追うと、はるか彼方に一人で丘を駆け上がっていくアロイス卿の姿が小さく見えた。
丘陵を登る道がつづら折りになっているせいで、アロイス卿が馬を駆けさせている姿がはっきりと見上げられる。

「なにかマズイ事でもあったのかな?」

「いや、単に俺達の事を先に館の連中に知らせとこうってだけだろう。だいたいアロイス兄さんの事だから、俺が街にいるって耳にして深く考えずに飛び出してきたんだろうし、客人を迎える用意なんかしてないだろうさ」

「そんなのどうでも良いのに。さっきの紹介で俺のことを、どこぞの大物っぽく誤解したりしてないかな?」

「むしろそう思わせたんだぞ。それにライノは実際に大物だろうが?」
「社会的な地位としては平民だからな」
「ほざけ...たぶんクロードを先触れに行かせなかったのは、自分の口から親父殿に釘を刺しておきたいからだろうな。まあ、好きにさせとこう」

「子爵家の跡取りに先触れさせるってのも居心地悪いな...」

「気にすんな。実際、もしココに伯爵家の姫さまやシンシア殿がいたら、対応としちゃあこれで正しいんだ」
「馬車に乗ってるのが俺達だけだってコトが居心地悪いんだよ!」

俺がそう言うとスライは鼻先で笑った。

「勇者だって事を隠してるのも面倒だよな?」

でもなあ、まさか勇者だって事を大々的に誇示したくなんかないし・・・
いや仮に示そうとしても難しいよな。
大精霊に雇われてるなんて証明出来ないし、『王様』とか『騎士』のように見た目でアピール出来る訳がない。
出来たとしてもごめんこうむるけどさ。

「俺も、最初は大精霊に『出来るだけ人に奉られたりしないように気をつけろ』みたいな事を言われて、それに従ってただけなんだけどな...だんだん自分でもその理由が腑に落ちてきたよ」

「うーん、正体を明かして周りを動かした方がラクじゃねえかと思うんだが...実際に姫さまやダンガ殿はライノの正体を知ってるからこそ力を貸してくれるんじゃねぇのか?」

「ダンガ兄妹やレビリスとは正体を明かす前に友達になってたからな。それに姫さまやジュリアス卿は自分たちも日頃から領民達に崇められてるみたいなところがあるから、逆に意図を分かってくれるんだよ」
「特別扱いされるのが嫌とか?」
「個人的な心情的よりも、『そういう民衆との関係が何を産みだすか』だな」

「ん?...あぁ、つまりは相手が『個人』ならいいけど、『群衆』に奉られるとか祭り上げられると先々がヤバイってことかい?」

「さすが鋭いなぁスライは!」
「どういたしまして、だ」

「だから大勢の人々に正体を知られて、頼られたり特別扱いされたりすることが増えすぎると、俺自身の思いや行動に関係なく、その人達の間で諍いや競争を生みだすかもしれないってコトだな。大精霊いわく、昔は実際にそういう事があったそうだし」
「へぇー。まあ、人なんてそんなもんかもな...」

さも他人事のように話しているけど、ライムール王国と聖剣メルディアを巡る馬鹿騒ぎの顛末は、ある種、俺の責任でもある。
その騒ぎ自体は過去の俺が死んだ後の事だから、実際に何があったのかはアスワンから聞いた話でしか知らないけど・・・アスワン共々、その萌芽を目にしつつ放置してたってところに責任を感じるのかな?

++++++++++

やがて丘陵を登りきった馬車は大きな門をくぐって館の敷地に入り、表玄関の前で停まった。
馬車寄せの奥には使用人達がずらりと勢ぞろいしていて、初めてリンスワルド城に連れて行かれた時の様子を思い出すな・・・
この方々は、久しぶりに帰還したスライを出迎えるってことなんだろうけど。

バスチアン騎士が馬車の扉を開けてくれると、スライは勿体ぶる事なく、ひょいと飛び降りた。
それに続けて俺も馬車を降りる。

「おおっスライよ、ようやく戻ったか!」

そう言いながら、立派な身なりでありながら漁師のように日焼けした初老の男性がずんずんと歩み寄ってくる。
この人がラクロワ子爵その人だろう。
えーっと、さっきスライから聞いたファーストネームはヴァレリアンだったよな。

「お久しぶりです父上。ですが僕は戻ったのではなく、丁度アルティントに用事が出来たので、ついでに顔を見せに来ただけですよ」

「なんであろうが息子の顔を見れたのだ。息災そうで嬉しいわい!」
「お父上も元気そうで」
「うむ。で、アロイスから話を聞いておるが、そちら様がスライのご友人のクライス卿ですな?」

「ええ。ライノ・クライスと申しますヴァレリアン・グラニエ・ラクロワ卿。どうぞよろしく」
「ヴァレリアンで構いませんクライス卿。この屋敷におるのはラクロワ姓ばかりですからな! こちらこそ、スライ共々どうぞよろしくお願いしますぞ」

初っぱなから子爵の物腰と言葉使いが丁寧だ。
これはきっとスライの言ってた通りで、アロイス卿から『釘を刺された』に違いないな。

いきなり俺が『卿』なんて呼ばれた事にはいささひるんだけど、ここはスライの助言通りに、『跳ねっ返りの貴族』という設定で通させて貰おうっと・・・

ヴァレリアン卿はスライに近寄ると、いかにも嬉しそうに彼の肩を軽くポンポンと叩いた。
まるで、その存在が幻ではなく実態のある物かを確認するかのようだ。

「スライよ、まあ本来なら聞きたい事は色々あるのだがそれは我慢しよう。あまり時間も取れぬと聞いておるが、晩餐ぐらいは共にしてくれるのであろうな?」

「はい父上。差し支えなければ、今夜はライノと一緒に屋敷に泊めて頂こうと思います」
「差し支えなどある物か! もう少し早く知らせてくれれば色々と準備も出来たのだが。まったくもって、そういう所は相変わらずだ。だが、その相変わらずである事に安堵するとも言えるがな...」

スライはそれに答えずニヤリと笑うと、父親に向けて軽く会釈する。
振り返って考えてみると、アロイス卿に対するスライの脅し文句と言うか、俺の紹介の仕方はツボを押さえた巧妙な物だった。

子爵本人を始めとする家族達へ、俺に対する詮索を思いとどまらせると同時に、スライ自身の現状と言うか、ココに至る経緯についても『俺の正体について問うてはならない』と言うかせに一緒に束ねてしまった訳だ。
家族としてはスライに『これまでドコでナニをしていたのか?』と聞きたい気持ちはやまやまだろうけど、迂闊にそれを口にすれば『俺の正体』を探る事に繋がってしまうからな・・・

海千山千の傭兵達の間で生き抜き、寄せ集めの傭兵達をあっという間にシャッセル兵団として取りまとめてしまった、スライと言う男の聡明さと機転の早さには改めてビックリしてしまう。
ぶっちゃけ俺には真似が出来そうにないよ。

「ともかくクライス卿もどうぞこちらへ」

ヴァレリアン卿にいざなわれ、スライと並んで玄関へ向けて歩き出したところで、屋敷の中からドレス姿の一人の女性が飛び出してきた。

「スライ兄様!」

呼びかけられたスライはビックリして立ち止まると目をしばたたかせる。

「タチアナ! どうしてここに?!...」

スライに最後まで言い終わらせる事なく、一心不乱に駆けてきたその女性はスライに飛びついた。
受け止めたスライが半歩後ずさるほどの勢いだよ!
あの窮屈そうなドレスで、よくもそんなに素早く動けたな。

でもいまスライは『タチアナ』って言ったよね。
だったら、この女性が件の『政略結婚の供物』にされたスライの妹さんなのか?

十年も前に王家に嫁いだはずの女性がなぜ実家にいるのかと考えれば、まさに『どうしてここに?』だよなあ。
偶然、妹さんの里帰りとぶつかった?
いやいや、感動の再会に見えるけど、その後ろに並々ならぬ事情がアリそうな予感がビンビンするな・・・

さっき馬車の中で聞かされていた話は、あれで終わりだと思っていたんだけど?
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