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第七部:古き者たちの都
出奔の動機
しおりを挟む造船所を出た馬車は海岸近くの道を海に沿うように走り抜け、やがて港の中心部らしきエリアに入った。
あたりには商館や宿屋らしき建物が建ち並び、賑わいを見せている。
確かに街の規模としてはウルベディヴィオラよりも小さいのかもしれないが、活気は決して負けてない気がする。
領主の屋敷がある街・・・ざっくり言えば『城下町』の景気が良いのは、領主がまともな采配を振るっている傍証とも言えるから、その点でもラクロワ家はヘンな貴族家では無いように思えるんだが・・・どうなんだろう?
「ところでライノ、屋敷に着く前に聞いておいて欲しいんだがな?」
「なんだい?」
「俺が実家から出奔した理由さ。これからウチの家族にも会うだろうし、知って貰ってた方がいいだろからな...この前は『貴族家の暮らしが窮屈になって家を出た』って言ったけど、その窮屈って言うのには理由があんだよ」
「だろうなぁ...」
「でまぁ、ラクロワ家は子沢山なんだ。俺の上に兄貴が三人いるって言ったけど、他に姉貴が一人で、下にも妹が一人いる」
「六人兄弟か? でも貴族家ならそんなに珍しくもないだろ?」
「親父殿には側室いねぇんだぜ」
「おおぅ...母上殿は大変だったろうな」
「なもんで、見ての通り俺とアロイス兄さんは歳が離れてる。姉さんは俺が成人する前に嫁に行ったけど、下の妹...タチアナっていうんだが、コイツの結婚話が持ち上がった時には、彼女はまだ十三歳だった」
当時十三歳って言うと、いまのシンシアと同じか・・・
それでも貴族家同士なら結婚はともかく婚約は子供でも普通だし、国によっては本当に幼い頃に決まってるとか、生まれた時にはもうフィアンセがいる、なんて事もあるらしいからな。
よその国で生まれた第三者としてはなんともコメントしづらい。
「そりゃ貴族家なら小さい頃から親同士の間で婚約が決まってるなんてのは珍しくねぇ。ま、ウチの親父殿は強権的なタイプじゃねぇから、タチアナの結婚相手はおいおい本人に選ばせればいいって考えてたみたいだけどな」
「じゃあ急にか?」
「そうだ。いかにもワケありって感じがするだろ?」
「するな!」
「サラサスの王子の一人...つっても庶子だけどよ。そいつが一時期、王宮に行儀見習いに出てたタチアナの事を見初めて嫁に寄越せって言い出したんだ」
そう言うスライの表情は勿論の事、自国の王子を『そいつ』呼びしている事も含めて、あからさまにスライがその王子とやらを軽蔑していることが分かるぞ。
「スライの口ぶりからすると、あんまり良い相手じゃなさそうだな」
「言うまでもねぇ。この前オービニエさんのところに『溺れそうになったところを俺に助けられた』って言ったメイドさんがいただろ?」
「ああ」
「まだ十にも届かない少女を、酔っぱらってドックに突き飛ばした馬鹿野郎がソイツだ。もちろん故意じゃねえよ? 事故だ。だけどアイツは溺れかけてる少女を助けようともせずに笑って見てたんだよ...自分のせいで水に落ちたのにな」
「それはヒドい...」
「いくらヘベレケに酔ってたっつても、人として限度ってモンがある。俺が飛び込んであの娘を助け出した後も、ヘラヘラしてるだけだったしな...」
「俺だったらソイツをぶん殴ってたかもしれん」
「俺もぶん殴ろうとして、兄貴達に三人がかりで押さえ込まれたよ」
「ちょっと目に浮かぶな...」
「王族が奉公人に過ぎない街娘に詫びを入れられるかっていやぁ、そうもいかんのだろうけど、にしても人として取るべき態度ってモンがあると思わねぇか?」
「思うね!」
「そんなゲス野郎に、幼いタチアナを嫁にやれるかってんだ。ところが断固反対ってのは俺一人。アロイス兄さんは反対だけど、親父殿が明確に拒否してない以上は意見を控えるって感じだし、なか二人の兄貴達はどっちも賛成だ」
「どうしてまた賛成なんだ?」
「こっからがウチの家のややこしいところでね。俺達の兄弟仲自体は悪くなくて、跡目争いみたいな事は全然なかった。家督はアロイス兄さんが継いで、弟三人は勝手にやるって感じだな。けどよ、間にいる二人の兄貴は件のクソ王子の口利きで、近衛の武官として就職出来るって話があったんだよ」
「あー、そうなると縁談ぶち壊しってコトは出来ないか...」
「親父殿も本来なら、そういう非道に目をつぶる人じゃなかったんだけどな。親父殿の奥方がタチアナの輿入れにやたら積極的なこともあったし、息子二人にとっては『高嶺の花』だったような就職先を潰してまで王家と険悪な関係になるのも...ってところだったな」
あれ?
なにその『親父殿の奥方』って言い方。
むしろあからさまに『母親じゃない』って主張だよな?
「んん? スライ、その『親父殿の奥方』ってのは妙な言い方だな?」
「ああ、彼女は後妻であって、俺達兄弟姉妹の母親じゃないからね」
「そういうことか」
「俺達の母親はタチアナを産んでしばらくしてから亡くなられたよ。親父殿はそれからずっと独り身だったんだけど、これまた色々あって後妻を貰う事になってな。直前に王家にゆかりのある男爵家から送り込まれてきたのが、その後妻ってワケ」
「つまり、それも政治か...」
「そんなとこだ。元々が王家から是非にと捩じ込まれて再婚したようなもんだったし、ラクロワ家に入ったばかりの彼女にしてみれば、タチアナの輿入れがまとまった方が全てにおいてメリットがあるしな」
「パイプ役の面目躍如ってトコだろうな」
「ああ。タチアナ自身の気持ちなんざ彼女にとっちゃあ無関係だ。でもタチアナは本当に素直な良い子でね。あのクソ王子のことなんか大嫌いだった癖に、『お父様の仰る通りにいたします』って...自分がワガママを言えば兄貴二人やラクロワ家の立場がどうなるかも理解してたしな」
「健気だな...」
「俺にしてみりゃあ可哀想過ぎたぜ」
「分かる」
俺の場合、シンシアやパルレアは血を分けた妹とはチョット違うから、そのまま当てはめて考える事は出来ないけど、タチアナ嬢がスライにとって大切な妹だったのは言うまでもない。
そうだな・・・
もしもかつてのクレアが同じ状況だったら、俺はぶち切れていただろうか・・・?
・・・いや逆に、当時の俺はもっと我が侭で傲慢だった気がするぞ。
むしろ自分がライムール王国の王位を継ぐのがイヤで、『クレアを嫁にやらずに跡継ぎになる婿を取ればいい』なんて豪語してた記憶がおぼろげにあるし・・・
あれ?
ひょっとしたら、俺も結構なクソ野郎だったのかも?
「船の進水祝賀会にクソ王子がわざわざ来てたのもタチアナとの結婚話を決めるためだったし、そんな場であの出来事だろ?」
「うーむ...」
「貴族連中の評判しか頭にない後妻にも、それにビシッと言えない親父殿の情けなさにも、自分の将来のために妹をダシにしようとしてる兄貴二人にも、それを正さずに流してるアロイス兄さんにも、なにもかもホトホト嫌になってなぁ・・・」
「で、出奔したと?」
「あれ以上、俺が一人で暴れたところで誰も幸せになれねぇのは分かってたし揉めるだけだ。それに、タチアナが悲しい顔で家を出て輿入れしていく様子なんざ、絶対に見たくなかったからな。諸々の話が決まったところで家を出たんだ」
そういうことだったか。
話を聞いてると、やっぱりスライらしいって思うよ。
飄々として『俺は金のために動く傭兵だ』と言いつつも、根っこのところには一本の筋が通っている。
ひょっとしたらギュンター卿の屋敷で始めて出会った時に、姫さまもスライの『人となり』を見抜いていたからこそ、俺に『スライ達を部下として雇え』なんて言ったのかもしれないな。
++++++++++
当のスライは思いっきり重たい出奔理由を俺に聞かせた後はがらりと雰囲気を変えて、屋敷に着くまで馬車の中でアルティントの街の観光案内を続けてくれた。
おかげでアルティントの名物や見どころ?には随分詳しくなったけど、別に景勝地じゃないよね、ここ。
ただ、他所では食べる事の出来ない独特の魚料理があると聞かされたので、それだけはチョット楽しみだ。
ラクロワ家の晩餐で出るとは限らないけど、スライの話では街の高級食堂でも食べる事が出来るらしいので、口にする機会はいつかあるだろう。
なんとか再現出来そうな料理ならメスナーさんに教えても良いかもしれない。
それともアサムに教えたら、魚が大好きなリリアちゃんが喜ぶかな?
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