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第七部:古き者たちの都
スライが助けた少女
しおりを挟む「名前も良いけどスマートでかっこいい船だな。セイリオス号みたいにデカいキャラック船の方が人や荷物を沢山積めるだろうけど、俺にはキャラベル船の方が颯爽としてる印象があるよ」
「あえてキャラベルで新造するのは、ラクロワ家の運用上の都合だな」
「どういう都合だ?」
「代々、エトワール号は交易用じゃなくて、海岸沿いや河口の領地を巡回したり他の貴族の領地を訪問したりとか色々なことに使うんだ。まあ余暇として家族で出掛けて入り江でのんびり過ごしたりってぇことも有るし、旅行用って感じか? だから吃水の浅い小型のキャラベルの方がアチコチに行けて便利なのさ」
「吃水が浅ければ沿岸で立ち寄れる場所も多いし、デカイ川なら入っていけるワケか?」
「そんな感じだな。荷を積んで南方大陸と行き来する訳じゃねえから、横帆で速度を出すよりも三角帆で小回りの効く方が良いし、それに縦帆の方が見た目も優雅だろ?」
ほっほぉー、見た目が『優雅』か。
さっきのやり取りのせいが有るかもだけど、スライのそういう視点は本当に貴族っぽいって思えてくる。
++++++++++
なんだかんだ言って、スライと二人でゆっくり話したのは久しぶりだ。
開拓中のノイルマント村関係の話題を中心にあれやこれやと話し込んでいると、あっという間に時間が経っていたらしく、最初にお茶を入れてくれたメイドさんがわざわざ乾ドックまで呼びに来てくれた。
「ラクロワ様、お連れの方とご当主様が工廠の中でお待ちです」
「ああ、どうもありがとう」
すぐに俺達が歩き出そうとすると、メイドさんは躊躇いがちにスライに話しかけてきた。
「あの...大変失礼ですが...スライ・ラクロワ様ですよね? 子爵様のご子息の...」
「そうですよ?」
「以前とは随分と様子が変わられていらっしゃいましたので、先ほどは咄嗟に分かりませんでした。大変失礼致しました」
「とんでもない。いまでも見た目が十代の小僧のままだったら、そっちの方が大問題でしょう?」
「お戯れを」
メイドさんがクスッと小さく笑う。
「その頃にお会いしてましたか?」
「スライ様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、私は以前にスライ様に助けて頂いた事がございます」
「えぇ? そんなことありましたか?」
スライがきょとんとした顔をしているところを見ると、本当に覚えがないらしい。
「はい。私がオービニエ家にメイドの見習いとして奉公に上がったばかりの頃でございます。子爵様がご注文なされた船が進水した時に、ここで開かれたパーティーの事を覚えておいででしょうか?」
「ああ、ありましたね...色々と馬鹿な騒ぎになって...あっ!」
「はい」
「じゃあ、あの時の?!」
「左様でございます。飲み物を運んでいた私が酔っぱらったお客様にぶつかられてドックに落ちたところを、咄嗟にスライ様が飛び込んで助け上げてくださいました。当時の私はまだ幼く、その場できちんとお礼も申し上げられずに泣きじゃくっていただけだった事が、ずっと心残りでございました」
「いやぁ、あったなあ。そういう事が...貴女はあの時の少女でしたか」
「後日、ドックと船の隙間の水に落ちる事がどれほど危険だったのかを聞かされて震え上がりました。仮に波で揺れた船に押し潰されなかったとしても、スライ様が助け上げて下さらなければ、泳げなかった私は間違いなく命を落としていたでしょう。まことスライ様は命の恩人でございます」
このメイドさんの見た目年齢と、奉公に上がったばかりだったという話から推測するに、恐らく十代に届いてすらいない頃だったんじゃないだろうか?
泳げない幼い少女が、分厚い布地でたっぷりしたスカートと窮屈なボディスの合わさった『メイドのお仕着せ』を着た状態で、掴まるところもないドックの水に落ちたらどうなるか・・・
言うまでもなく、あっという間に溺死だったろう。
それをスライは飛び込んで助け出したのか。
自分だって、揺れる船と岸壁に挟まれる危険が有っただろうにな。
スライが少し照れたような表情を見せてメイドさんに言葉を返す。
「いやぁ、咄嗟の事でしたからねぇ。まあ貴女もお元気そうでなによりですよ!」
「ありがとうございますスライ様。いつか直接お礼を申し上げたいと思っている内にスライ様がアルティントをお出になられたと伺って...ずっと心にトゲが刺さっているような思いでございました」
「大袈裟ですよ。誰だって同じような事をするでしょう?」
「まさか!」
メイドさんの言う通り『まさか』だな。
大抵の貴族家では奉公人として来たばかりの少女の命など軽い物だろう。
家僕の同僚とかならいざ知らず、パーティーの客として招かれている貴族が自らの危険も顧みずに海に飛び込んで奉公人の少女を助け出すなんて、ちょっと有りそうにない出来事だと思うよ?
なにが『人助けには興味がない』だよ。
まあスライなら、『アレコレ考える前に体が動いたから興味は関係ないし、ノーカンだ』とでも言いそうだけどね・・・
「何か言いたそうだけど何も言うなよライノ?」
「バレてたか」
「顔に出やすいんだよライノは」
「ちぇっ!」
次の瞬間、スライと顔を見合わせて二人で大笑いする。
メイドの女性も長年心につかえていた物が取れたのか、とても爽やかな表情だな。
++++++++++
メイドさんに案内されてガランとした工廠の中に入っていくと、オービニエ氏と船長達が積んである資材を前に相談中だった。
「ゆ、クライス様、ラクロワ様、先ほどオービニエ氏との諸々の相談が済みまして、セイリオス号の改修に必要な品々は、ほとんどこちらの造船所で用意して頂けそうです」
「それは良かった。実際に入手出来るのはいつごろになりそうですか?」
スライの質問にはオービニエ氏が答えてくれた。
「いま急いで鍛冶場や船具屋に人をやっているところですが、パーキンス殿から伺った内容にそれほど特殊な物はございませんので問題ないかと。木材関係や標準的な金物は、ほぼウチの在庫で賄えますし、他もおおよそ三週から四週も有ればご用意出来るかと存じます。その時間を利用して、新しい色の塗料や部品も作れるでしょう」
「助かりますよオービニエさん」
「滅相もございませんスライ様。して、資材のお引き渡しについてはいかがしましょうか?」
「輸送の手配はこちらでやりますからご心配には及びません。とりあえずココに集めておいて頂いて、後でまとめて受け取りに来させる感じですかね」
「かしこまりました。では、詳細が決まりましたらお知らせ下さいませ」
オービニエ氏も、我が侭な貴族相手の商売に慣れてるからか、あまり細々した事に突っ込んでこない。
俺としては大変助かるな。
「部材の作成などで、時々は進捗や細部を確認して頂く必要が出る事も有るかと思いますが、スライ様はお屋敷の方に滞在なさっておられますか?」
「あ、いや...あっちに顔を出すかどうかは決めてないんですよ。ですので僕らの事は、別に秘密にしてくれとは言いませんが、積極的に実家に報告しなくても結構です」
「左様でございますか...」
「まあ、聞かれたら答えてもらって構わないですよ?」
「お気遣い痛み入ります。それで皆様このままアルティントに滞在されるのでしたら、当家にお泊まり頂く事も可能ですが? とは言え狭い屋敷でございますが」
「ありがとうございます。でも、せっかくなのでライノや船長達とこの周辺の土地を見て回ろうと思ってましてね。行ったその先々で泊まる事にするかもしれません。いずれにしても数日おき程度には顔を出しますよ」
うまい答え方だな。
これならアルティントに滞在していなくても言い訳が立つし、どこの宿屋に泊まっているかを特定される心配がない。
まあ、実際には転移門でヒップ島に戻るだけだけど。
「かしこまりました。なにかご入り用の物が出てきましたら、遠慮なくお申し付け下さいスライ様」
「ええ、その時にはお願いします」
その後は支払い関係の話を詰め、前金を受け取ろうとしないオービニエ氏に『手付け』という題目で幾ばくかの金貨を渡しておく。
オービニエ氏に見送られて、俺達が乗り込んだ馬車が造船所の門から出ようとした時に、先ほどのメイドさんが建物の影からこちらに向けて深々と頭を下げているのが目に入った。
スライも気がついていたようだけど何も言わないので、俺も特にツッコミは入れない。
俺は顔に出やすいらしいから無駄かもしれないけどな!
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