660 / 922
第七部:古き者たちの都
オービニエ氏
しおりを挟むてっきり扉の向こうがすぐに作業所かと思っていたけどそんなことはなく、オービニエ氏に誘われて建物の中に入ると、そこそこ気品の有る調度が置かれた応接室のような部屋だった。
この造船所は漁師の船を手掛けるような小規模な工房ではなさそうだし、大きな船を発注する相手と言うのは当たり前に考えて大金持ち・・・大商会とか、あるいはスライの実家のような貴族とかだろう。
相談に来た客とここで話したりするのであれば、工房らしくない高級な調度品にも納得だな。
俺達をソファに座らせたオービニエ氏はベルを鳴らしてメイドさんを呼ぶと、お茶の準備を言いつけた。
呼ばれて現れた若いメイドの女性は、スライを見ても特に表情を変える事もなかったから面識はないらしい。
「それにしても大変お久しゅうございますスライ様、 お元気そうで何よりですな! それで...手前どもへの相談と仰られるのは、どのような事でございましょう?」
「実は僕が代表をやっている商会で交易船を手に入れたんですけどね。アチコチ修理が必要で、その資材を色々と買い付けたいっていう事と、金物の部品なんかもここで手配して貰えれば楽だなって思いましてね」
「ほうほう。なるほど、なるほど」
スライが交易船を持つほどの『商会の代表』だと聞いても、このオービニエ氏はまるで疑問を持つ様子がない。
やはり生粋の貴族家の息子となれば、例え生家を出奔していてもその程度は当然って印象なんだろう。
「何がどれくらい必要か、詳しい話はパーキンス船長とスミス氏から聞いて欲しいんですが、まずはオービニエさんのところで、そういった手配なんかを引き受けて貰えますかね?」
「論ずるまでもございません。ラクロワ家の...いえスライ様からの依頼をお断りするなど、あり得ない事でございます」
「それはまあ恐縮です。むしろ僕はオービニエさんには色々と世話になってきましたからね。あまりご迷惑をかける事になってはと」
「滅相もない事でございますよスライ様」
オービニエ氏の口調は、まるでラクロワ家の執事や御用商人のようだ。
それにスライの喋り方も急に大人しくって言うか丁寧になってて、自分自身の事を『僕』とか呼んでることに目を瞠るぞ?
まあ、いつものぶっきらぼうな喋り方は出奔して傭兵稼業になってからワザと身に付けたもので、本来のキャラはコッチだったんだろうなあ・・・
どうりでスライは単に頭が冴えてるとか色々と物知りだって言うだけじゃなくて、奇麗な文字を書けるって事にも納得出来たよ。
子爵家の子供なら、幼い頃から第一級の教育を受けてきてるはずだものね。
剣の腕前が一流なのも、幼少時からお抱えの騎士達に鍛えられてきたからだろうし・・・以前にスライが言ってた、『貴族家で腕の立つ奴は、ずっと同じ剣で修練してるから指の同じ場所にタコができてる』ってのは自分の事じゃないのか?
「でもオービニエさん、いまは工廠の方は手が空いてるんですか?」
「先月、新しい船を進水させて艤装に回したばかりでございまして、大きな作業は一段落と言うところですな。スライ様のご要望にお応えするには丁度よいタイミングでございました」
「それは幸運だな。じゃあ、僕とライノはちょっと外をぶらついてきますから、オービニエさんは、パーキンス船長とスミス氏から手配したいものの詳細を聞いておいて貰えますか?」
「かしこまりましたスライ様」
「あ、それと費用の件は全く気にしなくて良いですからね。オービニエさんのところにもきちんと利益を出してもらわないと心苦しいですし、変な気の遣い方はしないでくださいね?」
「お心遣い痛み入りますスライ様」
「いえいえ」
なんて言うか、急にスライが貴族家の若旦那に見えてきたぞ・・・
++++++++++
実務的な話をパーキンス船長とスミスさんに任せ、俺はスライと一緒に応接間から辞去して、造船所の広い敷地に出た。
すでに秋も深まって冬の気配すら感じつつある時期だって言うのに、アルティントの海は柔らかな日差しに照らされて暖かだ。
さすがは南岸諸国。
「いろいろと謎が氷解した気分だよスライ」
「謎ってなんだよ? 俺ってそんなに不思議な存在だったのか?」
「当然だろ」
「犀の魔獣を瞬殺した破邪の方が千倍不思議だと思うけどな。勇者だって言われて納得したけどよ」
「いや、スライは博識だし、字は奇麗だし、傭兵団を率いている荒くれにしちゃあ言葉や態度の端々で品が良いって言うか教養が有るって言うか...何者なのかちょっと不思議だったからなぁ」
スライは、それこそ出会った当初から傭兵稼業に生きてる男にしては妙に礼儀正しいと言うか、節度が有ると言うか、こざっぱりしてると言うか・・・
単にサバサバしてるってだけじゃなく、物腰は柔らかなのに荒くれどもをサッと取りまとめられるリーダーシップを持っているところなんかも、ちょいと普通じゃなかったからね。
そうした人柄的な事でも、むしろ貴族家の出身と聞いて納得だよ。
「俺の言葉使いで品が良かったって言えるのかねぇ...」
「いや言葉使いって言うか単語の選び方なんだよ。時々スライは同じ事を言い表すのに上品な表現が混じってたりするんだ」
「そうかぁ...無意識だったけど、まだまだ傭兵としての修業が足りてなかったってワケだな!」
「別にスライは今のままでいいと思うけどね」
「ま、ボスのお墨付きなら良しとするさ」
「だからボス呼びはやめろって。大商会のトップが年下の男をボスなんて呼んでたら、あからさまに不自然だろ」
「年下?」
そう言ってスライがニヤリと笑った。
ちくしょう、どうせ俺は老け顔だよ! 悪かったな!
「じゃあボス、アルティントにいる間はライノって呼ばせてもらうよ」
「そうしてくれ。この街だとスライが誰かに雇われてるってのを不自然に感じる人もいるだろうし、暇な連中の興味を変に掻き立てたくないからな。徹頭徹尾、ミルシュラントに有るシャッセル商会の代表って立ち位置で通してもらった方が面倒がないよ」
「承知したぜ」
「パーキンス船長とスミスさんはセイリオス号ごとシャッセル商会に雇われてるってことで問題ないし、俺はただの友人扱いで良いだろ? そりゃまぁ貴族っぽくはないけど?」
「問題ねぇな。俺は結局、貴族家の暮らしが窮屈になって家を出たんだし」
「つまり、不穏な友人がいてもおかしくないってか?」
「まあな。それにサラサスじゃあ貴族家も普通に商売に手を出すし、領民...って言葉は好きじゃねえけど...まあ街や村の人達との関わりも深い。子爵なんてのも、そうご大層には扱われねえぜ?」
「そんなもんか?」
「ああ。さっき言ったように男爵は山ほどいるしな...ついでに言えば准男爵以下は貴族じゃねえからごまんといる」
「は?」
「サラサスの場合、男爵より下の准男爵と騎士爵は、世襲出来る称号を持ってても平民扱いなんだよ」
「世襲の爵位持ってて平民って...意味が分からん」
「分かりにくいだろうけど、准男爵は本当の爵位じゃなくってタダの肩書きだな。男爵より上の貴族は、それなりに手柄を立てて国王陛下から叙爵されないとなれねえ。そこは他の国とほぼ同じだ」
「准男爵は違うのか?」
「准男爵以下の名誉貴族称号なら、その地を治めてる侯爵家とか公爵家が勝手に下賜出来んだよ。例えば、街の発展に凄く貢献したとか、時には多額の寄付をして領地に立派な公共物を作ったとか?」
「えっと、それって?...」
「つまり下級爵位は金で買えるってコトさ」
「身も蓋もないな」
「さすがにそんな称号を国王陛下から賜った『爵位』と一緒くたにはできんだろう? だから准男爵や騎士爵には宮廷位も付かないし、貴族じゃねえってワケだ」
「ふーん、国によって色々だなぁ...」
「そんなもんだ。だからウチみたいに子爵家っつても、サラサス王国の場合はミルシュラントでの子爵家と男爵家の中間くらいに考えとけばいいさ」
「なにをどう中間に受け取ればいいのか、さっぱり分からん」
「数の多さだよ。爵位なんてレアアイテムみたいなモンで、増えれば有り難みが減るからな」
「実家に対して雑な位置づけだな! 子爵家の四男坊ってのも不自由な立場だったか?」
「別に家督を継げない四男坊だってことに不満が有った訳じゃあねぇんだけど、領地のどっかの街で代官をやるとか持ち船の船長をやるとか、あるいはサラサスの王宮や軍に勤めるとか...なんにしても、そういう暮らしはどうにも先々面白くなさそうに思えてなぁ」
そう言うとスライは、海に向けてほうっと大きく溜め息をついた。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜
優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、
戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。
本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、
皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、
剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。
彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
2回目チート人生、まじですか
ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆
ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで!
わっは!!!テンプレ!!!!
じゃない!!!!なんで〝また!?〟
実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。
その時はしっかり魔王退治?
しましたよ!!
でもね
辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!!
ということで2回目のチート人生。
勇者じゃなく自由に生きます?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる