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第七部:古き者たちの都
アルティントの街
しおりを挟むしかしだ・・・
生活魔法の凄さは分かっても、微妙に納得行かないモノがあるよな?
「なあ、なんで『変装』とか、身元を隠すのが生活魔法なんだよマリタン?」
「知り合いに会いたくないけど街中に出かけなくちゃいけないとか、義理の有るパーティーに出席しなくちゃいけないけど誰にも話しかけられたくない、とか、そういう事って有るでしょ?」
「そうか?」
「ひょっとして兄者殿って、友達少ない?」
「うるさいわ」
「あ、分かりますよマリタンさん! 出たくないも無いパーティーって本当にイヤですよね!」
「ですよね、シンシア様!」
うーん、二人とも『女子』だからなあ・・・そういうものなんだろうか?
マリタンが単独でパーティーに出席するかはともかく、人に会いたくない場合に使う魔法らしいことは分かった。
俺もリンスワルド伯爵家の隊列に交じって王都キュリス・サングリアまでの旅をしていた時には、顔を隠したいって思ったかな?
まあ、それにしてもだ。
鍵開けとか・・・
地下の埋設物探しとか・・・
揚げ句に変装とか・・・
古代の生活もなかなかに面倒だったっぽいよな?
++++++++++
ともかく、仕入れのための諸々の段取りを組んだ後、スライとパーキンス船長、それに船大工のスミスさんも連れて一緒にサラサス王国、アルティントの港へ跳んだ。
生まれて初めて転移魔法を体験したパーキンス船長とスミスさんは目を白黒させていたけど、周囲が見覚えの有るアルティントの街だと分かって、ようやく『転移』と言うものが実感出来たようだ。
「アルティントか。懐かしいぜ!」
「おや、スライは来た事あったのか?」
「ふふん、来た事が有るどころか、生まれ育った場所がすぐ近くだぜボス?」
「マジか!」
「マジだ」
「なんだよ、先に言ってくれればいいのに」
「いんや、ヒップ島に向かう途中でシンシア殿には教えたんだぜ? けどよ、『御兄様をビックリさせたいのでギリギリまで黙っていましょう』って言われてな。まったく良い味出してるぜ、あのミニ姫さまは!」
ミニ姫さまって・・・まあ間違っちゃいないけど。
「そうだったのか。ともかくスライはアルティントに詳しいって事で頼りにさせて貰おう」
「おぅ、任せてくれ!」
「あ! だとするとスライの防護メダルにも『変装』を仕込んでおいた方が良かったかな...ここで知ってる顔に会ったら面倒な事にならないか?」
「うーん、どうかな? 俺の『立場』は隠すようなもんじゃねぇって言うか、むしろ表立って顔が見えてる方がいいんだろ?」
「それはそうだ」
「なら、このままの方が良いと思うね。それに、俺の知り合いも逆に役に立つかもしれん」
「そうか。まあスライ自身が面倒な事にならないんだったら良いよ。あくまでスライはミルシュラント公国の貴族が出資してるシャッセル商会のトップっていう立場だ。自ら視察をかねて陣頭指揮を取りに来てるって感じかな?」
「じゃあ本名で動くとしよう。その方が後々で面倒にもならないし、色々と融通も利くだろうからな」
「え、本名? スライって偽名だったのか?」
まあ、アブナイ橋を率先して渡る傭兵稼業の男だ。
偽名の四つや五つあっても驚きはしないけどね。
「いや偽名じゃなくてスライも本名だけど、フルネームで名乗るって意味だ」
「へぇ、なんて?」
「スライ・グラニエ・ラクロワ。それが俺の本名。まあ途中の装飾名は飛ばしてるケドな。装飾名って嫌いだし」
スライが装飾名と言ってるのは、爵位なんかの称号に由来する名前の事だろう。
持っている権威や称号を名前の一部とするのは、たいてい何処の国でも貴族の風習で、それこそ姫さまやエマーニュさんだって、一度聞いたくらいじゃ覚えられないほど長い名前が『本当に本当の正式なフルネーム』ってことになってる。
実際、俺も聞かせてもらったけど覚えられるもんじゃなかった。
ん? えっと・・・
つまり、スライは貴族家の縁者とかか?
「じゃぁスライ、お前って貴族の関係者なのか?」
「まーな。このアルティントは俺の実家、ラクロワ子爵家の領地の一部なんだよ」
「子爵家?! こいつは驚いた...」
「俺は四男坊だから継ぐべきものもねぇし、いまさらラクロワ家にどうこうって話もねぇ。十代後半には出奔しちまったから、もう俺の事を覚えてる奴もそう多くはねぇハズだ」
文字通り絶句だ。
いやでも四男坊って・・・思い出したぞ!
ドラゴンキャラバンに出発する間際、『人捜し』という建て前にスライの人物像を当てたって事を姫さまに伝えたら、姫さまは『良家の四男坊が冒険に憧れ、出奔して諸国を放浪した挙げ句に傭兵になる...いかにもありそうな話だと思いますわ』と、そう言って笑ったのだ。
あれは咄嗟の作り話じゃなくて、姫さまはスライの本当の身元を当時から知ってたって事だったのか!
まぁ、姫さまと言うかリンスワルド家だもんな・・・その程度の情報はあっという間に掴んでいてもおかしくない。
「いやいや、俺はかなり驚いたぞスライ!」
「そいつは良かった。シンシア殿のもくろみ通りってワケだ」
「ったく...」
「でもミルシュラントとサラサスじゃあ叙爵の基準も少し違うから、エイテュール子爵家やシーベル子爵家みたく立派な感じを想像するなよ?」
「そうなのか?」
「サラサスは男爵位から下がやたらに多いんだ。領地持ちじゃない男爵...ミルシュラントで言う『准男爵』だな。それなんか、そこら中に沢山いるぞ」
「いや准男爵でも領地持ちはいるだろ。シャッセル兵団の訓練場に使わせてもらってたリンスワルド牧場って、本来は地元のイザード准男爵の土地だったぞ?」
「あれは単なる私有地だ。領地じゃねぇよ」
「あぁ、そっか」
「ともかく家を出てから家族と連絡を取り合ったコトも一度もねぇな。とっくの昔に実家からは勘当されてると思うけど、別にヤバイことや不始末をしでかして逃げた訳じゃねぇから、誰の恨みも買ってねぇと思うぜ?」
「でも親御さんはきっと心配しただろ?」
「兄貴だけで上に三人もいるんだぜ? むしろ俺は『部屋住み』を食わせていく可能性が減って、親父殿も長兄も少しホッとしてたって方に賭けるね」
「どうだかなぁ...まあともかく、スライの伝手を使わせてもらう場面が出てきたら遠慮なくそうさせてもらおう」
「役に立ちゃあいいけどな。だいたいサラサスの田舎の子爵家なんて、ボス達に比べれば泡沫貴族もいいとこだ」
「その『達』ってなんだよ? まぁシンシアは実際に凄いけどな」
「アホ抜かせ。勇者、ドラゴン、大精霊、それに大公家と伯爵家の一人娘って組み合わせだぞ? もっと凄いって言える奴らを誰かが連れて来れたら、俺は全裸逆立ちでアルティントの街を一周してもいいね」
「誰も見たくないぞ、それ」
「絶対に実現する事はねぇから、問題なしだ」
スライの軽口を受け流しつつ、アルティントの市壁に向かって歩く。
アプレイスと一緒に来たときに転移門を開いたのは、かなり街から離れた場所なので、俺一人きりだったら不可視結界で姿を消して飛んでいた距離だな。
さすがに男三人を抱えて飛ぶ気にはなれないけど。
しばらく歩くと、街の境界に大袈裟ではない程度の市壁が見えてきて、遠目にも衛士が立っているのが分かった。
スライの説明によると、色々あってラクロワ家の領地に組み込まれる以前は自由都市として貿易で稼いでいた時代がしばらくあって、市壁はその時代に作られたものだと言う。
レンツとかソブリンなんかもそうだけど、王の権威ではなく経済力を基盤に独立性を得ている自由都市は戦争になると狙われやすい。
いまの時代でも市壁が残っている場所が多いのもむべなるかな、だ。
「元々、自由都市ってのは経済だけで成り立ってる自治区みたいなもんだから、関税やら通行税やらガチガチってところが多くてな、街の外の連中には嫌われてた事が多いんだ。だから戦が始まると一番に狙われてたワケさ」
「いまも入市税とか取るのか?」
「俺がいた頃は取らなかったぜ。その後でラクロワ家の財政が傾いていたら分からんケドな」
「じゃあ、あそこに立ってる衛士はただの門番か」
「一応、治安維持のために妙な奴が入ってこないか目を光らせてるって感じで、不審な奴を見つけたら通行を止める権限は与えられてたなぁ。とは言っても港町だ。夜中に海側からボートででも入ってくれば目は届かねえよ」
「確かに」
「このメンツの何が怪しいって、変な組み合わせのおっさん四人が街道から徒歩で来てるってことだな。地元の農夫じゃなけりゃあ、普通は馬車だろ」
「おぉう、それもそうだな! じゃあ馬車で行くとしよう。あと、俺はおっさんではない」
スライだって俺よりは断然年上だけど、おっさんと言うにはまだ若いからな。
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