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第七部:古き者たちの都
シンシアの不安
しおりを挟むおおよそ、知識の椅子に座ったあとにシンシアとマリタンに何が起きたのかは理解出来た。
マリタン本来の出自と言い、エルダンの地下で八年前に何が起きたのかの推測と言い、まあビックリするような内容ではあったけれど、それら自体は特に気持ちが暗くなるような事ではない、はず・・・
「それでシンシア、俺はまだシンシアに聞いてない事があると思う」
「何でしょう御兄様?」
「知識の椅子に座って以来、シンシアが憂鬱になってる原因はなにかな?」
俺がそう口にすると、シンシアがはっとした表情を見せる。
声を大にして言いたい。
シンシアに隠し事は無理だ。
「もちろん言いたくなければ無理に言わなくてもいいけど、俺で力になれる事がわずかにでも有りそうだったら、その理由を教えて欲しいんだ」
「僅かにだなんて! この先、私は御兄様なしではやっていけません!」
「ありがとう。頼りにしてもらえるなら嬉しいよ。俺だってシンシアを頼りにしてるし、シンシアがいない世界なんて考えられないから、お互い様だな」
「はい!」
「それでも、言いにくい事や自分の中でまとまりにくい事も有るだろうから、なんでもかんでも話せなんて言うつもりはないよ? ただ、俺が力になれそうなチャンスが有るなら言って欲しいってだけだからね」
シンシアは、一瞬うつむきかけて、でもすぐに顔を上げた。
「いえ、最初から御兄様には全部お話するつもりでここへ来て頂きましたから...」
「そうか」
「実はあの部屋の知識の椅子に座ったとき、バシュラール家の様々な魔導知識の存在も知る事が出来ました。ここには全てが残っている訳ではありませんが、恐らくヴィオデボラには知識も道具も揃っている事でしょう。マリタンさんの目録にも記載があるので、ひょっとしたら、この施設の様なバシュラール家の遺跡を見つけ出す事で、それらの魔導技術を手に入れる事も出来るのかもしれません」
「なるほど。で、どうしてそれが悩みの種になるんだ?」
「古代の魔導技術なんです。浮遊桟橋や橋を架ける転移門、それに支配の魔法なんて、その極く一部に過ぎません」
「あー、それは確かに」
「そうした中には、山々を吹き飛ばし、都市を更地に変えた恐ろしい魔導技術や魔道具が含まれているはずなんです。つまり、古代の世界戦争で人々の暮らしを破壊し尽くした存在です」
「あぁ...」
「私は、それを知りたくないんです...」
そういう事か・・・
かつて世界を破壊した恐ろしい魔法や魔道具、それらがバシュラール家の資産の一部だと言うことも有りえるのだ。
「御兄様、エルダンの地下でホムンクルスの製造装置を見つけたときに、私が禁忌の魔法を知ろうとした件で御姉様から叱られた事を覚えていますか?」
「あぁ、覚えてるよ」
「まさにああいう話です。あの時に御姉様が言ってた事は正しいんです。『知れば興味を持つし、興味を持てば更に知りたくなる。そして詳しくなったら、今度は試してみたくなる』と」
「そう言ってたなぁ...ついこの前の事なのに、随分と昔の出来事のように感じるよ」
「私もですよ御兄様」
「でもシンシアなら危険な知識を得ても大丈夫だと思うけど?」
「例えそうであっても、私の心にとって負担なんです」
「ごもっとも...」
「ともかく、一度得てしまった知識を消し去る事は出来ません。だから対策としては、そもそも知らないようにするしかないんです」
「だから禁書を開いちゃいけないって話か」
「はい」
「さっきマリタンが言ってた、バシュラール家の資産を探す話は、それと表裏一体だな?」
「そうなんです。だから悩んでいました。マリタンさんとも相談して迂闊に話題にしないようにしようと言ってたんです。ただ、御兄様に黙っている事は出来ないので、結局ここにお呼びしましたけど」
「そうか...なぁマリタン。マリタン自身はそう言った知識って言うか情報を抱え込んでいる事に負担は有るのか?」
「ワタシ? ワタシにはないわよ。だって本だもの」
「だってという言葉と、本だものってコトとの相関が分からん...まあともかく、マリタンの心にとっては、秘密を抱えておくコト自体は負担じゃないって考えて良いのかい?」
「ええ、構わないわ。必要とされたときに知識や魔法を提供出来ないのはイヤだけど、求められないモノを自ら表に出したいって欲求はないもの、ね」
「ならいいか。マリタン、この先シンシアが明示的に求めたモノと、表向きの生活魔法の体系以外について話題にする事はやめてくれないか?」
「それはナニに関してかしら?」
「バシュラール家の魔道具や魔導技術、魔法素材、魔法そのもの、その他何でも攻撃的な古代魔法に関係する事、だ。ぶっちゃけて言えば、エルスカインの拠点や秘密を探るためにバシュラール家の資産を探すって言うのは別として、古代魔法についての知識はシンシアから具体的に聞かれるまで黙秘しててくれ、てコトだな」
「シンシア様はそれで良いのかしら?」
「ええ勿論ですマリタンさん! 私からもお願いします」
「と言う訳だ」
「分かったわシンシア様、兄者殿」
「マリタンさん、私はエルスカインを倒すためならどんな手段を使ってもいいと言う考え方はしたくないんです。それをすれば、私たち自身が世界滅ぼす側に回ってしまいかねませんから」
「つまり、例え面倒だったり遠回りだったりになるとしても、効率よりも取り組み方の方が大事ってコトよね?」
「お、さすが物分かりがいいなマリタン!」
「あら? 物分かりの悪い本って言うのもどうかと思うけど、ね?」
「そりゃ違いない!」
マリタンも軽口を返してくれるあたり、シンシアの心情を理解出来たのだろう。
ただ人のように考え、振る舞うと言うだけではなく、本当にマリタンは『心』を持っていると感じる。
「よし、この問題はとりあえず解決...とは言わないけど棚上げってコトでいいかシンシア?」
「はい御兄様、心が軽くなりました! やっぱり御兄様に相談して良かったです」
「そりゃ良かった」
「ワタシ自身も、シンシア様の心にとって負担になる事柄について、もっと深く考えてみるわ」
「ああ、頼んだよマリタン」
「そうなったら善は急げですね。先ほど移入された知識の中にはヒュドラ対策と併せて、そのままセイリオス号の改装に役立ちそうなものも色々と有りましたから、明日から取り掛かりたいと思います」
「そうだな。出来るだけ早くセイリオス号とヒュドラ対策を仕上げてヴィオデボラに向かいたい。心の中で、アレは絶対に放置していちゃダメだって警鐘が鳴り続けてるんだよ」
「分かります! 私も同じ気持ちですから。理屈は付かないけど、なんだかイヤな予感がするんですよね?」
「そうそう。まさしく直感だよ。悪い方の、だけどな」
「それは、モノがモノですから」
「まあ、アレを思い浮かべて良い方のイメージが浮かぶ訳ないか...ともかく、出来る範囲で急ぎつつ、万全の対策を立てよう」
「はい!」
「まかせて兄者殿!」
意見が一致団結したところで、三人一緒にセイリオス号に転移した。
「そうだシンシア、言い忘れるところだったけど」
「はい?」
「部屋に戻ったら転移門で姫さまとジュリアス卿に無事を知らせる手紙箱を送っておけよ? ウルベディヴィオラを出て以来、洋上ではずっと連絡が出来なかったからな。音信不通な理由が分かっていても、そろそろ二人とも心配で憔悴してると思うぞ?」
「そうですね...かなり心配を掛けている自覚は有ります。バシュラール家の別荘を見つける前は、夕食後にでも手紙を送ろうと思っていたのですけど、あの知識の椅子に座ってからは自分の中でそれどころではなくなってしまって...」
「わかるよ。それにヴィオデボラやヒュドラの事はともかく、バシュラール家の遺産とマリタンのことは、まだ二人に告げなくても構わないと思う。ちゃんと説明しないと誤解させそうだからな」
「ええ、そうさせて貰います。何処で何があったか、戻ったらきちんと説明すると言う事で」
「それでいいさ。まあシンシアが送った手紙の五倍くらいの文字量で返事が戻ってくるかもしれないけど、親ってのはそんなもんだからな?」
そう言うと、久しぶりにシンシアがクスッとした笑顔を見せてくれた。
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