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第七部:古き者たちの都
資産目録
しおりを挟む「それ自体は悪い事ではないと思っています。資産目録が暗号化されていたのは、元々のバシュラール家が商家の出自だったからでしょう。交易先との取引内容や利益は極秘事項ですからね」
「だろうな」
「それに、仮にリリアーシャ殿が無事に逃げ延びて戦争を生き抜き、将来バシュラール家を復興すると言う話にでもなっていたとしたら、目録に記載されている財産が大きな力となったはずです」
「あれ? チョット待てシンシア、だったらマリタンがエルダンの城塞の練金室に置かれていたのは...」
「リリアーシャ殿と、その乳母とされている女性と一緒にマリタンさんもガラス箱の中に収められていたからでしょう。そして、そのことが八年前にリリアーシャ殿とその乳母がガラス箱から出て、冬の山道でフォブ殿に出会う事になった理由だと思います」
「なんてこった...」
「恐らくドゥアルテ卿は、乳母にリリアーシャ殿を預けると共に、一族の全財産も引き渡したのです。覚醒したマリタンさんの能力を使えば、国中に隠されていた資産をすべて見つけ出して、自由に扱う事が出来るようになっていたはずですから」
「だけど王家に捕まった?」
「ですね。ただ、二人ともドゥアルテ卿の思惑通りに重要人物では無いと見なされたのだと思います。ペンダントも取り上げられていなかった訳ですし、表向きはマリタンさんも、当時としては一般的な内容の魔導書です。高価なものではあっても、お宝と言うほどではないという感じじゃないでしょうか?」
「ふーむ、子供を連れて慌てて逃げ出した乳母が、すぐに役に立つとか換金出来るとか、そういう理由で手元にあった魔導書を抱えてたって解釈だったりしたのかもな?」
「きっとそうでしょう。だから取り上げられもせず、拘束されると同時にそのままガラス箱の中に入れられた、と」
「まさかエルダンに送られるとは思ってなかっただろうなあ...」
「重要人物ではないからでしょうね。しかしバシュラール家ゆかりの人間である事は確かなので、ヴィオデボラ島を確保するまでは念のために拘束しておこうとか、その程度だったのではないかと思います」
「それにしても人生は分からないって言うか...何が不幸で何が幸福か、最後の最後まで判断出来ないよなあ」
「急にどうしたんですか御兄様?」
「だって考えてみろよシンシア。リリアちゃんと乳母はヴィオデボラから逃げ延びたけど捕まったワケだろ」
「そうですね、ドゥアルテ卿としては残念な結果だったと思いますけど」
「いや。もしもイークリプシャン王家に捕まってなかったら、戦争に巻き込まれて命を落としていた可能性もある。捕まった後も、なにかの事情でエルダンに送られていなかったら、南部大森林を埋め尽くした溶岩に都市ごと飲まれて、やっぱり命を落としていたかもしれないよ?」
「あり得ますね!」
「なんで、あの二人だけがエルダンに送られたのかは分からないけどな?」
「本当は他にも大勢が送られていたのかもしれませんね。ただ、あの二人については本来の『捕虜目録』に記載がなかったとか...だから戦後に解放もされなかったという説明はつくと思います」
「それで、錬金術師の魔獣素材目録の方だけに『内容不明』のガラス箱として記載されていたワケか」
「はい」
「そうか...リストの上では魔獣として扱われてた可能性もあるよな!」
「直感ですけど、そんな気がしますね」
「ただ、エルスカインがエルダンの地下をいつから占有していたかはハッキリ分からないけど、それがルースランド王家の勃興と同じ...四百年前からだとしたら、どうして急に八年前になって中身に興味を持ったんだろう?」
「単純にその頃に代替わりしたのでは?」
「ああ。ホムンクルスだって年取って死ぬんだもんな!」
「古い従者を生き延びさせるよりも、新しく手に入れた手下の方がいいとなったら、エルスカインは容赦なくホムンクルスの寿命を終わらせるでしょうから」
「だよなあ...」
「新人なら興味を持っても不思議はないですからね」
「で、八年前に恐らく新規採用された錬金術師が、乳母の女性が抱えていた魔導書を取り出そうとしてガラス箱を開けた。そして、きちんと閉めなかった、というところかなぁ...」
「新人なので閉め方が悪かったのか、魔導書について尋問でもするつもりできちんと閉めなかったのかは分かりませんが...マリタンさんの記憶があやふやになっていた理由は、錬金術師が自分を新しい主《あるじ》にするために支配の魔法で上書きしようとしたのかもしれません。他にも可能な説明はいくつか考えられると思います」
「なあシンシア、前にマリタンが『罠が二回作動した気がする』って言ってただろ?」
「ええ」
「で、そのウチの一回って言うのがリリアちゃん母子だったとしてだ。ともかく『凍結』が溶けてリリアちゃん達はガラス箱から出た。で、錬金術師の部屋に入ったところでマリタンが机の上に置かれているのを発見して表紙を開き、そこで罠が作動ってとこか?」
「私もそんな気がしています」
「いやはやなんとも...乳母の女性はマリタンが『財産目録』だって知ってたはずだから損傷がないか確認したとかかな? さっきの説明だと目録と同時に金庫の鍵みたいな役割も有るだろうし」
「ええ。マリタンさんがいれば、バシュラール家の全財産を思うがままに出来たはずですからね」
「凄まじい資産価値だったろうなぁ」
「それは間違いないと思います。ヴィオデボラの存在やドゥアルテ卿の口ぶりから言っても、国家財政に影響する規模だったと言う気がしますね」
なるほど。
それにしてもリリアちゃんとマリタン、一族最後の後継者と全財産の両方を預けられて送り出されるとは、預けられた乳母の心労たるや想像を絶する。
いや待てよ・・・
例えその『乳母』が完璧に信頼出来る相手だったとしても、リリアちゃんと共に全財産を預けて送り出したりなんかするもんだろうか?
マリタンが一緒だから、持ち逃げするとか私物化するとか、そういう話じゃなくて・・・
語弊があるかもしれないけど、『ただの乳母』だった女性にどれほどの資産を渡したとしても、『バシュラール家の復興』なんていう大事業をかじ取り出来るものなんだろうか?
・・・どうも引っ掛かるな。
「ところでシンシア、肝心のマリタンが一言も口を開かないのはなんでだい?」
「それは...」
「シンシア様、それはワタシの口から説明させてくださるかしら?」
「え、ええ、勿論です!」
「なんだマリタン、喋れなくなってた訳じゃないのか?」
「違います兄者殿。ただ、迂闊に口を開いていいものかどうか悩ましくて、シンシア様ともバシュラール家の資産については、口にしないようにしようって相談したところだったのよ」
「そういうことか」
「でも兄者殿は、この話をもう知ったんだから問題ないわ。そもそもシンシア様の兄者殿なんだし、ね?」
「そいつは光栄だ」
「茶化さないでよ兄者殿。ワタシがシンシア様と兄者殿に知っておいて欲しい事は要約すると二つ、ね。ワタシはシンシア様と一緒に知識の椅子に座ったから、おおよそシンシア様と同じことを知ったわ。ですからヒュドラ退治の準備は任せてちょうだい、って事が一つ」
< 例えばこんなコトも出来るようになったわ >
「んん、あれ? マリタンの声...あっ、これって『概念通話』か!」
「ご名答! これでもう指通信の仲間はずれになって寂しい思いをしなくて済むってワケね」
「寂しかったのかよ?」
「当然じゃないの!」
「それもそうだな...うん、頼もしいぞマリタン」
「もう一つは資産の話、ね」
「それが現代で、どのくらい意味があるのか見当もつかないけどね。別に探そうって気にもならないしなぁ」
「それはシンシア様や兄者殿たち個人にとってはそうでしょうけど、エルスカインと戦う上ではそうも言ってられないんじゃないかしら?」
「なんで?」
「エルスカインはバシュラール家と同じく古代から続く存在でしょ? 当時の活動領域も重なっていたと思えるし、現代でも『散逸していない』バシュラール家の資産のありかを探す事は、エルスカインの拠点を探すことに近いような気がするのよ...根拠はないのだけど、ね」
「なるほど...散逸していないってことは、今もその場所や施設が『生きている』可能性があるって訳か」
「そうよ。まさにココと同じ様に、だわ」
考えてみれば、マリタンが『対エルスカイン』に関しての考え方、取り組み方を、自分から積極的に発言するのは初めてかもしれない。
これも、シンシアと一緒に知識の椅子に座ったからか・・・
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