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第七部:古き者たちの都
ブリームのスープ
しおりを挟むパーキンス船長たちがアクトロス号で探索に乗り出すまでは誰もヴィオデボラを見つけられなかった理由・・・正確に言えば『偶然に出会うことがあっても二度は辿り着けなかった』理由とは、ヴィオデボラが大きな円を描いて循環する大海流に乗って漂い続けていたからだとそうだ。
収集した目撃談を検証していった際にパーキンス船長がそれを見抜いたコトで、ようやく『時期ごとの位置』を推定して追うことが出来るようになったのだそうだけど、そびえ立つ岩壁を持っているほど大きな島が『浮島』だなんて普通は思いつかないだろう。
良くまあ、そんなことに気が付いたものだと思う。
「実は以前、ヴィオデボラについて考えている時に、ふと『難破船』を連想したのですよ。誰も乗っていない船が、風と波に翻弄されるがままに漂流しているというケースは希にあるのです」
「へぇー!」
「迷信深い船乗りは、魂魄霊が操る船だと言って恐れたり致しますが、まあ実際のところは何らかの理由で船乗りが死に絶えただけでしょうな」
「だけ? その『何らかの理由』ってのは?」
「色々と考えられますぞ? 南方大陸に寄港した時に乗員が伝染病の熱病に罹ったのを気付かず、そのまま乗り組んで全滅、とか」
「おおぅ...」
「あるいは嵐のせいで航路を外れ、ついに水や食料が補充できなくなって餓死や渇死ですとか?」
「それもキツい...」
「そしてヴィオデボラが乗っている潮の流れなのですが、その大海流は巨大な円を描いておりますから、北部沿岸では東から西に流れ、逆に南方大陸沿岸では西から東への流れが強くなります。ただ潮に乗って漂うだけなら、いつか回り続けるうちにヒップ島へも漂着するかもしれませんが、人が乗った船がそんな航海をするはずもありません」
「あー、生きてるうちに辿り着けるかは分が悪い賭けですね...」
「しかも伝説では、その中心部には海流も無く風も吹かず、一年中鏡のような水面が広がっている『空白の海域』があると言うのです。もし、そんな海域に帆船が迷い込んでしまったら間違いなく死を待つのみでしょうなあ」
「怖い伝説だ」
「そうですな。いったん中心部の空白海域に入り込んでしまったら大きな帆も役に立たず、二度と戻れなくなる訳ですから」
「あれ? じゃあどうしてその話が伝わってるんです?」
「伝説では風が止んだ瞬間にギリギリのところで引き返して...それも積んでいたボートを水夫達がオールで漕ぎ、それで本船を何日もロープで引っ張ってなんとか抜け出した、と。そんな話でしたな」
「過酷な脱出ですね。まあ死の世界から生きて帰れたなら良かったですが」
「ええ。そして私自身は、その空白海域が実在すると考えております」
思い出した。
そう言えば、いつ誰に聞いたか忘れちゃったけど『船の墓場』って話を聞いたことがあったな。
そこは嵐で帆を失ったり、乗員がいなくなった無人の漂流船が流れ着く場所で、そこの海底には沢山の船が朽ちて沈んでいるのだと。
まあ、実際にその『海底に沈んでる沢山の船』を見たことがある人なんていないはずだから、ただのお伽話の類いだと思ってたんだけど、ひょっとしたらそれも、パーキンス船長の言う『空白海域』の伝説が、形を変えて・・・尾鰭を付けて広まったモノなのかも知れない。
「パーキンス船長、そういう空白海域に入り込んだ船なんかは、もう二度と外の海に出てこれないものですかね?」
「いや、そうとは限りませんな。無風で流れが無いと言っても氷漬けになっている訳でもあるまいし、長年の間には、ほんのわずかずつ動くこともあると思います」
「いずれは、勝手にそこから離れることもあると?」
「ええ。ただし伝説通りであれば、それが乗組員達の生きている間に起きるという事も無いでしょう。数年とか、下手をしたら数十年を掛けて、ゆっくりと流れ出てくるのではないですかな? 果たしてフナクイムシに船底を食い破られて沈むのとどちらが速いか...」
「絶望的ですよね」
「あるいは動くとしても外に流れ出るのではなく、逆に渦の中心に向けて集まってしまうと言うことも考えられますぞ。まあ、そうなれば二度と流れ出すことも無いでしょうが」
「その場合の行き先は『船の墓場』って訳だ」
「ええ、どちらになるかは風と海流の組み合わせ次第でしょうな」
ん? 待てよ?
ドゥアルテ・バシュラール卿の話によれば、昔のヴィオデボラは自前の動力で動く魔導機構で位置を固定していたはずだ。
だからこそ転移門が使えた。
逆に位置を固定していたい時には、風や波の影響を受けにくい場所の方が無駄な魔力も使わずに済んで効率が良いはずだ。
そう考えると稼働中のヴィオデボラが、その『空白海域』にあえて居を据えていた可能性は高いな・・・古代の人々は斥力機関を積んだ船で行き来が出ただろうから、風のあるなしは関係ない。
むしろヴィオデボラに住んでいる人にとっても、無風の方が波に揺られなくて快適ってぐらいじゃないか?
そんなことを考えているとパーキンス船長が話を戻した。
「従って、南方大陸からこのヒップ島を目指して真っ直ぐ北上したとすれば、その大循環の中心にある風の空白海域に踏み込むことになってしまいます。そこを目指して通り抜けようとする船乗りはおりませんぞ? 仮にいたとしても戻ってこれないでしょうし、難破したと判断されて終わりですな」
「それが、さっきの『風向きが悪い』って言う意味ですか? じゃあ南方大陸からヒップ島を目指すなら、その空白海域を避けて大廻りすることになりますね」
「左様でございます。普通ならそのままポルセトかミレーナの港に入ります。あと少しの航海で港に入れるというのに、そこから舵を東にとって、わざわざ風上に向けて長い航海をするというのは無いでしょう。それは目的地に島があると知っていなければ出来ないことですぞ?」
「偶然辿り着く可能性はまず無いと」
「はい。それに、この島の浜辺には流れ着いた木材などがあまり見受けられませんな。漂流物も波間を漂っている内に循環海流の方に攫われてしまい、ここには辿り着かないのでしょう」
結局、パーキンス船長の意見としては、『誰かが偶然ヒップ島に来る』可能性はとても低い、というコトだった。
だとしたら、やはりビーチローズやトウヒの苗木を持って、ヒップ島目指して移住しに来た人々がいたのだろうか?
どうやってこの島の存在に気が付いたかは別としてだけど・・・
++++++++++
船長との会話を一区切りし、なんとなく胸がざわつく思いを抱えながら出来たての調理場を覗くと、料理人のメスナーさんが俺たちに気が付いて声を掛けてきた。
「お疲れ様っす勇者さま方! 温かい汁物が出来とりますんで是非どうぞ!」
温かい汁物か・・・
ソブリン侵入以来、ずっと気を張り詰めていたから気にしていなかったけど、すっかり秋も深まりつつある。
この辺りは南部地方より更に南だから十分に暖かいけど、故郷のエドヴァル辺りじゃ、もう積極的には水に触れたく無い気温だろう。
服のまま水に落ちたら、普通の人なら一発で風邪を引くな。
「有り難うございますメスナーさん。ここまでの船上でも、船旅とは思えない美味しいモノを食べることが出来て有り難かったですよ」
「そんな褒めて貰ったら恐縮しちゃいまさぁ!」
メスナーさんは明るく飄々とした人物で、船内のキッチンではいつも鼻歌を歌いながら大量の調理をこなしていた。
鼻の利く獣人族の料理人だからかも知れないけど、限られた種類の食材しかないのに、なんやかんやと味付けを工夫して目先を変えた料理を出してくれるから飽きないで済む。
言っちゃあ悪いが、師匠と南方大陸に渡った時の船の食事とは雲泥の差だったね。
早速、みんなで温かいスープを貰って作りたてのテーブルに陣取る。
アプレイスって、こういう時は魔力が十二分でもみんなと一緒に食べるんだよな・・・いいことだ。
ともかく、スープは濃厚なダシが効いていてとても美味しい。
魚と貝のダシかな?
柔らかな白身魚の切り身が入っていて、噛むと口の中でホクホクと崩れていく。
なんだか、こういう食事は気持ち的にほっこりするよなぁ・・・
「メスナーさん、これって塩漬け魚じゃ無くて新鮮な魚ですよね? この浜で釣ったんですか?」
「いやぁ、停まっとる船の上とか桟橋からなら釣れるんですがねぇ。いまは船を乾ドックに上げちまっとるでしょう? 砂浜の水際から釣り針を投げ入れても小魚しか捕れませんよ」
「じゃあいつの間に?」
「さっきションティが浜に流れ込んでる小川の奥の沼地に行って、デカい川魚を釣り上げてきたんで、早速料理に使わせて貰ったんでさあ」
おお、そうだったのか。
ブリームなんて大して珍しくもない魚だけど、食卓に上るのは久しぶりだな!
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