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第七部:古き者たちの都
空白海域の存在
しおりを挟む俺が盆地っぽい地形の事を面白いと言ったら、アプレイスが笑って答えた。
「ああ、やっぱり火山らしい地形だもんな!」
「そうなのかアプレイス?」
「ライノが『盆地』と言ってるのは『大鍋』って呼ばれてる地形でな、あれもさっきの頂上みたいに火口の一種なのさ」
「へぇー...言われてみれば尾根の内側の傾斜とか、さっきの池のある『すり鉢』と似てる感じがする。でもアレに較べると随分広いよな! 中も平らだし、鍋って言うよりも水を抜いた水盤みたいだ」
「北の火山地帯に行くと、こういう地形は沢山あるぜ。中には鍋の直径が大きすぎて、空から見ないとカルデラだと分からないほどのモノもある。そういうところだとカルデラの内側に人族の村が作られてたりもするけどな」
「アプレイスさん、それって、もしも噴火した場合は危険なのでは?」
うーん、確かに『燃え上がる炎と溶けた砂が沸き立つ大鍋』の内側に住んでるとなれば、とても心穏やかではいられないな・・・シンシアの疑問ももっともだ。
「どうだろうな...そういうところは、この島と同じようにとっくの昔に火山の熱が冷めてて一面に森が茂ってたり、ここの山みたいに湖が出来てたりするんだ。まーるい南の湾だって割れたカルデラの名残かもしれねぇし...もう一度熱くなることがあるのかどうか、誰にも分からないんじゃねえかな?」
「そもそも人の知り得ない未来のコトを心配しても仕方ないって話か...誰にも雷が落ちる場所なんて当てられないし」
「まあそうだ。パルレア殿だって精霊的にはそう思うだろ?」
「まーねー。それにさー、仮に『ココは百年後に災厄に見舞われる土地だ』って誰かに言われたら、『じゃあ九十九年は住めるんだな!』って考えちゃうのが人族じゃ無いのー?」
「違いないな!」
「それがいつか誰にも分からないのでしたら、気にせず住む人が大勢出てくるでしょうね。ひょっとしたら、永遠に来ないのかも知れないのですし」
「そんなところだなシンシア殿。案外、このカルデラの内側も暮らしてみれば快適かも知れないぞ?」
「実際、カルデラで周囲を高い壁に囲まれてるようなものですから、嵐の時でも安心かもしれませんね。溜め池を掘って水を溜めておけば畑も作れそうですし」
「ついでにその溜め池で捕った魚でも育てればさー、海に出なくても食べ物に困らないよねー!」
「いやパルレア殿、海の...海水に住んでる魚は真水の池じゃあ育てられないからな?」
「あー、そっかー」
アプレイスが言うようにヒップ島が海底から火山が吹き出て出来上がった島だとすれば、ここがどこかと地続きだったことは一度も無いワケで、さすがに山頂の湖や南の湾に流れ出ている川に住んでいる魚はいないだろうな。
ホントに移住するとしたら、どこかの川魚を樽にでも入れて生かしたまま運んでくるのがいいかもしれない。
ま、そんな先のことを想像しても仕方ないんだけどね。
++++++++++
東側の大部分を占める巨大カルデラの周囲をぐるりと飛んで見たけれど、内側の盆地にも人が住んでいる形跡はなにも見つけられなかった。
ヒップ島に移住、もしくは漂流してきた人がいたとしても、それは随分と昔のことだったに違いない。
ちなみにパーキンス船長達は以前に上陸した時にも南の森までしか踏み込んでないから、山地の中央部やカルデラの内側のように沿岸から見えない場所についての知見は全く無いそうだ。
それでもヒップ島が無人島だと判断したのは、沿岸部のどこにも人の気配や痕跡を全く感じなかったからだと言う。
単純に、海というのは『食料の宝庫』だ。
魚やエビの類いはもちろん、岩場や砂浜の貝、それに海藻にだって食用になるモノはある。
なのに耕地面積の狭い島嶼暮らしで船も持たず海へ漁に出ないというのは、難破した漂流者でもない限りちょっと考えにくいし、もしも難破した遭難者が船影を見たら、救援を求めて飛び出して来ただろうからね。
しかし、島の周囲をぐるりとアクトロス号で一周してみても、海岸の何処にも人の住む痕跡が無かったというのだから、『現時点では無人島』だと判断したのは至極真っ当だと思う。
ましてやセイリオス号が投錨した南の湾は穏やかだし平地部分も広い。
背後には深い森を抱えて船や家を作るための木材が豊富、小さいながらも山から流れ出す川と沼地があって真水の供給にも困らないとくる。
端的に言えば、もしもヒップ島に人が住んでいるなら、それが移住者であれ遭難者であれ、南の湾に住まない理由が思い当たらないのだ。
++++++++++
島の全容はだいたい分かったけど、空から見た限りでは特に珍しいモノはなにも無く・・・出所不明なビーチローズが茂っていることを除いては、やはり無人島としか思えない。
のんびりと島の空を一周した最後に南の森に立ち寄り、今回は細めの木材を大量調達して戻った。
浜では、乾ドックもどきを作る時に出した木材の残りで、なんやかんやと居心地を良くするための工夫が行われていた。
船大工のスミスさんだけで無く、手の空いている船員が総出で作業しているみたいで、さすがこういうところは『獣人族だけの船』らしく一体感というか連帯感が強いね。
旧ルマント村にいた時に、アンスロープの人々には『サボる』とか『手を抜く』って概念が無さそうな事は感じてたけど、エルセリアも同じ様な性根らしい。
まず出来上がっていたのが『調理場』で、すでに船から大鍋の類いが移されて火が熾されている。
長丁場の滞在になるんだし、陸で煮炊きが出来るなら、それに越したことはないよな。
いまはその脇に『食堂』と言うか、細い丸太を組んだ簡易な椅子とテーブルを作っているところのようだ。
そういう、基地というとチョット大袈裟だけど、居住環境の構築作業を指示しているパーキンス船長を見つけて、伐採してきた木材をとりあえず何処に置くか相談する。
「パーキンス船長、ションティさんが帆を縫い直す作業場用に細めの丸太を採ってきたんですけど、何処に置きましょう?」
「おお、助かります勇者さま」
「いえいえ」
「作業場をしっかりさせれば、作業の仕上がりもしっかりしたモノに出来ると言うものです。まことに有り難い」
伐採してきた木材を邪魔にならない場所に大量に積み上げ、ついでに『居住者』の可能性についてパーキンス船長の意見を聞いてみることにする。
「ところでパーキンス船長、さっきみんなで島の上空をぐるりと一周してきたんですけどね、この島にも昔は人が住んでいたかも知れないって話が出たんです」
「なんと! まことにございますか勇者さま」
「そんな大袈裟な話じゃ無いですけどね。仮に誰か住んでたとしても大昔のことで、いまのヒップ島はやっぱり無人島だと思いますから」
「そうですか。まあ我々としては、誰かの土地で勝手をやっているという訳でなければ良いのですが...」
「過去に交易船が難破して流れ着いただけって可能性もありますからね。あるいは南方大陸からポルミサリアを目指して来る途中に立ち寄っただけだったとか?」
「フーム...無いとは申しませんが、確率は低いでしょうなあ」
「そうですか?」
「ええ。この島が船乗り達の間で全く知られていなかったのは以前にお話ししたとおりですが、それは風と潮の向きのせいもございまして」
「風と潮?」
「左様でございます。北部ポルミサリアと南方大陸の間には、一年を通じて常に東から西へ向けての風が吹いております。ですので、交易船はその風を斜めに横切るようにしてポルミサリアの南岸と南方大陸の北岸とを行き来しておる訳です」
「へぇー、そうだったんですね」
「ご承知の通り、北部ポルミサリアでもサラサス王国よりさらに東、トレンガルやボルドラスから東の地域は荒れ果てた荒野で住む人も少なく、沿岸にも大きな船を作って大海に乗り出すほどの力を持った国は無いと聞きます」
「俗に言う『東の果て』ですね」
「はい。実際に、そちらの方から交易船が来たことは、これまでに一度も無いはずです。風向きとして楽なはずなのですが」
「なるほど」
「この東風は強弱こそありますが、大洋の中心部で大きく向きが変わることはありません。ですので、もしも嵐に遭って難破した船がいたとすれば、かならず西に向けて流されてくのです」
「となると...北部ポルミサリアからの船がヒップ島に来るのは難しいですね」
「左様でございます。かと言って、南方大陸からここに来た船があるかというと...私見ではございますが、さらに難しい話では無いかと思いますな」
「えっ? それはどうしてですか?」
「長年、ヴィオデボラが誰にも発見されなかったのと同じ理由でございますな。風と潮が良くないのです」
んんん・・・潮もよく分からないけど、南から北上するのに東風が良くないという理屈がピンと来ないな。
それがヴィオデボラの発見とどう関係するんだろう?
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