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第七部:古き者たちの都

南の湾に上陸

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「まずは、船の修理と改造というか改装というか、どういう風に扱って何が必要かをパーキンス船長と相談しよう。たぶん俺たちが音頭をとらないと、彼らは自分たちのやりたいようになんて、出来ないと思う」

「ええ、アプレイスさんが『シャッセル兵団と同じだ』って言った意味が私にも分かってきました。もちろん彼らは傭兵ではありませんけれど」

「そうだな。でも戦いはしないけど傭兵と同じかもしれん。荷運びの輜重隊ってのも傭兵が引き受ける主要任務の一つだしな。ただ今のところ彼らには明確な雇い主がいない状態だ」
「御兄様が雇い主ですよね?」
「まあそこもシャッセル兵団と同じって話なんだよな。当面、俺たちで彼らを養うのは良いとしても、明確な任務が無い」

自分に何の役目も無く、誰の役にも立ってないという状態で、ノホホンと飯を食っていられるヤツはそう多くない。
ましてや生真面目なアンスロープなら言わずもがな、だ。

「任務ですか...」
「仕事と言ってもいいけど、自分たちの役割とか存在意義とか?」

「確かにそれは大事ですよね」

「うん、飯が食えればいいってモノじゃ無いと思う。でも彼らにはいま、自分たち自身の『目的』とか『目標』とか無い。それどころか将来の生活を支える手段さえメドが無い。何処で暮らすかって言う話より先に、あるいは一緒に、ソコをなんとかしないとダメだろうな」

「これまではエルスカインの配下として何年も何年も働かされてたんですから、いきなり『今後は自由にしていいですよ』とか言われても、どうしていいか分からないしょうね...」

「そういう話だよ。引き受けたからには、彼らの『役目』を考えないとな?」

外洋航海の出来るキャラック船の役目と言えば、普通は軍船か交易船だ。
アクトロス号時代は探検船として使われていた訳だけど、船そのものは交易船、つまり一言で言えば『荷運び』のための船だけど・・・さて、セイリオス号に何を何処へ運んで貰えばいいんだ?

「セイリオス号は外洋帆船キャラックなんだから、荷物を運ぶことが存在意義だ。とは言え、彼ら自身にアレで交易をしろって言っても無理だろう」
「ムリでしょうか?」
「嘘のつけないアンスロープだぞ?」
「商人には向いてませんね...」
「で、どうするか? ソレをいま俺たちが考えるべきだろうな」

「そうですね...いきなり自分たちで独立した商会として交易や輸送業を始めるというのは確かに難しいでしょうし、何をするにしても最初は誰かの『看板』が必要だと思います」
「看板?」
「はい看板です。商売をする人達は、ただ目の前の商品の質と値段を見てるだけじゃ無くて、『誰と取引しているか』を重視すると言います。長い付き合いのある相手だから信用するとか、その分野に詳しいと評判のある人だから信用するとか、そういう目印になる名前です」

「それはそうだな。破邪だって普通の人は寄り合い所に相談を持ち込む。通りすがりの破邪を見掛けて仕事を頼む事なんて滅多にないだろう」

「そういう看板があれば...ただ、御兄様が勇者だと言うことは表向きの看板には出来ないですから、その代わりになる看板があれば船長達も活動しやすいと思うんです」
「例えば商会とか、どっかの貴族名義とか?」
「ですね」
「リスワルド家に限らずだけど、貴族名はミルシュラントを巻き込む可能性が出てくるから避けたいな...とは言っても、俺には商会を持ってる知り合いなんていないぞ?」

「御兄様、『シャッセル商会』をお忘れですか?」
「お? おおっ、そう言えばあったな!ソレ!」

「書類上はスライさんが商会の代表で、どこの貴族家とも無関係ですし、丁度いいのでは無いかと思います」
「そうだったよなあ...ミルバルナへの出迎え部隊が中止になったから、すっかり忘れてたよ」
「商人相手の交渉は、スライさん達にセイリオス号に乗り込んでやって貰うという手段もありますし」
「傭兵に商人をやらせるのかい?」
「きっとスライさんは適任だと思いますよ。それで、シャッセル商会が海外との交易を始めるためにセイリオス号をどこかから買ったという話にしましょう」

「船の出自がバレない?」

「ミレーナとポルセトは長年のライバルで、そのお隣のサラサスも混じって三つ巴で貿易の覇権を巡って競い合っています。近年はそこにルースランドやエドヴァルも参入して乱戦です。南方大陸の商会から買ったことにでもしておけば互いに誰も何も言えません。ルースランド王家が疑いを持った場合以外は、事実を調べようとすることも無いでしょう」

「なかなかダイナミックな言い訳だな。そんなもんか?」
「そう思います」
「じゃあソレで行くとして、とにかく船の見た目だけはできる限り変えておく必要があるよな」
「いっそ船体の色も全部塗り替えてしまいましょう。マスト以外に欄干や船尾楼もかなり修理が必要ですし、目立つ部分の意匠を変えてしまえばもう別の船です。ルースランド航路にでも使わなければバレないでしょう」

「じゃあ、転移門が使えるようになったら、その手の資材も手配するか。色とか意匠とかは俺よりもシンシアの方がセンスがいいから、後でパーキンス船長と相談してくれな?」
「御兄様のお好みは?」
「まったく無いよ。気にせずにシンシアと船長とで決めてくれた方がいい」

「承知しました御兄様」

++++++++++

セイリオス号は、昼前には島の南側に回り込んで湾の奥に投錨することが出来た。

広い湾の両側は切り立った岬で挟まれているけれど、奥には長い砂浜もある。
こんな大きな船を砂浜まで寄せる訳にはいかないから、普通なら水深の十分ある場所に停泊して、そこからはボートを漕いで上陸するのが定石だ。
ま、普通ならね。

だけどいまのセイリオス号には俺とアプレイスがいるから上陸も簡単だ。
とりあえず倒して畳んであるマストとセールを、ドラゴン姿に戻ったアプレイスがまとめて抱えてヒョイっとひとっ飛び。
すっきり片付いたデッキ上のボートに上陸要員達を乗り込ませ、これも海上に降ろすこと無くそのままアプレイスが抱えて三往復。
それで上陸完了だ。

シンシア、パルレア、マリタンは俺が抱えて浜までひとっ飛び・・・
正確に言えばパルレアは俺の肩に止まっているし、マリタンはシンシアが持っているから、抱きかかえているのはいつも通りシンシアだけだけどね。

浜に上がるだけなら俺もシンシアも跳躍門で跳べば済むんだけど、空から見下ろして湾の様子や位置関係を把握したかったから、あえてみんなで一緒に上がってみることにしたのだ。
そうなると、まだ精霊の飛行魔法が使えないシンシアは、俺の『抱っこ』一択である。

「外側から見た時よりも広い湾ですね御兄様」
「湾内には斜めに入っていったからね。湾の奥まで水深の深いところを選ぶとああいうコースになるらしいよ」
「それを知ってるってコトは、前に来た時は浅瀬に乗り上げちゃったとかー?」

「何を言っとるんだパルレア。知らない海岸なら上陸用のボートで下見するに決まってるだろ?」
「そっかー!」
「ただ、今回はワザと満潮時に砂浜の浅瀬に入って乗り上げさせるかも知れないって言ってたけどな」
「そうなんですか御兄様? ひょっとして修理のために?」
「うん、パーキンス船長は『ついでに船底を水から出して掃除したい』とか言ってたからね」

「えー掃除? 水に浸かってるのに汚れるモンなの?」

「汚れって言うかさ、ずっと海に浸かってるままだと、海藻とかフジツボって言う貝みたいな生き物とかが、どんどん船底にくっ付いて来るんだよ。あまり放置しておくと水の抵抗が増えてスピードも出なくなるし船底の板材も傷むから、時々そぎ落とすんだ」
「へー」
「それと、船底に塗ってある塗装が薄れるとフナクイムシって恐ろしい生き物に船の木材を喰い荒らされるんだって。南洋じゃあ、船を河口や港に放置しておくと最後は船底に穴が開くってさ」

「ヒェ、ナニソレこわーい!」

「外洋に出てからいきなり船底に穴が開いたら怖いよな。ま、だからそういう事故の予防も兼ねて、定期的に船底を水から上げてメンテナンスしないとダメだってコトらしいよ」
「私は、あんな大きな船を水から持ち上げるなんて、想像したこともありませんでしたね。ずっと海に浸かったままなのだと、なんとなく思っていました」

「ああ。でも、そう思ってる人って割と多いんじゃ無いかな?」

船長が言うには、応急処置では干満の差が激しい時を狙って陸からロープでマストの天辺を引っ張り、ワザと浅瀬の砂浜で横倒しにすることで船底を水から出すような手法を取ったりもするのだそうだ。
だが、いまのセイリオス号にはマストが無い。
それに船全体の塗り直しや改装まで手を付けるとなったら、完全に陸に上げた方がいいだろう。

となると、ここはアプレイスの出番だな。
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