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第七部:古き者たちの都
斥力機関の本気
しおりを挟む実際、いつも通りにマストとセールがあったら、とてもこんな景色は見られないだろう。
特に真後ろから追い風の時には前二本のぶっといマストと横桁に下がった巨大なセールに遮られて、ここから正面なんかほとんど見えないはずだ。
逆に、もっとマストやセールの小さい船の場合は、この大型キャラック船のように背が高くない。
つまり視点が水面に近くて低いから、こんな風に物見櫓に上がったかのような景色を見ることは不可能だろうね。
ベテラン船長にとっても、マストの無いキャラックからの展望は新しい発見だったようだ。
って、当たり前か・・・普通はそんなものが海上を走ってるワケが無いよな。
「ほんとですね! これはなにげに絶景ですよ」
「ええ。もしも島の近くや危険な岩礁地帯を通る時なぞに、こういう状態で船を操れたなら事故の危険は大いに減るでしょうなあ...」
「確かに。ところで島と言えば、このまま順調に進んだとして、ヒップ島までは後どの位ですかね?」
「そうですな...この風...ではなく進み具合ですと、あと十日もあれば到着できるかと思われますぞ」
「水や食料は大丈夫ですか?」
「もとより帰路の分は確保しておりましたし、先日ヴィオデボラで降ろした荷物も積んできた滞在用資材の半分程度ですので当面は心配ございませんな。それとヒップ島では真水が手に入りますし、島には色々な生き物もおりますので、長丁場でも問題ないかと」
「なら安心ですね!」
いくら俺の革袋とシンシアの小箱に大量の食材が入っていると言っても、さすがに全乗組員の食料を長期間賄うのは無理だからね。
ただ、セイリオス号に乗ってからは船員達と差を付けないように、革袋の食事を出さずに船の調理人が作ってくれた料理を皆で食べているんだけど、これが南方大陸に渡った時の船よりも断然おいしい。
外洋航海船なんて食材に限りがある・・・正確に言うと『食材のバリエーションがほとんどない』から、どうしても似たような食事がずっと続くことになりがちだ。
軍船なんかだと、船長や高級士官以外は毎日同じモノを食べ続けることになるとも聞いている。
それも堅焼きビスケットと塩漬け肉のスープ、干し肉のカケラといった感じで、要は『保存食』だけが数ヶ月も続いたりするそうだ。
ドラゴンキャラバンの最後、俺が後先考えずに屋敷を出た後のみんなの食事がまさにそういう感じだったらしいけど、あの時は夏だから裏庭ではハーブや野菜も少々は取れたし、保存食と言ってもそれなりにバリエーションはあっただろう。
それになによりも、調理人としてトレナちゃんがいたからな!
彼女の存在は大きいよ・・・
ともかく、セイリオス号にはトレナちゃんはいないモノの、南方大陸に渡った時や、話に聞いてた外洋航海の船に較べれば満足のいく食事を出して貰えている。
まさか俺たちだけ特別扱いされてるんじゃ無いかと心配になってパーキンス船長に聞いたら、上級船員も水夫も、みな同じものを食べてるんだと言われて一安心。
この食事なら、相当な長丁場でも平気かも・・・
++++++++++
なんとなく話し続けて、パーキンス船長の古い航海の逸話を聞いたりしているうちに、オルセン航海士がふと気が付いたように言った。
「船長、船足が上がっております」
「ん...そのようだな」
「えっ、本当ですか?!」
「間違いありませんぞ。今日は朝から南西の微風で、ここに立っていれば後ろの壁に遮られて風を感じることはほとんどありませんでしたな。ですがどうです? いまは正面からの風を顔に感じてはおりませぬか?」
「確かに!」
「横から海面を覗き込めば、船首が立てる引き波もはっきりと強くなっていることが分かるでしょう。引き波の強さは船足の速さに比例しますからな」
慌てて舷側に近寄って海面を覗き込むと、さっきまでとの違いが俺の目でもはっきりと分かるほど、強い引き波が船の斜め後ろに引き起こされていた。
「おおおぉぉぉ...」
やったぞシンシア!
これはきっと大成功だ!
二人のところに戻って前方を注視する。
ここ最近はずっと穏やかな天候が続いていて、今日も海面は静かだ。
その柔らかなうねりの上をセイリオス号は滑るように進み続ける。
「船長、さらに速度が上がってきました」
「うむ、一定の率で船足が上がり続けているな。まことシンシア様の魔法は凄まじいものだ」
「まったくです船長」
「このまま行けばアクトロス号時代の速度記録を更新しそうだな。一度測ってみるかオルセン君」
「了解です船長。ダンバー君、甲板員にハンドログを準備させてくれ」
「はい、オフィサー」
指示を受けたダンバーという名の二等航海士は上部デッキから身を乗り出すと、甲板に声を掛けた。
「リッキー! ハンドログを用意してくれ!」
「承知しましたダンバーさん!」
俺も以前の航海で何度か見物したことがあるけど、ハンドログって言うのは船が走るスピードを大まかに測るための道具だ。
ザックリ言えば先端に『浮き』が付いた長い長いロープを舷側から垂らすんだけど、海面に落とされたブイは水の抵抗でその場に留まろうとするから、船が進めばその分だけロープが繰り出されていく。
で、ロープにはずっと同じ間隔で結び目の瘤が作ってあって、三十拍を数える間に結び目が幾つ流れ出したかを数えて、その数を船の速度だと見做すのだ。
由来は知らないけど、結び目同士の間隔はおおよそ『大人の男で二十歩ぶん』で、三十拍を数える間に結び目が一つ流れ出したら速度は一ノット、二つなら二ノット、三つなら三ノットって言う風にスピードを表現する。
「パーキンス船長、この船の速さってどれくらいなモノなんですか?」
「そうですな...交易船は普通なら往きも還りも荷を積んでおりますから巡航時で五ノットから七ノットくらいですな。強い順風の時は十ノットほど出ますが、そうそういつも風がよい訳ではありませぬ」
「いやそれって結構出てますよね」
「セイリオス号は設計の良い新しい船ですからな。まだ船底も傷んでないので速度が落ちにくいのです」
「俺が以前に南方大陸に渡った時のキャラックだと普通は三ノットくらいで、良風でも六、七ノットでしたよ。セイリオス号よりもデカい船だったから船足が遅かったのかも知れませんけど」
「この船で、これまでの最高速は空荷で十五ノットほどでしたか...それ以上に風が強くなると、むしろ転覆やマスト折れの防止に帆を畳まなければなりませんが」
三ノット、つまり三十拍で六十歩ならかなり早歩きぐらいだろうけど、五ノットなら百歩だから小走りってところか?
十ノットになれば、もう疾走してる感じだろう。
十五ノットだと三十拍で三百歩ぶんで、コレはもう馬に乗ってないと追い付くのは難しい。
「船長、若干ですが船首が持ち上がりつつあるようです」
「ううむ...これは明らかに記録更新だろう」
甲板でハンドログを準備していたリッキー水夫長がこちらに向かって声を上げた。
「ハンドログの準備完了です!」
「よろしい。計測を開始したまえオルセン君」
「実行します船長! ダンバー君、計測開始だ!」
「計測開始します!」
「アイ・オフィサー! ハンドログ投入!」
「ログ投入アイ! 計測開始!」
水夫がハンドログ・・・呼び名は丸太でも実際はきちんとした形のブイだけど・・・を舷側から海に投げ込み、ロープを繰り出した。
別の水夫がブイの着水と同時に砂の詰まったガラス瓶、『砂時計』と呼ばれる器具を上下ひっくり返して見つめる。
これで三十拍の長さを正確に測るのだ。
「二十拍いま!...残り五!、四!、三!、二!、一!、終了!」
「計測終了、十九ノットです!」
「報告、速度十九ノット!」
「復唱します船長。現在の速度十九ノットです!」
そう言ってオルセン航海士がパーキンス船長の顔を見る。
船長も微妙な表情でオルセン航海士を見返した。
「なんと言うか...まったくもって斥力機関というのは凄まじいなものだな、オルセン君」
「もはや常識の範疇ではないですね、船長」
「明らかにまだ加速し続けているぞ?」
「私もそう思います」
「...うん、もう一度測ろうかオルセン君」
「はい船長...ダンバー君、再計測するので準備させてくれ! 急がせなくていいから周到にな!」
「はいオルセンさん!」
巻き上げられたハンドログから絡みついた海藻の切れ端が取り除かれ、再び丁寧ににセットされる。
船全体の揺れもどんどん激しくなってきた感じがするし、水夫達もさっきより緊張している様子だな。
むしろ身体に感じる速度の上がり方が少しずつ早くなってきてないかコレ?
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