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第七部:古き者たちの都
真珠と斥力機関
しおりを挟む姫様からの貰い物とは言え、現在の持ち主であるパルレアにはちゃんと必要な理由を説明しておかないとな。
「シンシア曰く、真珠が例の斥力機関の材料に最高らしくてな。高品質の真珠を使うと、凄く効率の高いものが出来るんだそうだ」
「へぇー...ってゆーか理由なんかどーでも、そもそもアタシが嫌とかゆーワケないじゃん?」
「分かってたよ」
「それでも、一言くれるお兄ちゃんがやさしー。気にせず使ってってシンシアちゃんに言っといてねー!」
「おう助かる。じゃあ俺の革袋に入れたままだから、シンシアに渡してくるよ」
「はーい」
そう言えば、あの時に姫様が仕立て直してくれた萌葱色の可愛いドレスは王都別邸のクローゼットに掛かったままだよな・・・
身体のサイズ的に、もう今のパルレアがあのドレスを着られる機会は無いのかと考えると、ちょっとだけ寂しい気がする。
船内に戻って、ずいぶん久しぶりに革袋から取り出した大振りな真珠のネックレスをシンシアに渡すと、喜びながらも、なんと言うか微妙な表情をしている。
どうやら、これを使えば手間を掛けずに高効率な斥力機関が作れると言うことで嬉しい反面、本当にこれを使ってしまっていいのだろうかと躊躇しているらしい。
「御姉様は本当にこれを素材にしてしまって良いと?」
「もちろん。もう身に着けることは無いだろうってパルレア自身も言ってたしな。気にせず使って欲しいそうだ」
「そうですか...でも、さすがにここまで立派な真珠を『部品』にしてしまうのは躊躇われますよね?」
「いいんじゃないか? 死蔵しておくよりも役に立った方がいいし、元々は姫様から貰ったリンスワルド家の財産だし、気にする必要は無いよ」
「確かにコアとしても美しい方が良いのですけれど」
「そうなの?」
「はい、積層のムラや形状の歪さが少ない...つまり真珠としての見た目も美しい方がコアとしての機能も高いと思うのですけど...なんだか贅沢すぎるというか、実用のために芸術を無下にしているようで、二の足を踏んでしまいます」
なんともシンシアらしい観点だ。
大富豪と言っていい伯爵家の一人娘として、庶民の目から見れば贅沢三昧な生活を送っているにも拘わらず、節制という感覚を失っていないのは素直に良いことだと思うけどね。
なにしろアスワンから貰った小箱の『食べた分だけ増える砂糖菓子』さえ、『一日一個だけ』とか決めてそれを実行できてるタイプだからな・・・
「セイリオス号の性能が上がるのは、みんなにとっていいことだろ。だからそのために役に立って貰うのが、今のその真珠の最善な在り方で...それは決して美や芸術を否定することにはならないさ」
「ええ」
「その真珠を生み出した貝だって、自分の中にあった小さな破片を芸術品にしようと育ててた訳じゃないからね。宝石なんて、それを人がどう見てどう扱うかってだけの話なんだから、その時々に見合った扱いをすればいいんだと思うよ?」
「そうですね。有り難うございます御兄様。なんだか気持ちが軽くなりました」
「大袈裟な...」
ま、金額の大小とかには関係なく、シンシアは極めて健全な感覚の持ち主ってコトだな。
++++++++++
真珠をコアに転用することになって数日後、シンシアは魔導斥力機関の「試作二号機」を完成させた。
どうして二号かというと、試作一号機は真珠コアの機能テストのために机の上に乗るサイズで制作したモデルだったからで、ちゃんとした斥力機関として作ったのはこれが事実上の一号機である。
設置場所はマリタンとシンシアがパーキンス船長と相談した結果、『舵』の軸を取り付けてある船尾の部屋に置くことになった。
なんでも出来るだけ船の中心線に沿っていて、かつ後ろの方がいいと言うことらしい。
ヴィオデボラを出て北東へ進路を取って以来、セイリオス号はずっとマリタンが『押し』続けてきたんだけど、いまでは両舷に発生する引き波が白く長く尾を引いて、結構なスピードになっていることを示している。
実際、以前に乗った大型船とも遜色ない速さだと思えるし、それが『帆も櫂も無い船』なのだから不思議な光景だよ。
これには船員達がもっと騒ぐかと思ってたけど、『勇者さま御一行の魔法だ』というパーキンス船長の一言で納得したらしい。
・・・まあ、ヴィオデボラでは往きも還りも空を飛んだのだから今さらか。
「試作機と言っても上手く行けば、そのままコイツで船を動かせるんだろ?」
「テスト機ではちゃんとコアを稼働させることが出来たので大きな問題は無いと思うんですけど、重さや大きさが変わると予測できない事が起きる可能性はありますから...」
いつも通りに慎重なシンシアの発言である。
もし、あの真珠がもう一個あったら間違いなく予備を作ろうとするだろう。
「完全なテストをするのであれば、一度船を停めて静止状態から動かせるかを試してみるべきなんですけど、せっかくマリタンさんが頑張ってくれたスピードをフイにするのは勿体なさ過ぎるので、このまま動かしてみます。マリタンさんには休んでいて貰い、もしもスピードが落ちてきたら斥力機関が上手く働いてない、という事になります」
「シンシア様が造られた魔道具ですもの、絶対に大丈夫ですわ」
「だよなあ?」
「いえマリタンさん。斥力機関の構築は初めての試みですからそういう訳にもいかないかと」
「いやいや。とにかく動かしてみようよシンシア」
「はい、では起動しますね」
そう言ってシンシアは魔導機関の上面に突き出ている大きな出っ張りをゆっくりと押し込んだ。
「これでコアに魔力が注ぎ込まれ始めます。魔力の循環が上手く行けばどんどん放出される斥力が強くなって、やがて海面を押して船を前に進ませるはずです。消費する魔石は状況次第ですね」
「スピード次第で変わる訳か?」
「ええ。それに海が荒れていたり、向かい風が強かったりして大きな力が必要な時は、スピードが遅くても沢山の魔力を消費します。ですので一概にどれだけ必要とは言えないんです」
「なるほど。まあでも、ここで見ていて何か分かるようなもんでもないよな?」
「はい。変化が出るまでには時間が掛かるでしょうから、結果が分かったらお知らせしますね」
「頼んだ。じゃあマリタンはとりあえず休憩って事で。ずっと押してくれてありがとうな」
「いいのよ兄者殿。魔法の行使は魔導書の喜び、なんだから」
「そう言って貰えると気が楽だ」
「では御兄様、私はここで少し追加の作業を行っておきます」
「俺は船長に報告してくるよ」
シンシアとマリタンを船内に残して甲板に出る。
相変わらずパルレアは甲板をウロウロしているけど、どうやら船室に籠もっているよりも、ここで潮風と陽射しを浴びている方が心地よいらしい。
そしてアプレイスは相変わらず部屋で昼寝中だ。
彼も最初の頃は甲板上で海を眺めていることが多かったのだけど、どうやらアプレイスに見られていると獣人族の船員達がひどく緊張するらしいことに気が付いて、自主的に部屋に引っ込んだ。
旧ルマント村の時と同じで、いずれ船員達が慣れれば大丈夫だと思うんだけど・・・スマン。
甲板から振り返ると、船尾の上部デッキに船長たちの姿が見えたので俺も上階に上がった。
操舵輪が設置されているこのデッキには普通、パーキンス船長とオルセン一等航海士の他にも二等航海士と操舵手、操舵助手がいる。
当たり前だけど船って言うのは昼夜を問わずに走り続けるから、航海中に必要な全ての仕事に最低限の交代要員が必要なのだ。
「船長、先ほどシンシアが新しい斥力機関を動かし始めましたよ」
「左様でございますか!」
「このままスピードが落ちなければ成功です。まあダメでもマリタンにヒップ島まで押していって貰えば大丈夫ですけど」
「かたじけないですな!」
「いやまあ、マストを斬り倒したのは俺だし、この船に乗った以上はみんな一蓮托生ですよ」
「それは我らをお救い下さるためになさったこと。むしろ勇者さまとアプレイスさまの迅速な判断が無かったら、この船の乗員は一人残らずヒュドラとやらに喰われておったことでしょうぞ? ゆえに感謝こそすれ、他に思うことなど一欠片もございませぬ!」
「だったら良かったですよ。ヒップ島で上手く修理が出来ればいいんですが」
「そうですな。元々、今回のヴィオデボラ上陸は長丁場の予定でした。それで、船自体を空飛ぶ桟橋で陸揚げするついでに、船底の清掃とメンテナンスを行う予定だったのです」
「あ、なるほど。それは一石二鳥ですもんね」
「はい。そのために船底に塗るタール塗料やピッチなども大量に積んできておるのです。資材は色々と有りますので、マストの修理についてはなんとかなるでしょう...しかし勇者さま。儂も長年、色々な交易船に乗って参りましたが、冗談では無く、マストの無いキャラックがこれほど見晴らしの良いものだとはついぞ知りませんでしたな!」
あー、確かに!
船長に言われてみて気が付いたけど、今はこの上層デッキから前方がまるっと見通せているな・・・マストが無いせいで。
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