なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第七部:古き者たちの都

獣人族の船乗り達と

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アクトロス号が順調に進み出したので安心して人の姿に変わったアプレイスも含めて、俺たち五人は船尾楼の上階にある船長室へと案内された。
マリタン曰く、『斥力魔法を使い続けるには船の後部の方が都合がいい』と言うことでマリタンも一緒だ。

アクトロス号側からはクリフトン・パーキンス船長と、バージル・オルセンと名乗った一等航海士の二人が、操舵を二等航海士と助手達に任せて同席している。
言わずもがなだけど二人とも獣人族。
それにしてもこの船、身内以外は周囲に獣人族しかいない状況って旧ルマント村以来だな・・・

俺達が自分たちが何者で、どうしてヴィオデボラに来たのか、なにと戦っているのかを、差し障りの無い範囲で一通り状況説明したところで、船側のトップ二人がひたすら平伏して『全乗組員の救命と奴隷からの解放』に感謝の言葉を述べる儀式のような様相を見せ始めたので慌ててストップを掛け、シンプルに今後の相談に移らせて貰う。

ただ、彼らはルースランド共和国の軍人では無いにしても、王家が経営する国営商会に雇われている身だ。
この船自体もそこの所有物だろうし、今のところ教えられることには限度がある。
エルスカインからの支配の魔法は解呪出来たとは言え、それは裏の話だ。
その事と、彼らの社会的な立場については、まったく別の枠組みだからね。

彼らには何の責任も無いとは言え、なにしろ数刻前までの俺たちは敵同士だったワケだし・・・

「しかして勇者さま、我らは今後どのように?」

「どのようにと言っても特には...マリタンがこのまま船を押して行ってくれるなら、嵐でも来なければ数週間で南岸のどこかの港に辿り付けるでしょう。って、それで大丈夫だよなマリタン?」

「ええ、問題ないわ兄者殿」

「そう言えば、マストを失った船は転覆しやすいって聞いたことがあるんだけど、そういうのは平気か?」
「そうなのね。でも、ある程度の揺れは斥力魔法で押さえられるから、きっと大丈夫だと思うわ」
「なら安心だ」
「魔導書さまの魔法はまったくもって素晴らしいですな!」

「光栄ね、船長さん」

「で、パーキンス船長。俺たちは別に皆さんを捕虜にしたつもりはないので、そこから後はご自由に。あー...もし斬り倒したマストを弁償しろとか言われたら、ちょっと御相談ですけど」

「滅相もありませんぞ! そのようなことを勇者さまに申し上げるはずがございません!」
「それならまあ、特にこちらの要望はないですね」

そこにシンシアが言葉を添えた。

「船長殿。本来であれば、私共のことは内密にして頂きたいとお願いするところなのですが、皆様のお立場上、ルースランド王家の商会への報告も必要でしょうし、そういう訳にも行かないだろうと思います。ただ、あの魔法使いと王家の商会、それと皆様の関係について、差し障りの無い範囲で教えて頂ければと」

「かしこまりました。ご承知の通り、我ら一同はあの魔法使いから全てを強制されて逆らえない状態にされておりました。幸い、そちらの可憐な妹君いもうとぎみが解呪してくださいましたが」
「アタシが可憐だってー!」
「そこに反応するなよ...ちっさくて可愛いって意味だ」
「可愛いならいーんだもん!」
「ともかく、アイツの本当の狙いは聞かされてましたか?」

「いえ...彼奴あやつは王家の商会からやって来た監督官で、今回の探索と輸送の責任者と言うことになっておりましたな」
「探索?」
「そもそも今回の話はヴィオデボラ島を探すことから始まったのですよ。もう随分と昔のことになりますがな」

パーキンス船長の話によると、何年も前にエドヴァルにある海運商会で交易船の雇われ航海士として勤めていたパーキンスさんのところへある男がやって来て、『伝説の彷徨う島』を探すために彼を雇ったのだそうだ。

「じゃあパーキンス船長は、単にヴィオデボラへ往復するためじゃなくて、そもそも、あるかないかもハッキリしてなかった島を探すために雇われたんですか?」

「いやいや勇者さま、ヴィオデボラ島が確実に存在していることは分かっておりましたので、後は見つけ出すだけでございましたし、実は常々いつか自分で探しに行きたいとも思っておったのですよ」

「確実にある、と分かっていた理由はなんです?」

「儂自身がこの目で見たからですぞ」
「えぇっ!」
「長く船に乗ってようやく操舵手見習いに昇進した頃、乗っていた船が嵐で大きく航路から外れてしまいましてな。強風と大波に翻弄されて漂うしか無かった我々の船の前方に島影が見えたのです。日暮れ前の暗い頃合いでもあり、詳細に見えたとは申しません。甲板で波に洗われていた水夫達もほとんどが気付かなかったでしょうな。ですが儂の目には、とても普通の島とは言い難い桶のような奇妙なシルエットと、聳り立つ黒い岩肌がしっかりと焼き付いておったのです」

「そうだったんですね。かつて自分で見ていたからこそ、その話に乗れたと」

「はい。しかし、あの船でヴィオデボラを見たのは儂の他には上役の操舵手と一等航海士だけでした。他の連中に話しても『嵐でいまにも船が沈むかという恐怖で幻覚でも見たんだろう』と言われるだけでしたな...そしてヴィオデボラを見た儂ら三人は、嵐から生還して港に着く頃には、もう、その事を口にするのは止めておりましたが」

「まあ分かりますよ。信じて貰いにくいことを一生懸命に話しても、とんでもないことを口走ってるヤツだと正気を疑われるだけで、利になることなんて一つも無いですからね」

「ほう、勇者さまでさえも、そのようなご経験が?」

「いきなり現れて自分を『勇者だ』なんて言う奴をどう思いますか? さっきの俺がドラゴンと一緒に空を飛んできたんじゃ無くて、普通に戸口から走ってきていたら、この船のみんなも俺のことをどう思ったかはアヤシいですよ?」
「うぅむ...」
「でしょう? 自分の目で見てないことは信じられなくて普通ですからね。船長だって、こんど港に戻ってから『海の上で勇者に会った』なんて吹聴してたら、まあ、周囲の人から居心地悪い目を向けられると思いますね」

「確かにそうでしょうなぁ...まあともかく、儂はヴィオデボラを自分の目で見ていた経験があったので、その話に乗れたワケです。なにしろ提示された条件が良かったし、報酬も前金でたっぷり貰えましたしな」

「そりゃあ、連中は大金持ちですよ。なにしろルースランド王家も取り込んでるんですから」
「ええ、儂も前金を金貨で渡されましたな...」

ヴィオデボラ探索を引き受けるなら外洋航海の出来る大型船の船長として雇い、報酬も破格。
部下も好きなだけ自分で選んで連れてきていいと言う。

ただし雇う条件は『獣人族であること』・・・獣人ならアンスロープでもエルセリアでもなんでも構わないが、いずれ船員はすべて獣人族だけで揃えるのだと言って、その訳は教えて貰えなかった。

「しかしながら、いきなりこのアクトロス号の船長をやれと言われた時は腰を抜かしましたがな。最初から船長として雇うとは言われておったものの、連れて行かれた港に停泊していたのは進水したばかりの最新鋭キャラックです。まさか騙されてるのかと疑いましたぞ?」

謎の男に指示されてルースランドのデクシー港に行ってみたら、なんと雇い主はルースランド王家直営商会で、用意された船は進水したばかりの最新鋭キャラック船のアクトロス号だったと。
まあ最初の頃の航海は色々と大変だったらしいけどね。

ともかく、その後は『王家の商会から派遣された監督官』という触れ込みの・・・実際はエルスカインの配下であるホムンクルスだったが・・・魔法使いに指示されるまま、ヴィオデボラ島探索に携わることになったワケだ。

そこまでの経緯をパーキンス船長から一通り聞いた後、改めて今後の行動について指示を求められた。

「いや、指示と言われても...そもそも皆さんは我々の部下なんかじゃありませんからね?」

「とは言え、我らアクトロス号の乗員一同は勇者さまにお救い頂けなければ、あの島で怪物の餌になっておったのですぞ?」
「それはまあ...」
「ゆえに、我らが勇者さまの指揮下にあることに疑いを持つ者など、この船には一人もおりますまいて。それに勇者さまは『属する国や種族などに関係なくあらゆる人族の救い主である』と語り継がれているのですから、我らの帰属先など関係ございません!」

パーキンス船長が畳み掛けるようにそう言うと、オルセン航海士も力強く頷く。

うーん、そんなことを言われてもなあ・・・
そもそもアクトロス号って、ルースランド共和国の国有船だと思うんだけど?
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