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第七部:古き者たちの都
帆を失ったキャラック
しおりを挟む虚空に飛び出したアプレイスは船を抱えたまま飛翔して島から離れていく。
置き去りにしてきた浮遊桟橋の方を見ると、ヒュドラの首はそのままの場所で辺りを窺うような仕草を見せていた。
他の餌でも探しているのか・・・とりあえず海に飛び込もうとする様子は無いな。
かなり島から距離を取ったところでアプレイスは降下し、水面ギリギリのところで水平飛行に移った。
万が一、アクトロス号が空中で壊れ始めても落下のダメージを抑えるための配慮だろう。
これだけ大きな船だから、アプレイスが舷側を抱えて持ち上げているだけでも船体には大きな負担が掛かっていたはずだ。
「よし、船を水面に降ろすぞ! みんな座って衝撃に備えてくれよ!」
言われるまでも無く、島の天辺から爆速で空中に飛び出したアクトロス号の上で立ち上がろうとした奴は一人もいなかったようだな・・・
アプレイスはゆっくりとスピードを落として止まると、静かに、まるで卵を石版の上に置くかのように、そっとアクトロス号を着水させた。
「よしライノ、船員達に船の損傷を調べさせてくれ。浸水箇所があるようなら早めに手を打たないとマズい」
「おお、そうだよな! 船長さん頼みます!」
アプレイスって、なぜか船関係のことには気が回るよな。
よっぽど興味があるんだろう。
船上に覆い被さるように浮いている巨大なアプレイスに気押されて動けずにいた船長も、ようやく立ち上がって船員達に指示を出し始めた。
いったん指示が出れば船乗り達の行動は早い。
ドラゴン姿のアプレイスを、みんな半分怖々、半分物珍しげにチラチラと見上げながらも船内の各層に別れて損害を調べに行く。
舷側の欄干と船尾楼の端の方は派手に壊れてるけど、ココは航行に関係ないから後は船体自体に損傷が無いかを確認して、倒したマストと帆をどうするか、だな・・・
「ねえ兄者殿、試したことは無いけどモノをくっ付けたり破損箇所を修復したりする錬金技術があるのよ。それで帆柱をなんとか出来ないかしら、ね?」
「そんな魔法があるのか?」
「正確には魔法と錬金の合わせ技、ね」
「もし出来ればめっけものだ。とにかく試してみよう」
魔法ならシンシアだ。
すぐ船上に降りてきて貰おうと思ったけど、いまはアプレイスが船の真上にいるから背中に乗っているシンシアの姿が俺からは見えない。
さっきの全力ダッシュな飛翔で参ってるといけないので、俺が空に上がって迎えに行くと、アプレイスの背骨の上にぺたんと座り込んでいた。
「大丈夫かシンシア?」
「アプレイスさんの結界に守られていると分かっていても、さすがにさっきの超速ダッシュは振り落とされそうな気がして怖かったです。これまでの人生で、あんなスピードを体験したことはありません」
「まあそうだろうな。でも、あれでギリギリだったんだよ」
「え?」
「いやあ、なにしろ俺たちが空に上がった次の瞬間に、ヒュドラが浮遊桟橋に食いついてきてたからな!」
「...それは...間に合ってよかったですね...」
アプレイスがダッシュした時にはシンシアは背中にしがみ付いていたはずだから、浮遊桟橋の上でうねり狂っていたヒュドラの首は見てないだろう。
あれはチョット夢に見そうな気持ち悪さだったから、シンシアが見てなくて正解だけどね。
「で、マリタンが自分に載ってる錬金術と魔法の合わせ技で、俺が切ったマストを修復できるか試してみるって言ってるんだ。疲れてるだろうけどマリタンと一緒にやってみて貰えるか?」
「もちろんです御兄様」
「じゃあ急ごう。水に浸かってる帆布が水を吸ってドンドン重くなる。もう立てられないようなら全部切り離して捨ててしまわないと船が傾いちまうからな」
三本のマストが巻き取った帆を抱えたままで海中に倒れ込んでいるのだが、まだ何本かのロープが船に繋がったままなので、その重みに引き摺られて船自体も少し傾いている。
もっとも、すでに根元は切断されているから、残りのロープ類も全部切り離してしまえば転覆する心配はない。
シンシアを抱き上げて一緒に甲板に降りると、船内を調べていた乗組員達が船長に結果を報告している最中だった。
船長と一緒に報告を受けていた航海士が、補修の必要そうな問題に関しては次々と指示を出して、水夫長と水夫達を動かしている。
左右に揺れ続けている船の甲板にシンシアをそっと立たせたところで、船長が俺の方にやって来た。
「このアクトロス号の船長を任ぜられておりますクリフトン・パーキンスと申します。まずは全乗組員を代表して御礼を申し上げます勇者さま。此度はアクトロス号と我らをお救いくださり、誠に有り難うございました」
そう言うと、帽子を取って俺にお辞儀をする。
「さすがにこの人数を見捨てるのは忍びなかったですからね。でも、みんなを助けられたのは俺じゃ無くってアプレイス、この仲間のドラゴンのお陰ですよ」
「ははっ、ドラゴンさまにも最大の感謝を捧げますぞっ!」
頭上に浮いているアプレイスを見上げて大声を出す。
「うむ、大儀無い」
あ、なんかアプレイスの返答がカッコいい。
「さすがは伝説の存在である勇者さまですな。ドラゴンさまをお仲間にされているとは驚愕の限りです」
「まあ色々ありまして。俺はライノ・クライス。こっちは妹のシンシア・クライスです。そしてこちらのピクシーも実は妹でパルレアと言います」
「なんと、ご兄妹で勇者を! ますます驚きですな!」
「初めまして船長」
「よろしくねー!」
「は! こちらこそ」
「あと、実はこの魔導書も自我を持つ仲間で、マリタンと言います」
「ヨロシクね、船長様」
「な、なんと本が生きておられるのですか?」
「そうね、生きてると言えるかどうかは微妙だけど、ワタシにも自分なりの意識があるのよね」
「な、なるほど...」
あまりにも想像を超えた出来事の連続に、クリフトン・パーキンス船長の表情が見るからに『いっぱい、いっぱい』だって感じだ。
むしろ、こんな奇想天外な出来事に出会っても取り乱してないことが凄いのかも知れないけど。
「ところで船長、船の損害は?」
「帆柱はともかく船体の方は、今のところ航行に支障の出そうな大きな損害は無さそうですな。目に付くような水漏れもありません」
「じゃあマストの修復が出来るか試してみましょう。マリタン、シンシア、頼む」
「はい御兄様」
「アプレイス、すまないがマストの先端を海面から持ち上げてくれないか。元の位置に真っ直ぐ立てて、それで修復できるか試してみよう」
「了解だライノ。じゃあ真ん中のメインマストから立てよう」
「おう!」
アプレイスがわざわざそう言うからには、きっと真ん中から立てた方がいい理由があるに違いない。
バランスとかかな?
普通に生きていればドラゴンを間近で見る機会なんてある訳が無く、アプレイスが恐ろしくないと分かった船員達がそろそろと顔を出して、海面からマストを引き揚げる姿を眺めている。
アプレイスが身体を浮かせたまま海中に手を突っ込んで、マストの先端を引っ張り上げると、絡まったロープにつられて船体が左右に大きく揺れた。
慣れない揺れに転びそうになったシンシアの肩を支えて、そのままアプレイスがマストの切断箇所を合わせるのを待つ。
「みんな避けないと、びしょ濡れになるぞ」
引き上げた帆布からは大量の海水が滴り落ちている。
帆の真下にいなくても飛び散る飛沫だけで結構な水量だ。
「ライノ、この揺れだと真っ直ぐに立てて保持するのは難しいな。やっぱり水の上じゃあ修復は無理かも知れないぞ?」
「割と凪いでるから行けるかと思ったんだけどな。やっぱりムリか...」
「ここで無理矢理やるとナナメにくっ付いちまうんじゃねえか?」
「だよなあ...」
「で、どうする?」
「このままって訳にも行かないから、とにかくマストを回収しようよ。修理の目処があるなら帆布ごと捨てるのは惜しい」
「よし、じゃあ俺が持ち上げるからライノは邪魔なロープ類を切ってくれ。そのまま甲板上に並べちまおう」
「よし了解だ」
俺が甲板上にいた船員達を避難させてから邪魔なロープ類を切ると、アプレイスが手にしたマストをそっと甲板上に寝かせた。
改めて見るとデカい。
甲板上に屹立していたときにはそれほど感じなかったけど、こうやって横倒しにされると水に濡れた帆が巻き付いてる横桁が両側の舷側からハミ出してるし、メインマストは長さだって先端が船首に付いてるバウスプリットっていう棒よりも長く飛び出るほどある。
途轍もなく邪魔だけど、如何ともし難いよな・・・
これを人間の力で修復作業するなら、造船所のクレーンが無いとムリだろう。
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