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第七部:古き者たちの都
地上階へ
しおりを挟む最初は銀ジョッキのすぐ近くにいた獣人が音に気が付いて、不思議そうに周囲を見回した。
銀ジョッキの姿は不可視結界で隠したままだから、なにも無い天井から音が響いているように思えるんだろう。
『オイ、なんだか変な音がし始めたぞ!』
『本当だ。俺にも聞こえる』
『なんだこれ? 何かの機械か?』
音に気が付いた数人の作業員達が騒めき始めた。
『変な音だぞ。似たようなテンポで繰り返してるし、まるで壊れかけた機械みたいだな!』
『ああ、この部屋の外に何かあるんじゃ無いか?』
『なあ、この音の繰り返しって、なんだか信号みたいじゃねえかよ?』
『何を言ってる。こんなところで誰が信号を...』
『いや待て! これ本当に信号かもしれんぞ!』
『バカなことを!』
否定するモノもいるが、最初に信号っぽいと気付いた男が手でそれを制して、音のする方をじっと睨んだ。
『だって燈火信号みたいだろ?』
『どこも光ってねぇよ。ただ音が響いてるだけじゃねえか』
『だから、その音の響き方が信号みたいなんだよ!』
『はぁ?』
『ホラ、燈火を見せたり隠したりする時間の長さを音にしたら、こんな感じになるんじゃ無いかな?』
おぉ、やった!
どうやら信号音の意味を分かってくれたっぽいぞ!
『なあ、もし光をピカピカさせる代わりに音をキンコン鳴らしてるんだとしてよぉ、この音はなんて言ってんだ?』
『えーっと...コンキーンコン、コンコンコンキーン、キーンコン、おいこれってまさか..._逃げろ_って言ってないか?』
『ふざけるなよ、ココは無人島なんだぞ! ドコの誰がそんな信号送って来るってんだ?』
最初から否定して掛かってた男が相変わらずケチを付けているが、周囲の男達は明らかに不安そうな様子でキョロキョロと周囲を見回し始めた。
『いや俺にもそう聞こえたぞ?』
『うーん、言われてみれば...』
『だよなぁ?』
『待てよ続きがある...コンキーンキーンコン、キーンキーンキーン、コンコン、コンコンコン、キーンキーンキーン、キーンコン...えっ、_毒_?...なんだよそれ?』
『ああ、そうだ! まずは_逃げろ_だな。で、続けて_毒_...って、オイこれ一体なんなんだ!』
『毒だの逃げろだの、そりゃあ穏やかじゃねえぞ?』
『偶然じゃねぇのかなぁ...』
『でもよ、そうとしか聞こえねえだろ!』
その時、前方でガラス容器を調べていたローブの男が、作業員達が言い争いを始めたことに気が付いて振り向いた。
『何をしておる貴様ら! さっさと残りのガラス板を外さんか!』
『いや旦那、さっきから変な音が聞こえて始めたんでさあ! それがどうも、信号みたいな音なんすよ』
『なんだと?』
『なんか、金物がぶつかるような音がし始めて、そいつがまるで燈火信号みたいに規則的にキーンコンキーンコンって...どうやら、逃げろ、毒だ、って伝えてきてるようなんす』
『馬鹿を言うな! 偶然に決まっておろうが!』
『そっすよねぇ...』
『ガラスを外したことで軽くなったティターンの枠が何かとぶつかり合っておるのであろう。良いからサッサと作業を続けろ。儂はこの容器を取り外すための仕掛けを調べる』
『へーぃ...』
ローブの男はそれだけ言ってガラス容器に向き戻ると、容器の周囲をあれこれとまさぐり始める。
くそ、ダメだったか・・・
船員達が気付いてくれた時には『やった!』と思ったんだけど、魔法使いは船で使う手旗信号だの燈火信号だの知ってるはずも無いもんなあ。
シンシアは諦めずに信号音を送り続けてくれているが、この昇降機もそろそろ最初に乗った廊下に着く頃合いだ。
仮に案内板を利用できるとしても島全体の勝手も分からない中で、いまから彼らを連れ出しに錬金区へ向かうのは自殺行為だろう。
ホムンクルスはともかく、支配されている獣人族達はなんとか助けてやりたかったんだけどな・・・
俺の目から見れば連中は、ホムンクルスの魔法使いのように自ら望んでエルスカインの配下になった訳じゃ無く、騙されて支配されているって認識だ。
他になにか方法は無いかと考え込んでいると、シンシアが叫び声を上げた。
「御兄様! 容器の蓋が開けられましたっ!」
「なな、なんだとっ!」
慌てて写し絵に目をやると、ローブの男がガラス容器の蓋を開いたところだった。
あぁ・・・とうとう、やっちまったか・・・
ローブの男が中を覗き込もうとしているガラスの円筒形容器の中には、なにやら得体の知れない濃灰色の物体があった。
いまのところ動いている様子は無いけど、恐らく時間の問題だろう。
「あれが、あれが、ヒュドラなのでは...」
シンシアが悲痛な声を出す。
俺たちが固唾を飲んで見入っている間にローブの男は容器の縁に手を掛け、そしてすぐ後に凄まじい叫び声を上げて仰け反った。
後ろ向きにどうっと倒れ込んだローブの男は、そのまま絶叫しながらのたうち回っている。
「うわっ、アイツ、付着していた毒に触ったのか?」
「容器から立ちのぼったガスにあてられたのかもしれません。だとしたら凄い猛毒だと思います」
ローブの男の叫び声を聞いた獣人達が、その光景を見て口々に叫んだ。
『毒だ!』
『やっぱり毒だったんだ!』
『逃げろ、早く逃げろ!!』
獣人達は誰一人としてローブの男を助けに行こうとする素振りを見せず、一目散に廊下へと駆け出していった。
獣人族の男達がアッサリとローブの男を見捨ててくれたお陰で、今のところヒュドラの毒を受けたのはローブの男・・・恐らくはホムンクルスの魔法使い、ただ一人だけだ。
なんと言うか、俺としては良かったと思う反面、あのローブの男が日頃から支配下にある獣人族の部下達にどんな態度を取っていたのかが見えるようで苦々しい。
それはともかく、なんとか全員で島の外に出てくれれば・・・
「あ、御兄様、ローブの男が消えていきます!」
「やっぱりホムンクルスだったか」
「だと思ったーっ!」
死んで土くれになった男の中身はアッと言う間に蒸発して、床にはローブだけが脱ぎ散らかされたかの如くへばりついている。
この魔法使いが死んだことで獣人族が支配から解放されるかも知れない、というのは甘い予想だろうか?
まあ、それは後で分かることだ。
いまは俺たちも島から脱出しなければ・・・
「シンシア、銀ジョッキで逃げた作業員達の後を追って貰えるか? 逃げ遅れた者がいないかどうか知りたい」
「分かりました!」
灰色の何かがうごめき始めたガラスの筒を映し出していた銀ジョッキの向きを変え、作業員達が走り出していった廊下に進ませる。
「最後尾に追い付いたらどうしますか?」
「そのままくっ付いて外まで一緒に行かせてくれ。あいつらがちゃんと船まで辿り着けるかを確認しよう」
「はい!」
そうこうしているうちに、軽いショックと共に昇降機の動きが止まった。
小部屋の扉が開いたので外に出てみると、行きがけに乗った場所とはまるで違う空間だ。
なんと言うか、豪華? 複雑? それこそ最初に案内板で『中央制御管理室』っていう言葉を見た時に想像したような、複雑な魔道具操作をする場所の雰囲気だ。
どこにも窓が無いけど、ココがドゥアルテ・バシュラール卿の言っていた『管制室』の方かな?
「シンシア、ここってきっとドゥアルテ卿が居館の上層にあると言ってた『管制室』だよな?」
「はい、私もそうだと思います。島の機構を操作するためのモノらしい仕掛けが部屋中に配置されていますし、それに...」
と言いながら一方を指差した。
「あの台座は起動鍵を設置するためのモノでは無いでしょうか?」
シンシアが指差したのは、『中央制御管理室』にあったのと同じような台座で、近寄ってみると、ちゃんとペンダントを収める窪みも同じように付いていた。
とは言え、いまはここで何かを操作するよりも島からの脱出の方が優先だな。
「いまはペンダントをセットしないで島から出ることを優先しよう。この部屋には窓が無いけど、上層階って言ってたからにはどこかに地上への出口があるはずだと思うんだ」
「ええ、昇降機で真っ直ぐ上がっていた感じで直通でしたからね!」
手分けして探したら、すぐに扉が見つかった。
別に扉が隠れていた訳では無くて、部屋が広かったので昇降機から降りた位置では目に付かなかったと言うだけだ。
もちろん、この扉もペンダントと銀箱くん改のオーラで開いた。
短い廊下の先にあった階段を上ると、もう一つの扉。
そこを開けると、いかにも『宮殿の屋上』という感じの広々とした空間が目前に広がった。
「おおっ、外だぜっ!」
「キーモチいいーっ」!
「陽射しが眩しいですね!」
そんなに長時間ではなかったと思うけど窓の無い地下空間にずっと押し込められていた感じがしていたようで、扉を開けた瞬間、みんなも視界に飛び込んできた青空に嘆息を上げている。
ここまで来ればもう、一安心。
後はアプレイスの翼でひとっ飛びすれば脱出できるだろう。
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