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第七部:古き者たちの都
バシュラール家の残滓
しおりを挟むガラス板の中に浮かぶドゥアルテ・バシュラール卿が話を続ける。
< 現在、復帰した魔導暦の積算によれば我が記録されてから三千二百八十六年の歳月が経っているにも拘わらず、我が娘リリアーシャが存命であるのならば、実物の我も同じような経緯で存命している可能性はゼロでは無いだろう。だが、時をやり過ごす魔法を用いたとしても、その確率は非常に低い >
「えっと...なぜ低いんです?」
経緯はともかく、リリアちゃんがガラス箱に入れられて三千年の時をやり過ごしたのだから、このリリアちゃんの父親も同じように・・・エルスカインに捕らえられてかも知れないけど、ガラス箱の中で存命している可能性はありえる。
< この複製を記録した時点で、我の実物自身はヴィオデボラを捨てる覚悟でいた。その後、我の実物が乗った飛翔艇がヴィオデボラを離れた直後に追撃者の攻撃を受けて着水し、拿捕された直後に大きな爆発が起きたことが記録されている。これは予定通りの展開であったことから、計画が順調に運ばれたことが伺える >
「爆発が予定通り?」
< そうだ。リリアーシャが一族ともども死んだと敵に思わせるための計略だ >
おおぅ、なんとも壮絶な・・・
< そのために、リリアーシャを私の嫡子では無く『乳母の娘』であるかのように見せ掛けておき、我の実物自身は飛翔艇でヴィオデボラを脱出...しかしあえて追撃者に捕縛され、そこに一族全員が乗っていると思わせた後に自爆することにした。当時の周辺記録から見て、恐らくその計画は完遂されているであろう >
乳母だと?
じゃあガラス箱の中に一緒にいたはずの、冬の山道でフォブさんに看取られながら息を引き取った女性は母親じゃなくて乳母だったのか!
いまでもリリアちゃんは、彼女が自分の母親だと信じているのに・・・いや、今はそれよりも・・・
「えっと、その追撃者とか『敵』って言うのは、エルスカインのことですか?」
< その名称は我の知識の中には無いので答えられない。我の敵とは『イークリプシャン王家』の事だ。本来は我と同胞であったが、未来への道を違えた >
エルスカインも当時は違う名前だったのか?
それとも王家の中の『特定の誰か』の呼び名なのかも知れないけど。
「御兄様、島のことを尋ねておきましょう」
「ああ、そうだな...えっと、ドゥアルテ・バシュラールさん、このヴィオデボラ島はバシュラール家の財産だと思うけど、これを作った目的や機能を教えて欲しいんだ」
< ヴィオデボラはバシュラール家の住居兼産業施設だ。北方大陸と南方大陸の中間に位置して、両大陸間の交易における中継基地であったと同時に、バシュラールの一族が得意とした錬金産業、すなわち魔法素材と魔道具の制作拠点でもある。門外不出とされた様々な錬金術を秘匿するためにも、陸から遠く離れた海洋上の拠点は好都合であった >
そういうことか。
ほぼシンシアの予想通りだけど・・・すると、エルスカインが狙っているのは素材だけじゃなくて、島に隠されているはずの秘密の錬金方法そのものだったりするのかも知れない。
< しかしながら三千二百八十六年間、無動力で漂っていた事で、現在の位置は本来の設定から遠く離れているようだ。位置の回復にはしばらくの時間が掛かるであろう >
動力が停まったことで定位置からズレ始め、アッと言う間に転移門が使えなくなってしまったんだろう。
追っ手達も慌てて戻り、位置も変わって二度とここに来ることが出来なかったってところか・・・でなければ、このドゥアルテ・バシュラール卿が島の機能を停止させて脱出した後で、イークリプシャン王家とやらに好き放題に掘り返されていたはずだからな。
当時の社会が、長距離移動を転移門に頼っていたからこそ、このヴィオデボラ島は、ほぼ無傷で三千年も生き残れたのだ。
「どうして、あなたやリリアーシャ嬢、いやバシュラール家はイークリプシャン王家に狙われたんですか?」
< 我らが、王家の戦争計画に反対していたからだ。バシュラール家の出自は商人であり、同時に職人でもある。諸外国との交易を基盤とする当家にとって戦が価値を生む事など無い。しかし、イークリプシャン王家は強力な兵器を手に入れたが故に、北大陸における自らの権力基盤の拡大を望んだ。それは我々にとって許しがたい選択だった >
「強力な兵器って言うのはドラゴンですか? それとも新たに生み出したアンスロープ族の事ですか?」
< アンスロープ族という言葉に対応する知識は我に無いので回答できない。ドラゴンを兵器として扱うのは『支配の魔法』によって恭順させることを意味しているのだと思えるが、あの魔法は絶対でも恒久でもない。我が知る限り、なんらかの必要でドラゴンを生け捕りにする事はあっても、ドラゴンを永続的に配下として使った例は存在しない >
ドゥアルテ・バシュラール卿がアンスロープを知らないって事は、その非道の行いが始まる前に王家と対立してココで亡くなってしまったからだろう。
だけど、いまはそんなことよりも『絶対でも恒久でもない』って言葉の方が気になる。
「支配の魔法が絶対でも恒久でもないって言うのは、一度、支配を掛けたらずっと続くというモノでは無いという意味ですよね? 解呪も簡単に出来ることなんですか?」
< 無論、解呪は簡単だ。支配対象の魔獣に術を込めた魔石を喰わせた場合は、術者が自ら解呪するか、術者自身が死ぬか、あるいは体内からその魔石を取り出せば術は消失する。術者が魔法使いではなく、魔導書や魔道具の力を借りて術を行使していた場合は、その魔道具を破壊すれば術が消失する。いまこの部屋に持ち込まれている起動鍵のような強い護符があれば無効化することも容易だ >
世界戦争の終了後にアンスロープが開放されたのは、魔法使い達が死んだからか、エルセリアへの変貌が死と同然と見做されたか、それとも戦士の『大量生産』に用いた魔道具が消滅したからか・・・
なんにしても、第三者による解呪が出来るのであれば『支配の魔法』の脅威度はぐっと低くなるな。
あと、このペンダントで無効化できるって、なにげに凄い情報な気がする。
まあとにかくドゥアルテ氏に聞きたいことは山ほど有る。
このまま今日はこの部屋で夜明かしになるかと考えた時に、突然ドゥアルテ氏の物とは違う声が響いた。
< 警報です:錬金区における防護扉の破損が確認されました >
最初と同じ不思議なトーンの声だ。
つまりこれは島の魔導装置自体が持っている案内機能とか、そう言うモノか?
「シンシア、銀ジョッキで奴らの動きを確認しろ!」
「はい御兄様!」
「すまんが急いでくれ、なんかイヤな予感がする」
すぐにシンシアが小箱から本体を出して銀ジョッキからの写し絵を呼び出した。
荷運び先の建物で天井にへばりつかせてあったから、獣人族の『発掘隊』が作業している最先端はかなり遠いはずだ。
いま案内の声は『防護扉の破損』って言ってたよな?
防護って言うからには何かを守るとか押し留めておくとか、そういう役目だろう?・・・プライバシーを守るとか隙間風が入らないようにとか、穏便な目的の扉だとは思えないぞ。
< 先ほどヴィオデボラが再起動されるまでは、起動鍵を持つバシュラール家の血族以外には一切の反応を返さないように設定されていた。警備や警報を含む全ての機能が停止していたために、どうやら施設内部が毀損されていることが認識できなかったようだ。なに者かが、錬金区の危険な領域に扉を壊して無理矢理侵入していると思われる >
「錬金術の区画か...毒物や危険な魔道具も山ほど有りそうだ」
< しかり。侵入しているのはあなたたちの仲間かね? >
「違います。エルスカインの...恐らくはあなたが言う『イークリプシャン王家』の末裔に操られている者たちだ」
< ならばその者達に行いを止めさせる事は出来ぬだろうな。総合的な警備情報からは、現在、ヴィオデボラに居住している者は存在しないと推測される。あなた達も可及的速やかにヴィオデボラを脱出すべきだと助言する。もしも侵入者が錬金区の魔導装置を無秩序に破壊した場合は全域が危険に陥る恐れもあるだろう >
えっと、魔法ガラスに続いて何を掘り出す気かは分からなかったけど、アイツらの狙いってまさにその『保管庫』じゃないのかな?
一体なにが出てくるって言うんだ?
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