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第七部:古き者たちの都
ガラス箱の在庫記録
しおりを挟む空に浮かぶ雲の形以外には何一つ変化がなく、退屈が極まり始めた四日目の昼頃・・・
「御兄様、いま少しお話ししてよろしいですか?」
このところ魔帳を小箱から出して、ずっと棚上げ状態になっていた『エルダンのガラス箱帳簿』の解読に集中していたシンシアが、膝の上に魔帳をパタンと置いて、ふいに話し掛けてきた。
「もちろんシンシア、どんな話題であろうと全て歓迎だ。なんなら三人でワードチェーンでもやって遊ぶか?」
「いえ、それはまた別の機会に...それで、エルダンから持ってきた魔帳のことなんですけど、どうやらガラス箱の中身について帳簿を解読することが出来たみたいです」
「おおっ! 凄いじゃないかシンシア!」
さすがはシンシアだ。
もはや、『さすがはシンシア!』と彫り込んだ版画スタンプでも作って持ち歩きたい気分だ。
これからは何かある度に押して回りたい。
「いえ、これもマリタンさんのお陰で記載パターンをうまく読み取ってガラス箱の印字に当て嵌めることが出来たからですね」
「ともかく解読できたなんて、とにかくシンシアもマリタンもお手柄だよ!」
「やはりランダムな文字列に見えたモノはガラス箱の製造番号で、それぞれの番号はもちろん一つしかありません。その番号ごとに中身が割り振られていることはエルダンで確認していましたが、なにしろ数が多いので、突き合わせての解読にちょっと時間が掛かってしまいました」
そして今さらだけど、もしもシンシアがワードチェーン遊びに乗っかってきていたら、俺もパルレアも連戦連敗の無様を晒しているに違いなかったことに気が付いたよ・・・
知ってる単語の数だけでもシンシアに勝てるとは思えないしな。
「じゃあエルダンのガラス箱に何が残っているか、おおよそ把握できたと考えていいのかい?」
「はい。リストを全て確認しましたが、いまの時点でエルダンのガラス箱に入っているのは全て魔獣だと思います」
「どんなのが入ってるんだ?」
「ブラディウルフ、アサシンタイガー、ウォーベア、スパインボア、犀の魔獣、それにウォームもありました」
「エルセリアとアンスロープはナシか...」
「最終的には現場で確認しないとダメですけれど、少なくとも帳簿上には存在していないですね。ただ、他のどの情報と突き合わせても中身に関する記述が分からないガラス箱が一つあります」
『一つ』か・・・三歳程度の幼子なら、ガラス箱を余計に使うよりも母親と一緒に入れておく方が良いだろうね
「...それはつまり、リリアちゃん親子、かな?」
「恐らくは」
「いつ出たのか分かるかい?」
「それが帳簿上では、このガラス箱は『空』になっていないんです...例えば他にグリフォンが三頭いたという記録がありますが、こちらは箱から出したことが明記されています」
「ポリノー村のヤツか...」
「はい。ポリノー村で御兄様に討伐された三頭だと思います。他に数百頭の魔獣を一気に出した記録などもありますが、中身の不明なこの箱については棚卸しと言うか...状態の記録がありません」
うーん、その箱の中身はリリアちゃんとは全く関係なく、今もエルダンの地下に眠ったままなのか、それとも、すでに母子ともども箱から出されていることが記録されていないのか・・・
シンシアが手に持った魔帳の表面に映し出されている文字をこちらに見せながら説明してくれる。
「詳細は省きますが、この帳簿の年月日の記述が私の知っているどの暦とも違っていたので、正確には測れないのですけど、グリフォン三頭が出された時と、三桁の数の魔獣が二回に渡って出された時を基点にして日にちの経過を推測してみました」
パルミュナが牧場の罠に嵌まった直後と、アプレイスに会う直前の二回か・・・
うん、詳細は省いてくれて構わない。
むしろ省いてくれた方がいい。
だって俺とパルレアは説明されても、きっとちんぷんかんぷんだからね?
「その結果ですが、『不明』なガラス箱の状態記載が最後に行われたのは、およそ八年ほど前だと考えられます」
「そう来たか...」
やはり八年前にリリアちゃん親子は何らかの理由でガラス箱を出て、冬の山を東に向かったらしい。
そして意図的なのかどうか分からないけど、その時点からガラス箱の内容確認が行われていない。
つまり中身が入っているのか空なのか不明・・・いや違うな・・・『空になっているとは確認されていない』っていう表現が正しい気がする。
あの部屋を管理していた錬金術師のホムンクルスが脱走を手引きしたのか、それとも、うっかり逃がしたミスをエルスカインに覚られないように誤魔化そうとしたのか、もっと別の原因があるのか?
・・・いまの時点ではなんとも言い難い・・・が。
「コレは俺の空想なんだけどな?」
「はい」
「根拠は無いんだよ?」
「御兄様のひらめきに根拠など必要ありません」
「あ、いや、嬉しいけど反対意見も欲しいからね?...それはともかく、八年前から中身が不明なガラス箱『だけ』在庫確認が行われていないって言うのは、偶然じゃ無くて意図的なものだって可能性が高い」
「ええ、私もそう思います」
「で、話は変わるけど、あの転移魔法陣の罠を抜き取った時にマリタンが『不思議』だって言ってただろ? 『罠の魔法陣が作動するのは二回目のような気がする』ってさ」
「あっ!」
「うん。仮にだけど本当に二回目だったとしたら...理由はともかく、一回目に魔導書を開いて罠を起動させたのがリリアちゃんの母親だったとしたら...話の辻褄が合うような気がするんだ」
「そうですね...それで、あの大広間脇の檻に転送されて、偶然、檻の鍵が開いていて...ありえますね...」
「普通は中身が入ってない檻に鍵は掛けないんだよ。新しくなにかを入れる時に面倒だからね。だから俺はフードの男達を罠に掛ける時に、ワザワザ外から檻に鍵を掛けたんだ」
「なるほど!」
「錬金術師は習い性というか自分のスタイルとして机に罠を置いたけど、外から誰かが入ってくるとは思っていなかった。だから...それはあくまでも、もしも不埒な身内がいたら『懲らしめる』ため、ぐらいの気持ちだったんだろう」
「ところが、その罠に掛かったのはバシュラール親子だった。鍵の掛かってない檻に転移したから、誰もいない大広間をそっと抜け出して地上へ出たと。そして、そのまま山の中に走り込んで...」
「そういうストーリーだよ。有り得そうに思えるかい?」
「とってもありそうです!」
「リリアちゃんとバシュラール家のペンダントについては、かなり手掛かりに近づいた気がするけど、なぜ八年前に目覚めたのかは分からないし、そもそも何者なのかも分からない。やっぱり決め手が足りないな。パズルで一番大切なピースがずっと空白で残ってるような感じだ」
「そうですね。私も御兄様と同じ印象です」
「エルスカインとの関わり具合が見えないっていう感じか...」
「ええ、だからこそ、あのペンダントとリリアーシャ殿のオーラは、とても重要なことだって思うのですけれど」
「分かるよ。言っちゃあなんだけど、もし『どうでもいいこと』だったら、もっと早くに全容が分かってるか、あるいは俺たちも気にしなくなってるか、だろう。そうじゃないからこそ、魚の骨が喉の奥に引っ掛かってるかのように違和感が残り続けてるんだ」
シンシアがゆっくりと頷いた。
そこに『何か』はあるのだけど、それが何か見えてこない。
周囲を埋める要素は少しずつ出てきてるのに、いまだに中心にあるモノがなんなのかは霧の中、だ。
「この件もヴィオデボラ島に行けば何か分かるかも知れない。とりあえず鍵になるペンダントとリリアちゃんの『オーラ』は俺たちの手元にあるんだし、シンシアとマリタンがエルダンの帳簿を解明してくれたから大助かりだよ」
「分かったことは多くありませんが...」
「いや十分さ。シンシアとマリタンは、奴らの『記録の付け方』を理解した訳だろ? もしも他にそう言う記録や帳簿を見つけることが出来たら、分かってくることも多いと思うね」
これから古代の遺跡、しかも敵の配下がウジャウジャいる場所に乗り込もうって言うんだからね。
素晴らしく頭脳明晰なシンシアと、実際に古代に生まれていたマリタンって言う『最強の解読コンビ』がいるなら百人力だ。
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