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第七部:古き者たちの都
二人の魔道士
しおりを挟むさっそくシンシア、パルレアとタイミングを合わせて離宮の地下に跳ぶ。
問題なければ、すぐに二人のローブの男が結界にくるまれた状態で送り込まれ、続いて追ってきたパルレアが彼らを結界から引きずり出す予定だ。
俺とパルレアが去った後に残るのは、見えない銀ジョッキだけ。
目を覚ました彼らは、自分たちが精霊魔法の転移門でエルダンから送り返された事など露知らず、錬金術師の残した罠が暴走したと結論づける・・・はずだ。
ヤキモキしながら少し待っていると、前回の侵入時にパルレアが張っておいた転移門の上に、奇妙な球形の幻が浮かんだ。
不可視の結界とはチョット違う、透明なガラス玉の幻みたいだ。
と、その幻が部屋の中央に押しやられ、続けて転移門の中心にはパルレアが浮かんでいた。
「来たかパルレア、問題ないか?」
「ダイジョーブ! いま、そいつらを引っ張り出すねー」
パルレアが球体の幻に手を向けると硝子が曇るようにして、中にローブの男が二人、膝を抱えて縮こまるようにしている姿が浮かび上がった。
銀ジョッキを引き出した時と同じように、パルレアが光の綿毛にその二人を包んで結界から引っ張り出してくる。
少しの動きの後、ドサリとローブの男達が床に落ちた。
二人ともまだ気を失ったままだ。
「これでカンペキ!」
「良くやったぞパルレア!」
「ほめてー!」
「おう、もちろんだ。とにかくまずは宿屋に戻ろう」
「はーい」
パルレアが革袋に飛び込むとすぐに宿屋に転移する。
すでにシンシアも『銀ジョッキ』の本体と一緒にエルダンから戻って来ていた。
「御兄様、いま銀ジョッキとの再接続が終わったところです」
「お、早いなシンシア!」
「はい、二回目なので少し慣れました」
見る間に箱の上に写し絵が浮かぶ。
ローブの男達も目を覚ましたのかモゾモゾと動き始めたところだ。
『おい、大丈夫か?』
『ああ、良く分からんが酷い目に遭ったな...』
身体を起こそうとしている男達の声が箱から流れてくる。
『あれは...あの牢獄はエルダンの大広間の脇だったな?』
『間違いない。魔獣の一時置き場だ』
『あの錬金術師め、とんでもないところに罠を繋いでいやがった』
『片付けが終わって魔獣が入っていなかっただけマシだがな』
『仮に入れてあっても支配が掛かっているだろう?』
一人がそう言うと、もう一人が顔を上げて相手をまじまじと見た。
『ではお主、支配が掛かっているなら獰猛な魔獣と同じ檻の中にいて寛げるか? あるいは魔獣の死骸と一緒でな』
『うむ...無理だ』
『であろう?』
『しかし、思えば何故エルスカイン様は今さらエルダンの再建を命じられたんだろうな...俺はすっかり、あのまま放置するのだろうと思い込んでいたが』
『分からんが、大広間を使うアテが出来たのであろうよ?』
『またドラゴンか?』
『恐らくな』
『もう一度ブレスで破壊し尽くされて終わるのでなければいいが。あの量の瓦礫をどうこうするのは二度とご免だぞ』
ん? いまの言い様だとドラ籠は吹き飛んだように思えるな。
それで、もう一度エルダンの大広間を改修して、今度こそドラゴンを支配できるように強固にして再チャレンジを狙っていると言うところのようだ。
なかなかしつこい。
そして、この二人はドラ籠のコトについては何も知らないような口ぶりだ。
所詮、この二人も『現場要員』か?
『文句を言っても始まらん。エルダンの人員が全員消えた以上、当面は儂らが面倒を見るしか無かろう』
『それはいいが、錬金術師は転移門の造りが滅茶苦茶だったろう? お陰で俺たちがこのざまだぞ。エルダンの面倒を見るのはいいが、錬金室の中身や、アイツらの造ったモノにはあまり触りたくないな』
『全くだ。エルスカイン様の教えを受けたとは思えん...』
『そう言えば、あの魔法陣を描いた紙が無くなっているな』
『転移門が暴走した時に消失したのであろう...むしろ幸いだ。また暴走したら次も無事に戻れるとは限らんからな』
『おお、それもそうか...』
『あんな思いは懲り懲りだな。あやつ、転移門の造りは粗雑なクセに精神攻撃と魔法阻害だけは、ご大層なモノを組み込みおって』
『どう報告すればいい?』
『証拠となる魔法陣も消えてしまったし、何が起きたのかは説明のしようが無い。エルスカイン様に知らせる必要もあるまいて』
『そうだな...ああ、そうしよう』
あの二人は、自分たちの失態がエルスカインに知られないように報告しないつもりだろうけど、俺たちにとっては有り難い事に『罠をかけた』ことを揉み消して貰えたってワケだ。
『いまからどうする?』
『時間の感覚が怪しいが...感じている通りならいまは夜中のはずだ。儂は王宮に戻って休む。今日と明日はもう何もしたくない』
王宮に戻る、か。
コイツらは宮廷魔道士なのかも知れないな。
実際、王をホムンクルス化して生きながらえさせているのなら、宰相や将軍よりも魔道士を仲間に引き入れておく事の方が重要だろう。
『同意だ。だがいま外の様子がどうなっているかに確信が無いな。一応、地上の様子を窺ってから転移するとしようか?』
『そうだな。これでもしも地上が真っ昼間だったら儂は昏倒しそうだ』
『俺もいったん工房に戻るとするか』
『うむ。明後日、またここに戻ろう。エルダンの復旧は終わったし、指示通りの新しい魔法陣も設置できたのだから、エルスカイン様への報告はそれからでも問題なかろうよ』
『明後日の午後はヴィオデボラからの最初の荷が工房に届くはずだ。俺はそれを確認してからここに来ることになるから、恐らく夕暮れ近くになるだろうと思う』
待て待て待て、いま『ヴィオデボラ』と言ったか?!
『構わん。儂もずっと休んでおったから宮廷の野暮用が溜まっている。身体が空くのは似たような頃合いだ』
「御兄様、いま、一人の男が『ヴィオデボラ』と!」
「ああ、俺にも聞こえたよ!」
「まじかよライノ。普通ここでその名前が出るか?」
「だよなあ...」
『ヴィオデボラ』・・・ガラス箱に印字してあった工房の所在地だ。
そして恐らく、現在は『ウルベディヴィオラ』という名で呼ばれている古い港町のはず。
重要なヒントだと思っていたし、ガラス箱の秘密、ひいてはリリアちゃんの出自に迫るためにも、一度は訪れたいと思ってはいたけど・・・
『ところで、あそこの発掘は順調なのか?』
『予定通りに進んでいると聞いている。今回運び込まれるのは別枠だが、目当てのモノが見つかる可能性は高いらしい。とは言え、目標に辿り着くにはまだ日数が掛かりそうだがな』
『そうか。何がどう必要なのかは分からんが、エルスカイン様の予定通りにことが進むなら、儂らにとってそれ以上の情報などいらぬ』
これは・・・間違いなく『並んだ』な。
『並んだ』って言うのは師匠の言い方なんだけど、魔物や魔獣の討伐調査なんかで、紐を引っ張って引き抜くかのように、ある手掛かりから次の手掛かりへと次々と手繰っていける状態になる事を言う。
別の人は『地中に芋の実った蔓を引き抜くように』とも言っていた。
それが起きる理由は分からないけれど、一度その状態と感じたならば、必要な事は『絶対に手を離さずに、手掛かりの絡まった綱を引っ張り続ける事』だ。
俺は師匠からそう教わった。
「シンシア、銀ジョッキをあの男の後にくっ付けさせて、一緒に転移門を潜らせる事は出来るか?」
「人族の転移門ですから可能だと思います」
「よし、工房に行くと言っていた男の後を付けさせてみてくれ」
「やってみます!」
ローブの男達は『エルスカインに報告する』と言っていた。
って事は、転移先で直接会って話をしたりするんだろうか?
・・・いや、そうとは限らないか。
「マリタン、この銀ジョッキには絵姿と音を魔力の波に乗せて送ってくる古代魔法を応用してると言ってたな?」
「ええそうよ。兄者殿」
「本来はどんなことに使う魔法なんだ?」
「えー『覗き』じゃ無いのー? ジュリアス卿と姫様の寝室とかさー!」
「パルレアうるさい」
脇に浮かんでいるパルレアの頭頂部に、指先だけで軽く手刀を叩き込む。
「いったーい!」
まったく・・・銀ジョッキの操作に『集中してる風を装った』シンシアの横顔が、耳まで真っ赤だぞ?
もう少し姉としての風格というか上品さを持ってくれ!
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