なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第七部:古き者たちの都

<閑話:ある村長の独り言>

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僕は『村長』という役割って言うか肩書きを引き受けたけど、実際に村人達を取り仕切るのは長老達とオババ様がいるし、長老達も『村人同士の揉め事には関わらなくていい、それに外部とのやり取りも引き受ける』って言ってくれたから、日頃は『村長』ってことをそれほど意識しないで済んでる。

あとは普通の村だったら税金を集めて領主に献上するとか、来年の畑の作付けについて決めるとか、各集落ごとの分担について相談するとか、そういう諸々の『村の運営方針』みたいなことをとりまとめる役目が村長の責任かな?

でもノイルマント村の場合は、まず税を領主さま・・・つまり兄貴に収める必要が無い。
もちろん兄貴も税を公領地長官・・・つまり自分の奥さんに上納したりしないから問題ない。

このド・ル・マント男爵領で取れたものは、キャプラ公領地の生産物としてカウントされないから、そもそもミルシュラント公国への納税枠が無い。
これはノイルマント村が特別扱いされている事に加えて、『一定規模以下の先住単独種族の集落は非課税』っていう公国の原則があって、それを拡大解釈したって事らしい。

僕らは先住民じゃ無くて移民だけど、そこはホラ、大人の事情ってやつ?
ミルバルナからの移民を歓迎するって建前で大量の食料も寄贈されてるけど、それはそれ、これはこれ・・・

あと、単独種族っていうのもリリアやフォブさんのことを除け者扱いしてるんじゃ無くて、別の種族が全人口の二割以下だったら問題ないらしい。
ノイルマント村の場合は、人間族やエルフ族とかが百人くらい住んでも大丈夫かな? わざわざ来る訳ないけど。

ともかくノイルマント村に、税に関する村長の仕事は無い。

領地と領主としての関係で言えば、エマーニュさんこと『フローラシア・エイテュール・リンスワルド子爵』は、ダンガ・ド・ル・マント男爵にとっての『寄親よりおや』になる。
だけど兄貴はエイテュール家に婿入りしてるから、『ダンガ・ド・ル・マント・エイテュール・リンスワルド子爵』ってのが現在のフルネームだ。
子爵家の婿になったから子爵を名乗っていいけど、自分に叙爵された男爵位も消えた訳じゃないから、両方名乗っていいんだって・・・
で、『寄子よりこ』であるダンガ・ド・ル・マント男爵家の寄親は自分たち夫婦自身って事らしい。

意味が分からないよ。
ホント、貴族ってなんなの?

ああ、でも貴族の悪口を言うつもりはこれっぽっちも無いよ?
そもそもノイルマント村があるのは、リンスワルド伯爵とジュリアス卿のお陰だもの。
ただ、庶民にとっては謎のルールが多すぎるってだけで・・・

それに今は兄貴も貴族になっちゃったし、義理の姉は生粋の貴族なんだから。
兄貴が、以前の御領主さま『モリエール男爵』と同じ男爵さまだなんて笑っちゃうけどね。
村の長老から、『おーいダンガ、さま?』とか呼びかけられて、『さま付とかゼッタイ勘弁して下さいよっ!』とか騒いでるし。
その姿を笑ってたら、兄貴から『お前だって男爵家当主の弟なんだから世間的には貴族の一員だぞ? 俺にもしもの事があったらお前が当主だ』って言われて頭が凍り付いた。

まあ、兄貴もなんだかすっごい苦労してるっぽい。

さっきのフルネームだって、相手によっては『エイテュール・リンスワルド子伯・ダンガ・ド・ルマント男爵』って名乗るとか色々変える必要があるらしくて、いっときは混乱した兄貴の目が光を無くしてどんよりしてた。

エマーニュさんが色々とカバーしてくれるから大きな問題は無さそうだけど、驚いたのは村への訪問者が多いこと。
これは予想外。

本当なら兄貴とエマーニュさんはリストレスの街にあるキャプラ公領地長官邸で暮らすはずなんだけど、なんだかんだ理由を付けてノイルマント村に居続けてる。
しかも、兄貴がワガママ言ってる訳じゃ無くて、むしろエマーニュさんの方がリストレスに戻りたくないらしい。
理由は『ノイルマントでの暮らしは毎日ワクワクして楽しいから』だそうだけど、そのせいで、リストレスにいないエマーニュさんと兄貴を尋ねて色々な人がやって来る。

正式な結婚式を挙げていないとは言え、そこはまあ『なにか事情があるんだろう』くらいの理解で貴族社会では特に気にされないらしく、それよりも『結婚した事へのお祝いを述べる』という建前で顔つなぎに来る人がひっきりなし。
ミルシュラントでは貴族も商人も役人も、誰も兄貴のことを知らないから、顔を見てみたい、出来れば知己になっておきたい、あとリンスワルド家は無理でもド・ルマント男爵家の御用商人になれないかなぁ?・・・と言った思惑なんだそう。

なんと、これに素早く反応したのがオババ様。

『ほんな、例え仮住まいでも掘っ立て小屋に御領主さまを寝泊まりさせとるとか、村の沽券に関わるわ!』とか意味不明なことを言い出して、そして言い出したら止まらないいつものオババ様で・・・

アッと言う間に兄貴とエマーニュさんの家を立てる話になってた。

それを聞きつけた騎士団フォーフェン分隊長のローザックさんやウェインスさん、スライさんにフォブさんまで集まり、お祭りの準備でもするかのようにワイワイガヤガヤと盛り上がって、一気に建築計画が進んだ。
兄貴は『どうせ使わなくなるんだから家なんかいらないよ?』とか言ってたけど蚊帳の外だ。

まあ、才能のある人達が集まると、アッと言う間に凄いことが出来るもんなんだなあと・・・

++++++++++

旧ルマント村では、村内がいくつかの集落に分かれていて、それぞれの集落のリーダー達が集まって長老達と意見を交わし、村でのことを決めていた。
ただ、いまのノイルマント村は絶賛開拓中って状態だから、以前のように住んでる集落のエリアで分けてたグループはなんの意味も無いし、仮に分けてもこれからドンドン変わっていく。

だから開拓作業の内容ごとにグループを作って、それぞれに誰かリーダーを立てて貰うことにした。

例えば『炊事班』のリーダーはトレナさんだ。

正式な住民じゃ無いとかは関係ない。
むしろトレナさんがリーダーをやってくれなかったら大勢の女性達が泣く。
いや、実際に『村民じゃ無いから』と辞退しようとしたトレナさんを泣き落として引き留めてリーダーになって貰っているって言うのが正しい。

たぶんエマーニュさんが裏で手を回したんだと思うけど、結局、婚約者のサミュエルさんが伯爵家から臨時派遣された『ノイルマント村警備主任騎士』に任命されて、トレナさんも正式に伯爵家から派遣された『食事指導員主任』って事になった。
エルケさんとドリスさんが補佐。
これで村にいる大義名分が付いたので引き受けて貰えることになったわけ。

あと『託児班』・・・そんな概念というか仕事というか、それ自体がノイルマント村を立ち上げるまで存在してなかったけど、これまでは集落の中で個人同士が融通し合っていた子育ての手伝いを村全体でとりまとめることになった。
これはレビリスさんと姉貴が言い出したことだから、自然と姉貴がリーダーって事に。
だけどレビリスさんもハーフエルフだから、子供をみんなで育てるていうエルフの村でのやり方は良く知っていて、外の世界のことをあまり知らない姉貴の代わりに、フォーフェンにある孤児院って言う施設の人から話を聞いて必要なモノを揃えたり、年齢の違う子供達をどうやってまとめて面倒見るかとか、そういうことをとりまとめてくれてる。

『牧場班』のリーダーはシャッセル兵団のスライさん。

だって、ルマント村では荷馬車を牽かせる数頭の馬くらいしか育てたことがなくて、牧場とか存在してなかった。
肉は森で狩ってくるもので、羊を育てるとか常識の範疇外・・・ライノさんが荷馬車ごと連れてきた大量の馬たちや伯爵家と大公家から贈られた沢山の羊と牛たちも、何をどうしていいのか誰も分からない。
見かねたスライさんが食糧輸送をシャッセル兵団の部下に任せて、牧場の管理を買って出てくれたお陰でなんとかなったって感じ。

そして、一番人数の多い『開拓班』はウェインスさんがリーダーだ。

ウェインスさんも最初は自分がリーダーをやるつもりなんてサラサラ無く、ただ、あちらこちらを遍歴してきた経験で、様々な土地での開拓村の実情や問題に詳しいから色々とアドヴァイスをしてくれていた。
それに、だいたいが魔獣が出るような土地ばかり歩いてきた訳だし、一人で何でも出来る人だから、村から一歩も出たことがない奴の方が多いアンスロープの男達よりも圧倒的に頼りになる。
で、これも全員一致で懇願されてリーダーに。
畑関係も作りたてだから、今のところは開拓班の領分だ。

他にもフォブさんを中心にした『資材調達班』とか、本来はスライさんがリーダーだった『物流輸送班』とか、実質的にエマーニュさんが計画管理を引き受けてくれている『備蓄管理班』とかもあって、これらのリーダーも追々アンスロープの誰かに引き継がせていくって話で教育中。

ともかく、どのグループもベテランと専門家が揃っていて、若い村長が口を挟む必要なんか欠片もないのがマジ有り難い。

実はもう一つ大事なグループがあるんだけど、これだけは僕の主導で、なんとしても必要だと言い張って人を集めた『狩猟養殖班』ゲーム・アンド・フィッシュだ。

みんなからは『なんで森での狩りと魚の養殖が一緒なんだよ?』って聞かれて、その理由を納得して貰うのには凄く手間が掛かった。
いまでも、大抵の人は納得してるって言うよりは『そう決まったから』くらいのもんだと思う。
まあ、兄貴も後押ししてくれたからね。

でも、どちらも生き物を相手にしてて、それを食べ物として利用するワケで・・・

生き物だから獲りすぎれば減るし、ある程度以上減れば増えなくなる。
そこから増やすのには凄く年月が掛かるって聞く。
森の獲物の鹿や猪やウサギや鳥も、いずれ湖で育てたいと思ってる魚も、みんな同じように先を考えながら手を掛けていかないとダメだと僕は思う。
だから獲りすぎないための仕組みがいる。

そしてどれも育てていくための『場所』が大切だ。
エマーニュさんはそれを『環境』って言ってたけど、住む場所がダメになったら生き物は育たない。

それらをとりまとめるのが『狩猟養殖班』だ。

生きる環境が大切なのは、獣も魚も、人だって同じだと思う。
この男爵領の中は、森や草原も、川や湖も、そして畑も村も、みんな『いい環境』にしていきたい。
ずっとずっと、いい環境を保てる暮らし方が出来るようにしていきたい。

それを考えることこそ、ライノさんに教えられた『村長の役目』だと思うんだ。
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