なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第七部:古き者たちの都

目隠しで跳躍

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「あの銀ジョッキには自立稼働する魔力を供給するために、高純度魔石が仕込んであります。それは探知魔法のためではありませんが、この『本体』との間で魔力波の接続を行うための目標としても機能してるんです」

「お、いけそうだな!」

「ただ、本来の目的が魔力波の接続であって、正確な座標を得る事では無かったので、精度に自信が無いんです御兄様」

「いやでも、跳ぶ事は跳べるんだろ? 十分じゃ無いか!」

「十分じゃありません! もしも計算した位置がズレてたりしたら、とんでもない場所に御兄様を送り込んでしまうかも知れないんです! 離宮は敵の拠点の中心部なんですよ!」
「まあでも、防護結界も不可視結界もあるしな?」
「それでもです! そもそも銀ジョッキは少し次元のズレた空間にいるんです。その事でどの程度の誤差が生じるのか、一度も確認した事が無いんですからねっ!」

こういうシンシアの感情的な物言いは久しぶりだな。

俺に嘘をつきたくないシンシア、出来ることを出来ないフリをしたくないシンシアと、俺を案じてくれているシンシアが葛藤している。
俺の事を心配してくれているのは痛いほど分かるし、ましてや自分のミスで俺を危険に晒したりしたら悔やみきれないという、シンシアの心持ちは嬉しい。

だけど、いまは『攻め時』なんだよ。

「心配してくれて有り難うシンシア。でも、今はチャンスだ。そして二度目は無いかも知れない。だから、少しばかり危険があってもチャレンジしてみるべきだと思うんだよ?」
「少し、じゃありません!...」

さっきは暴走した転移門に巻き込まれて、『無限牢獄』に取り込まれた二人を目にしたばかりだからなあ。
それもあって、もしもの事態に怯えているんだろう。

「ねえシンシア様、兄者殿。口を挟んでも宜しいかしら?」

「マリタン、俺たちに許可を得る必要なんて無いし、思いついた事があるなら、むしろ積極的に挟んで欲しいよ」
「そう? じゃあ言ってみますね。あの銀ジョッキが正確な位置を伝えて来れないかも知れないのは確かですわ。だって、そう言う目的では造られていないのですから、ね?」
「そうなんです、マリタンさんの言うとおりです!」
「ですが...」

お、今度はマリタンから『ですが』と来たぞ。
なにか秘策でもあるのか?

「ですが、それは座標の不正確さの問題よね?」
「ですから、それが一番重要な問題なのでは?」

「確かに銀ジョッキからの位置情報だけを頼りに転移すれば、シンシア様の憂慮している事態が起こりかねないとは思うのよ。次元がズレている銀ジョッキの位置は、常に正しいとは言い切れないから」

「今それを補正する事はムリですよマリタンさん。いったん回収して銀ジョッキを作り直せば、なにか工夫できるかも知れませんけど」

「ええ、それはシンシア様の仰るとおりよ。銀ジョッキだけに位置を決めさせるのなら、ね?」
「えっと、つまり?」
「シンシア様が銀ジョッキのズレを読み取って、常に手動で座標を補正し続ければいいのですわ。ズレが生じていても、常に動き続けていればプラスとマイナスは相殺される...平均値? そう言って伝わるかしらね?」

「ですけど、それでは御兄様が自分で跳ぶ位置を決めるのでは無く、私が決めた位置に問答無用で跳ばす事になってしまいます!」
「それはそうですわ」
「問題ないだろシンシア、手紙箱を送るとか転移メダルで集団転移させるのとそう変わらんって気がするんだけど?」

「全然違います! 跳び先に固定の転移門が存在してないんですから! 御兄様を跳ばさせるのは手紙箱を跳ばすのとはワケが違うんですよ!」

「まあそうなんだけど、シンシアが位置決めしてくれるなら俺には問題ないよ。むしろ俺が勢いで飛び込むよりいいだろう」
「でも...」
「頼むよシンシア。このチャンスを失いたくないんだ。あのローブの男二人が消えた事はすぐに露呈する。転移門が異常な状態で開いてる事も見つかるだろう。そうなったら、またエルダンも騒々しくなるかも知れないし、離宮の警戒は厳重になるよ? 離宮の中に何があるか、それを探るには今がベストなんだ」

シンシアが大きく息を吸って、溜息をついた。

「...分かりました。御兄様...」

ようやくシンシアが頷いてくれたか。
アプレイスに乗せて貰って、最初にアスワンの屋敷というか、アスワンの森に帰還した時のことを思い出すな・・・

あの時のアプレイスにとって、アスワンの施した目眩ましの結界の中を飛ぶ事は、『目隠し』をして空を飛ぶ事と大差なかったはずだ。
目に見えているモノが実体か幻かを判別できないんだから、真っ暗闇の中にいるのと大差ない。
なにも無いと思っていたところに山がそびえていても不思議は無いのだ。
それでもアプレイスは、耳元のパルレアの指示とタイミングを完全に信じて飛び続け、最後はまるで小枝に停まるかのように、フワリと見事に着地して見せた。

ましてや、俺がシンシアの指示を疑ったり戸惑うなんてのは、あり得ないね!

「とにかく一度跳ぶ事が出来れば、あの部屋でもどこでも、こっそり転移門を置いて帰る事は出来る。そうすれば次からは侵入し放題だぞ?」

「そいつは上手く行けば、エルスカインの拠点まで秘密の街道を繋ぐようなもんだなライノ!」
「それに、さっきの二人の会話じゃあ、罠の紙を持ち帰った事はエルスカインに報告されてない。だから俺が入った事が知られなければ、あの二人の失踪と俺たちを結びつける事がなにも無いからな」

「ねーお兄ちゃん、『俺』じゃ無くって、『俺たち』じゃないのかなー?」
「いやパルレアはここでシンシアのサポートを...」

「ブー、あの中途半端な転移門をなんとかしないといけないんですー。放置しておいたら、結局エルダンが騒がしくなるんですー」
「いやまあ、それはそうなんだけどな...」
「お兄ちゃんがシンシアちゃんの判断を信じて跳ぶなら、アタシだって同じ事なんですー」
「そう言われると反論できんだろ...」

「で、パルレア殿が離宮にある証拠を隠滅すれば、せいぜいエルダンで錬金術師が仕掛けた転移門の事故ってな事に出来るワケか?」

「まー、実際に事故だしー?」

++++++++++

とにかく、跳躍門に手紙箱と転移メダルの方式を応用し、シンシアが銀ジョッキを通じて確認というか規定した座標に俺たちを跳躍させる事になった。

本来は、『視認した位置』に転移する跳躍門なのに、『見えてない座標に目隠しで跳ぶ』、いや『跳ばされる』という荒技である。
言い出した自分でも乱暴だとは思うけど、シンシアが躊躇しながらでも出来ると言ったのだから、それは出来るのだ。

「御兄様、御姉様、銀ジョッキの位置情報は安定していません。この本体との繋がりで推測できる座標が、もっとも実体の正解に近いと思った瞬間に、お二人を転移させます」
「了解だよシンシア。任せた」
「シンシアちゃん、肩の力を抜いていこーねー!」
「パルレアはもう少し緊張しろ」
「えー!」
「冗談はともかくパルレアは大人しく革袋に入ってろよ。俺が呼ぶまで出て来ないようにな?」
「りょーかーい!」

「では始めます。座標が一致したと思った瞬間にメダルを起動させますから声を掛ける暇はありません。いつ、向こう側に出るか分からないつもりでいて下さい」

「問題ないよ、いつでもどうぞ、だ」

シンシアが銀ジョッキを操作し、本体のはこの上に映し出されている部屋の中の風景が目まぐるしく変わり始める。
説明を聞いても理屈は良く分からないんだけど、銀ジョッキの位置を常に変え続けた方が正解に近づく確率が高まる・・・らしい。

精神を集中させたままで、そのまましばらく待ち続け・・・気が付いた瞬間、俺は銀ジョッキがいるはずの部屋に立っていた。
成功だ!

すぐに周囲を見渡すけど誰もいない。
もちろん銀ジョッキの姿も見えない。
多分、実はすぐ近くに銀ジョッキが浮かんでいて、シンシアが固唾をのんで俺の姿を見つめているんだろうけどね。

とりあえず安心させるか・・・

< シンシア、無事に潜入したぞ。部屋には誰もいないし、妙な気配も無いな >
< 良かったです御兄様! > 
< 俺の位置は『方位の魔法陣』で調べられるよな? >
< はい! >
< じゃあ、時々確認して記録しておいてくれ。あとで位置を突き合わせたら、この部屋や離宮内の位置関係が少しは分かるかも知れん >
< わかりました! >
< パルレアも出てきていいぞ。透明化したままでいろよ >
< はーい >

不可視状態のままでピクシー姿のパルレアが革袋から飛び出し、いつものように俺の肩に乗る。

不可視状態の結界に包まれた俺とパルレア、それに実際にはこの場におらず、遠くから次元の狭間にいる銀ジョッキを操っているシンシア・・・見えない三人組で敵の拠点を探索開始だ。
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