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第七部:古き者たちの都
無人のエルダン
しおりを挟む屋敷の地下に戻ったシンシアが、もはや手慣れた様子で『銀ジョッキ』を起動させる。
「では早速参ります!」
浮き上がった銀ジョッキ結界の中に送り込むと、すぐに箱の上に檻の中の情景が浮かび上がるが、ぱっと見で前回と変わった様子はなにも無い。
「大広間に出ます」
シンシアが銀ジョッキを操作して大広間を調べて回る。
広間と繋がっているいくつかの部屋もすべて調べたけれど、瓦礫は綺麗に片付けられてはいるものの人の気配は無い。
真新しい転移魔法陣もそのままだ。
「だーれもいないのねー」
「前から感じてたんだけど、なんて言うかさ、エルダンの地下って『生活臭』がしないよな?」
「だって、ホムンクルスしかいない場所だもん」
「それもそうか」
魔力さえ供給されていれば活動出来るっていうのは、便利と言えば便利だな。
そこはアプレイスやマリタンも同じだけど。
「このままガラス箱の方に向かいますね」
「ああ、相手から見えないとは言っても慎重にな?」
「はい」
階段を降りて長い廊下を通り抜け、ガラス箱の保管室へ到達する。
入り口の扉は閉まっていたけど、向こう側の空間にとっては実体がないお陰でどこでもすり抜けられる銀ジョッキには問題なしだ。
銀ジョッキが閉まったままの扉を通り抜けて広い空間に入ると、整然と並ぶ無数のガラス箱が見える。
そのままシンシアは勝手知ったる様子で錬金室へと銀ジョッキを進ませた。
両開きの扉をすり抜けて室内へ入ると真っ暗だ。
あー、それもそうか。
あの部屋の中って、扉を開けて誰かが中に入ると明かりが点くような仕掛けになってたからな。
銀ジョッキは実在しないのと同然なので検知されず、よって照明も点かない。
「まっ暗ー!」
「それは仕方ない」
「実際真っ暗で何も分かりませんけど、誰もいないという事は確かですね!」
「まあ、いないと分かれば十分か」
「はい。念のためにガラス箱置き場全体も、銀ジョッキにぐるりと一周させてみます」
そう言ってシンシアが銀ジョッキを引き戻す。
確かにこれだけ広い空間だと、万が一奥の方で一人や二人作業していても入り口からは気配も分からないだろうからね。
「改めてみると凄い数だよなあ。これ全部見て回る必要があったら途中で心が折れそうだ」
「ってゆーかムリ?」
「あの魔帳が手に入って本当に良かったです。アレの内容もできるだけ早く調べたいんですけど、手が追い付かなくて...」
「それは気にする事ないさ。いまは目の前で動いてる連中を追うのが優先だ」
部屋の外周に沿って銀ジョッキを進ませていくが、視界に移る動きは何一つない。
いまは無人と判断して良さそうだ。
やっぱりエルスカイン陣営の人手不足問題は深刻な気がする。
そりゃ、登用条件が『ホムンクルス化を受け入れる事』となれば、誰にでも声を掛るって訳には行かないだろうし・・・
あ、そうか!
錬金術師がいなくなってホムンクルス造りが滞っているだけじゃなく、現場要員の魔法使いがいなくなったってコトは、ポルミサリアの彼方此方から新しい人員を引っ張ってくる手も無くなってるってコトだな。
まさにダブルパンチ。
秘密保持や指揮のしやすさを重視してギリギリ最低限の員数に抑えてると、何か予想外の状況が生じた時には、とたんに対応が出来なくなるもんだよね・・・
それはつまり、こちらにとっては攻め時ってワケだけど。
「どうやらガラス箱の周辺にも誰もいないようですね御兄様」
「これなら大丈夫だろう。銀ジョッキを戻そう」
「それでシンシアちゃん、この『氷漬けの罠』をどーするの?」
「えっと、まず銀ジョッキを元の檻の場所、つまり転移門の開いた位置に戻して待機させます。もしもあのローブの男達が転移門を開いたら、それは檻の中の同じ転移門と繋がる事になりますから、二つの転移門が次元をズレた状態のままで連結される訳です」
「うんうん」
「上手く連結されたら、即座に銀ジョッキを離宮側に突入させて、同時にこの罠を氷漬けのままでエルダンへと送り込みます。そうすればもう、彼らにどんな技があってもこの屋敷を辿れる痕跡は何一つ残りません」
「けどさー。そーしたら銀ジョッキとの魔力連結が切れちゃわない?」
「転移門経由では切れてしまいますけど、同じ空間で近くにいれば再接続できるように思うんです」
「え、えぇっとー...?」
「つまり、この『銀ジョッキ』の本体を稼働させたままで私たちと一緒にソブリンの宿屋へと転移します。罠をエルダンに送ったあとは元の転移門が使えますから魔力も十分です。魔道具を稼働させたままでも問題ありません」
「あの宿屋は離宮から近いからな。実空間的に十分に近ければ、ズレた次元のままでも本体が銀ジョッキと再接続できるってワケか。その上、仮に奴らが未知の手段で銀ジョッキの来た経路を追えたとしても、それはエルダンの地下にあるって事になるんだろ?」
「ほぇー...」
「もちろん絶対とは言えませんけど」
「試してみる価値があるなら十分だよシンシア!」
「ねー! ホントにシンシアちゃんってマジで可憐な天才っー!」
「もう、御姉様まで!」
「ただ、エルダンに転移門を送り込むって言うと...錬金室はガラス箱が周囲にある事を考えると危険だから、大広間の階段下か」
「送るならそっちよねー」
「あそこなら、何かあってもガラス箱にも大広間の魔法陣にも影響が出なくてすみそうに思えますけど?」
「そうだけど...ちょっと考えたんだけどな、罠の転移門は『檻の中』に開いてる訳だよな。転移門自体もそこに送り込んだ方が、偽装としては自然な感じじゃあ無いかな?」
「転移門の開いているところに転移門を送るんですか?」
「だってパルレアが送り込む手段は、あくまでも精霊魔法の転移門だから、人の『橋を架ける転移門』とは干渉しないだろ?」
「それはそーねー」
「なるほど...御兄様の仰る意味は分かります。罠が発動して檻の中へ...ローブの男達はいるはずの虜囚を引き出そうと檻を覗き込む...そうですね。ありだと思います」
「よし、だったら俺が今の内にエルダンへ跳んで、檻の中に転移門を開いてくるよ。パルレアはその位置を確認して、いつでもこの罠を吹っ飛ばせるようにしておいてくれ」
「りょーかーい!」
「お気を付けて御兄様、誰もいないとは思いますが絶対とは言い切れません」
「おう、了解だシンシア」
早速、エルダンの大広間下に残して置いた転移門に跳んだ。
階段を上ると、大広間は最初に侵入した時と同じ程度の薄暗さというか薄明かりだけど、あれほど積み重なっていた瓦礫が綺麗に撤去され、いまはそこに鮮やかな転移門の魔法陣が描かれている。
なんとなく嫌な気分がするので魔法陣を踏まないように大広間の周囲を壁に沿ってぐるりと回り込み、檻のあるはずの部屋に入り込んだ。
その奥、最初にパルレアと踏み込んだ時には吹き飛ばされた扉が貼り付いていたところは確かに通路の入り口だったけど、いまは綺麗に片付いていて、その向こうにはいくつかの檻が両脇に並んでいる。
シンシアの予想通り、任務前や帰還後の魔獣を一時的に入れておくような場所だったんだろう。
さっそく銀ジョッキが出現したはずの檻を探しだして中に転移門を開く。
用が済んだらサッサと屋敷に戻るだけなんだけど、ふと思うところあって、いったん檻の外に出て扉に鍵をかけた。
何も入ってない檻に鍵が掛かってる不自然さには目をつむるとして、こうしておけば、転移門を開いた檻の中を誰かに確認されるリスクが少し減るだろう。
外から鉄格子の中を視認して跳躍し、さらに檻の中の転移門から玄関ホールに転移して二人のところに戻った。
「転移門を檻の中に開いてきたよ。後はローブの男達が転移門を開くのを待つだけだな。一日待って駄目なようなら、諦めて次の手段を探そう」
「はい御兄様」
「銀ジョッキの操作はシンシアじゃないとムリだし、この罠をエルダンに送りつけるのはパルレアにやって貰わないと駄目だよな。二人にはここで待って貰って、俺は一旦宿屋へ戻るよ。ミュルナさん達が徴税ゴーレムの情報を持ってきてくれるかも知れないし」
「分かりました。ここで御姉様と二人で待機しますね。いつ私たちが宿屋に跳ぶかは分からないので、床の転移門の上は空けておいて下さい」
「分かった。パルレアは甘いモノやエールはいるか?」
「いるー!」
「よし、待ってる間に座ってる椅子とテーブルも欲しいよな」
「それは私が持っていますから大丈夫です」
シンシアが小箱からソファとテーブルを出したので、そこに適当に見繕ったデザートとエールの小樽を置いて地下室を出る。
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