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第七部:古き者たちの都
『銀箱くん』再び
しおりを挟む「ですが御兄様、少しだけ不自然ですよね?」
ミュルナさんに合わせたのか、シンシアも小声になってボソボソと喋っている。
「えっと、何が不自然なんだいシンシア?」
「並んでいる入市希望者の列を見ると、発行されるトークンの数は物凄いと思います。先ほどは、係員が期限切れで回収箱に入れられたトークンらしいものを、あの徴税ゴーレムの後ろから注ぎ込んでいるのが見えました」
うん、やっぱりシンシアもアレをゴーレムと言い出したな。
「つまり徴収器の中で、魔銀プレートの刻印を打ち替えてるってことか」
「ええ、ですが入市した門と退出する門が同じだとは限りません。で有れば、あの回収箱には各門に置かれた徴税ゴーレムが発行した期限切れトークンが、雑多に入っていたはずですよね?」
「そうなるな」
「魔銀のプレートに魔力で刻んだ刻印は改ざんできません。魔導機械と言っても個体ごとに波動は微妙に異なると思いますから、他の徴税ゴーレムが発行したプレートの刻印を打ち替えるのは難しいと思うんです。もし無理にやろうとすれば刻印自体が崩れます」
「だったら、一度プレートを中で溶かしてインゴットに戻してるんじゃ無いのかな?」
「ですよね」
「それって不自然かなあシンシア? 十分に大きいだろアレ。中にそれぐらいの機構が収まってても不思議じゃ無いと思うけど」
「いえ、サイズの問題では無く、そんな大掛かりな仕掛けを魔石で動かしているとしたら割が合いません。ざっと想像すると、入市税を徴収しても魔石の費用で一割程度は持って行かれるような気がします」
「んん...」
「折角徴収した税の一割が滞在証の発行費用で消えるとか、普通は馬鹿馬鹿しくてやっていられませんよ? 魔銀なんか使わずに人を雇って全部を手動にして、手書きの割符でも発行した方が全然割安です。人数を捌くには窓口を増やせばいいだけなんですから」
どういうことだろう?
シンシアの言うとおりだとすれば、ソブリン市の行政庁、いやルースランド王家は特に必要も無いのに、かなり贅沢な方法を取っているという事になるな・・・
「ミュルナさん、市内に住んでいる人の身分証って言うのも、ああいう徴収器で発行してるんですか?」
「はい、そう聞いております。金額と有効期限が違うだけだと」
「うーん、なんだろう...」
そんな話をしている間に乗合馬車は市壁の手前に到着し、俺たちも他の乗客と一緒に馬車から降りた。
ここからは街道を他の手段でやって来た人達と一緒に、入市者の列に並んでトークンを発行して貰う順番を待つ事になる。
「御兄様、徴税ゴーレムの前でのやり取りをよく見て下さい」
並んでいる人々の列に向かって歩きながら、再びシンシアがそっと話し掛けてきた。
シンシアに言われた通り、徴税ゴーレムがトークンを発行している様子をさりげなく観察してみる。
まず入市希望者が係員に代金を渡す。
係員が硬貨を確認し、場合によってはお釣りもそこで渡すようだ。
金額に問題なければ、その硬貨をゴーレムの前面の穴に投入し、それから入市希望者が手の平をゴーレムの前面に付いている黒い枠に押しつけると、その下からトークンが出てきたように見える。
・・・ん?
あの、トークンが出てくる直前の『黒い枠に手の平を押しつける動作』は、一体なんなんだろう?
それに数人のグループで入市税をまとめて払った場合でも、トークンは一人ずつ発行しているようだ。
「シンシア、なぜ手の平を徴税ゴーレムに押しつけてるんだ?」
「ここからでは分かりませんけど...もしかしたら、入市希望者一人ずつの魔力波動を、ゴーレム側で確認とか記録している可能性があるかも知れませんね」
「それって、各人のオーラを調べる的な?」
「そうです御兄様」
「マジか!」
「推測ですけど、そういう風に見えます」
もしもシンシアの推測通りだとすれば、あのゴーレムは単に徴税しているだけでは無くて、入市する『非居住者』すべての人の記録を取っている可能性がある。
それも、各個人を識別して追跡できる方法で、だ。
宿泊や大商いの時にトークンを見せる必要があるなら、その際に記録も取れるだろう。
つまり、ソブリン市内で誰が何処に行ったか、その気になれば手に取るように分かる訳だ。
「これは、なんだかマズい気がするぞ」
「ええ、いまは特にアプレイスさんが一緒ですし」
「だよなあ...」
仮にあのゴーレムがエルスカインの魔導技術を元にしているとすれば、それでオーラを調べられた時に、アプレイスが『人族では無い』事が露呈する可能性は捨てきれない。
パルレアは馬車に乗る前から俺の革袋に入って寝てるからいいけど、アプレイスはそういう訳にも行かないだろう。
行かないよね?
「どうするライノ? 人目が少ない時を見計らって、俺だけでも不可視化してシレっと通り抜けるか?」
「でも、結構ここって人通りが多いよな」
「誰にも見られないようにするなら少し離れないと。ですが、ここまで来て踵を返すのも不自然な感じがしませんか?」
「それもそうか」
「アプレイスだけじゃなくて、俺とシンシアだって精霊の気配があるよ。何処まで押さえられるか...って言うか、エルスカインの支配下にある魔道具がどの程度鋭敏かって話だからな。油断は出来ないだろう」
「ええ。私と御兄様も、精霊の気配を検知される可能性はあると思います」
「さすがに三人で消えるのは厳しいよな?」
「うーん...ミュルナさん、これまでコリガン族がトークンの発行でトラブルになった事はないですよね?」
「はい、それは無いと思います」
だったら、人間でもエルフでもコリガンでも、『人族』であれば問題は無いっていうことだろうが・・・
これはマズいな。
でもここでメダルの結界隠しを動かすと、一切のオーラそのものが掻き消されてしまうはずだ。
それはそれで、きっとダメなはず・・・いや待てよ?
「シンシア、いま『銀箱くん』は持ってるよな?」
「え、『銀箱くん』ですか? もちろん持っていますけれど...あっ!」
「うん。アレでなんとか出来ないかなと思ってな?」
「そうですね! いまの『銀箱くん』のオーラは乱数で発生させているので毎回変わります。逆に同じモノを出す事が出来ない状態ですけど、トークンは一度発行されれば良いので問題は無い...はずですね!」
「なあライノ、とりあえず作戦会議と時間稼ぎに、あそこの屋台に串焼きを買いに行こうぜ」
街道には入市者の列を目当てに、いくつかの屋台が出ていた。
俺たちはアプレイスの案に乗って、その中でも一際いい匂いをさせている串焼きの屋台に、まるで匂いにつられたような振りをしながらフラフラと三人で寄っていく。
ミュルナさんにはそのまま列に並んで市内に入って貰い、後で合流だ。
とにかく三人でそれぞれの串焼きを買い、座って食べる場所を探す風に少しだけ街道から脇に逸れて作戦会議だ。
「まず、俺が『銀箱くん』を抱えてトークンを買いに行く。もし何かトラブルが起きたら、シンシアとアプレイスは他人のフリをしてこの場を離れろ。三人まとめて目を付けられると、逆に後が面倒になる」
「分かりました御兄様」
「で、『銀箱くん』の出すオーラで問題なくトークンを発行出来たら、俺は市壁の中に入った後に路地裏にでも入って不可視化して、ここに戻ってくる。さりげなく革袋から『銀箱くん』を出して渡したら、また市内に戻るよ」
「なあライノ。そこまでしてトークンを発行した方がいいのか?」
「いいと思う。市内で臨検があるって言うのは、トークンが出す何かの波動を検知して無いとも限らないからな、用心しよう」
「なるほどね」
「次がシンシアだ。小箱が使えるからな」
「はい」
「マリタンはシンシアの小箱の中に入っててくればいい」
「分かったわ兄者殿」
串焼きを食べ終わったシンシアから『銀箱くん』を受け取り、目立たないように地味な麻袋に入れて小脇に抱えた。
ミルシュラント公国への迷惑を考えると、根本的に『不法入国者』である俺たちがここで捕まる訳には行かないから、イザって時には転移だろうがアプレイスの翼だろうが、誰に見られていようとお構いなしに脱出するしかない。
さて・・・鬼が出るか蛇が出るか・・・とにかくチャレンジだな。
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