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第七部:古き者たちの都
魔導書を囲んで
しおりを挟むいきなりの展開について行けない自分も意識しつつ、俺もシンシアも、このマリタンという魔導書の『自我』に、さほどの違和感というか危険な雰囲気を感じていない。
何よりパルレアが全く警戒していないのだから、マリタンが実はエルスカインの配下で、侵入者に取り入ることこそが目的だったなんていう考えすぎな『裏』の存在は気にしなくていいだろう。
それよりもマリタンが何故エルダンの錬金室にいたのか、そして眠りにつく前の数千年前の世界の話を聞かせて貰うことが出来れば、かなり大きなヒントが得られそうな気がするんだが・・・
「なあマリタン。口ぶりからすると古代の魔導書って言うのは、みんな貴女みたいに自意識を持ってる存在なのか?」
「そうよ? 魔導書は、ね」
「逆に、魔導書じゃ無い本は自意識を持たないと?」
「当然でしょ? だって魔導書は魔術を行使する力を持たされてるから魔導書なのだわ。ただ魔法について解説したり呪文や魔法陣を紹介してるだけの本なら、それは魔導書じゃ無くって魔法事典とか、そういう類いかしら」
「なるほどな...自意識とか自我がないと魔法の行使は出来ないか」
「意思が、ね。必要でしょ?」
「ああ、ただ魔法の効力を出すだけなら魔道具でいいけど、その場合は『何か目的を持って魔道具を動かす』って意思を持った誰かが必要だもんな」
「そうね、そういうこと、ね」
「つまりマリタンさんは、自分の意思で魔法を使える訳ですよね?」
「もちろんよ、だって魔導書だもの。だけど主様の意思に反して行動する事は無いから安心して頂戴、ね。それにさん付けも不要なのだわ」
「マリタンさんだって、幾ら言っても私を様付けで呼ぶじゃないですか」
「そこは主従だもの。受け入れて貰わないと、ね?」
「はあ...」
「主って、そう言えばさっきからシンシアのことを様付けで呼んでるのは、ひょっとすると?」
「ええ、シンシア様がワタシの新しい主なの。だってワタシに名付けをしたんですから」
「名付けしたら主になると?」
「正確に言うと主従契約の証、ね。ワタシが目覚めた時は前の主との契約や記憶は綺麗に消えてたの。で、ワタシが置かれてた錬金室があるでしょ? あの部屋を使ってた錬金術師や魔法使いのホムンクルス達は、誰もワタシに名付けしようとしなかったの。きっと、名付けして初めて自分だけの魔導書として使役できるって事を知らなかったんだと思えるわ。目覚めて以来、最初にワタシに名付けをしたシンシア様がいまのワタシの主様ってワケ、ね?」
おお、エルダンの錬金術師や魔法使いがやっぱり『ホムンクルス』だったと、サクッと暴露したな。
しかも、マリタンの由来?とは全く無関係で、彼らは古代の魔導書の真価も分かっておらずに偶然、手したとか、そんな感じだ。
本当にアンティークで高価な『稀覯書』として認識していたんだろう。
いやまあ、俺たちだってついさっきまでは同レベルの理解だったけどさ・・・
「ところでマリタンが生まれた頃の世界って、どんなだったか覚えてるかい?」
「シンシア様風に言えば『古代』の事、ね?」
「まあ現代人からすれば古代だよ」
「正直、あんまり知らないのよね。って言うか、知らないことを知らない? みたいな? ね」
「ね? とか言われてもサッパリ分からないんだが」
「そうねえ、私は本だから自分に書かれてることは保持し続けるし、魔法に関係することも知識として蓄えてるわ。でも、それを良く知ってるかって聞かれると答えにくいワケ、ね」
「なんでだ? 自分に書いてある事なんだろう?」
「ワタシの魔法は、主さまに求められて初めて行使できるの、よ。だってワタシは『本』なの。だから、あくまでも読まれている事が前提なの、ね」
うーん、なんとなくマリタンの言いたい事が分かったような気がする。
つまり、イザ求められたら詳細な魔法の知識と行使力を発揮できるけれど、主にそれを『求め』られないと、自分の中にあるものさえあやふやな状態っていう事じゃないだろうか?
「その割にはよく喋るよな?」
「それはね、ドラゴン。私を生みだした魔法使いが人の心持ちとか対人関係みたいな『社会的力学』について、そこそこの知識を私に入れ込んだのは、きっとそれが魔法の行使に重要だと思ったからなのよ、ね」
ああ、そういう理由か。
それもまた分からんでもないな。
主との意思疎通があやふやだったら、正しく魔法を行使する事は出来ないだろうし・・・
「で、言語もそうね。シンシア様と話してて気が付いたんだけど、私は、自分の生まれた時代よりも数千年後の人々と話すことに問題を感じていないの。でもシンシア様は、文字や言語そのものは同じベースだけど、細部の表現や単語の意味は色々変わってるところがあるから、古代の言葉は必ずしも文字の通りに現代で解釈できるとは限らないって、さっき、そう教えてくれたワケ」
「お前が自分のヘンな喋り方に自覚が無いだけじゃないのか?」
「うるさいわねドラゴン。それについてはシンシア様との間で確認済みですもの。ワタシにとって主様以外の意見はどうでも良いのよ」
「へー」
「もちろん主であるシンシア様の兄者と姉者にはちゃんと敬意を払うわ。でもアナタはシンシア様とは全然関係がないから、ね?」
「それはどうかな?」
「よしアプレイス、表に出ろ」
「まあライノの目が笑ってる間に話を収めておこうか。で、マリタンが流暢に話せるのは魔導書としてそう造られてるから、って言う理解でいいのか?」
「あら、ドラゴンってば理解が早いじゃないの。そうなのよね、で、さっきの話に戻るけどワタシは『自分が何を知っていて何を知らないか』を知らないワケ。主様に読まれて初めて分かるとか、魔術の行使に必要になって具体的に聞かれたら分かるとか、そんな感じ?」
「じゃあアレか、古代社会を知るためにはシンシア殿が片っ端から細かく質問し続けていって、マリタンが答えられた事って言うか、思い出せたことをドンドン集めていけばいい訳だよな?」
「なにそれ尋問する気?」
「取材だよ」
「秘密を暴く魔法でも使いたそうな雰囲気よね...」
「ほほう、そういう魔法も持ってるのか?」
「黙秘します、わ。シンシア様の許可無く自分の能力について開示できませんので、ね」
「うぜー」
やっぱりアプレイスとマリタンはウマが合いそうだ。
「えっと...古代の情報はともかく、まずはマリタンさんの表紙裏に挟まれている転移門をどうにかする方法を考えないと先へ進めません」
「そうだったな。起動させずに魔法陣を書いた紙を抜き取る...だけどシンシア、開けば起動するってことは魔法陣がマリタンの動きに連携づけられてるって事だろ? そこはマリタンの意思とか魔法でなんとかできないのかな?」
「実はすでにマリタンさんとも話したのですけど、良く分からない、という感じみたいです」
「分からないと言うのは?」
「そうねえ、兄者殿の考えてるのはワタシの力で転移門の起動を押さえられないかって事でしょ? でもこの魔法陣はワタシ自身に書かれてることじゃないから、手を出せない感じ、ね」
「なるほどな」
「それは無理もないか...」
「もちろん、発動した魔法を阻害するとか無効化するとか、そういうことを試みるのは出来るわよ? でも、それはあくまでも魔法陣が起動した後の話ね。しかも起動後にキャンセル可能かどうかは、完全な解読が済んだ後で無いと保証できないわよ兄者殿」
兄者って言うのは俺のことだよな。
別にいいけど。
「御兄様、私としては、いま時点では他にも罠が埋め込まれている可能性を排除できないと思います。マリタンさんの言うようにキャンセルやレジストをすることも、仮に罠の対象が『稀覯書を欲しがるような魔法使い』だったら、想定内じゃないかと思うので...」
「あー、それは確かにな!」
程度問題とは言え、魔法使い対策は施されていると考えるべきだ。
あの場にいた錬金術師はかなり長期間、エルスカインの下で働いてきているように思える。
ホムンクルスかどうかに関係なく、その人物を無能だと侮ることは、自分たちの墓穴を掘ることになるだろう。
「だったらさー、固めちゃおう?」
「固める?」
「何をですか御姉様?」
「あれかパルレア殿、コイツの紙と紙を糊でくっ付けて二度と開かないようにするとか...」
「そんなことしようとしたら、ぶっ飛ばすわよドラゴン!」
「お前のドコに手があるんだよ?」
「シンシア様、このドラゴンは主の財産であるワタシを傷つけようとしています。魔法によって排除しても宜しいでしょうか?」
「呪文が三拍以上長かったら俺が燃やす方が早いぞ?」
「魔導書は呪文の詠唱なんかしなくても、そのページを開いて魔法名さえ唱えればいいのですわ。効果のオプションだって付け放題なんですのよ!」
「いやお前、いまページを開いちゃ駄目だろ?」
「あらやだワタシったら!」
そんな事を言い合いながら、二人とも目が笑ってやがる。
いやマリタンには目も顔もないんだけど、なぜかニヤついてるように感じる。
マジで不思議だけど、さすが魔法の本か。
って言うか、本なのに感情を持ってるのかよ!
シンシアも、ちょっと俯き加減で笑いを堪えてる様子があるから、同じように感じているんだろう。
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