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第七部:古き者たちの都
Part-1: ルースランドの首都 〜 シンシアと魔導書
しおりを挟む屋敷に戻ってまず片付けるべきは、エルダンで入手してきた魔導書の扱いだ。
正確に言うと『魔導書に挟まれている転移魔法陣の罠』と言うことになるけど、コイツをどうにかしてエルスカインの他の拠点や行動の手掛かりを掴みたい。
そのためには魔法陣を解析し、出来れば安全に発動させた上で、転移門がどこに繋がっているか、そこに何があるか、あるいは誰がいるか、などを確認したい訳だ。
必要なことは次の三つ。
まず、誰も罠に捕らわれないように魔法陣を描いた紙を魔導書から抜き取る。
そして転移門の内容を解析し、安全に『俺たちの管理下で』転移門を起動する。
最後にシンシアが現在取り組んでいる『転移門の向こう側を探る』魔道具を使って、転移で送られる先の状態を確認する。
その結果として、もしもそこに、誰かが囚われているようなら救出も検討するし、誰もおらず、明らかにエルスカインの拠点と思われる場所なら急襲するなり爆破するなりもアリだ。
それと、あの魔導書自体の中身がどんなモノかは知らないけど、シンシアの資料というか糧になるような内容だったらめっけもの、だな。
実際、魔法技術のアレコレに関しては、荒事担当の俺がシンシアやパルレアを手伝えることはなにも無い。
せいぜい出来るのは、家事担当のトレナちゃん達のいなくなったこの屋敷で、フォーフェンとの間を頻繁に行き来して銀の梟亭の食事やデザートなどを仕入れてくることくらいである。
俺は、一体いつになったら自分の料理技術を鍛えることが出来るのだろうか?
いや、そもそも鍛えた結果としてそれなりの成果を出せるのだろうか?
正直、姫様とジュリアス卿から料理の腕前をグサッと指摘された時のエマーニュさんの顔が目に浮かぶ。
いや、悪い想像は止めよう・・・いまは配達人に徹するのだ。
転移門でフォーフェンから温かい食事を届けるだけの簡単なお仕事である。
++++++++++
銀の梟亭でいつもの如く多めの食事とデザート、それにエールを仕入れてきた俺とパルレアは、ご機嫌で地下室からダイニングルームへと向かった。
パルレアがご機嫌な理由は、予想よりも早く『コクのある味の濃いエール』を仕入れることが出来たからだ。
これはパルミュナと二人で初めて銀の梟亭に入った時に注文した思い出の品でもあるからね。
いつもの給仕のお姉さん曰く、少しばかり涼しくなってきたところで醸造元がコクを出す方法の改良に取り組んでいて、その中から出来のいい奴が早めに出荷されてると言うことらしい。
なによりエルダンの調査もなかなかの収穫だったと思うし、全員無事に帰還出来た。
そしていま、革袋の中には熱々の料理と新作のエールがたっぷり入っているとなれば、俺もパルレアもゴキゲンになろうっていうものだよ。
屋敷にはいつもの四人しかいないのだから、わざわざ料理を取り分けて配膳する必要なんか無いと考えた俺とパルレアは地下室から上がってもキッチンには行かず、直接ダイニングルームに入ろうとして・・・
そこで唐突に固まった。
シンシアが誰かと話している声が聞こえてくるのだけど、その声が女性で、しかも姫様でもエマーニュさんやレミンちゃんでも、もちろんメイドチームでも無い、聞き覚えの無い声だったからだ。
こんな妖艶な喋り方と声質の女性は記憶に無い。
事情が良く分からないけど、俺たちには面識の無い客人の可能性を考えて、ダイニングルームのドアを軽くノックしてから開けた。
しかし、中にはシンシア一人である。
こちらを向くとニッコリと微笑む。
「お帰りなさい御兄様、御姉様。すぐに食事になさいますか?」
「あれ? シンシアっていま誰かと話してなかったか?」
努めて明るい声でそう尋ねつつも、ちょっと不安。
だって、あの『会話』がもしも独り言だったりしたら、シンシアの精神状態がかなり不安定になってるとしか思えない。
いや、まさかシンシアに限ってそんな事はね?・・・
「はい、魔導書のマリタンさんとお話ししていました」
そう言ってシンシアがテーブルの上に置いてある分厚い本を指差して微笑む。
間違いなく、エルダンの城砦から持ち帰ってきた魔導書『マギア・アルケミア・パイデイア』だ。
ヤバい!
これは絶対にヤバい。
なにかパルレアも気がつけなかったような変な魔法が掛かっていて、シンシアの心はそれに侵蝕されてしまったのか?!
全身から汗が噴き出す。
「えぇっと、マリタンさんって?」
「はい。マリタンさんです御兄様。あのエルダンの錬金室におかれていた『魔導理知大鑑』は、自意識を持つ古代の魔導書だったんですよ!」
想像の遙か斜め上、いや、空の上を行く答えが返ってきた。
「マジか?!」
「マジです!」
「エェーッ!」
さすがにパルレアも驚いている。
もちろん俺も激しく驚いてる。
「あらこんにちは。ワタシがマリタンよ。さきほどシンシア様から聞いていたんですけど、アナタたちがシンシア様の御兄様のライノ殿と御姉様のパルレア殿だったの、ねぇ。これからヨロシクお願い、ね?」
「え、え、えっと...」
「魔導理知大鑑というお名前では呼びにくいので、略して『マリタン』さんと親しく呼ばせて頂くことにしました。
マギア・アルケミア・パイデイアの略になるのか、それ?
++++++++++
さすがにこの展開は予想外だ。
いつものごとく草っ原で昼寝していたアプレイスも慌てて呼び寄せ、四人でテーブル・・・とその上に置かれている魔導書を囲む。
パルレアがまったく疑念を見せる様子が無いから、この『マリタンさん』という魔導書が口にしている・・・口は無いか・・・言葉にしていることは本当なんだろう。
それにホムンクルスとかとは違って、拒否反応というか嫌悪感的なモノも特にない相手のようだ。
「で、マリタンさんは最初から本、魔導書として産まれたんですか?」
「マリタンでいいわ、よ。ともかくワタシは魔導書なの。魔導書として世に産み出されて意識を持ったんだし、それ以外の何かだったコトなんて一度もないはずだわ」
「なるほど。じゃあその...こういう言い方は無礼かも知れないけど、マリタンを造った魔法使いがいるわけだよな?」
「もちろんよ。どこの誰だったかもう覚えちゃいないけど、ね」
「そうなんだ」
「ワタシは本なの、よ。人じゃ無いんだから周囲で起きた細かいこととか、そんなに長く覚えてられないワケ。わかる? それに、さっきシンシア様に聞かされたけど、ワタシが書棚で寝てる間に何千年か経っちゃったみたいだもの。頑張って思い出そうって気にはならないわ、ね」
「ふーむ...あの錬金室の机に置いてあった時は何も喋ったりしてなかったけど、ここに来てからシンシアの声で目覚めたとか? そんな感じなのかな?」
「そうねえ。ワタシみたいな本って言うのは『閉じて書棚に収まってる時』って言うのは基本的に眠っているようなモノなの。考え事もしない、意識も無い、時間の経過も分からないって感じ? でもね、ワタシの表紙の裏には魔法陣を書き込んだ紙が挟み込んであるでしょ? アレのお陰で最近はずーっと寝ても覚めてもいないようなウツラウツラ状態だったってワケ」
本にとっての『ウツラウツラ状態』って言うのがどう言うものかさっぱり分からないけど、とにかく錬金室では喋ったりするポテンシャルが無かったってコトなのかな?
「それが、ね、気が付いたらシンシア様と向かい合ってて、周りには物凄い力が渦巻いてて、いきなりパシッと目が覚めた感じなのよ。もー、ビックリしちゃったわ、ね!」
「物凄い力って?」
「アナタ達から滲み出てるのと同じ系統の力よ。言っとくけど、ワタシあの錬金室でも、ある程度の意識はあったから四人が入ってきたのは認識してたわ」
「そうだったのか?」
俺たちから滲み出る力って言うと魔力の事を指してるように思える。
それに半分死んでいるような場所だったエルダンの地下からいきなりアスワン屋敷の中心に出されたんだから、この周辺を取り巻く精霊の力に圧倒されたとしても不思議は無いか。
「でも、あの時は言葉も交わせなかったし、ワタシに名付けする気も無さそうな感じだったから、まあ酷いことされなきゃ気にしないわって程度だったんだけど、ね?」
「酷いことって?」
ふと呟いたアプレイスに向かってマリタンが鋭く指摘した。
「だって、あなたドラゴンでしょ?」
その『滲み出るナントカ』で正体を見抜いてたのか・・・
って言うか、口どころか顔も目もないのに、誰に言葉を向けてるか、ちゃんと分かるのが不思議だなあ。
「そうだが?」
「ワタシに向かってブレス吐いたりしないでよね? 言っとくけど『焚書』って知的生命体としてはサイテーの行為なんだから」
「しねえよ! そんなドラゴンが誰も彼も暴れん坊みたいに言うなってば」
「そうかしら? けっこう前科があると思うんだわ?」
「さっき、自分は忘れっぽいみたいな事を言ってなかったか?」
「些末なことは覚えてられないのよ、ホント、に。魔法に関連することや知識はきちんと記録してられるんだけど、ね」
「ふーん」
うん、この二人はきっとウマが合うな。
どうでもいいが。
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